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野蛮の証明


 その昔、とあるところにそれは小さな国があった。あまりにも小さいので地図に載ったことがなかったし、旅行者向けの案内書にも載ったことがない。古くからそれ以上のことが知られることはなかったが、ある時、名高い学者が弟子とともにその国について考察を加え、その結果、野蛮の地であることが証明された。
「さて、弟子よ。わたしたちはこれまで文明の発展の諸段階について考察をおこない、発展の段階がより高いほど、人間にとってより好ましいという結論に達した。なぜならば発展の段階とは、人間が感じる快不快の程度と密接な関係にあるからであり、人間がその本性において快適であることを好む以上、快適の程度が低い発展段階よりも快適の程度が高い発展段階を選ぶことは自明とされるからである。そして快適の程度が低い発展段階とは文明の底辺により近く、快適の程度が高い発展段階とは文明の頂点により近い。文明の発展の主要な動機が快不快の階梯を登ることにある以上、これもまた自明であると言わなければならないだろう」
「いかにも、そう言わなければならないでしょう。しかしながら、先生、わたしには一つ、不思議に思えてならないことがあるのですが」
「それならば、弟子よ、たずねてみるがよい。おまえにとって不思議なことでも、わたしにとっては自明であることが、まだ数多くあるのだからな」
「いかにも、先生はすでに星の数ほどの疑問を解き明かし、凡俗には思いも及ばぬところから新たな疑問を発見しておいでです。先生に解き明かせぬような疑問がこの地上に存在すると考える者は、世界に誰一人としていないでしょう。さて、わたしが不思議に思うこととはほかでもありません。発展の段階がより高いほど人間にとってはより好ましいのならば、なぜ、ある段階に敢えてとどまろうとする者たちがいるのでしょうか?」
「我が弟子よ。それは初耳だ。それはいったいどのような者たちなのだろうか?」
「とあるところにあっても地図に載ったことがなく、旅行者向けの案内書にも載ったことがない、たいそう小さな国に住む者たちです。辺境に身を置いて快不快の階梯を登ることには関心がなく、むしろ日々を生きることに関心を抱いている者たちです」
「それは、我が弟子よ、とどまっているのではない。遅れているだけなのだよ」
「遅れているだけなのですか? とどまっているのではなく?」
「この世界のすべての国が同じ速度で同じように文明の発展を遂げているわけではない。ある国はほかの国よりも速やかに進み、ある国はほかの国よりもゆっくりと進む。国にはそれぞれの発展の速度というものがあるのだ。だから我が国のように進みの速い国はすでに発展の頂点に近づこうとしているし、一方、進みのひどく遅い国はまだ発展の底辺にあって高度の不快を受け入れている」
「しかしながら、先生、わたしにはその国の人々がとどまっているように思えてならないのです」
「そう思えてならないのならば、我が弟子よ、それはおまえが未熟な証拠だ。快不快とは万物の尺度であり、快不快を計る梯子はたった一つであるということを忘れてはならない。ある場所では不快であるとされることが、別の場所では快適であるとされることがあってはならないのである。もしそのようなことが起こるとすれば、それは快不快の尺度が異なるからではなく、文明の発展の段階が異なることによってそう見えているに過ぎない。人間は快適であることを本性から求めて文明の発展の段階を進むのであり、大国と呼ばれる国々での暮らしがおおむねにおいて快適で、しかもおおむね均質であるのはまさにそうして進んできたからにほかならない。梯子が一つならば進まなければならない距離も一つであり、そして我が弟子よ、重要なのは梯子をどこまで進んだかであって、それ以外の何かではないのだよ。それにもかかわらず、その国の人々が低きにとどまっているとするならば、そもそも人間の本性に反していると言わなければならないだろう」
「いかにも、そう言わなければならないでしょう。しかしながら、その国の人々がとどまっているとして、しかも人間の本性に反してそうしているのではなく、本性にしたがってそうしているのだとしたら、それはどのような状態にあると考えるべきでしょうか?」
「そのような状態は、我が弟子よ、あり得ないと言うべきであろう」
「しかしながら、先生、その国がすでに発展の頂点に達してるのであれば、そのようなこともあり得るのではないでしょうか?」
「それもまた我が弟子よ、あり得ないのだよ。仮にそのようなことがあるとすれば、辺境の地にあって地図にも旅行者向けの案内書にも載っていない、そんな状態が快適であるということになる。だが、そのようなことが快適であるはずがない。不快であると感じなければならないのだ。したがってその国の者たちが発展の頂点にあるということはなく、むしろ発展の底辺にあると考えるべきであろう」
「すると、地図にもなければ旅行者向けの案内書にもないその小さな国は、無条件で発展の底辺に置かれるということですね?」
「そのとおりだ。だが弟子よ、おまえもよいことを言ってくれた。これまでわたしは人間の本性を信頼するあまり、その前の段階について考察することを忘れていた。わたしはその段階を発展の前段階と呼ぶことにしよう。そこで弟子よ、これはよくよく心して答えてほしいのだが、その国はとどまっているのか、それともとどまってはいないのか?」
「どう考えても、とどまっているように思えます」
「ならばその国が発展の前段階を示す最初の標本となる。人間の本性に反して快適への希求を怠り、梯子に手をかけようともしない連中というわけだ。けしからん奴らだが、わたしの発展のためにはよい材料となる。さて、弟子よ、おまえは発展の前段階にあるような国は、どのように呼ばれるべきだと考えるかね?」
「どのように呼ばれるべきでしょうか?」
「そうした国は、野蛮な国と呼ばれるべきだとは思わないかね?」
「いかにも、そう呼ばれなければならないでしょう」
「なぜ、そう呼ばれなければならないのだろうか?」
「なぜなら、その国が地図にも旅行案内書にも載っていないからです」
「そしてそれにもかかわらず、自分たちは幸せだと信じているからだ」
「なんとも、思わず、憐れみたくなりました」
「いかにも、憐れまなければならないだろう」
 後におこなわれた慎重な調査の結果から、名高い学者もその弟子もその国を訪れたことは一度もなく、ただ考察を加えたのみであったことが証明されたが、それでも名高い学者が下した結論が揺らぐことはなく、末永く定説の座にとどまった。



勇気の回復


 その昔、とあるところにそれは小さな国があった。あまりにも小さいので地図に載ったことがなかったし、旅行者向けの案内書にも載ったことがない。記録に残されているその国の住人の主張によれば、地図や旅行案内書に記載がないのは国が小さいからではなく、実は近隣諸国が謀略を用いて彼らの祖国の抹殺をたくらんだからであった。文字どおり地図から消し去ろうとしたというのである。別の記録は版元の反論と近隣諸国の反論を伝えている。版元の反論によれば、その国の名前が地図から落ちているのは一般的な不手際が原因であり、案内書の目次にないのは日常的な労力の不足が原因であった。その証拠として同じように抜け落ちている複数の国の名前を挙げ、謀略の存在を否定している。近隣諸国もまた、いかなる謀略も存在しないという主旨の反論をしている。その内容を要約すると、地図から消したところでそこにあるという事実は変更できないし、変更できない以上は無駄な努力をしたくないということになる。それにそもそも地図に載っていないではないかという過激な発言も収録されているが、これがどの国の代表の口から発せられたのかは明らかにされていない。
 謀略の存在を指摘した人物は、具体的な結果こそ得ることはできなかったものの、帰国してからはその勇気を称えられた。終身愛国者の称号を受け、国家における指導的な地位を提供された。いくつもの集会に招かれ、それぞれの集会では演説を請われ、会衆を前にして自分がいかに近隣諸国を論破したかを語って聞かせた。聴衆は拍手喝采した。論破されたにもかかわらず近隣諸国はいかなる反省の色も見せなかったというくだりでは、集会場に緊張が走った。外国の横暴を許すなという囁きが広がり、若者たちは戦争すらも辞さないと呟いて顔をうつむけた。戦争という一語によって集会場はなぜかもじもじとした空気に満たされたので、演説者はここで話題を変えた。最大の問題はその国に独自の地図がないことであった。外国の陰謀によって生み出された誤った地図が、その国の青少年の心を激しく歪めているのであった。若者の心に誇りと勇気を取り戻すためには国民の手によって作られた新しい地図が必要であると訴えた。新しい地図はその国の存在を全世界に向かって高らかに告げるだけではない。国民すべての心に愛国の火を灯す素晴らしい物語でなくてはならなかった。
 終身愛国者を中心に団体が結成され、新しい地図を作る作業が始められた。首都に本部が置かれ、地方組織が展開された。それぞれの地方組織には有志からなる測量隊が配置され、いずれも勇猛果敢な測量隊は図書館や学校に襲撃を加えて誤った地図を摘発し、広場に集めて火を放った。一連の光景を目撃したその国の地理学者や測量技師は地図製作に関わる若干の技術的な問題を指摘したが、終身愛国者とその周辺はこれに等しく嫌悪感を表明した。国民の地図は、旧来の方法では作成できないという信念があったからである。証明されるべきなのは測量の技術ではなく、愛国的な勇気なのであった。だが同時に支援者から寄付を募り、秘密裏に測量器具を購入することもした。測量隊の面々は真新しい測量器具を背負って山野をめぐり、参考書を頼りに点を定め、点と点との距離を測った。そうしている間に国内ではあの地図は完成しないという噂が広まり、広まるにつれて国民の関心が揺らぎ始めた。終身愛国者は噂を否定し、噂の出所は外国の走狗となった反逆的な団体であると主張する一方、決定版に先立つ暫定版と断った上で新しい地図の公開をおこなった。
 そこに示された新たな国境線に、まず近隣諸国が反応した。いくつかの線が問題とされ、事実上の侵略行為であると非難された。国内の学者や技師も眉をひそめ、科学的な根拠の提出を要求した。これに対して終身愛国者は科学的根拠の提出を拒み、国境線の形状は愛国心の発露としてもたらされたものであり、真の国民であればその形状は自ずと理解されるはずであると説明した。この地図は国内及び近隣諸国で発売され、問題の文書として多くのひとが買い求めたが、信頼に値しないという批判と暫定版であるという作成者自身の保留があったことから、これを地図として使おうと考える者は一人もなかった。
 測量の開始から数年を経て、新しい地図の決定版が公開された。意外なことに、決定版の国境線は暫定版の国境線よりも大きく後退していた。新しい国境は自然が与えた線よりも内側にあり、歴史的な合意よりも内側にあったのである。支持者たちは指導者の勇気を称賛した。勇気がなければそんなことはできないはずだからである。だが国内の専門家はその素人仕事ぶりを嘲笑し、一般に有識者と目される人々は国益を損なったとして批判した。そして近隣諸国もまた、ただ事実を歪めているというそれだけの理由で厳重な抗議をおこなった。そこで終身愛国者とその周辺は国内にあるいくつかの団体の名を挙げ、外国の走狗となって国内世論を否定的な方向へ導いていると非難した。完成した地図は賛否両論がある中で地図として発売され、国内及び近隣諸国で多くのひとが買い求めたが、これを地図として使おうと考える者は一人もなかった。
 さて、その国がそのような状況にあった時、長らく不在であった王がその軍勢とともに帰還を果たした。不在であった理由は判然としないが、一説によると不在だったのではなく最初からそこにいたのであり、不在であるかのように見えたのは国民が三世代を費やして王とその軍勢の抽象化を進めていたからであった。いずれにしても王は戻り、領土の縮小を知って激怒した。兵を送って終身愛国者を捕えさせ、玉座の前に引き出して説明の機会を一度だけ与えた。終身愛国者は王に向かって国を憂える心を説き、さらには国を愛する心に訴えたが、王は応えてこのように言った。
「朕が国家である」
 ついで王は罪人を叩くための棍棒で愛国者を殴らせ、兵士の身分を与えて軍に送った。それから軍の指揮官たちを呼集して軍議を開き、国境線回復のための作戦を練った。すでに近隣諸国が新しい地図の国境線に沿って兵を配置していたからである。間もなく戦争が始まった。諸国は矢継ぎ早に動員令を出して徴兵を強行し、いくつもの軍団を編成して端から戦場へ送り込んだ。戦争は長期にわたる泥沼となり、多くの者が死の淵に沈んだ。そして国境線もまた泥にまみれて混沌とした状態になってくると、諸国は和解の時期に達したことを悟ってそれぞれの古い地図を取り出した。



予言の顛末


 その昔、とあるところにそれは小さな国があった。あまりにも小さいので地図に載ったことがなかったし、旅行者向けの案内書にも載ったことがない。だが予言者がその国に現われて恐るべき予言をおこなった時、翼を持つ噂はすぐさま四方へと飛び立った。そして知る者のなかった国は数日を経ずに知らぬ者のない国となり、多くの者は地図を開いて噂の土地の所在を確かめ、どこにもないのを知って眉をひそめた。そのために噂の国の存在もまた噂の範疇に属することとなったが、それによって噂が価値を失うことはなく、地理上の発見に関わる新たな噂に加勢されていよいよ遠くまで広まっていった。
 辺境の地で生まれた噂が速やかに、また広範に伝えられていったことには理由がある。与えられた予言が一人や一国の未来を語っていたからではなく、世界の未来について語っていたからである。予言は恐怖に満ちた世界の終末について語っていた。大陸の端まで伝わって後代まで語り継がれた噂によれば、予言者はある朝、森の奥から姿を現わし、森のはずれで農業を営む善良な一家に予言を与えた。
 善良な上に信仰に篤い一家であったと伝えられる。農夫とその妻は婚姻の後も純潔を守り、誘惑を遠ざけるために町を離れて辺鄙な土地に住みついた。一説によれば、地図にないその国がその国のために作った地図にも記されていない土地であったという。夫婦はそこで慎ましい小さな家に住み、一男一女の健康な二児をもうけて小さな畑を耕していた。いかにして子を作ったのかは、噂は何も伝えていない。純潔を失ったからだとする者もいるし、子は噂の尾鰭の部分であるとする者もいる。そうではなくて実は神秘が語られているのだとする者も中にはいるが、いずれにしても予言との直接の関わりはない。
 ある朝のこと、青空が広がった陽気な日であったとも、鉛色の雲が空に低く垂れ込めた陰気な日であったとも言われているが、一家は夜明けとともに起き出して総出で朝食の準備を整えていた。息子と娘が水汲みに出れば農夫は庇の下で炉に火をおこし、傍らでは農夫の妻が碾割の豆に粉を加えてパン種をこねる。炉にかけた薄手の石のまな板に種を延ばしてパンを焼き、焼き上がった最初の一枚を祈りの言葉とともに神に捧げた。供物はすぐに四つに裂かれて家族の一人ひとりが一片を取り、それぞれに祈りを呟きながら塩をかけずに口に入れた。二枚目のパンは農夫が取り、三枚目は息子が取り、四枚目は妻と娘が分けあった。塩をかけてパンを頬張り、水を含んで飲み下し、そうして朝食を進めているうちに家の中で物音を聞いた。
 家族は庇の下に揃っている。目でそれを確かめると、農夫は物も言わずに飛び込んでいった。息子は手近の棒を握って後に続き、女房が石の擂粉木を手に構えれば娘は壷を高々と掲げた。中で争う音がした。間もなく農夫と息子が戸口に現われて、一人の老人を家の外へ引きずり出した。
 農夫の妻が夫に顔を向けると、夫はただ首を横に振った。これは農夫も息子も無事であるという意味であった。
 農夫の妻が再び夫に顔を向けると、夫はまた首を横に振った。捕えた老人とは面識がないという意味であった。
 農夫の妻がもう一度夫に顔を向けると、夫は首を振りながら家の中を指差した。侵入は戸口からではなく、裏の壁に穿たれた穴からおこなわれたという意味であったが、家の中を覗き込むと、なるほど壁には穿たれて開いた穴があった。
 老人は白髪を乱してぼろをまとい、ねじれた木の枝を杖にしていた。
 息子が縄でくくろうとすると、農夫は首を横に振った。娘が壷で打ち据えようとすると、農夫は首を横に振った。老人が無実を叫んで抗議すると、農夫はそれにも首を振った。逃がさぬように力を込めて腕を掴み、天を仰いで祈りの言葉を呟き始めた。長い祈りの後で農夫は老人に顔を向け、おもむろに口を開いてこのように言った。
「罪」
 神に祈る言葉は知っていたが、ひとと語る言葉は多くを知らなかったのである。
「その手を放せ」と老人が言った。「手を放せばわしが何をしていたのか、それを話して聞かせよう」
 だが農夫は耳を貸さずに、戸口の奥を指差してこう言った。
「罪」
 老人が中で何をしていたのかはともかくとして、壁に穴を開けたのは罪だという意味であった。
「それならば」と老人が言った。「わしが何者であるかを聞かせよう」
「罪人」と農夫は言った。
「罪人ではない」
 老人は言葉を切って農夫を見上げ、家族にも目を走らせてからこのように告げた。
「わしは、予言をおこなう者である」
 すると農夫の妻と二人の子は息をのみ、農夫は物言わぬ目で老人を見つめた。息子が口を開いてこのように言った。
「どのように予言をおこなうのですか?」
 また娘も口を開いてこうたずねた。
「壁に穴を穿って未来を占うのですか?」
 農夫は目に怒りの色を浮かべて子らを見た。息子と娘は恐れを感じて身をすくませたが、老人は質問に答えてこのように言った。
「信仰篤き娘よ。驚いたぞ、そなたは見事に言い当てた。いかにもわしは壁に穴を穿ち、開いた穴の向こうに未来を見る」
 農夫の妻と二人の子はここで再び息をのみ、農夫もまた小さな驚きを目に浮かべて戸口の奥を覗き込んだ。腕を掴む力が緩み、老人はそこを逃さずに自由を掴んで農夫から数歩の距離を取った。握った杖を振り立てて目を爛々と輝かせ、善良な一家に顔を向けると声を厳かに響かせてこのように言った。
「信仰篤き者たちよ、心して聞くがよい。終末の時が近づいておるぞ。わしはその有様を壁の穴の向こうにはっきりと見た。やがて訪れるその日には風が吹き荒れて雷鳴が轟き、空には不吉な色の雲が幾重にも重なる。異形の空が地を覆い、陽は隠れて恵みを拒み、石をも貫く雨が注ぐ。雷の青白き舌は生け贄を求めて屋根を貫き、死は絶望を伴侶にして戸を叩き、地下からは腐敗と堕落が現われて地上を闊歩する。逃れることは最早かなわぬ。信仰薄き者には災いの日となるであろう。天空より降り注ぐ恐怖によって心を乱され、劣情の虜となってひとの姿を見失う。最後には不浄の屍となって大地を汚すことになるであろう。だが信仰篤き者たちよ、おまえたちは安んじているがよい。降り注ぐ恐怖から目を背け、触れることを厭えば決して心を乱されることはないであろう」
 白髪の老人がこのようにして予言を終えると、農夫の妻と二人の子はひざまずいて頭を垂れた。妻は信仰の高まりによって涙を流し、耳を赤くして老人の手を取った。娘も母親に倣って老人に手を伸ばし、息子は顔を上げてこのように言った。
「天空より降り注ぐ恐怖から目を背けよ、触れることを厭えとのありがたい教え、必ず守ります。しかし、その恐怖とはいかなる姿をしているのでしょうか。目を背け、触れることを厭おうとするならば、いかなる姿からそうすればよいのかを、まず知っておく必要があると思うのですが」
「信仰篤き若者よ。驚いたぞ、そなたはよく気づいたな。恐怖の姿を知らなければ、恐怖から目を背けているのかどうか、わからない。また恐怖の姿を知らなければ、手を触れてしまっても恐怖に触れたかどうか、わからない。いかにもそのとおりだ。そこでわしはそなたたちに恐怖の姿を教えよう。記憶にとどめ、もしほかに信仰篤き者があるならば、その者たちにも小声で伝えておくがよい。よいか、天空から降り注ぐ恐怖とは、女の肌着の姿をしている。いかに心を乱されようとも、見てはならぬ、触れてもならぬぞ」
 これを聞いた農夫の妻と二人の子は激しい恐怖に唇を震わせ、まず互いに抱きあってから老人の手を取って祈りの言葉を呟いた。
 さて、白髪の予言者は家族に祝福を与えて立ち去ろうとしたが、突然、農夫が襲いかかって荒々しく地面に組み敷いた。馬乗りになって自由を奪い、頭を押さえて身を屈めると手にした石の包丁で予言者の目玉をくりぬいた。老人は口から絶叫を放ち、農夫の手から解放されるとすぐに立ち上がって森の奥へと逃げ去った。息子と娘は驚愕に目を見開き、妻は夫に顔を向ける。すると農夫は首を振り、血の滴る目玉を地面に捨ててこのように言った。
「穢れ」
 とはいえ、この部分は噂では伝わっていない。噂の源となったのはこの農夫ではなくて、死ぬような思いで町まで逃げた予言者の方だったからである。



乱流の彼方


 その昔、とあるところにそれは小さな国があった。あまりにも小さいので地図に載ったことがなかったし、旅行者向けの案内書にも載ったことがない。その国があった場所では大地が切り裂かれていくつもの深い溝となり、人々は底知れぬ深淵を見下ろす岩棚の上で風に吹かれて暮らしていた。見上げれば崖がそそり立って霞ににじむ空に連なり、空はよじれた短冊となってそびえる崖にはさみ込まれた。崖はあまりにも高く、底はあまりにも深く、ひとは大地の裂け目から抜け出る方法を知らなかった。だから岩の壁からはみ出た危うい場所に家を建て、木を植え、畑を作って種を播いた。そうした岩棚の数は一つではなく二つでもなく、形が異なれば大きさも異なり、高さもてんでに異なっていた。一つの棚には一つ以上の家族が暮らし、大きな棚には町とも見える家並みがあり、消え入りそうな小さな棚には孤独な隠者が一人で暮らした。最大の棚には王の城があったが、王は久しく不在であった。
 棚から棚へは縄が渡され、ひとは縄から吊るした籠に乗って棚から棚へと移動した。だが若者たちは飛ぶことを好んだ。幅広の凧を背負って踵には補助の翼をつけ、風を選って勢いよく棚から飛び出した。溝に風が途切れることはなく、若者はからだで風を覚え、重心のわずかな移動によって風の中を巧みに進んだ。目当ての場所を外すことは滅多になかった。外したとしても深淵に落ちることはまずなかった。吹き上げる風が凧を背負った若者を拾い上げ、どこかの棚へと送り届けた。
 若者たちは凧を使って空を飛び、歓喜の叫びとともに風に乗った。そうして棚から棚へと移動したが、溝から出ることはできなかった。溝と空の間には大気の激しい乱流があり、そこを流れる凶暴な風は読み解かれることを拒んで凧を砕いた。あるいは絡みあった流れの一つに凧とひとを放り込み、掴んで放そうとしなかった。
 王はそうした風の中にいた。風の解読に長けた王は溝からの脱出を試みて、風の虜となって空中をさまよっていた。水分を飛ばされたからだはすでに干涸び、恐怖と怒りに見開かれた目はとうに光を失っていたが、王の姿を保って岩棚に住む民を睥睨した。頭上に王の姿がある時には、岩棚の民はうつむいて祈りを呟き、屋根の下へと急いで走った。王の姿がない時には、風を見上げて恐怖を覚えた。民の多くは恐れることを知り、恐れることによって風に挑む無意味を学んだ。多くの民が、王は愚かであったと考えていた。だが愚か者は王一人ではない。その前にもいたし、後にもいた。
 ある時、一人の少年が乱流に挑んだ。溝から出ることを望んだのではなく、溝から出られることを明かそうと望んで、岩を蹴って風に乗った。風から風へと渡って上昇する気流を選び、乱流に飛び込んで瞬く間に凧を失った。少年は風から放り出されて木の枝に救われ、最初の挑戦は失敗に終わった。
 次の年にも少年は挑んだ。そして二度目の挑戦も失敗に終わり、偶然に救われて生還を果たした。その次の年も、そのまた次の年も、少年は風に挑戦した。挑戦し、失敗を繰り返して戻るうちに少年は若者の姿になっていった。まわりの者は何度となく諌めに集まって、すでに運を使い尽したと言って脅したが、若者は聞き入れようとしなかった。失敗するたびに風をにらみ、一年を費やして凧を作った。
 五度目の挑戦で風に飲まれた。風を読んで選んだつもりが、風の流れに掴まれたのである。若者は逃れようとして身をくねらせた。重たい風がまとわりつき、息は止まり、凧はからだに逆らって激しく軋んだ。猛烈な速さで溝の中を突進していた。左右の崖は黒い光の中に消え、中心では白い風が渦を巻いていた。やがてその中に黒い点が現われ、それは見る間に近づいて王となった。王は眼窩の奥に光を灯し、若者に向かって腕を伸ばすと耳をつんざく叫びを放った。
「連れてゆけ」
 王の手が若者の凧を掴み、曲がった爪が布を破った。破れ目に吹き込んだ風が凧を引き裂き、王は再び絶叫を上げ、凧を失った若者は風の手を逃れて落ちていった。他人の家の屋根を破り、背中を激しく打ちつけたが、若者は五度目の生還を果たした。
 それから二年の後に、若者は六度目に挑戦した。若者はすでにひとと語ることをやめ、ただ風だけを見つめて隠者のように暮らしていた。六度目は乱流を前にして棚に戻り、戻った後で凧を焼いた。その様子を見た者たちは、それで終わったのだと考えた。だが若者は一年を置いて、七度目に挑んだ。改良に改良を重ねた凧で乱流に飛び込み、目にも止まらぬ速さで風を読んで溝の上へ上へと昇っていった。間もなく若者の凧は空をにじませる霞に消え、戻ることは遂になかった。



理性の祭典


 その昔、とあるところにそれは小さな国があった。あまりにも小さいので地図に載ったことがなかったし、旅行者向けの案内書にも載ったことがない。だが人間には美味を求めるという習性があったので、地理上の不在はたいした問題とはならなかった。その国に通じる道は古くから開かれ、多くの商人が馬を引いて訪れて、琥珀色の葡萄酒を持ち帰った。それは当時、極上とされた葡萄酒で、その美味たるや口にした者はただちに感涙にむせび、数日は言葉を失うほどであったという。批評の技術が発達する前の話なので、感動はただ感動として、いかなる抑制も加えられずに表現されたのである。味覚の点でもいくらか発達の余地があったようで、その証拠に商人の多くは葡萄酒を水で薄めて売っていたが、それによって不評をこうむることは一度もなかった。
 葡萄酒の商売は商人たちに莫大な利益をもたらしたが、産地では王も民も変わらずに質素な家で暮らしていた。決して質素を好んだからではなく、国を大きく富ませるほどの生産量がなかったからである。幸いなことにそれで不足を感じることもなかったので、名を上げるのは葡萄酒に任せて生活を変えようとはしなかった。
 誰もが勤勉に働き、季節ととも生活をめぐらせ、丹精を込めて葡萄を育てた。葡萄以外にもいくらかの作物があったようだが、格別の評価は残されていない。収穫の時期ともなれば国中が祭りのような騒ぎになり、総出で葡萄の実を摘み取った。集めた果実は婚姻前の男女が足で潰して果汁にしたが、これは子を産んだ女や兵役を終えた男が葡萄を踏むと、酒が酸っぱくなるとされていたからである。若者たちは葡萄を踏んで踊りを踊り、似合いの相手を探して果肉で足を滑らせた。多くの恋が育まれ、血を見るような争いも一度では済まない。そうしているうちに収穫の季節は終わりに近づき、出来上がった果汁は集めて素焼きの壺に注がれた。壺は口を残して地面に埋められ、果汁はそれから数年をかけて熟成し、やがて見事な葡萄酒となる。
 さて、ある時のこと、一人の農夫がいつもと同じように畑に出て働いていると、葡萄の樹と樹の間から二人の女が顔を出した。なぜか顔面を蒼白にして、ひどく興奮して喋っている。だが、どちらも相手の話に耳を傾けている様子はない。いささか異様な気配に驚いて、農夫は仕事の手を止めた。声をかけても返答はない。口の動きが素早くて、話の中身を聞き取ることもできなかった。女たちはなおも喋りながら畑を横切り、足早に歩いて樹と樹の間を抜けていった。話し声が次第に遠ざかり、やがて宙に消えてしまうと農夫は首をひねって仕事に戻った。いずれも見知った顔ではなかったが、着ていた服からすると土地の者に違いなかった。
 陽がたっぷりと傾くまで仕事をして、それから急がずに家路を辿った。一人の妻と二人の娘は農夫の帰宅を待ちながら、夕食の支度をしているはずであった。激しい空腹を感じて腹を鳴らし、家への道を急ぎ始めた。うつむき加減の顔をふと上げて、そこで妙なことに気がついた。道を歩いている者がほかに見当たらない。いつもどおりならばまわりに何人も隣人がいて、そろって腹を鳴らしていなければならなかった。記憶に昼間の女たちのことが蘇り、不吉な予感が胸に浮かんだ。農夫は家を目指して走り始めた。暮れなずむ空の下に質素な家が見えてくる。蹴り飛ばすようにして戸を開け放ち、家の中へ駆け込んだが、家族の姿はそこにはなかった。
 道に駆け出して妻と娘の姿を探し求めた。広がる畑へ分け入って、葡萄の樹と樹の間に声をかけたが返答はない。絶望し、疲れ果てて道に戻ると、男たちの一団と遭遇した。いずれも近在の者で、それぞれが松明を掲げて隊伍を整え、肩に農具をかけていた。農夫は救いを求めて声をかけた。だが男たちは振り向きもせずに、ただ目の前を通り過ぎていく。全員が炎の光を浴びて顔を赤く染め、興奮した様子で何かを喋っていたが、一つとして意味を聞き取ることはできなかった。農夫は家へ駆け戻り、わずかな荷物をまとめると男たちを追って道を走った。一団の行く先に家族がいると考えたのである。
 男たちの一団はやがてその国で唯一の町に到着した。農夫も町に入っていった。収穫の祭りにはまだ間があるというのに、そこには国中の人間が集まっていた。騒然としていたが、いつもの祭りとは雰囲気が違う。どうにも不穏で、不快なほどの緊張感が漂っていた。誰もが見境なしに喋り散らし、しかもその内容は農夫にとってことごとく意味不明だった。同じ言葉を喋っているにもかかわらず、意思の疎通ができなくなっていた。農夫はひとの助けをあきらめて一人で家族を探し始めた。話し声に閉口しながら人込みをかき分けて町中を歩き、やがて町のはずれで妻と娘を探し当てた。
 妻と二人の娘は斧を握り、そこで一本の葡萄の樹を倒そうとしていた。驚いた農夫は割って入って止めようとしたが、そうする前に樹は実をつけたまま倒された。それは素晴らしい葡萄の樹であった。激怒した農夫が手を振り上げると、妻も子もわけのわからないことを言い始めた。農夫にはもはやそれをする資格がないという。なぜならば妻は妻であることをやめ、娘は娘であることをやめていたからである。そしてもちろん農夫もまた夫や父親であることをやめていた。妻と娘はなぜそうなるのかを長々と説明したが、農夫にはまるで理解できなかった。
 農夫が知らない間に、どこからともなく最高理性が降臨していた。農夫には意味不明でも、妻や娘や隣人たちにはそれはどうやら素晴らしいもののようであった。この気の毒で寡黙な農夫にわかったのは、そこまででしかない。頭を抱える男の前で、妻であった女と娘であった女は喋り続けた。
 それは人間を一切の野蛮な呪縛から解放し、より高次の段階へと導こうとする。しかし同時に人間もまた自らを励まさなければならない。最高理性は導きの手を与えるが、そこに到達するのは人間だからだ。肉体の支配はすでに終わり、思弁による支配が始まっていた。だがそれが孤立した思念であってはならない。我々は弁証法を学んで互いを高めあわなければならないのだ。
 町の広場では最高理性の祭典が始まろうとしていた。停滞の象徴である葡萄の樹が続々と運ばれ、高く積み上げられて火を放たれた。演台が作られ、そのまわりには最高理性を称えるために花が飾られ、標語を記した看板が並び、建物からは勉強会の告知を記した垂れ幕が下がった。農夫は家族を諭して家へ連れ帰ろうと試みたが、妻も娘も帰宅を拒んで働く群衆の中へと消えていった。
 旧弊な概念の虜であった農夫は家族を失うことを何よりも恐れた。そこで自らも祭典の準備に加わったが、昼時になって意外なことから正体を暴かれた。ほかの全員が手弁当持参で来ていたのに、農夫だけが食事の支給を要求したからである。疑問を抱いてしたことではなく、ただ昔ながらの振る舞いを求めただけであった。それに前夜から何も口にしていなかったので、空腹が堪え難い段階に達していた。だが肉体の欲求への隷属は深刻な後退と見なされた。放置しておけば、次には給与を要求するかもしれない。残りの者が真似をすれば、個人の欲望が全体の理性に損害を与え、肉体の支配を蘇らせて祭典を破壊することになるであろう。手を打たねばならなかった。なにしろ最高理性は無一文で降臨したのだ。そこで農夫は火刑に処された。
 農夫とともに葡萄も焼かれ、葡萄の樹とともに葡萄酒も滅んだ。他国の商人たちは別の葡萄酒を求めて奔走し、その国の人々は飢えを感じた時に理性を捨てて国から逃れた。食べる物がもう残されていなかったからである。




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