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辺境の神々


 その昔、とあるところにそれは小さな国があった。あまりにも小さいので地図に載ったことがなかったし、旅行者向けの案内書にも載ったことがない。あらゆる街道から遠く離れて旅人を拒み、石を転がす荒れ地に囲まれ、男たちは乾いた畑に日を費やし、女たちはたった一つの井戸から水を汲んだ。日干し煉瓦で作られた町は陽の光を浴びて地にうずくまり、褐色の壁に穿たれた黒い戸口の奥では白い目が並んで外の様子をうかがっていた。どの家の奥にも母がいたが、どこを探しても父はいない。家族という考えはどこかにあったが夫婦という考えはなく、男女の契りは過ちと見なされて厳しい罰が与えられた。
 それでもその国にはこどもがいた。母の腹から生まれた子らが日陰で乳を与えられ、育てば畑を耕す鍬を持ち、あるいは水を運ぶ甕を抱えた。母には語るべき言葉がなく、互いに交わすべき言葉も少なく、文字を持たなかったので胸の内に浮かんだ言葉も残されていない。
 その国のはずれには大きな岩の山があった。そそり立つ岩の壁には岩から削り出された柱が並び、柱の奥には大きな石窟が穿たれていた。そこは神殿と呼ばれていたが、壁にはいかなる装飾もなく、いかなる偶像も飾られてはいなかった。会衆が集うべき場所は道と呼ばれ、祭壇があるべき場所では一枚の平らな岩戸が灯明の火に照らされていた。ただし道に会衆が集うことはなく、暗い岩戸を拝む者もない。神殿にはわずかな数の神官が暮らして灯明の火を守り、岩戸に近づく者を遠ざけていた。
 神殿の奥の岩の戸は、年に一度、夏至の晩にだけ開かれた。夜を迎えて陽が落ちると、神官たちは岩戸の前に並んで待つ。しばらくすると向こう側から戸を叩く音がする。ゆっくりと三度叩くので、神官の一人が岩戸に寄って耳を近づけてこうたずねる。
「何人いる?」
 戸の向こうからはなかなか返答がない。唸るような声や喉を鳴らすような音が続いた後で、ようやく言葉を探し当ててこう答える。
「一人」
「ならば一つ」
 神官の一人がそのように言うと、残りの神官が戸に走り寄る。神官たちは岩に埋め込まれた鉄の輪を掴み、一斉に引いてわずかな隙間を戸に与える。すると隙間から大きな青白い手が現われる。指の先に鋭利な爪を伸ばしているが、その形は人間の手と何も変わらない。手は一つの塊を床に落とす。塊は重い音を立てて床に転がり、灯明の光を浴びて金色に輝く。神官がすかさずそれを拾い上げ、秤にかけて許しを与えた。
 神官たちがさらに戸を引くと、そこから顔が現われる。毛は一本もない。白くにごった大きな目に灯明の揺れる炎を映し、くぼんだ鼻の二つの穴は外気の臭いを嗅いで痙攣する。鼻の下ではすぼんだ口が何かを求めるようにうごめいていた。頭は長大な首に続き、長大な首の後には長くて細い胴が続いた。全身が青白く濡れて燐光を放ち、ただ腕と脚だけが並みと言える大きさと形を備えていた。それは戸の隙間から泳ぐように走り出て、固い爪で床を蹴って神殿の外へ飛び出していく。その背後で神官たちは戸を閉ざし、次の者が戸を叩くのを待ち受けた。
 戸を叩く者は胴長と呼ばれていた。夏至の晩に外へ出ていく胴長の数は、年によって異なっていた。五人であることもあれば三人であることもあり、時には十人を越えることもあったようだ。一人しか来ない年は不作とされ、七人を越える年は豊作とされた。戸は常に一つの金塊によって一人のために開かれ、一度開かれた戸の隙間から同時に二人が出ることはない。一つの金塊で二人が出ようとすれば、二人目の胴長が槍で刺された。二つの金塊であっても一度に二人が出ようとすれば、二人目の胴長が槍で刺された。神官たちは岩戸からひとを遠ざけ、胴長たちに偽りを禁じる。
 だが神殿から一歩出れば、胴長たちは神であった。徴を迎えたすべての女が子種を求めて脚を開き、男たちは家の奥へ逃れて息をひそめた。胴長たちは夏の短い夜を町で過ごし、陽が昇る前に岩戸の奥へ去っていった。ひととの間にいかなる契約が交わされていたのか、今となっては知る者はない。無法者の一団が彼方から匂いを嗅ぎつけて金塊を奪い、その国を滅ぼして立ち去ったからである。



冒険の精神


 その昔、とあるところにそれは小さな国があった。あまりにも小さいので地図に載ったことがなかったし、旅行者向けの案内書にも載ったことがない。小さな王城を囲む小さな町が一つあり、その外側には単調な緑色に染め上げられた退屈な田園風景が広がっていた。近隣に並ぶ小国と比べても特徴と言える特徴はなく、一見したところでは生彩を欠き、活気も欠いていたので市はにぎわいを知らなかった。慢性的に不景気であったという説もある。住民は全体に退屈で、どこかしら鬱屈した気配を漂わせていたと言われているが、いつも不景気であったとすればそのせいであろう。それにもかかわらずいかなる対策も取られることがなかったのは、歴代の王が卓越した理想主義者であったからだとされている。遥か未来における理想の社会を考えるのに忙しくて、手元のことには関心がなかったのである。王は未来に希望をつなぎ、民は現在に苛まれて不満を貯えていた。
 さて、ある時のこと、代々の王の中でも特筆すべき理想主義者であった王が死の床に就き、外国で学業の途上にあった王子が呼び戻された。王子は父王の死を受けてただちに王位を継承し、そして側近たちを驚かせたことには、合理主義の導入を宣言した。
「秋の夜長の暇潰しのように長々と理想を弁じる時代はもう終わった。これからは一切を合理的に判断し、合理的に解決していく。理想主義の名による停滞には終止符が打たれた。我が国は冒険の精神を携えて、未来へと大きく飛躍するのだ」
 同じ演説を王城のテラスでも繰り返したので、民は熱狂して王を迎えた。もちろん全員が熱狂したわけではなくて、実務経験のない新王に不安を抱いた者がいくらかいたし、王が言う冒険の意味を量りかねて心配を始める者もいくらかいた。しかし停滞に倦み疲れた圧倒的多数は変化の兆しを歓迎し、若き王に忠誠を誓ったのである。
 王は手始めに大法官を始めとする側近の大半を解任した。いずれも伝統的な理想主義者で、合理主義を掲げる王にとっては間違いなく無用の長物であった。代わりに民の中から人材を募り、合理的な発想の持ち主を身分を問わずに採用した。それでも足りない部分には外国から学業仲間を呼んで任にあて、妥協を排した合理的な組織を結成した。そこで働いていたのはどれも若く、どれも聡明で、どれも合理的な精神の持ち主であった。
 組織の整備を終えた王は、すぐさま外交問題に取り組んだ。国家安全保障会議と称する会議を招集し、若き重鎮を並べて周辺諸国の状況をつぶさに検討した。
 東の隣国にはいかなる怪しい動きもなかったが、今のところはという話であって危険な行動を起こさないという保証はどこにもない。南の隣国には王位継承権の問題から内紛の兆しがあり、西の隣国にはその内紛に便乗して何かしらの権益を確保しようとする野望が見える。しかし最大限の注意を要するのは北の隣国で、いわゆる南下政策が隔世遺伝でもしているのか一代置いては蘇る。現在はまさにその時期にあり、敵は南方への野心をこれまで巧みに隠してきたが、だからこそ、いつ侵略を受けても不思議はなかった。
 若き王は父祖である王たちの名を罵った。周辺にこれだけの問題を抱えながら、先王たちが放置していたことを知ったからである。だが王の罵倒が長く続くことはない。手短に切り上げて対策にかかった。
 まず東の隣国を監視しておく必要があった。ただし最小限にとどめ、必要な場合には強化できるように手配しておく。南の隣国にはただちに全権公使を送って可能な範囲での干渉をおこない、同時に西の隣国の野望を適度な宣伝によって告発する。だが北の隣国は問題だった。これは明らかに頂上会談を必要としていた。北の王は経験を積んだ老人であり、こちらを若造と思って舐めているに違いなかった。だとすれば一刻も早く頂上会談をおこなって、こちらには気概も腕力もあることを見せなければならなかった。日程の調整を始めよう。だが大使を通せば丸めにかかって時間を稼ごうとするだろうから、ここは遠慮をしない特使を使う必要がある。
 これだけのことを速やかに決めると、ただちに実行に取りかかった。すると間もなく東の隣国から苦情が届いた。王の軍隊が暗黙の国境線を越えて威力偵察を繰り返しているという。南の隣国からも苦情が届いた。王位継承の問題はすでに決着済みであり、友好国からの干渉は必要としていないという。西の隣国からは特使が訪れて威嚇的な警告をおこなった。これ以上根拠のない悪評を流せば、しかるべき制裁を考えるという。
「考えるということは」と王は言った。「まだ考えていないということだ。つまり我々の行動はまだ限度内にあるということであり、裏返せば敵への威嚇はまだ十分におこなわれていないということだ」
 安全保障会議の面々がうなずき、西の隣国への告発を強化するように指示が出された。そうしている間に北の隣国との頂上会談の日程が定まり、二人の王は暗黙の国境線の上で言葉を交わした。
「ありゃなんじゃい、あんたがよこしたくそ生意気な特使の小僧は」
「両国の平和のために、わたしは貴国に理性ある態度を要求します」
「くそったれが。口のきき方も知らんような奴にようやらせるわい」
「そちらの野蛮な意図を、こちらが了解していることをお忘れなく」
 二人の王は話しあったが、話は最初から最後まで平行線を描いて終わった。若き王は王城に戻って隣国の王を激しく罵り、国家安全保障会議を招集すると軍の動員を指令した。話が噛みあわずに終わったということは、隣国の老獪な王が意図してそうしたことであって、したがって敵はすでに侵略の準備を整えていると判断したからである。
 王の軍勢は暗黙の国境に進出し、北の隣国はその一部が領土を侵犯したと判断した。特使が抗議状を携えてやってきたが、国家安全保障会議の若者たちは侵犯はないと判断し、若き王はその判断を支持して特使を冷たく追い返した。特使はそれからも軍の撤収を求めて再三現われ、そのたびに王の謁見を求めたが、王は執務室にこもって会うことを拒んだ。実は展開中の軍隊からの報告が王を苛立たせていたのである。北の隣国には目立った動きが何もなかった。王の合理的な精神からすれば、敵軍はすでに展開を終え、侵略を始めていなければならなかった。善良を装った特使の行動は展開のための時間稼ぎなのか、それとも別種の謀略がどこかで用意されているのか。だとすれば東西の隣国が怪しかった。密約が交わされているのだ。間違いない。軍が北に集結している隙に、側面を攻撃してくる可能性がある。
 王は軍に増員の指示を出し、農民から徴兵する許可を与えた。即席の民兵団が東西の国境に配置され、その一部がどうやら暗黙の国境線を侵犯した。脅えた東西の隣国が軍隊を動かし、報せを聞いた北と南の隣国もそれぞれの国境線に兵を送った。周辺諸国は若き王がどこかへ一撃を加えてくるものと待ち受けたが、そうしてくる気配はいっこうにない。若き王の方でもどこかが一撃を加えてくるのを待っていたからである。合理的な精神が後々に関わる歴史的な正義を要求していた。
 それからは国から国へと特使が飛び、会談が開かれ、交渉が繰り返された。だが状況にはいかなる進展もなく、どの国も軍を引こうとはしなかった。短い飛躍の時代が終わって再び停滞の時代が始まり、二年の後に若き王が暗殺されても諸国間のすくみあいはなお十年続いた。その間に景気はひどく後退したと伝えられる。



魔王の機械


 その昔、とあるところにそれは小さな国があった。あまりにも小さいので地図に載ったことがなかったし、旅行者向けの案内書にも載ったことがない。だが、まったく未知のままに捨て置かれていたわけでもなくて、ある種の文献には記載があったし、そうした文献に知識を求める人々は、そこに書かれた内容を読んでその国の存在を知ったのである。
 その国には魔王の機械があると言われていた。言われていたというだけで、実際に見た者は一人もなかった。どの本を調べても、それがいかなる機械なのかを説明している部分は一行もない。信じられていたところによれば、それは地獄から呼び出された魔王が地上に現われ、まさに現われた証拠として地上に置いていった物であった。だが単なる存在証明であれば機械である必要はまったくない。まがまがしい彫像や不気味な紋章のような物であっても全然構わなかったはずである。機械であるからには、必ず何かしらの機能を備えているはずだと多くの者が考えた。地獄の門を開く仕組みかもしれないし、そうではなくて空に暗雲を浮かべる仕組みかもしれない。門を開くのだとすれば鍵はどこにあるのか、暗雲を浮かべるのだとすれば、浮かべた後には何が起こるのか。その国の誰かが魔王と契約を交わした証しだという説も有力視されていた。
 正体を確かめようと考えて旅立った者は少なくない。だが戻った者は一人もなかった。その国へと至る道にはいくつかの難所が控えていたとされているので、そのうちのどれかで命を落としたのであろう。そしてそうして行方を絶ったのは一般にいかがわしいと思われていた人々だったので、不幸を知って悲しむ者の数は少なかった。悲しむ代わりにさもありなんとうなずく者はたくさんいたと伝えられる。
 さて、ある時のこと、一人の裕福な若者がいささかいかがわしい種類の野望を胸に抱き、魔王の機械の正体を確かめようと考えた。道中の難所についての情報を集め、武勇を誇る男たちを護衛にしたがえて出発した。最初の難所は溶岩によって塞がれた海辺の場所で、ここを越えると道は大きく内陸へまわる。その先には誘拐を生業とする人々が住む国があり、その先には追い剥ぎを生業とする人々が住む国があった。森を抜けて川を渡り、そそり立つ山をいくつも越え、崖にへばりついて暮らす人々の町に入って王に追われ、あるはずの国がない場所を抜けて大きな山を一つ越える。そこからさらに山を五つほど越えていくと、山裾に広がる盆地の中にその国はあった。
 道の終端に城壁を備えた町があり、町の中にはひなびた風情の建物が並んでいた。建物は異国風ではあったが創意に乏しくて感興に欠け、道を歩く人々の姿もまた異国風ではあったが珍しさよりも鈍重さをより多く感じさせた。空には暗雲もなかったし、立ち並んだ樹木が怪しい闇の光を放つこともない。歩き回って探してみたが、恐ろしい彫像も気味の悪い紋章も見当たらない。住民は黙々として生活に励み、広場には大きな市が立ち、隅の方ではこどもたちが立ち小便で飛距離を競う。魔王が降り立った場所には見えなかった。
 それでもどこかに魔王の機械があるはずだった。察するところ、それはどこかの秘密の場所に隠されているのに違いなかった。若者は酒場をまわり、聞き耳をたてて日を費やした。それらしきことを口にする者がいれば金を払って情報を掴み、次第に断片を積み上げていった。まともそうに見える者は概して口が固かった。口の軽い者は多くの嘘で多くの金を得ようとたくらんだ。無数の断片が集まってきたが、どうしても一枚の絵にはなりそうもない。そのうちに物も言わずに金を奪おうとする者も出現し、揚げ句の暴力沙汰が二度三度と繰り返された。いくつかの店では出入り禁止を言い渡され、当局からは威嚇的な呼び出しを受け、無視していると尾行がついた。
 その土地で得たわずかな友人たちは口をそろえて国外への脱出を勧めたが、若者はなおも魔王の機械に執着し、それから間もなく逮捕された。よくわからないまま取り調べを受け、起訴され、法廷の中央に引きずり出されて判決を受けた。外国の優越を宣伝した罪で懲役五年と財産の没収。金は奪われ、武勇を誇る男たちは奴隷に売られ、若者は監獄にぶち込まれた。そして魔王の機械とそこで出会った。
 監獄には魔王の機械のために働く一団が存在したのである。囚人の有志からなる人々で、魔王の機械のために一生を捧げるという誓いをしていた。看守から話を聞いて若者は興奮し、ただちに志願してその一員となった。技師長と呼ばれるひどく陰気な人物が現われ、若者を監獄の地下深くへと案内した。魔王の機械はそこにあった。高さがひとの背丈ほどある立方体で、表面はなめらかで凹凸がない。悪魔的な意匠も、目に見えるような怪しい仕掛けも見当たらなかった。若者は失望を覚えたが、それでもすぐに気を取り直した。仕事が始まれば、魔王の機械の正体も解明されることになるからである。
 若者は机をあてがわれた。技師長はその机の上に分厚い資料を投げ出して、読んでおくようにと言い渡した。表紙に並んだ文字を読んで、若者は再び興奮した。それは魔界の全貌を記した本であった。目を輝かせて読み始めた。食事も寝る間も惜しんで読み続けたが、そこに書かれていたのは魔物を呼び出す呪文でも牛乳に酸味を与える方法でもなく、魔王を頂点とする魔界の行政機構とその運用に関わる諸々の手続きなのであった。後半は文字通りの法令集になり、別冊には申請や報告に用いる書類の各種様式が収められていた。それでも若者はすべてを読み上げ、その旨を技師長に報告した。すると技師長は別の資料を投げてよこした。表紙には基本設計書という文字があり、中には丸や四角を矢印でつないだ複雑な図形が層をなしていた。まるで意味不明の資料だったが、机に戻って身を屈め、書かれていることの意味を推し量ろうと頑張った。そして頬の下に骨が浮き出すまで頑張って、遂に意味を突き止めた。その資料は魔界の運用手続きを図や線を用いて抽象的に表現したものだったのである。技師長に読み終えた旨を報告すると、翌日からは会議に出席するようにと言い渡された。
 連日の会議がやがて全貌を明らかにした。その国の誰かが、やはり魔王と契約を交わしていた。その事実に間違いはなかったが、それは地上における魔王の復権を認める契約でも、魂の代償として七つの願い事を得る契約でもない。魔界の合理化についての契約だったのである。魔王、すなわち当事者甲はその恐るべき魔力を使って魔王の機械と呼ばれる謎の装置を地上に運び、当事者乙はその機械に魔界で使用される一連の手続きを入力して合理化と省力化を実現することになっていた。
 計画完遂の暁には小悪魔たちはもう報告に紙を使う必要がなくなり、連絡は電子的に緊密かつ速やかにおこなわれるので魔王はいながらにしてすべての状況を掌握できるようになる。そうして魔界事業は効率化に向かって大きく前進するはずであったが、肝心の計画が大幅に遅れるという事態が出現した。技師長は設計を担当した技術者たちの未熟と無能を最大の原因とし、一方、現場の技術者たちはひとの話を聞かない技師長の性格こそが最大の原因であると反論した。おそらくは、いずれも最大の原因なのであった。傲慢と未熟が不手際を生み、そこへ小悪魔たちが無理解と無関心によって災いをふりかけた。予算は無駄に消化され、入力作業は足踏みを始め、怒った魔王は空に暗雲を飛ばして損害賠償請求をちらつかせた。双方の歩み寄りによって訴訟沙汰は回避されたが、人間の側は進捗管理における瑕疵を認め、乏しい予算で計画を継続しなければならなくなったのである。設計と入力作業を担当していた下請け業者はとうの昔に逃げ出していたので、当事者乙は国と交渉して原価の安い囚人労働力を手に入れた。
 すべてを知った若者は不満を隠すことができなかった。苦労した揚げ句が他人の失敗の尻拭いであることが許せなかった。魔王の機械はもっと無意味でまがまがしい機能を備えていなければならなかった。そこで先に立てた誓いを撤回し、一団からの離脱を申請した。これは認められなかったが、連日の長時間労働に体調を損ない、病気施療を余儀なくされて結果としての離脱を果たした。普通の労役に就いて刑期を終え、苦難の末に帰国した。痩せこけて骨と皮になり、髪は残らず白くなっていたと伝えられる。すぐさま昔のいかがわしい仲間が家を訪ね、若者の変貌に驚きながらも魔王の機械について問い質した。若者は首を振って、自分の口を指差した。帰国の途上で誘拐を生業とする人々の手に落ちて、舌を切り取られていたのである。いかがわしい趣味の人々はこれを魔王の呪いであると考え、そうとは考えなかった若者はいかがわしい種類の本を焼き捨てて、それからは釣りを趣味とした。



密林の探検


 その昔、とあるところにそれは小さな国があった。あまりにも小さいので地図に載ったことがなかったし、旅行者向けの案内書にも載ったことがない。それでもその国の存在は伝説を介して多くの者に知られていた。伝説を聞いた多くの者が惹きつけられ、伝説を信じた多くの者がその国を目指して旅立っていった。だが辿り着いたという者は一人もない。多くは道の半ばで倒れ、わずかな者が生きて戻った。
 伝説によればその国には黄金が満ち溢れていた。道は金の延べ板で舗装され、屋根には金の瓦が敷かれ、家々の棚には重い金器が山積みとなり、住民は金糸で織った衣服をまとい、食べ物には金粉がまかれていたという。便所の便器が金ならば便座もまた金で作られていて、飼い犬や飼い猫も金にまみれ、路上には黄金色の糞が点々と並ぶ。
 伝説を聞いて欲に駆られた者たちが、その国を探して旅立っていった。湿気を帯びて黒く霞む熱帯雨林に足を踏み入れ、次から次へと命を落として下生えの肥やしとなっていった。行く手は分厚い密林に阻まれ、道と言えるような道はなく、横からも背後からも、時には上からも下からも数々の危険が襲いかかった。仮にその場所まで辿り着くことができたとしても、伝説の国を見つけられるかどうかが怪しいという。失われた国の姿は朝焼けの中にだけ立ち上がると言う者がいたし、夕陽を浴びて影が差すと言う者もいた。運よく見つけることができたとしても、実は入るのが難しいという。失われたその国は黄金の巨人に守られていると言う者がいれば、巨大なヤモリに守られていると言う者がいた。しかもその巨大なヤモリというのは、奇怪にも元は人間なのであった。
 伝説にまつわる噂話は聞く者の心に恐怖を起こしたが、恐怖よりも欲望が勝る者は劣情に駆られて腰を上げた。密林の恐怖は克服可能な障害でしかなかった。恐怖はすでに人生にあった。一攫千金の夢をかなえて世界に自分の名を広め、嫉妬と羨望の飽くなき対象となることがなければ、人生はただの無為でしかない。
「俺は行く」
 野心で知られた一人の男が、そのように言って決意を固めた。心ある者は言葉を尽して決意を砕こうと試みたが、男は人生の空しさを恐れて旅立っていった。海を渡り、川を遡って文明のはずれにある町を訪れ、そこで案内人と人夫を雇うといよいよ密林に足を踏み入れた。
 密林は恐怖と危険に満たされていた。陽は葉に遮られて地上は昼でもなお暗く、足元は不確かでしかも湿って滑りやすかった。まず人夫の一人が足を挫き、次に別の人夫が転んで腕を骨折した。行動不能となった二人を置き去りにして、なおも進むと前には鬱蒼とした薮が立ち塞がる。鉈を使っていた人夫が誤って自分の手を落とし、斧を使っていた人夫は誤って自分の脚を切った。行動不能となった二人を後に残して道を拓き、薮を突破して激流に洗われる川辺に出ると、そこで原住民の襲撃に遭った。からだに色を塗りつけた見るからに凶暴そうな男たちが槍を手に手に丸木舟に乗り込んで、対岸から一行目がけて突進してくる。だが小さな舟は端から波にもまれて沈んで消えた。あまりの恐ろしさに一行は恐怖に震え、それから気を取り直して濡れた岩を登っていった。川沿いに進んでいくうちに、二人の人夫が足を滑らせて悲鳴とともに激流に飲まれた。
 川の上流では恐るべき猛獣が待ち受けていた。茶色くてごわごわの毛が生えたクマである。こっちへいったりあっちへいったりといった面倒なことは抜きにして、いきなり現われて立ち上がった。立ち上がると大人の倍の背丈があった。クマは前肢で人夫の一人を殴って失神させた。そして失神した人夫を肩に担ぐと、密林の奥へ消えていった。しばらくしてから同じクマがまた現われた。前肢を振るって人夫を失神させて、肩に担いで連れ去ろうとしたので、野心で知られた男はクマに向かってこのように言った。
「図々しいとは思わないのか?」
 するとクマは足を止め、振り返って鼻を鳴らすと人夫を担いだまま密林の奥へ去っていった。野心で知られた男は怒りとともにクマを見送り、先頭に立って先を急いだ。野営に適した場所を探して天幕を張り、見張りを立てて夜を過ごし、そして何事もなく朝を迎えた。だが出発の時になって人夫が二人消えていることに気がついた。探してみると一人は松脂にかぶれてのたうちまわり、もう一人は漆をかぶってもがいていた。行動不能となった二人を置いて、一行はさらに密林の奥へと分け入っていった。
 雨期でもないのに雨が降り始めた。滝のように雨が注ぎ、川が溢れて密林を浸した。二人の人夫が濁流に飲まれ、一行は危険を察して高い場所を探し求めた。流れる水を脚で分けて、丘を見つけてそこへ逃れた。見ている前で森が沈んだ。雨は降り始めと同じように唐突に止み、空が青く晴れ渡った。そして見渡す限りが海原となり、やがて水平線の彼方から二隻の船が現われた。並んで現われた二隻の船は瓜二つで、どちらも舷側に円窓を並べ、煙突から淡い煙を吐き出している。二隻は波を蹴立てて海を進み、丘の間近までやって来てからくるりと向きを変えて去っていった。船が水平線の彼方に消えてしまうと、水が凄まじい勢いで引き始めた。水の中から木が立ち上がり、森が姿を現わして梢という梢が水をこぼす。密林の驚異を目の当たりにした一行は恐怖に震え、丘の上で一夜を明かした。夜明けとともに寝癖頭の黄色い巨鳥が足音をたてて出現し、左右の翼に一人ずつ、あわせて二人の人夫を抱えて去っていった。
 密林の恐怖はまだ続いた。一行は丘を後にして森を進み、唐突に森が途切れたところで足を止めた。辺りは一面の花畑で、原色の花が異様なまでに咲き乱れていた。恐るおそるに進んでいくと、花の間から四匹の怪物が現われた。いずれもこどもの背丈しかなかったが、全身を鮮やかな赤や青や黄色に塗って巨大な目を爛々と輝かせ、頭には異様な角を生やしていた。怪物は幼児のようによたよたと走って一行の間に入り込み、まず人夫の一人にハグをした。続いて別の人夫にもハグをして、残りの者にも順にハグをしていった。すべての者にハグをすると、四匹の怪物は花畑の中へ去っていった。恐怖に遭遇しながらも一人も失わずに済んだので、野心で知られた男は喜んだ。だが喜ぶのは早かった。人夫の一人がさらなるハグを求めて花畑へと走り込んだ。残りの人夫もハグを求めて去っていった。後には野心で知られた男と案内人だけが残された。
 二人は持てるだけの荷物を持って花畑を越えた。再び森に分け入って、ただひたすらに奥へと進んでいった。苦難に満ちた四昼夜を過ごし、何度も命を落としかけた。小さなクマが踊る姿に恐怖を覚え、多種多様な動物が二列になって進んでくるのを咄嗟にかわした。密林は異常な世界であった。やがて二人は大地の切れ目に到達した。深い裂け目が大地に走り、一つの森を二つに分けて間の行き来を阻んでいた。伝説によれば、失われた小さな国は、その先にあるはずだった。
 二人は木を切り倒して裂け目に渡した。まず野心で知られた男が橋を渡り、渡り終えたところで手を振って案内人に続くようにと促した。ところが案内人は橋を渡ろうとしなかった。そうする代わりに丸太の橋に手をかけて、渾身の力で持ち上げると裂け目の底へ突き落とした。
「何をするんだ。それでは俺が戻れない」
 野心で知られた男がそのように言うと、案内人は腰に手をあててからからと笑った。それから酷薄な笑みを顔に浮かべて、このように言ったのである。
「戻る必要はない。おまえはそこで死んでしまえ。おまえはもう覚えていないかもしれないが、俺の方は忘れていない。あの頃の俺は陰気なガキで、おまえは今と同じように野心に溢れて輝いていた。そしておまえは俺を嫌い、俺から女を奪い、仕事を奪い、人生の空しさを味わえと言ってあの谷底に突き落としたのだ」
「どの谷底の話をしているんだ?」
「あんまりたくさんあって、覚えてなんかいられないか? だが俺は生き延びた。そしておまえへの復讐を誓い、文明のはずれにあるあの町でおまえが来るのを待っていたのだ。俺はおまえを見捨てて町へ戻る。おまえは死んだと伝えよう。事実そのとおりになるのだからな」
 案内人は再び笑って、それから野心で知られた男に背を向けた。一度も振り返らずに来た道を戻り、木の間から現われたクマに殴られて失神した。クマは案内人を肩に担ぎ、野心で知られた男に一瞥を与えて去っていった。
 ここに至って野心で知られた男は人生の空しさを知って野心を失い、その場に倒れて運命を呪った。するとどこからともなく愛らしいこどもの声が聞こえてきた。
「もお一回、もお一回」



無法の表彰


 その昔、とあるところにそれは小さな国があった。あまりにも小さいので地図に載ったことがなかったし、旅行者向けの案内書にも載ったことがない。それでも不運な旅人を迎えることがあったのは、街道から枝分かれした一本の道がその国に向かって真っ直ぐに延びていたからである。旅行者は習性として進むべき道を誤ったし、冒険心に頭を冒された愚か者は好んで進むべき道を誤った。だがうっかりその国に足を踏み入れて土地の人間と遭遇すると、後はよほどの変人でもない限り脱出を考えることになる。
 いささか信頼に乏しい資料によれば、その国の住人は人間ではなかった。少なくとも一般に知られている人間とは、やや異なる姿をしていた。
 まず頭部が異様に大きかった。大人がひと抱えにするほどもあって、その形状は扁平で、上から力を加えた団子のような形をしていたという。頭髪はなかった。顔の大半を占めていたのはドングリを倒したような形の巨大な目で、その下には鼻とおぼしき小さな穴が二つ並んで開いていた。口は顔の幅いっぱいに裂けていて、開くと小さな牙がずらりと並ぶ。頭部の大きさに比べると、胴体は不釣り合いなほど小さかった。頭を三とすると、首から下は二ぐらいの比率になったという。その小さな胴から二本の短い腕と二本の短い脚が生えていて、手は完全な形をしていたと伝えられている。脚の形状についての報告はないが、これは住人の身長が平均よりもかなり低めだったためであろう。向かい合うと胴体のほとんどの部分が頭の陰に隠れてしまって、見ることができなかったのである。
 その土地の人々がいかなる理由によってそのような外見をしていたのかは定かではないが、世の中には勝手な空想を勝手な方向へ膨らませて荒唐無稽な結論を引き出す者がいる。そうして引き出された結論によれば、その土地の住人はやはり人間ではなくて、異世界からの訪問者か、またはその子孫であったということになる。星から星へと旅する乗り物が故障して我々の星に降り立つことになり、そのまま居着いてしまったというのである。しかしながらそのような事実を示すいかなる証拠も残されていないし、仮に残されていたとしても良識にしたがって解釈に余地を加えなければならないだろう。
 さて、ある時のこと、一人の旅人が旅を急ぐあまりに道を誤り、街道を遠く離れてこの国に足を踏み入れた。見渡す限りが丈の高い草むらで、ひとが住んでいる気配はまったくない。それでも方角を疑わずに草をかき分けて前へ進むと、やがて一軒の家が見えてきた。椀をかぶせたような形をしていて、その滑らかな表面は乾いた泥の色によく似ている。地面の近くに丸い穴が開いていて、それを除けば戸口も窓も見当たらなかった。旅人はかすかに漂う怪しい気配を感じ取り、また動物の糞を思わせる明らかな異臭を鼻に感じた。立ち去りたいという思いが胸を満たしたが、ここで道を訊かなければ、次にどこで機会があるかわからない。足音を忍ばせて家に近づき、黒い穴に顔を向けると勇を鼓して声をかけた。穴の奥の闇に向かって在宅の有無をたずねると、何やら動く物音がする。数歩退いていつでも逃げられるように身構えていると、間もなく住人が姿を現わした。旅人はその異様な外見にまず驚き、ついで激しい恐怖を感じた。悲鳴を上げて逃げようとしたが、舌は乾いて顎に貼りつき、足はすくんで運命に身を委ねる。そうして立ち尽くしていると、住人がゆっくりと近づいてきた。間近に立って足を止め、巨大な目を並べた顔を旅人に向け、それから両手で一枚の巻紙をするすると開く。開いた紙を短い腕で上げられるだけ高く上げ、それでもまだ顎の下にあって紙に書かれている内容が目に入るとはとうてい思えなかったが、低く深みのある声で重々しく読み上げた。
「表彰状。あなたはこの困難にあってもなお勇気を失わず、克服のための努力を怠らなかったので、ここに表します」
 続いて紙を百八十度回すと旅人に手渡し、一礼をして立ち去った。
 旅人はしばらくして気を取り直し、この不気味な土地から一刻も早く脱出しようと心を決めた。再び草むらへ足を踏み入れ、とにもかくにも前へと進んだ。怪しい家は後方に去り、近寄ってくる影もない。もう大丈夫だと思ったが、丈高く繁る草に囲まれて戻るべき方角がわからない。見当をつけて草むらを分けるとその先には見たような家があり、声をかけてもいないのに中から奇怪な人影が姿を現わした。今度は悲鳴を上げて逃げ出したが、相手は恐ろしいほどの速さで追いかけてくる。心臓が止まるような思いを味わいながら力が尽きるまで走りに走り、倒れた場所で表彰状を渡された。三度目に家の前へ出た時にはもう逃げようとはしなかった。表彰状を受け取って、相手が立ち去るのを待ってから道を求めて草むらに戻った。そのうちに陽が暮れてきたが、戻る道はまだ見つからない。夜が訪れると土地の住民は草むらの中にも出没するようになり、旅人の背後を襲って表彰状を手渡した。道を探して闇の中を這いずり回り、疲労の果てに眠りに落ちて目覚めとともに表彰状を受け取った。一日が過ぎ二日が過ぎ、飢えと渇きに苛まれながらも道を求めて草をかき分け、いったい何日が経ったのかわからなくなった頃、旅人は草の切れ目の先に道への出口を見出した。街道へ戻ってきた時には、表彰状の分厚い束を握っていたという。




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