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ンダギの民


 その昔、とあるところにそれは小さな国があった。あまりにも小さいので地図に載ったことがなかったし、旅行者向けの案内書にも載ったことがない。その国の民は、自分たちをンダギの民と呼んでいた。ならばンダギとは国の名かとたずねると、そうではないと言う。国の名は別にあって、それは秘密にされていた。異邦人にはもちろんのこと、相手がンダギの民であっても国の名は絶対に口にしてはならなかった。そして口にした者は例外なく罪に問われ、罪に対して与えられる罰は例外なく死刑と定められていた。
 ンダギの民の間では死刑はちょっとした見せ物で、いつでも大勢の見物人が集まった。執行には妙に華やいだ気分がつきまとい、歌の名人が歌を歌えば笛や太鼓が音をあわせ、見物人が一斉に踊った。死刑囚も首切り台の上で踊ったし、首切り役人も負けずに踊った。首切り役人が下手に踊るとやじが飛んだ。だから首切り役人は踊りのうまい者から選ばれていた。やじが飛ぶと、首切り役人のみならず法の威厳もまた損なわれたからである。ちなみに死罪となるのは国の名を口にした者だけで、盗みを働いた者は手を、姦淫を犯した者は鼻を切られた。すべては定められていて、疑問が入る余地はない。
 ンダギの民はそれで満足していたが、異邦人の中には余計な疑問を抱く者がいた。ンダギの民がンダギの民に対して国の名を教えることができないのなら、実際に国の名を知る者は一人もいないのではないかと考えた。知らない者が知らないことを口にできるはずはない。だとすれば死刑に処された者たちは、偽りの上に偽りを重ねて殺されたのではあるまいか。
 そのようなことはない、とンダギの民は請け合った。罪を犯した者だけが、大法官の前に身を投げ出して罪を告白したからである。ンダギの民がンダギの民を疑いに基づいて捕えることは決してなかった。だとすれば、と異邦人はさらに余計な疑問を抱く。死刑に処された者たちは、実は偽りの上に偽りを重ねて自殺をしたということになるのではあるまいか。
 そのようなこともない、とンダギの民は請け合った。まずンダギの民は自殺しない。死刑に処された者は数多いが、自殺をした者は過去に一人もないという。それにンダギの民は自分の国の名を知っている。知っているはずがないと言われても、知っているのだから知っている。もし知らないということになれば、それは国の名を口にした以上の大罪を犯すことになる。したがって偽りの上に偽りを重ねているということもない。
 国の名を口にした以上の大罪。そう聞いて異邦人は耳を立てる。国の名を口にした者が死刑となる国で、それ以上の罪にはいかなる罰を与えられるのか。それは死刑なのか、それとも死刑よりも恐ろしい罰なのか。
 死刑ではない、とンダギの民は言う。国の名を知らないと告白して大法官の前に身を投げた者は、踵を切り落とされるのである。
 ここで異邦人は罰の意味について考える。盗みを働いた者が手を切り落とされるというのはよくあることで、罰の意味にも疑問はない。姦淫を犯した者が鼻を切り落とされるというのも、なんとなくわかるような気がしないでもない。ほかのところでなくて幸いだ。国の名を口にした者が死刑になるというのは、いかにも辺境じみてはいるが、それはそういうものだと受け入れられないこともない。だがそれを上回る罪を犯して、なぜ踵が切り落とされることになるのだろうか。
 それは言えない、とンダギの民は顔を背ける。
 法によって禁じられていたからではない。踵の問題に触れることに、どこかやましさを感じていたからである。
 実を言うと、ンダギの民にはいささか特殊な嗜好があった。人間の踵の皮を、最上の美味と考えていたのである。もちろんどの踵の皮でもよいというわけではない。美味の中でももっとも美味とされたのは、春に二人目の子を生んだ女の踵から、晩秋の時期に取れた皮であった。よく脂が乗っていて、心地よい歯応えがあるのだという。
 ンダギの民は幼い頃から踵の皮を惜しむようにして与えられ、長じるにしたがってその美味の虜となっていった。美味に焦がれて自分の踵の皮を食べる者も中にはいたが、それは最低の行為とされていた。美味を味わう以上はしかるべき儀式にのっとって皆で食べ、皆で感想を述べあわなければならなかった。趣味を心得たンダギの民なら、誰の踵の皮がうまいかをよく知っていた。踵の皮がうまいとされた者は社交界の寵児となり、酒を酌み交わす集まりには必ず招かれ、多くの者がその足元にひれ伏した。ただしそうした集まりに異邦人が招かれることは決してない。ンダギの民は野蛮とそしられることを恐れたからである。つまりどこかしらに、自分たちの嗜好を恥じるような気持ちがあったのである。
 恥じてはいない、とンダギの民は言う。異邦人を招かないのは恥ずかしいからではなく、異邦人が新たな美味の存在を知って強欲に駆られるのを恐れたからにほかならない。
 そんなことはしない、と異邦人は主張する。踵の皮がうまいわけがない。
 喜びを知らない者よ、とンダギの民は言う。他人の趣味に鼻を突っ込む暇があるならば、国へ帰って他人の女房の脚の間に鼻を突っ込め。
 ンダギの民は決して友好的な民族ではなかった。そもそも愛想のよい方ではなかったし、しつこく質問を続ければ怒りをあらわにすることもあった。怒りの度を越せば槍を手にして挑んできたし、その槍には鋭利な穂先がついていた。穂先に毒が塗ってあることもあった。怒りに走りやすい一方で、冷めるのも早かった。だからすぐに許しを乞えば、危険は確実に回避できた。だが威嚇に対して威嚇を返せば命を落とした。人数や武器で優勢であっても、ほぼ間違いなく命を落とした。ンダギの民は勇猛で、誇り高いことで知られていた。全員が優れた戦士だった。しかも死を恐れていなかった。死んだ者は必ず天国に導かれると信じていた。ンダギの民の天国では、足の踏み場もないほどに足で地面が満たされている。
 そこでは踵の皮が食べ放題だ。
 それが異境の民の天国であった。



奥付



アニシカ王


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著者 : 佐藤哲也
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