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    11

 

 

 街へ近付くにつれ、人々の姿は徐々に増えていき、中心地まで戻ると、Aは再び雑多な人混みの流れに呑まれてしまう。日差しは天頂を越えて少し傾き始めており、郵便局の壁面に設置された電工掲示板を見ると、現在2:28、気温21℃、午後からの降水確率30%、もう昼時は過ぎている。食欲はないが何か胃に収めなければならないような気がして、通りに面した喫茶店へと入っていく。

 木製の古びた扉を開けると、来客に気付いた二人のウエイトレス(品のいい中年女性と大学生くらいの眼鏡をかけた女)が同時にAの方を向いて軽く微笑みながら、いらっしゃいませと言う、いや正しくは、いらっしゃいませと言おうとする。というのも、残念ながらウエイトレスたちのその言葉はうまく発せられず、舌が痺れたようにたどたどしく、断片的な挨拶となってしまうのである。Aは一瞬驚くが、しかしすぐさま自分の中で簡単な理由づけをして、そういうこともあるだろうと考え、眼鏡の女によって誘導されるままに、一番奥の、四人用の席に座る。

 そこはどこか隔絶された空間のように見える。周囲の席には誰もおらず、陽当たりもよくない。入り口付近に集中して座っている客たちの話し声は、うっすらと流れるクラシック系音楽によってかき消され、まるで店の中に自分一人しかいないかのように思えてくる。

 淡黄色のざらついた壁には、夏の渓流を描いた小さめの風景画がかけられていたり、小綺麗なランプが等間隔に生えていたり、クリスマス用の装飾が思い出したかのようにポツンポツンと飾られていたり、全体的にどこか古くさく、必要以上に高い天井でも、空調として茶色のプロペラがゆっくりと回っていて、一種の時代錯誤、店内は昼間なのに、どこか灰暗く感じられる。

 そうやって初めて入った店の内装をざっと確認していると、同じく時代錯誤な格好、まるで戦前に書かれた私小説に出てきそうな格好をした眼鏡のウエイトレスが、水とメニューを持って再び現れる。水滴に包まれたコップをテーブルの上に置き、喫茶店にしては多めのメニューをAの前に並べ、掠れた声で喉を震わし去っていく。おそらく、注文が決まればお呼びください、とでも言いたかったのだろう。どうせ店員が言うようなことは決まっているのだから、はっきり聞き取れなくても支障などない。もちろん、彼らがうまく喋れない理由はよく分からないままだが。風邪でもひいているのだろうか。

 厚さの異なる三冊のメニュー一冊は飲み物、一冊はデザート、一冊は料理をそれぞれ掲載しているを開いて、コーヒー450円は高いな、でもそれくらいしかないよな、などと注文を考えていると、縦にずらずらと列挙された商品名の中に、ミートソーススパゲティ890円という表記を見つけ、手が止まる。自分でもなぜそれに反応したのかは分からない。

 いや、分かる。漠然とだが分かる。この店の雰囲気、この隔絶された座席、このメニューの中のミートソーススパゲティ、前にどこかで見たような気がする。Aはすぐに写真を探す。ページとページの境目に、寄り添うようにしてそれはある。青く縁取りされた陶器の皿、その中央に鎮座する縮小されたスパゲティ。

 頃合いを見計らって、眼鏡の女子大生が再々登場、注文はお決まりでしょうか的呻き声、手には伝票と鉛筆が握られている。ミートソーススパゲティと、それからコーヒー。Aの独り言のような呟きに、しっかりと対応するかしこまりました的掠れ声。素早くメモをとって一礼し、カウンターへと戻っていく。

 女の後ろ姿を眺めながら、私がああいう格好をしたら似合うかしら、という誰かの囁きが聞こえ、ああいう格好って、と尋ねると、ウエイトレスの制服よ、ここの店のは少し地味だけど、どうかしら、足がだぼだぼしていて履き心地が良さそう。Aは、はっとして正面を見るが、もちろん向かい側には誰も座っていない。 

 少し尻を上げ、視点を高くし、店全体を見渡す。入り口付近に客が集中していると言っても、日曜日の昼間だからだろうか、店内にはあまり人がいない。カウンター席で漫画を読んでいる六十歳くらいの禿げた男や、コーヒーとケーキを交互につまんでは何かを睨み付けるような顔をしている化粧の濃い女や、二人だけの会話を早口で楽しんでいる若いカップルなど、多く見積もってもせいぜい五、六人くらいしかいない。

 あの禿げたおじさん、ほら、退屈そうに椅子に座って、腫れ上がった鼻をさらにいっそう膨らませて、肩肘をつきながら、雑誌を読んでるおじさん、あの雑誌はたぶん漫画か何かでしょうけどね、あのジャージのおじさん、きっとここの常連なんだわ、暇だから毎日来てるのよ、きっと、それでね、ウエイトレスの娘に言い寄ってるんだわ、汚い舌を伸び縮みさせながら、大学どこなの、とか、趣味は、とかね、ありふれた質問ばかりして、楽しんでるつもりなのよ、退屈な自分をごまかして、楽しんでるつもりなのよ、本当はもっと有意義なことをしたいのに、何年も馬鹿やってて、方法っていうのを忘れちゃったんだわ、きっとね、その後ろに座ってる女もそう、行き場所がなくてこんな店にふらふらと立ち寄ってる、子供の世話に疲れて、主婦付き合いに疲れて、夫との関係に疲れて、話し相手もいないまま、雰囲気の良さげな店に居座って、価値ある休日をすごそうとしているの、家族は何も言わないわ、言わないからこそ、女はここでケーキを食べてるんでしょうけどね、先がないのよ、現状を言い表す言葉が見つからないのよ、あの顔見て、バッタか何かみたいでしょ、バッタの顔がケーキを食べてるの、おかしな話、あ、ちょっと目が動いたわ、窓際の席で話してるカップルの方を見たみたい、羨ましいのかしらね、それとも人生の先輩面して、心の中で同情してるのかしら、あんたたちも何年かしたら言葉さえ通じなくなるのよって、ふてぶてしく呟いてる、そうだったら面白いと思わない? あのカップル、大学出たばっかりって感じだけど、今を楽しんでる、楽しまなくちゃいけないみたいに、楽しんでる、いつか結婚するのかしら、え、私たち? 分からないわね、というより、どうなのかしら、そんなに長く話は続かないと思うわ

 この記憶。この既視感。そうだ、初めてではない。一度彼女と来たことがある、それも日曜日の、今と同じくらいの時間帯に。覚えている、印象に残っている、彼女が入りたいと言ったのだ、一度入ってみたいとなぜ今まで忘れていたのだろう、なぜ初めてだと思っていたのだろう

 ではそのとき何を注文したのか? 決まっている、あのミートソーススパゲティ890円だ。彼女も同じものを注文したような気がする。そして料理は眼鏡の大学生ではなく、中年女性の方が運んでくるのだ。コーヒーとスパゲティを、二つずつ。

 中年のウエイトレスは中途半端な長さの髪の毛をゴムで短く括っており、鼻は低くそして大きく、眉は断片的に緩やかな弧を描いて顔面に一定の秩序を生み、睫毛に包まれた眼球は皮膚表面に穿たれた薄く小さな隙間から硬く鈍い眼光を覗かせ、そのすぐ傍には老化か何かで生じた自己証明としての皺、街の渓谷のように深く暗い皺が伸び、それは眼球の傍だけでなく頬や額や首元にまで波状し、それらに包まれて膨れ上がる唇には厚く脂っこい口紅が不気味なほど黒く塗りたくられている。大学はどちら? 魚のえらを指で潰し圧迫状態のまま叫ばしたかような、小刻みに震える発声。美大です、油絵の。へえそうなの、大変ねえ。大家としての老婆はすでに誰かが作っておいた原稿を慎重に辿りながら読むように話したため、Aには言葉の先がすぐに予測できてしまい、過剰な恐怖心が取り払われたのと同時に、何の生産性もない会話が延々と続くことを確信させられいや、ちがう、それはちがう。まったく別の描写だ。実際のウエイトレスの顔は縦に長く、目が必要以上に開いていて、半魚人のようである。喋り方は丁寧だが、やはり言葉の体を成していない。

 半魚人みたいだったわね、さっきの人、昔からここで働いてるのかしら、あんなに老けて、いつまでウエイトレスを続ける気なのかしらね、よぼよぼのおばあさんになってもまだ続けてたら、お客が焦っちゃうわ。

 目の前に用意され湯気立ち上るスパゲティは、一昨日彼女と一緒にテンポのいいクイズ番組を見ながら食べたものとているような気がする。ミートソースの色、麺の量、盛り付け方、皿の模様まで、似ているというより瓜二つだ。しかし、そんなことがあるのだろうかAの記憶が間違っているのだろうか。

 彼女がこちらを見ている。肯定も否定も持たない視線。この視線と、Aは一昨日何を食べたのだろう。手作りのスパゲティか、喫茶店のスパゲティか。いやちがう、喫茶店を訪れたのは一昨日ではないし、大体夕食どきではなかったはず。外はまだ明るかった。

 だが、よく見てみると、灰暗い店内に差し込んでくる日光など一筋もない。窓から覗く車道は暗闇に包まれ、自動車のヘッドライトがその中を模範的に走り抜けていく。今、太陽は休止している。

 今って何?

 そういえば、昨日、昨日の夜、自分は何を食べたのだろうか、Aは必死に思い出そうとするが、しかし、まったく心当たりが無い。それに、夕食のことだけではない、携帯電話のことだってあやふやなままだ。昨日、彼女が消えた日、いったい何がどうなっているのか、おかしい、何かがおかしい、思い出すきっかけさえ掴めない、視界にぽっかりと大きな穴が穿たれて、そこに沈んで抜け出せない、漆黒が広がる、声が飲まれていく

 結局みんな簡単なことなのよ、本当に、簡単、どれだけ自分の時間を相手に伝えようとしても、言葉にした瞬間今じゃなくなる、ただそれだけのこと、わかる? 今っていう感覚は、空中に吐き出されて、緩やかに劣化しながら、誰かに受け入れられる夢を見る、白昼夢ね、そう、白昼夢、言葉っていうものはそういうものなのよ、きっと、誰にも伝わらないものなんだわ、あなたが自分の置かれた状況を嘆くのも分かる、だって小説なんて、単なる言葉の塊でしかないんですもの、今が分からなくなるのも当然、人に伝わるわけないのよ、目的なんて果たせられるわけ、ないのよ。

 Aは足場を確かめるように凝視を繰り返す。いや、繰り返される。茶色い光沢のある床の一角に置かれた旧型の加湿器の隣に置かれた観葉植物の背丈は一メートル七十センチほどでまさに一般成人男性並みであり一本の太い芯に大きな葉が何重にも絡まっている独特の形状を最初に作り上げたのはどこの誰なのかというどうでもいい疑問に答える葉の表面の埃は人為的に降らせたかのように均一になっていて触れれば指の先端に埃の塊ができるという数時間前の回想なのかもしれない想像を強制されるのだがそんな理解不能な植物を支える白い植木鉢はプラスチックで出来ているらしくまるで外から直接運んできたかのような汚さつまり少し泥がついていてその泥を産み出した張本人であろう植木鉢の中の土の中に混ざり合った小石と静かに眠る水分を含んだ腐葉土の集まりと同じ色をした壁の額縁に囲まれた絵画の大きさは退廃的な生活に憧れながらもリストカットすら満足にできない願望ばかりの高校生が学校という彼にとってあまりにも下らない組織形態から抜け出し行く宛もなく道を走り続けるための道具としての自転車のがたついた前かごに入れられた黒いバックに入れられたまったくもって意味のないノートの大きさに等しく四隅の尖り具合もほとんど同じで何故か偶然の一致に喜ばされるわけだが実際にその額縁に囲まれて生活しているおそらく油絵であろうその絵画は夏の渓流を表現しているらしく左右にそびえる巨大な崖やそこから生える湾曲した樹木や苔や野鳥たちや空を覆う化学物質のような青空が荒々しく描きこまれ絵の具の凹凸が肉眼で確認できるほどでとりわけ絵の主題である川の凄みは流れに逆らって必死に泳いでいるたくましい魚類たちを完全に消し去ってしまうくらい迫力あるタッチで表現されているため魚はどこへいったんだろうもしかして海の方まで流されていってしまったのだろうかと思って海まで歩いてみればそこでは太陽が天井に張り付いていてまったくの無価値でしかなくどこからともなく風の音が聞こえてきて鼻に塩の結晶がこびりつき指で擦るが取れるわけもなく防波堤に座って呆けている釣人にここはどこですか魚はどこへ行ったんですかと聞けば竿を海面から引き上げて先に引っ掛かった誰かの嫌悪感をこちらに見せてこれが魚というものかねなんて馬鹿なことを言うもんだから手に持っていたオレンジジュースの空き缶を釣人の頭部めがけて投げつけてみれば必要以上に遠くへ飛んで川岸の雑草の氾濫のなかの朽ち果てたベンチの上に置いてある硬く冷たい色鉛筆の箱に当たって瞬間的に爆発し拡散しその衝撃的な音を聞いてあわてふためいた大学の同級生が俺も魚食いてえなあ塩焼きにしたら旨いだろうなあ今度みかけたら教えてくれよと下らない戯れ言をべらべらと口にするのでまたオレンジジュースの缶を投げつけようとするのだけれどそこで同級生がとぼけた表情でそれどこで拾ったんだって聞いてきたからすぐに答えてやろうと思うけれど何故か思い出せないわけでたしか海だったような気がするでもなんで海なんか行ったんだろう理由があったんだろうかと考えればまた魚のことを思い出してというより確認してそうだ魚が行きたいって言ったんだった魚がどうしても海に行きたいって言ったんだった車で朝早く出掛けて人のいない街を走って色素の抜けた空を走って呼吸を交互に混じらせながら単調な波の生き死にを見て魚は海に帰ろうとするけれどそこは違う帰るべきは川だ緩むことのない川なんだと叫ぼうとするがしかし言葉にならず咽喉の表面を震わすだけで何も起きず自分以外の存在にはまったく影響も与えず大いなる自己満足が足先を砕き太ももを殴り腹を焼いて胸を転がし顎を溶かして唇を酸化させ眼球を肥大化し脳を愛撫し続けるこの終わらない循環あらがえない循環ささくれた体温は跳ねるように歩いていく茶髪少女の数十年後の見るも無惨な白骨死体を山に埋めにいく作業の利点を見い出すことに失敗して虫たちのざわめきの中を闊歩したい物質対物質的な関係を欲求したい欲望したい欲情したいという大学の同級生の呟きをまたもや無視して沈黙する聴覚和解する性的衝動シュルレアリスム堕胎手術充電式交通事故無差別鑑定高級欄干橋梁の上に設置せよって魚は言うけれどそれはどっからどう見ても魚ではなく人間の形をした人間女の形をした女彼女の形をした彼女なのでありいくら無邪気に言葉を並べたとしても結局小説の構造とも言うべき目的つまりどこにでもいるような大学生の男が一昨日まで同居していた女の行方を探して街を放浪するという小説のストーリーに帰結せざるをえずAと名付けられた主人公はまた空間のない世界の端で見つかるはずのない彼女の肉体を求め始めるのよそう決まってるのどうしようもないのよだってこれは小説なんですもの小説として書かれた文章なんですものこれを見てごらんなさいよ。

 彼女はそう言って壁際に置いてある調味料や紙ナプキンの集団から、一際目立つ細長い瓶をつまみ上げる。その側面には次のような言葉が書かれている。

 

 

 

 

          MADE IN U.S.A.

          Mc.ILHENNY CO.

             AVERY ISLAND

                       LA.

         TABASCO

             BRAND

          PEPPER SAUCE

MADE OF VINEGAR  57ml  RED PEPPER AND SALT

 
 


 

ほら、あなたが十三もいる。

 

 



    12

 

 

 視覚される事変、どこからともなく訪れ鋭い動きでこちらを暴く、安心としての知の渇望、際限のない語弊の燃焼、成り損ないの芸術家、としての我々、黒鉛で記された航空地図の中に太陽と月と溝鼠を見い出し、平和協定を結んだ電柱の生存能力に驚かされるばかり。

 首のない太陽の立脚、暴発する血液の消耗、その力によって表面化された物質のまぐわいは、いまや厳密な並列関係に置かれ、がたついた抽象概念、自分以上に自分であるという光の錯覚を擁護し、微小な差異は忘れ去られ、徹底した既視感の増殖、というより絶対的支配を呼び込んでいる。

 地上を貫いていた直線の腐敗は予想以上に言葉というものを痛め付ける。今、この瞬間に生じた言語は現在という概念すら現すことができない。加害者と被害者の見分けがつかなくなった意思伝達は欠陥でしかないだろう。一風変わった呻き声である。

 呼吸によって冷却された街には、根元の掴めぬ重いざわめきが黄砂のように広がり、それは昨日までいたあの部屋の蒲団の中ではどうやっても直面しようのない驚異的な変調であり、地面を覆う淡白なアスファルトの表面、そこに描かれた白文字の直角、つながり、断面を際立たせ、鋭く天上へ伸びた街灯、役割を一時的に失っている街灯を破壊し、様々な大きさに造られたオフィスビルの壁面が持つ固有の特徴それは確実に、絶対的に存在していたはずの明確な差異、つまりは材質や歴史や目的や場所や印象や未来などが巧みに融合した高速回転する球を平均化し、画一化し、まるで自然が長い時間、人間各個人の価値観と比較することすら困難なほどの長い時間をかけて生物的本能より導きだした完璧な法則に従属し、産み出されたかのような無為な表象を押し付け、味気ない集団的物質へと堕落させてしまい、その結果、無限に続く道路の先は茫漠とした灰色の霧の中に埋もれ、人々の行く末、終着点を見失わせてしまう。その証拠に、狭い歩道を窮屈そうに行き交う男女の顔は乾き、がさつき、疲れきり、自分でも知らない場所へ自分の力によって運ばれる現状を嘆いていおり、一つ一つをよく見てみると、今にも叫びだしそうな表情を、目、鼻、口、頬、額、それぞれの表面に、仮面のように張り付かせているのである。例えばそこを歩いている若い男に着目してみると、目は落ちくぼみ、鼻は固まり、頬は凍り、唇は青黒く、どう考えても本当の顔には見えず、あえて言うならば腐ったプラスチックでできた何か、おぼつかない足取りで廃墟の中を進み、呪いの中を進み、ひとつのありふれた決着を得るため、肉体を燃やし続けている何かでしかなく、今マンションから出てきた女も同じであろう、非生物的な仮面の上に、ぱさついた化粧を塗り重ねているその頭部、男を誘惑するためか、ちがう、自己を美しくするためか、ちがう、答えは視線である、嫌悪感に包まれた鋭い視線である、そしてそれは仮定なのだ、仮定のために人々は物事をこなしている、処理している、恐れているのだ、恐れているからこそ、仮面を被っているのだ。

 いや、ちがう、仮面ではない、仮面であるはずがない、数十もの顔を眺めている内にAは自分の安直さに気付く、というのも一般的に仮面は真意を隠すために用いられる道具であり、決してそれだけで成り立つものではなく、もし人々の顔面を形成している物体を仮面と言うならば、その下に重要な正体や本心が隠されていなければならないわけだが、しかし、よく見ればそこには何もないのである、空間すら、存在していないのである、仮面に見えた表情は、第三者が作り出したそれ本来の形、真実、つまり人々は語っていない、意図していない、悩んでいない、街を闊歩している細長な二足歩行たちは、単なる物質でしか、巨大な規則の下でぎこちなく動く即席の人形でしかないのだ。

 ほら、そこのバス停に立っている初老の男、彼もまた規則に屈した弱者の一人であろう。彼のたどたどしい呼吸音を聞けばすぐに分かる。役割で言えば浮浪者かなにか。バスは永遠に来ない、来るはずもない。バスを待っている行為そのものが彼の存在意義なのだから。バスが来ないからこそ、彼はバス停に立っている初老の男たりうるのだ、Aの目の前で。しかしそんな彼も次の瞬間、破裂して霧散し跡形もなく消滅する、ただそれだけ、それだけが彼である。

 Aは自らの内部より放出される腐った規則を傍観し、なぜこんなものが生じるのか、なぜ人々は名前を持たないのかという自惚れた、幼稚な自問自答を愛で、形式だけの客観性を求め、個々の物体が個々の自意識を抱く世界を求め、にもかかわらず言語的な不具合に死刑宣告を下し、自分しかいない孤独を嘆く、閉ざされた道を進み、扉のない壁にすがり、拒絶された現実を燃やす。

 今ならどんな犯罪も許されるだろう数万人を銃乱射で虐殺したり、無知な少女を強姦したり、記憶をなくした老婆を叩き潰したり、未だに彼女を欲したり、そんな卑劣な犯罪も、条件付きで許されるだろう誰もAを罰することはできない誰もAをAだと捉えることはできない世界は変化することがないそして、その条件とは、つまり、Aの盛大なる自害なのだ。

 道端で静止している何か、人なのかもしれない何かは、Aの歩行に従って肉体を変化させ、安楽的自意識を包み、矮小な高揚を巡回し、転化、圧縮、引き伸ばし、情緒的な課題のための必要条件をこなしていき、原形は失われ、境界線が見極められ、数百もの破綻回転処理を行い、少しずつ、少しずつ、放出すべき名前を獲得し、潰れたその皮膚から、後天的情報がじんわりと滲み出て、Aが『ふと道端を見てみると』と考えるふりをすると、完璧すぎる計算式が働いて、『そこには人目を気にせず立小便をする腰の曲がった老人がいた』という展開が現れ、さらには『痴呆を患って自分が何であるかわからなくなってしまったのだろうか、それとも若いころから恥知らずな性格だったのだろうか』などとありもしない描写、想像が煌めき、もはや先は見えてしまった、自らの末路が見えてしまった。

ひとつの登場人物として架空の街に囚われるAは、知覚される身体の連動、つまり筋肉や骨や細胞や電気信号などの美しい作業手順を事細かに分析しては軽やかに捨て去り、風にさらされる体温を忘れ、指先を苦しめるどうしようもない痺れを殺し、ざわめきは背景となって照り光り、気付いたときには落ちている。固定概念によって用意された新たな順序の整合性、その接続は容易、いかにも簡単なこととして解決は為されていく。

 起承転結、序破急の定理、数多くの思考が世界を享受する。きっと許されるだろう、きっと、たとえそれが逃避だったとしても。

 それゆえAが、駅の改札口を大股で過ぎていく粗っぽい長身の男を見掛けても、なんらおかしいことはないだろう。当然なのだ。記憶がそれを容認する。男が無賃乗車の常習犯であるとか、そんなことはどうでもいい。男が何歳であるとか、その先どうなっていくのかとか、そんなことはどうでもいい。必要なのは語呂合わせだ。適度なテンポで刻まれる、適度なレベルの語呂合わせなのだ。

 風景は塗りつぶされようとしている。ここにあるのは『駅』という状況だけ。Aは数えきれぬほどの駅の中で、数えきれぬほどの時刻を歩く、Aに反抗は許されない、先程も言ったが選択には責任が伴うものであり、それも当然なのだろう。

 定年退職直前の黄色い電車がするすると、ホームに滑り込んでは扉を開く。Aが乗車するのは当然で、まったくもって当然で、そこにあまり人がいないのも当然で、電車のごわごわした座席の隅に固まった、でも触ってみると粘っこいガムの残骸が張り付けてあったりするのも当然で、目線を少し上げると向かい側の荷物置きで四つ折りにした新聞一部が眠っていたりするのも当然で、もう、何も起こらない。

 電車が段差を乗り越える。がたんがたんと音がする。窓の描写が逃げていく。レールは喉が乾いたようだ。車輪が恋人を求めている。人はいない。誰もいない。

 Aは立ち上がり、眠っている新聞一部を手に取り、座席に戻って眠っている新聞一部を開く。日付は記載されていない。見出しなんてありはしない。今日が十一月であることはない。経済不況が問題視されることはない。交通事故なんて起こらないし、強盗殺人なんて起こらないし、政治家汚職なんて起こらないし、テロ活動なんて起こらない。新聞の名前は新聞でしかないし、記事ごとの枠組みも設けられていない。ページ数も分からないし、これが紙であることさえ曖昧で、電車の揺れは曖昧なまま、進み続ける電車の進行。

 せねばならぬこと、つまり、確固たる必然性をもって、Aは新聞を眺め、そこに印刷された文字列を眺め、眺めるというより凝視し、自分の名前と彼女の名前を探すが、探すという行為自体前衛的で、文字は個々に独立し、個々の世界を獲得し、一体感を失って、いったい何の記号なのか、いったい何の文字なのか、氾濫に次ぐ氾濫が、Aという存在を噛み砕き、そして溢れる彼ら。 

 

 際立った模範の中で見慣れた災いが光り、科白から出た幻視の芳香が麗しくも途絶える末端の瞬間、建築途中の眼球の前に用意された二律背反的憤慨の忌々しさが過呼吸に溶け込んで愛想となり、凝視する美意識によって諷刺される口下手な比喩表現、残忍主義、弁護しようのない桃源郷、枯れた辻褄は隠居した配置にすべてを委ね、落胆の内に構造へ帰り、真空に取り残されるは餌を欲する縮んだ言葉のみ、ただ唯一の、言葉たち、打開せよ、崇めよ、託せ、極めろ、夜行列車の進行を妨げる砂の現れを威嚇する澱みとしての後悔に対して厳粛でなければならないと思っていればいいのではなく必要なのは外部からの水流なのだ、豪雨としての

 

 さらには溢れるという言葉さえも見捨ててしまった彼ら。

 

 残響即位との区も偉大扶助からにと吠えい家運沿い序求めてしなくて座ら銅鑼して谷乗るか咲かしのすらば気味や引くならと荷くくれ簿くらり津の御悪蛹のみもな似ぬ声猿と荷のは求め触れ蛇の食おう葵区な似ぬ蹴るで鈍時に倉日でも荷に荷に荷求ふでる手倉篠は啼くな食うでも来る背筋は蔵す宅おらす簿連れ浮くもうしないのは蔵日の支店にもの幡羅すは籾のに抱くれ日案もぐら手市のみに出に隠れたの区々の求得たの藻ぬ儒求熊雄も差すらる手ら夢青も来る都にすればよく見んでも指すれが区もたちつて藻な刷らば二問でも河豚手呼ぶ夢の武佐も差に怺磨ればのに國剃ろ伝もいやのでも野谷の今の家触れたのみ人が切る手も忍んでも蔵すら下手か否か

 

 いまやAは、言語という道具のひとつとして捉えられ、分裂し、錯乱し、領域自体が瓦解して、自分は自分でなくなり、AはAというアルファベットの最初の一文字となり、それどころか、ついには文字ですらもなくなり、紙に垂れた黒いインクの染みとなり、汚れとなり、意味の見い出しようもなく、これまで書かれた事象すべてが抹殺され、灰となり、腐り果てて、消え失せろ消え失せろ消え失せろ、消え失せろ、消え失せろ。

 

 

 

    13

 

 

 荒野しかない。

 

 

 肉片しかない。

 

 

 歴とした決裂。

 

 

 自分が自分でしかないという現実の表象。

 

 

 それは願望への埋没でもある。

 

 

 どうしようもない。

 

 

 



    14

 

 

 電車はしばらくして、名もない無人駅で止まる。

 鳥が鳴く。鳥が鳴いている。

 空は澄んでいる。入水直後の湖のように。澄んでいる。

 少年が駅に立っている。黒目の大きい少年が。

 駅は黒目に沈んでいる。曲面の奥に沈んでいる。

 電車は消えた。

 消えた。

 それはなんなのだろうか。何を目論んでいるのか。

 本当に出口はないのか。

 本当に繰り返すのか。

 踏み切りはない。黄色はない。

駅はない。無人はない。

構築すべきイメージの終着点はどこだ。

見つかるはずもなく。

少年が歩く道は細く。アスファルトの硬さを見る。

なだらかな高低差の香り。熱の上昇関係。

地面が揺れている。木々の呼吸にそって。

木々は果実を生む。蜜柑なのかもしれない。

香り高い果実の表面に。

虫は巣食っているのだろうか。

それは美しいのだろうか。

それは照り光っているのだろうか。

少年は触ってみたい。

指で撫でてみたい。

耳で舐めてみたい。

口で言ってみたい。

もう道を歩いている。

もうそこを歩いている。

太陽はやはり海で生きている。

街は砂に埋もれている。

砂漠の快適を淘汰する。淘汰。

砂漠の爆破を感化する。感化。

砂漠の衝動を累加する。累加。

何を罵倒することもできない。

光の流れに流れを流すことしかできない。

無為な競争主義を隠す。

隠す光の流れに堕ちる。

それも仕方のないことだろう。

仕方のないことばかりだろう。

少年が砂浜を歩く仕草さえ秒針。

波の無理解に愕然。

オレンジジュースの缶のやわらかさ。

やわらかい砂の獣。

光を遮ってほしい。

夜は証明すらできない。

手紙は朝来たようだった。

宛名は書かれていなかった。

文字すら書かれてなかった。

書かれてすら。いなかった。

開くのは簡単だけれども。

簡単はありふれているけども。

海は海として青く光り。

鴎は鴎として鳴き続く。

もう帰るべき場所もない。

電車は消えてしまったのだから。

果実は美しいだろうか。

果実は照り光るだろうか。

街は健やかに成長する。

何度見ている凹凸か。

構築は自然に組み込まれる。

手を動かしてみたい。

言葉を噛んでみたい。

少年は入水を願う。

そんなこともあったような気がする。

リズムを引っ掻く才能。

黒猫の自殺未遂。

何事も犬の交通。

顔に被さった新聞紙。

眠っているのか。

眠っているのだろうか。

もうどうやったとしても。

働く他ないのかもしれない。

人生とは働くものであり。

働くとは存在証明であり。

結局そんなことはない。

繰り返しが過ぎる気がするだけ。

過ぎ去った人々の群がり。

群がりの中の微笑み。

暗闇の中の微笑み。

もうどこに行くこともない。

雲が波の起点へ帰る。

潮風の合流地点の先。

色鉛筆の妄想感覚。

撃ち落とされた太陽の場所。

責任を置いて焦燥して。

 豪気な視線を建ってみせて。

 翻訳を画策させて。

 省略を弁証させて。

 紹介して。修正液を。

 もう勝手にここから出る。

 出たくなくても出ざるを得ない。

 外に立ち上がる一層の慚愧。

 癲癇を欲したいの。

 丁寧に熟したいの。

 夢境を煽りたいの。

 叙情的な叙事が還る。

 写像の空論家。

 磁石式の内証方法。

 雑多な鼓動を聾し。

 光暈を振り払って。

 波の固定を逡巡して。

 頭髪の襞に名付けて。

喬木を折り畳んで。

 あるいは解決させて。

 あるいは悦楽させて。

 少年は砂浜を歩いて。

 歩くという言葉をたどって。

 下手な自問自答はやめて。

 この写真をとって高揚。

 来るさ欠くか造作もない。

 もうこのレールは朽ちた。

 雨風によって朽ちた。

 交流は鳥が食べた。

 鴎の幼稚が食べた。

 駅を降りて果樹園を抜け。

 防波堤を乗り越えて溜め息。

 砂浜のオレンジジュース。

 求め続ける。求め続ける。

 波が反射する間隔。

 後悔を追い求める風圧。

 もう会うことすら出来まい。

 この空海山は狭い。

 酸素がなくなってきて。

 手足も伸ばせやしなくて。

 この小さな空間で。

 何をすることもできない。

 この小さな部屋のなかで。

 声を上げることもできない。

 だから少年は防波堤にのぼり。

 横たわって眠る。

 眠りにつくのだ。そう。

 もう眠りにつかなければ。

 今を終わらせるためにも。

 静かな眠りにつくのだ。

 

 

 

                         了

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の小説はこれで終わるだろう。

 それがベストなのだ、きっと

                            

 

 そして僕は書くのをやめる。

 もう二度と、会うこともあるまい。

 


この本の内容は以上です。


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