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 高揚は雨だった。地平線が乖離し、鳥は皆死滅した。朽ちた鱗に似た空が、遠方への憧憬を隠せずにいる。声が、暗雲を動かすのか。ざわめく風の高音が孤立を恐れ、雨足を強めた。水分は弱々しく煌めきながら白色の砂漠となり、戦いた何かの断片が四方より飛来して無力さを累積していく。暗影に屈した海、一定の境界線に蝕まれた海が自らを幾重にも転化させて細かな乱交を産み、個々が消失した白浪は些細な休息も必要とせずただ静謐に、一つの荘厳な行為の完遂に徹していた。それは、消費とも言える代物であった。角張った雷鳴のように巨大な水圧の中、光沢を失った魚たちは何時から身に付けたのか知れぬ嗜好に従って無意識的巡回を繰り返し、海草は常套を逸した水流の力にただ酔い痴れる。海月が頭痛の反復により数ミリリットルの石油へ還元され、矮小な微生物は幾何学的図形を描きながら一握りの砂と化した。炭化した液体が速やかに濁り、規則性に囚われて喘ぎの中に落ち込んだ。飛沫が覆った延長する防波堤、その混濁した凹凸面に無数の如何わしい巻貝が退化した腹足を張り付かせ、深淵に落ちた送宴を演出している。何秒か置きに黒々しい嫌悪感へと沈んでいく仲間達を見て、必死に自分を物質へと変化させる。粉砕と沈黙、寒気と焦燥、減少と維持。それは一種の生理的述懐だった。戦乱に揺れるゴム製の指標、敏感な釣り針、彫像としての赤い灯台、無為な物体は全て狂妄な潮風に殺られた。様々な様相を呈し対比関係を彩る表層は、それらを構成する分子・原子・核に至るまで諦観に支配され、微々たる呻きも許されずに崩壊を繰り返した。雨露と海抜が交錯し、重力を困惑させた。暑さは未だ物体に内在している。

 固形化した海洋を眺める薄く白濁した山は、不可抗力的に川を濁らせ、植物を拘束した。屈強な木々が過去を忘れ群衆心理に陶酔し、頑なな樹皮は欲望の視線を滑らせながら破壊者を呑んで温度に融和する。怯えた獣は地下に滞積した。歌を、耳にしたのかもしれない。高音の連なる退廃的な歌を。困惑する水流が自らの限界を求め行進に浸った。印刷された一塊、感情の統覚が個体の乱雑さを制し、不自然な微動を見せる。上下運動を謳歌する輪郭線は空と淡く混ざり、その表面は偏執的な色彩を恥ずかしげもなく晒していた。簡素静寂平板静穏。そうだ、悠久の時を経て完整した植生の内分は本来次のようになっていた。

 暗緑色  22%

 緑青色  21%

 海松色  18%

 鶯茶   15%

 茶褐色  10% 

 鬱金    8%

 橙黄色   4%

 白色    2%

だが、それも太陽の不在により意味を成さなかった……全ては単一色の濃厚さにより表現されていたのである。暴風でずれた遠近感は緩やかに腐敗し、内部の精密な構造を利用して逃げ惑う微小の昆虫達は一滴の雨粒に屈した。泥濘んだ腐葉土は豊満な身で生命を擁護したが、それにも限界があるだろう。樹林は落ちぶれた。小石が宙を舞った。鋭利な葉音は山脈の叫喚へと昇華し、穏和な葉陰は存在の痕跡を否定されている。認識不可能な律動が極大化した風景を包み、碧い無常を強制した。

 硝子のように孤独な山は自らにまとわりつく野蛮な理性、冷えた車道を恐れる。平板になった判別は混乱の中で詩的観念を呑む。要素が導かれ、滞りなく記述する。斜面の崩壊、脱落した土石流が文明の一式を包んだ。人間と自然は対等に交わっていく。降雨、樹木、蚯蚓、雑草、衝撃、アスファルト、白線、道路標識、黄色、電灯、ガードレール、40、道路交通法、黄色い看板、事、故、多、発、軽自動車、白、ワイパー、家族、父、母、小学生、幼稚園児、シートベルト、冷房、重力加速度(g=9.8m/s2)、摩擦、力の合成・分解、心拍数上昇、熱運動、声帯緊張収縮、声門開閉、声帯自由縁振動、発声、表面積、耐久力、偶発性、自由落下、生命活動停止、降雨。ラッピングされる前の悲劇は殊に硬い。

 樹海の奥の澱んだ池は周縁を混沌に取り込まれ、大きな亀を食している。粗末なコンクリートの水門は時間に所有され、水面が高らかにサイレンを鳴らした。地面? その下だ。貪欲な生命の轍。失われた道。独立の孤独。鮮やかな碧玉が瞬間的な凄惨を映すまで、水面の振動は収まらない。

 放射線状の先にある星は、渦巻く雲の群衆を見て、中心の平穏さに思いを馳せる。小さく笑って同情を求める。屋内の人間たちは一時の静けさに外へ出て月を見上げる。多数対多数。視線が見つからない。

 美しく聳える灰色の群――つまりは濡れた街――、芸術的な造形を描く雨水の跳舞。コンベヤーシステムのように効率良く行われる道路上の排水。特異な状況に微かな好奇心を垣間見せる車両のライト。照らされた区域は円錐状に広がる。記憶の薄れた建造物の下、湿気に停泊する自動車の隣、天候・光・拍節それら全てから脱却し、安定した地表の上で一組の三毛猫が静かに融和している。瞳孔が肥大化した二匹の動きは、一見共食いのようでもあった。速度は緩慢で、片割れは青い首輪をしている。渦巻きのようなもの、一種の螺旋が音を立てて破裂している。時に止まり、時に動く。無表情の上に奔出が瞬く。危機的な穏和、手垢の付着した感慨。その情事の数メートル先では滑稽なことに、誰もが自らの帰る場所へと急いでいた。擬似的な太陽として働く信号もまた同様に。生命が皆、群青に染められていた。恍惚に溺れていた。無関心に彩られていた。区画化が、進んだ。

 そんな中、横殴りの雨に晒される状況を受難した者がいた。それは、排気ガスに汚れたガードレールと表面の傷付いた街路樹に囲まれ横になっていた。時折タイヤが汚水を被せ、緊張を生んだ。皮膚を覆った毛衣は泥のように水を跳ね、顔には血痕の付いた二日前の新聞紙が張り付き完全な一体化を見せている。(一体何が新聞紙を被せたのか、被せようとしたのか。)隠された内部の顔面は大いに廃れ、鼻孔は潰れ、耳は割けているのかもしれない。はたまた至近距離で発砲された死刑囚のように頭部が失われているのかもしれない。若干黒ばんだ爪は数本が割れ、四本の足は前後二本ずつ丁寧に揃えられていてどこか剥製にも似た風貌だった。……いや、既に剥製になっていたのかもしれない。若しくは、この世界において存在を開始した時点で、《犬》ではなかったのかもしれない。では、この奇妙な光源は一体何なのか。本質を失った物体として生きるそれは普遍的・抽象的性質を求め音の中に沈む。

 そう、全ては製本の如く。あらゆる事象は教科書通りの理論を用いることで緻密な整合性を語ることが出来ただろう。何処までもきらびやかに叫ばれる公明正大な化学変化の公式が至るところに存在していたのである。温度・水・二酸化炭素・結晶・分解・粉末=風化。太陽は世界から逃避していた。ある意味での平和的調和、自意識の解決方法だった。その秩序さえあれば最早どうやっても争いなど起こるとは思えなかった。轟く雲が退屈な玩具と化す程に。だが、結局のところそれも皆、枯葉のようにひ弱な後天的事象でしかなかった。彼が選んだ一つの選択肢だった。(『僕』は見たのだ、際限無く広がる大地が黒塗りされた偏見によりその体を成している様を。)地上の全存在の意義は一つの意識、狂おしくも冷淡な意識を通して変換された真実により与えられていた。無数の記号が重視される中で絶対的権力を持った方程式は何者にも打ち砕かれることのない自信で周囲を取り込む。頭上の電光、唸るエアコン、台所に水滴を滴らせるマグカップ、無機質な熊の人形、化粧品CMのバックミュージック、言語の破裂、簡素なバイオリン、沈黙した台風、湿った空気、痺れる舌先、覆われた口内、外気の気配、嘶く風、軋む家、室内の有毒ガスを空調がどれだけ除去するのかという問題への考察、遮断の真偽、排水溝より吹き出る泥水の濃さ、悪臭か郷愁か、逆流? 傘? 土砂? ふらつきながら歩く人々、落ち着いて外を見る人々、死に瀕した人間はいるか、暴雨に吹かれる快感を得た人間はいるか、全ては彼を反映している。彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼

 存在は選別される。孤独に立つ樹木は常時盛大にその身を揺らしながら陶然たるざわめきを掻き鳴らしたが、樹海に覆われた山嶺を構成する木々の一本一本は全く微動だにせず感慨深い一枚絵としての硬直を全うしていた。絶え間なく生じる白波は遠方から見れば安易な平面でしかなかった。知覚によるものである。

 

 「知覚 狂いの針を進める存在」

 

 その一種、安定した行程の中で燃える女が言った言葉。冗長かつ複雑な。それは暫くの間弛んだ空間を揺蕩い、平常を保とうとする物体を数センチ震わし、彼の思考の大部分を占めていた特殊な状況と錯綜して高尚な劇物へと転化した。彼にとって、その言葉の発せられた口調・声量・速度といった物質的理念全てが空虚だった。重要なのは言葉の意味する状況や過程、啓示性だったのだ。(少なくとも発端としての役割を果たすであろう意義が、そこにはあった。)彼は自己に関連するあらゆる記憶を精査し、精巧な現実と対峙することを強制された。それは一時捨て去った爆発物のような予想に無抵抗なまま呑まれていくということだった。当初の驚きは磨滅して不可思議な疑念が踊り、自分が精神的陥落にのめり込んでいくのを感じた。脳裏には既に解答が蠢いていたが、彼はそれを承知で新たな答えを提出した。背中の右斜め後ろを通る直線が彼を責めたが、それも無意味なことだった。最早恐れは強大になり、そこから身を逸らす他に道はなかった。道。光の反射角度を微かに歪めるという行為。終焉を目的とした欺瞞。日々渇望してきた事象そのものへの跳躍だ、少なくとも彼にはそう思えた。(『僕』は唯それを眺める。)世界はこの瞬間、寄り添うような音を立てて崩壊への一途を辿り始めた。肉体が沸き、偽りの頭痛と共に混乱という喜劇が踊った。飛び交う電波は速やかに断絶され、内部が、露呈する。

 

 「そうだ、俺は死なねばならぬ」

 

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 [弁解]

                                        

 例えば『性的倒錯』

 例えば『内罰的思考』

 例えば『肉体的不自由』

 例えば『母的存在欠如』

 例えば『偏執的劣等感』

 例えば『幼児期虐待』

 例えば『社会的弱者』

 例えば『自殺志願者』

 例えば『病的犯罪者』

 例えば『自己虐待』

 例えば『被害者』



 全てが彼には魅力的だった。金剛色に煌めくわけでもなく、絶対的な力を持っているわけでもないそれらの風貌は、彼の目を通して美しい流線型を描く小さな宝玉と化した。だが、彼は決してそれらの存在を素晴らしく優秀な物だとは考えていなかった。飽く迄他とは何処か劣った事物として、彼はその何れにも多大なる一体感を持って接した。自己の身体の立脚を蔑ろにする程の同情、それを彼はふんだんに振り撒いたのだ。人間は同情を持たねば人間として存在できない。これは余りにも明らかなことだろう。

 しかし、彼の場合、一つの欠陥があった。彼は自らの存在から自らの存在へとその方向性を定めていたのだ。他物に同化する能力、それ自体の悪用とも言える。彼は自分の感情の動向を元にして外部の世界を緻密に予想し、それを盲目的に信仰した。これが彼の弁解を引き起こしたのだった。(そんなことは当然解っている。下らない事だ。人は皆二つの眼球を醜い顔面にへばり付かせ、その視界の及ぶ範囲、活動の限界に存在する物体の発する光を曖昧に認知して情報と化し、幼稚な活動写真を造り上げる。それ以外に人は世界を図式出来ない。他者からの情報は虚しくも断片的な言語音声等にしか成り得ず、人間は何時から身に付けたのか自分でも解らない様な前提を持ってその情報を整理し、構成していかなければならない。人は自分が見ている赤黒い血液が本当に赤黒いのか、実際は青白く光ってやしないのか、全く以て判断しようが無い。精密な測定によって成された先天的事象と言われる客観的視点は結局の所その力を人の心底にまで及ぼし得ない。表面を覆う薄い水面に小さな波紋を与えるのみだ。それは彼に限らず、どんな人間も人間である限り逃れられない事だろう。なのに、彼だけにそんな罵倒を浴びせてもいいのか(それに、彼が此のような思考に陥ってしまうのには確りとした要因がある。彼を取り巻く環境が余りにも劣悪だったのだ。彼はどう考えても不合理な仕事を常時課せられていたし、他者は誰も彼を理解しようと努力しなかったし、世間には安易な悲劇が出回り過ぎていた。彼はそれらの影響を全身に受けてしまったのだ。そう、彼は被害者なのだ

                                                



 ただ、彼は尋ねた。「何故止めた」

 故に、彼は答えた。「風が砂を飛ばすから」



 ただ、彼は尋ねた。「光彩は無いのか」

 故に、彼は答えた。「海が何時までも黒光りするから」



 ただ、彼は尋ねた。「そこに在るのか」

 故に、彼は答えた。「空が全てを配置するから」



 町を囲む電柱への想像。所々雨に汚れた灰色の電柱。金属の塊を抱え、高尚な防壁を持つ電柱。彼等は誰に学んだのか、互いに何本もの電線を伸ばして一つに成り、外部からは上手く身を隠して生きている。小鳥達は彼らの存在を理解せずにその身を委ねている。まるで死した過去への餞のように小さく鳴いている。小鳥が無知なのはある程度許されることかもしれない。それはそれで仕方の無いことなのかもしれない。だが、人間の場合それでは済まされない。人間は目的に犯されているのだから。小鳥より劣悪であることは必至だ。地表に蔓延る無数の人間達は、電柱の存在にその生活様式を構築されていながら自らの思考内に彼らの居場所を設けようとはせず、中には唯の外観として忌み嫌っている者さえいる。そうだ、これなのだ、太陽がその役割を忘れようとする理由は。

 人は一種の調和を求める。今もこの先も、そして人間が存在していない程の過去に於いても。何かに呪われた獣の如く、あらゆる土地をさ迷い、見知らぬ者にその身を委ねながら。心地よい気候。安泰な環境。それらは絶えず彼らの目前に現れ、その状態を維持し続ける。餌だ。何者かが仕掛けた餌だ。(そんなことは誰もが認識していただろう)だが、それが何になるのか。虚しさが枚挙する他無い。世界が唯宇宙のみとなり、地上は球を描いて終息し、海は波を失い、柚子はその香りを地中に埋めるだろう。その為の、偽装だ。自らを獰猛な獣に変えてまで神の許しを乞い、その歪んだ肉体を曝し、腕、足、腹、首、頭、全てを火に掛け少量の灰となる。美しき灰。献身と自己犠牲。憂いと自粛を持った何人にも犯されざる行為。 「信仰」 (しかし、彼等は知っていた。その灰が、一定の火力を持って燃焼する事を)

 

 何故か。理由を見い出すには余りにも傲慢だ。

 

 あ 爆発的青さに軽く戦き妥当 狂い眼に改竄 振って止まって殺伐 シューレアリズムで解体 と言った彼方でカラザ 光彩から舞う諷刺 走力涸沢欺瞞 解剖産気頭蓋 女体カムフラージュ曲芸光合成か否か

 

 複雑な構造から成る道路指標、それより生まれし町。もはや履歴書の如く描かれたその詳細な状態分析は、何らかの指針を示すのかもしれない。だが、この場所、この一区間、店や電車や家や病院や映画館や廃屋や公園や学校や街灯や橋や川や石や道や山や電波塔や消防署や信号機や踏切や老婆や花壇や会社や作業員や銀行や学生や蝶や蝉や冷気や酸素やややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややややや全てを統合したこの存在は誰によって、誰のためにその名を授かったのか。それだけではない、人が認識し得る全ての事象、それ等にも律儀に言葉を埋め込んでいるのは何故か、まるでそうしなければ滑稽が全てを飲み込んでしまうかのように。(酷刑?)当然答えは雨に濡れたコンクリートの湿気た臭いに在る。人間は自らを忘れ、全ての存在に唯黙々と名付けていく。存在を手中に納める為の道具、存在を愛する為の道具。愛? それを知る人間か、



 改造を許された夢。

 「遥か彼方の微光から少しずつ脆弱を割って線路を進む廃電車の気配がする。周囲の空気が研ぎ澄まされ、その後すぐに丸く鈍って身を落とす。闇夜の中の電話のベルや扉の開閉音、窓が風に揺れる音、電線が微かに伸びる音や蛍光灯の痺れた音、それら全てが背後から迫って来たかと思うと、一瞬で霧散し漆黒を淡く照らす。過度に意識して息を吸うと、指先まで泥水が行き渡って首が詰まり汗をかきそうになる。何も無かった。目に見える物は、何処からか近付く電光の動きだけだった。足元が細かく揺れた。踏切が頭上でけたたましく鳴いた。全てを空中へと舞上げながら電車が近付いて来るのが分かる。距離が狭まるにつれて音が肉体を駆け抜けるスピードも速まり、空が暗転して舌が歯に掛かる。太陽が、雲が、鳥が、地に当たって砕け、海は蒸発し草木は散々になって砂にまみれる。重力が現実から外れ、眼球が頭蓋骨から飛び、指が伸び、足が曲がり、爪が歪み、歯が落ち、首が回り、鼻腔が拡がり、全てを腐敗させるような死臭が砕け散る身体の隅々に巡って空高く汚れた血液が弾け飛び、突然個体になって落下し線路を響かせた。老いた電車はその肉体を必死に動かして一人の人間の痕跡を曖昧にし、よろめきながらその場を後にする。暫し無声。何処からか黄色いビニールを身に纏った男達が集まる。悪臭漂う肉片を一つずつ塵袋に入れていき、端では幾度もシャッターがきられた。元の通りに美しく掃除された線路はまたけたたましく踏み切りを泣かし、男達はそれを背にゆっくりと帰っていく。萎れた塵袋の中では元の形に組み立てられた不完全な少年の顔が激しく瞬きを続けている。青黄赤青黄赤青黄赤青黄赤……」



 勝手な責任の転嫁だ。太陽は皆平等にその身を差し出している。

 轟音の炎に焼かれるのは個人の自由だ。



 自由。



 艶かしき光線、透き通る熱、舞い上がる乾き。不思議なことに地面は何処までも揺れずにじっと車道を見守っている。熱に浮かされ漂うアスファルトは人の形すらもねじ曲げその力の所在を曖昧にする。何百もの風貌を見せるねじ曲げられし人間達は静かに遠くを見つめ、全身に汗の流れを感じながら呟く。「嗚呼、此は蜃気楼か」



 周囲の空間を沈下させ何処までも濁った黄土色にする程の爆音、それを発している筈の航空機が汚れ無き濃淡の付いた夏空に描く調和的な一線、何らかの感傷的な経験を求める群衆によって永続的な生命を授かり、本来の性質を忘れ空という空に出仕する一閃。小綺麗な額縁にそっと仕舞われた物理法則の一部、それに対する相関関係は完全に失われ、絶対的な温度で確定された一角を燃焼する。空気または酸素中で物質が酸素と反応して光と熱を発する現象? そんなものはこの世界では一瞬にして無価値となるだろう。 



 地表は往々にして傲慢である。

 

 期待は過度に肉体を溢れ、世界中の星々を侵食し、周囲を取り巻く空気まで頽廃させる。灰色の放射線が鏡という鏡に反射して熔け蒸発した後硬化して落ちる。何れだけ静寂を保とうとしても無数の布擦れ、床の軋み、焦る息遣いが散乱する。だから彼は彼に頼む。

 *この町を描いてくれ

 *出来れば罪、諂曲、先入観、奴隷、£§※‰∝¶ζжを含めて

死者の微睡。無意識の承諾。手が理性を離れ滑らかに描写する。歩道を転がる小石や放置された自転車に浮く苦い錆、足の折れた烏、青虫の放つ死臭、窓に生えた透明の水滴まで、彼の理想、彼だけの町。容易に歪む時系列の下で水素や窒素、鉄やカリウム等は既に破壊し尽くされ、物質は皆それ自体の法則に従い構成されている。



 何処までも開放的で

 何処までも危機的で



 その出来映えに狂喜した。彼は一つ一つの事物を良く研がれた鋏で美しく切り分け、纏めて重ね合わせたり好きに配置したりした。地上から解放されたそれらの存在はいとも簡単に風に飛ばされ何処かへ消えてしまいそうだったので、彼は出来うる限りの細心の注意を払う。「一つ一つ丁寧に重石を乗せていった」故に中々その行為は終わりを迎えそうになかった。全てが順調に思われた。

 『だが、どうだ。彼は気付いたのだ。(否、彼は此の世に生まれ出でる前からはっきりと自覚していたのだ)彼は唯、



 ていたのか、だが



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 そう、世界は彼に道を譲った。

 彼が血肉を貪られることは 無い。

          

            (では、風は何処から吹くのだ)



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 象徴化は進んだ。各々が存在以上の意味を持った。価値が波打って凶悪な輪郭線を描き、地下水が蒸発し、溝鼠が暴発した。蛞蝓が、砂に溶けていく。美しい計算式の上では有り得ないことも、その世界では平然と行われていった。それ故幾つもの矛盾が生じたかもしれない。だが、それもまた真実なのだろう。未だ誕生していない魂が死する程の矛盾によって、彼は生きている。例え当人がそれを認めなかったとしても。期待は信仰により構成されるだろう、間違いなく。







 風は壁面を鳴らす。

 ガラス戸が濡れる。

 

 『僕』は彼を見つめる。

 時間は漠然と迫る。




 硝子に阻害された潮風は目に捉えられぬ程微小な塩の結晶を窓の表面へ残し、山脈をなぞる太陽の輝きを微かに歪めさせた。最初は誰もその変化に気付かないだろう。だが、月日が経つにつれ少しずつその力を強めていく塩の堆積は、端から見れば直ぐに分かる程の違和感を含んだ光線を生む。白黄色の空は柔く濁った藍色に、聡明な緑地は解体された茶褐色に、各々風化した。だが、部屋の中でじっと意識を沈めている彼らは直に感じ取れる幾つかの事象――埃、染み、汗――ばかりに気を取られ、窓の外に広がる気体の変異に目を向けることはなかった。彼らの中で既に時間はその意味を失っていたのである。変化を失った存在は同時にそれ自身の領域を失い、無という分類に振り分けられる。彼らは小さな小屋の中で細かな砂となり、四隅に蹲って塵に溶け込んでいく。そして、普遍的な熱を以てしめやかに脆弱を得る。





 自意識を失った総称は、何の不自然さもなく巨大な頭部を色彩豊かに変化させながら、彼の生命を覆う。外敵の襲来は一秒たりとも止むことなく続けられたが、彼の活動が阻害される度に、彼の産み出した理論、それに伴う利己主義が巧みに外敵の性質を軟化させ、因果関係の一部に組み込み彼の意識と完全に乖離した客観的事象へと転化させる。 





 彼の窪んだ眼光は自らの存在自体を純粋に貫いた。それは、彼がこの世界において自分自身の占める領域を把握してからの十数年間で、初めての試みだった。勿論過去の自分の行動への分析や解読は日常的に行われてきた。だが、それらは多大なる自己嫌悪やそれに伴う願望に汚濁していた。今回のような純粋さは一時も求められることなど無かったのだ。彼は『僕』を含む幾千万もの人格を認識し、それらの混在した一人の人間と、対峙した。全ての経験は排他され、簡素な、単一な視線で以てその肉体を見つめた。霧中に佇む男の喉頭を覆う喉元の皮膚、顎骨の張り、滑らかに裂けた口唇の人中、鼻腔の暗影、そして眼筋に支えられた精魂渦巻く水晶体から湧き出る灼爛の涙が、彼の視界の中心に据えられた瞬間、暗雲の境から覗く太陽の熱は彼の意識を蒸発させた。何を以て存在とするのか、その根拠自体が酷く曖昧になり、一種の螺旋を描いて乱舞する言葉が様々な事象に当てはめられた。既に彼は神の限界を感じていた。自己の意識の骨格、視界に加わるあらゆる物質の形体、聴覚を通し伝わる連鎖的反応、それら全てに遍在し支配する絶対的な神の限界を。目映い光を持って自身を永劫の下へと到達させる究極の風体、その表皮は何の抵抗もなく平凡な気流に屈したのである。視線を崩壊させる閃光は魔滅した鉄製の錆に収縮され、美しい幾何学模様を形成する葉脈やそれを体内に取り込む非力な昆虫、潮風を吸う白い鳥や地中に逃げ込む醜い土竜など陽光の力によって存在し得る全ての生物の動向を見守っていた筈の眼球は色彩を失って鈍重な岩石へと退行した。全体の把握など困難かと思われていたその巨大な身体はどういう経緯を辿ったのか、一人の人間と対等な視線を交わすほどになっていた。それこそ、無害な平民の如く。そしてその芸術的石像を中心に静寂な蒸発が波打った。世界は一度勝ち得た緻密な秩序をその手中から落とし、幾千万もの調和体系は凄惨な孤独の傘下で分裂した。密集した高層ビルは滑らかな強化ガラスを振り落とし、体内を行き来する生命もろとも点滅する信号機に貫かれた。街路樹は騒音と閃光に悲しみを見た。彼らは生命活動の骨格を担う指針、つまりは変貌する欲動や安定した判断を一挙に失い、空中を舞う黄砂のような苦味が延長・短縮を繰り返しながら真空へと拡散するのを明確に予期した。解体された言語は四方八方へと飛び散り、無意味な文明を築いた。一語一語は自我を強調し、他者からの逃避を試みたが、結局それは徒労に終わる他なかった。全ては、『存在』を知る前から先天的に与えられていた絶対的領域に依存していたのである。澄み渡る視界を原子レベルにまで分割した一室。その中で自己の存命を探し求めながら、外部より聞こえる霹靂、噴火、地震、津波、羨望、呪怨、それら悪霊の強かさとも言うべき現象を恐れ、漠然と感じられる他物の動向に戦き、自らの足音に死を直結させながら只じっと蹲って純白の天井を眺めていた。自分は何時此処から脱け出せるのか、それも平穏な草原、温和な青空の下へ……。この思考形態。生気を失った自己肥大。独我主義。これこそが彼の存続に応じて課せられた代償だった。想像は牢獄の中の言語に幾つもの人格を住まわせ、彼に、自らの内部に巣食う獣と外部に存する狂気への危機感を強いたのだ。小部屋には広大な自然、音色、色彩、馨、触感、流動、行動、規範があった。思考はその広がりの中で痛むほどに手足を伸ばすことが出来た。だが、それは彼にとって偽言でしかなかった。無価値だった。様々な知覚は彼の理性を飽きさせなかったが、それが何になろうか。彼の意識は道路沿いの用水路へ放漫な雑草と共に幽閉され、青白く硬直する他無かったのだ。醜い泥だ。枯れた腐敗だ。汚れた窒素しかない。発声の限られた一室、そこに物体は確かに依存していた。全ての理由付けは事足りたからだ。その方が楽だったのである……そして不完全な分断を果たした各々の文字は空想を現実化する。不文律は新たな体を成し、物体は反発を開始していく。表が裏へ、裏が表へ。繰り返される反転と捕縛。前提こそが煮え立ち、裏切りへの欲求が暴発する。幾ら求めようとも、幾ら焦点を合わそうとも、客観は回転し消失する。構造が奇異なのか、自らが奇異なのか、誰も答えようとはしない。責任逃れなのか、本当に知らないのか、それすらも分からない。消しゴムが落ちるのも、飼っていた犬が死ぬのも、テレビの中で悲劇が起こるのも、みんな調和なのかカオスなのか分からない。自分が行っていることが欺瞞なのか、本心なのか、分からない。彼が彼になろうとするが、それも叶わない。神は既に消えてしまった。規律を叫ぶ犬は消えてしまった。あるのは曖昧な他者、そして自分だけだ。硬い。酷く硬い。そして感覚が無い。君は分かるか。いや、分からないだろう、結局のところ。僕はこんな風になってしまったんだから。君が幾ら努力したって、無駄なことだ。僕はこうやって独りよがりに君へ文章を書きながら、自己嫌悪に酔っている。君が口にする救いの一言は、僕の力で空虚へと堕落する。それは仕方の無いことだ。僕はもうこんな風になってしまったのだから。唯、君に知ってもらいたかっただけだ。僕はここにいて、ここで絶望している。可笑しな話だが、ここはそんなところだ。


この本の内容は以上です。


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