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内戦の惨禍


 その昔、とあるところにそれは小さな国があった。あまりにも小さいので地図に載ったことがなかったし、旅行者向けの案内書にも載ったことがない。知られることの少ないその国では古くに内戦が起こり、国を二分した争いは数世代にわたって続けられたという。ことの起こりは定かではないが、もっぱらの噂によるならば民族間の対立に原因があった。
 その国の北半分には、白首族と呼ばれる人々が暮らしていた。そして南半分には、赤首族と呼ばれる人々が暮らしていた。
 白首族は平和を愛する人々で、小さな家を花で飾り、家の戸口は色付きの玉を使ったすだれで飾り、緩やかな衣服を身にまとって部屋には香を焚き込めていた。自足を目指して昼の間はのんびりと働き、夜には草を燃やして煙を吸った。平和を愛してはいたが男女の交わりには慎みがなく、ただし生まれてきた子には分け隔てなく愛を与えた。皆で野原に集まって、鳩を空へ逃がすということもよくやった。逃がすための鳩はあらかじめ赤首族の猟師から買っておく。そうすれば手を汚さずに済んだからである。
 赤首族は飲酒を愛する人々で、小さな家で酒を造り、家の戸口は近づく余所者を拒んで頑固に固め、汚れた衣服を身にまとって部屋には悪臭をこもらせていた。自足を目指して昼の間はのんびりと働き、夜には集まって大酒を喰らった。酒を愛してはいたが、一方では高度なガラス製造技術を備え、工房では大量のガラスの瓶が作られていた。輸出していれば莫大な収入をもたらしたことは間違いないが、赤首族はガラスの瓶に酒を詰め、酒を飲み干してしまうと空き瓶を木に投げつけて割って喜んでいた。
 白首族と赤首族の対立がどのようにして始まったのかは知られていない。白首族は煙を吸い込むと記憶の大半を失ってしまうし、赤首族は酒浸りなのでそもそも何も覚えていない。それでも双方の部族に残されていたわずかな記憶を総合すると、先に手を出したのは赤首族の方であった。
 ある時、白首族の遠縁にあたる二人の若者が奇妙な格好の動物にまたがり、この動物は鹿であったとされているが、遠国からその国を訪れると近道をするために赤首族の居住地を通り抜けようとした。赤首族は見慣れぬ動物に恐怖を感じ、二人の若者にも不信感を抱いたので、襲いかかって殺してしまった。そしてそれで勢いをつけた赤首族は白首族の居住地に攻撃を加え、長く続く因縁の発端を作ったという。
 争いは数世代にわたったが、主導権は常に赤首族の側にあった。戦いの火蓋は赤首族の酔った勢いによって切られていたからである。勝利も常に赤首族の側にあった。赤首族が得物を手に手に襲いかかると、白首族は一輪の花を手にして立ち向かったからである。にもかかわらず決着がつくことがなかったのは、戦いの途中で赤首族の男たちが次々に戦線を離脱し、家に帰って寝てしまったからだとされている。だが、いずれにしても白首族に分がないのは明らかであった。
 さて、内戦の末期のことである。白首族の族長が病に倒れ、青痣という名の若者が新しい族長に選ばれた。それまでの族長は歩く時に左へ左へと傾ぐ傾向があったが、青痣に限っては不思議なことに右へ右へと傾く傾向があったという。青痣は族長となるや否や、それまでの赤首族への対応を敗北主義と呼んで糾弾し、これからは新しい方法を導入すると宣言した。早速、力の強い者を三人選んで赤首族の居住地に送り、一方では残った者たちに戦いの方法を伝授した。送り出された三人が赤首族の一人を捕えて戻ると、青痣は皆を集めて実験を始めた。
 白首族の者たちは男も女も肩を並べて車座となり、手首を縛られた赤首族の男は車座の中心となる広い円の中へ放り込まれた。赤首族の男は赤い目を剥いて唸りを上げる。そこへ青痣は足早に近づき、男に向かってこのように言った。
「話せ」
 赤首族の男は唾液を飛ばし、青痣を口汚く罵った。青痣は素早く退き、それと同時に白首族の男や女が赤首族の男に小石や腐った食べ物を投げつけた。
「話せ」
 青痣が再び命じると、まわりの者たちも声をあわせた。
「話せ」
「畜生めが」
 罵りを返した赤首族の男のからだに、またしても石や食べ物が降り注いだ。
「包み隠さずに言ってしまえ」
 青痣がそう叫んで詰め寄ると、いくつかの小石が四方から飛んだ。そのうちの一つが赤首族の男の額に命中し、切れた皮膚の下から血が滴った。赤首族の男は血を見て脅え、身を縮めながらこのように言った。
「わかった」
 だがそこへも小石の雨が降り注ぐ。
「わかったって言ってんだろ」
 小石の代わりに罵声が飛んだ。白首族は男も女も口を開いて、赤首族の男に罵りの言葉を浴びせかけた。赤首族の男はいよいよ脅え、青痣にすがるような目を向けてこのように言った。
「だから話す。話すってば」
 ところが青痣は赤首族の男に背を向けた。
「こいつに話ができると思うか?」
 一族の者にそうたずねると、一族の者は声をあわせてこう答えた。
「できるもんか」
 それからまた罵声を浴びせかけたので、赤首族の男は降伏した。
「わかった。降参だ」
 すると青痣は赤首族の男の胸倉を掴み、荒々しく揺さぶりながら顔を近づけてこのように言った。
「そうなのか? 降参なのか? おまえはそれでおしまいなのか? それでおまえは満足なのか? おまえには言うべきことがあるはずだ。胸に秘め隠している魂の叫びがあるはずだ。我々が聞きたいのはおまえの魂の叫びなんだ。話すのはおまえじゃない。おまえの心なんだよ。心を開け。内なる叫びをその間抜けな半開きの口から出してみろ」
 一気に言って、赤首族の男を激しく地面に打ち据えた。
「わからねえ」
 赤首族の男がそう呟くと、青痣はまた胸倉を掴んでこう続けた。
「大酒飲みのうすのろめ。これはおまえの問題なんだ。おまえの魂の問題なんだ。目を閉じて自分の心に触れてみろ。できないなんてはずはない。できないならおまえはとんだ屑野郎だ。見下げ果てた屑野郎だ。どうだ、言われるままで悔しくはないのか。悔しいだろう。涙なんか流すんじゃない。悔しいならやってみろ、やってみるんだ、屑野郎」
 青痣が言葉を切ると、赤首族の男はふらふらと立ち上がった。なんとかして逃げ出そうと試みるが、密集する敵の間に退路はない。円陣の中を右へ左へと闇雲に走り、その後を青痣が追って心を開けと拳を上げる。逃げる先では男や女が赤い口を開いて思いつく限りの罵声を浴びせた。
 実験は日暮れに始まり、夜を徹して続けられた。東の空が白む頃には赤首族の男は半狂乱の有様となり、わけのわからぬ叫びを放つと遂に地面に突っ伏した。倒れたところへ青痣が寄り、助け起こすとこのように言った。
「もう大丈夫だ。君はよく頑張った」
「みんなが俺を苛めるんだ」
「そんなことはない。ほら、この拍手を聞いてごらん」
 頭を上げて耳を澄ますと、まわりから大きな拍手の音が聞こえてきた。歓声も聞こえた。白首族の男や女が笑みを浮かべ、手を叩いて赤首族の男を称えていた。青痣は赤首族の男を抱き締めて、優しい声でこのように言った。
「よくやった。本当によくやった」
 赤首族の男は目に涙を浮かべて、青痣の腕にしがみついた。
「離さないでくれ。俺を離さないでくれ」
「大丈夫だ。わたしはずっとここにいる」
「俺も、俺も、ここにずっといたい」
「君はずっとここにいていいんだよ」
 青痣はこの方法を使って赤首族の一人ひとりを懐柔し、白首族を勝利に導くつもりであったとされている。右に振れて敗北主義からの脱皮を目指したものの、平和主義の一線を越えることはできなかったのであろう。危険を察知した赤首族は早朝の時間帯を選んでしらふの者を駆り集め、白首族の村を急襲した。その最後の戦いで内戦は終わり、白首族は国に居場所を失った。ただ白首族の村は今も残り、無人となった家の戸口に下がる壊れたすだれが内戦の惨禍を伝えている。



人間の運命


 その昔、とあるところにそれは小さな国があった。あまりにも小さいので地図に載ったことがなかったし、旅行者向けの案内書にも載ったことがない。仮に誰かが載せるつもりになったとしても、その国は名前を持たなかった。不明の時代であっただけに名のない国は珍しくはなかったが、その国の場合は国に名がなかっただけではなく、住民の一人ひとりもそれぞれの名前を持たなかった。国を示す時にはただ国と言い、ひとを示す時にはただひとと言い、互いを呼ぶ時にはあなたと言っていた。自分を示す時に人差指の先を唇にあてたが、これは元来、空腹を意味する仕草であった。
 食べ物はいつでも不足していた。国土は砂に覆われていて、層を重ねる砂の山は太陽の光に焼かれていた。人々は光と熱を嫌って地下に逃れ、穴を穴でつないで暮らしていた。昼の間はからだを丸めてひたすらに眠り、夜になると起き出してきて、食べ物を求めて地上をさまよった。砂漠には砂漠の営みがあり、注意深く探していれば虫や獣にまれに出会った。ある者は一人で虫を探し、ある者は仲間とともに獣を探した。大きな獲物を得るために、いくらかの者は遠くへ足を運んだ。獲物は穴をくぐって国の奥へと運ばれていく。新鮮な獲物は狩人の口には入らなかった。夜明けを前に穴へ戻ると、わずかな食物の配給があった。配られた食物からはいつも悪臭が漂ったが、狩人たちは貪るように口に入れ、自分の寝穴へ戻ってからだを丸めた。
 一つの寝穴は一人のために作られていた。幼い頃に与えられた小さな穴を、成長にあわせて自分で大きくしていった。生涯の眠りをそこで費やし、死を迎えると穴は土で埋め戻された。遺体は国の奥へと運ばれていく。死とは空腹の終わりであり、死にはいかなる悲しみもない。悲しみは人生の内にあった。
 名を持たない人々には家族がなかった。男や女という考えもなかった。全土が地底の闇に飲まれていたので、何事につけ見分けるということが難しかった。ひとはひとではあったが、他者という以上の意味はなかった。自分が自分であるためには、ただ唇に指をあてればことが足りた。自分の存在と自分の欲望はたったそれだけで説明できた。不幸なことに、ほかに説明すべきことが何もなかった。欲望を縛られていたので愛について知ることもなかった。世界に関心を抱くこともなく、生まれ落ちてきたその日には、幼い指で自分の寝穴を広げていた。そしてある時、そうして広げられた寝穴の一つで一人が目覚め、悲しみとともに闇を見つめた。
 その一人は男でもあり、女でもあった。幼子ではなかったが、老人でもなかった。その者は狩人であった。一夜を費やして一匹の獲物を捕えていたが、一夜を無為に終わらせた者と同じだけの食べ物を受け取っていた。全員が同じ量を得るのは弱い者をかばうためではない。見分けることができなかったからである。
 狩人は一匹の獲物を得るために、砂漠を歩き回らなければならなかった。獣を見つけた後は、走らなければならなかった。どうにか捕えた後には、また穴まで戻らなければならなかった。それだけの仕事に対して、与えられた食料はあまりにも少なかった。狩人は養分の補給を必要としていた。激しい空腹を感じて目を覚まし、悲しみとともに闇を見つめた。見つめている間に空腹が欲望を突き動かし、狩人はからだを起こして穴を出た。
 国の奥には食料の貯えがあるはずだった。そこへ行けば、自分を満たすことができるかもしれない。そう考えて、闇の中を歩き始めた。穴の壁を手で探り、隠された目印を探しながら国の奥へと進んでいった。そうしながら狩人は心を奮わせていた。思いついたばかりの自分を満たすという考えに、恐怖と期待を感じていた。満たされない者が自分なら、満たされた自分は何者なのか。その者もまた自分なのか、それとも違う者なのか。違うとすれば、自分はいったいどうなるのか。
 それまで、時の流れは闇の底に沈んでいた。起点に小さな穴があり、終点には埋め戻された穴があることは知っていたが、その間には満たされぬ思いが淡々と並んでいるだけだった。そのどれがどれなのか、どれが前で、どれが後なのか、闇の底にいた狩人には区別をつけることができなかった。だがたった一つの考えを抱いただけで、狩人の前にいきなり未来が広がった。泡立つ時間の流れに手を差し入れて、手応えをはっきりと感じていた。そしてその感触に恐怖を味わい、人生の選択という未知の行為に激しく胸を高鳴らせた。なぜ今まで考えなかったのか、なぜ今までそうしなかったのか。疑問が浮かんでは恐怖に洗われ、渦巻く恐怖は未知への期待に飲み込まれた。狩人は道を選んで闇の中をなおも進み、次第に国の奥へと近づいていった。
 食べ物の悪臭が漂ってきた。空気は湿り気を増し、地面は水を吸っていた。前へ出ると食べ物の臭いが濃厚になった。気配を探して鼻を動かし、ひざまずいて手で探った。空気のかすかな流れが、道の続きを狩人に教えた。湿った地面を踏みながら、足音を忍ばせて奥へ進んだ。壁は濡れ、天井からは水が滴り落ちていた。
 やがて音が聞こえてきた。それは食べ物を咀嚼する音だった。別の音も聞こえてきた。それは水の跳ねる音だった。狩人は壁から手を離し、鼻を動かしながら闇の奥へ進んでいった。手が何かに触れた。暖かくて、粘りのある液体に包まれていた。狩人は液体の臭いを嗅いだ。食べ物の臭いがした。舌で舐め取った。食べ物の味がした。力強い咀嚼の音が続いていた。口は唾液で満たされ、胸はたまらない気持ちで一杯になって、狩人はその場に座り込んで手を伸ばした。最初に触れた物をまず転がした。それは小さかった。持ち上げて臭いを嗅ぎ、食べ物の臭いであることを確かめてから顎を開いて歯を立てた。口の中に血が溢れた。それは悲鳴を上げていた。狩人は血を吸い、肉をしゃぶった。一つを平らげ、また一つに手を伸ばした。それは大きかった。転がそうとしても動かなかった。だから狩人は爪を立てて皮を破ろうとした。すると聞こえていた咀嚼の音が消え、代わって恐ろしい絶叫が上がった。狩人は手を止めた。
 叫んでいたのはひとであった。狩人は立ち上がった。背後の道に足音が響き、振り返ると光の影が踊るのが見える。間もなく数人が松明を手にして現われて、狩人を囲むようにして近づきながら揺れ動く炎で闇を照らした。
 叫んでいたのは大きなひとであった。見上げるほどの巨体を地に横たえて、いくつもの子宮を腹からぶら下げていた。その半透明の膜の下にはひとの子がいて、どれもがからだを丸めて眠っていた。一つが動いて、膜の中を落ちていった。子宮からつながる管を通って産み落とされ、粘る液体にまみれて湿った地面に転がった。大きなひとは叫ぶのをやめて、獣の肉にしゃぶりついた。痛みのことはもう覚えていない。
 松明を持つ者が、狩人の足元を指差していた。狩人の足元には残骸があった。別の者が狩人を指差し、罪を問うた。狩人は自分を指差し、人差指を唇にあてたが、その意味するところは最早わからなくなっていた。



盗人の弁明


 その昔、とあるところにそれは小さな国があった。あまりにも小さいので地図に載ったことがなかったし、旅行者向けの案内書にも載ったことがない。わたしはここでその国の名前とその国のあった場所を言うことができるが、それをして諸君の知識を試そうとは考えていない。それをすればたまたま知っていた者は自らの知識を誇り、知らなかった者は無知を恥じることになる。知識を誇る者は同僚の無知をそしるかもしれないし、無知を恥じる者は同僚の知識をねたむかもしれない。無知を恥じるあまりに知っていたと嘘を言い、その上で同僚の無知を非難する者も一人や二人はいるだろう。そうなると誰が知っていて誰が嘘をついているのかがわからなくなり、諸君はたちまち猜疑の虜となって混乱の渦に巻き込まれる。狡猾な者なら好んで混乱を引き起こすかもしれないが、諸君にとって幸いなことに、わたしは狡猾な者ではない。だからその国の名前もその国のあった場所も、ここでは秘密のままにしておこうと思う。
 その国では普通の人々が普通に暮らしていた。国民が追い剥ぎを生業とすることもなく、国民が誘拐を稼業とすることもない。得体の知れない難癖をつけて旅行者から金品を合法的に巻き上げるような習慣もなかったし、海老に戦いを挑むようなこともしなかった。町にはまともな店が並び、町の外には畑が連なり、町でも畑でもまともな人々が真面目に働いていた。平和を好んで争いを避け、法を尊んでよく秩序を守った。もちろん多少のいさかいはあったようだが、人間が人間と肩を並べて暮らしていればそれは当然のことであろう。まるでいさかいがなかったら、その方がよほど奇妙に見える。
 奇妙に見えると言えば、その国には一つだけ、奇妙に見える習慣があった。諸君は不思議に思うだろうが、その国では盗みは罪にならなかった。それどころか称賛に値する行為の一つとして数えられていた。ある高名な盗人に至っては、その業績を記念するために巨大な石像が作られたほどだ。石像の台座には経済の改革者という銘が刻まれていた。
 諸君もよくご存知のとおり、盗人というのは単に盗むだけの者ではない。品物を盗めばそれを闇市や故買屋で売り飛ばすし、売り飛ばした金で飲むこともする。金を盗めば、もちろんそれで飲むことになる。もう少し賢明ならば飲まずに投資して、投資から得た利益で飲もうと考える。中には信じがたいことに、盗んだ金を貧しい者に分け与えて、他人の金で飲む者もいる。目的や順番が違っていても、結果としてはすることは同じだ。
 さて、ここでわたしは二つの点で、諸君の注意を喚起したい。
 まず盗人は、盗人稼業に励むことで資金に流動性をもたらす。経済とは資産を持つ者と持たぬ者、そして闇市と居酒屋の四つを結んだ線の上に成り立っている。そのままにしておけば莫大な資金が一つの点で死蔵されるが、盗人は線の上を速やかに移動し、ある一点から他の一点へと資金を移し替える機能を備えている。
 次に盗人は、盗人稼業に励むことで経済の活性化をもたらす。盗人が入るのは主として金持ちの家であり、盗人がそこから繰り返して資金を動かすことで、金持ちの家は次第に傾いていく。つまり盗人は市場の独占的な状況を解消し、多方面に対して参入の機会を提供する機能を備えている。
 以上のことから、盗人が経済活動の重要な鍵となっていることが、諸君にも理解できたと思う。盗人がいなくなれば資金は流動性を失い、独占資本の横暴が放置される。経済は構造的な問題を抱えて活力を失い、やがて傾いて国を潰すことになるであろう。その小さな国の人々は驚くべき炯眼によって真実を見抜き、経済の肯定的な因子として盗人に称賛を惜しまなかったのである。
 しかるに我が国の現状はどうであろうか。独占資本の専横を許す一方で、盗人にはささいな盗みで罰を与えようとしている。しかも告発人の訴状によれば、その罰とは死刑なのである。いったい、これほどの無法が許されるものなのか。同じ訴状によれば、わたしは単に盗んだだけではなく盗んだ物を闇市に売り、闇市に売った金で飲むことをしたという。しかし、それこそがまさに盗人の、資金に流動性を与える機能であったと、なぜ考えないのであろうか。訴状には続きがあった。それによればわたしは単に飲んだだけではなく、飲みながら経済の底辺に対して余計な行為を称揚し、青少年に害を与えた。しかし、それは盗人の数を増やして我が国の経済を活性化しようとする試みであったと、なぜ考えないのであろうか。
 理由は簡単かつ明瞭である。告発人のみならず、諸君もまた独占資本の走狗なのである。諸君は独占資本の正体を知っているのか。あれは異なる三つの物を一つに束ねて不可分の一つだとはばからずに主張する。そうして三つの物をそれぞれ一つの物として商う者の利益を損ない、四つ目には何を加えるべきかと不敵な思いに身を委ねつつ、市場からまさに独占的に利益を吸い上げて女秘書との結婚を果たす、そのような危険な手合の手先となって、諸君はなぜ安心することができるのか。遠からぬうちに資本も一つに束ねられ、すべての中から一つを選んで贖うことは不可能になり、すべてを束ねたたった一つを売りつけられることになる。すべてを束ねた一つの物は複雑なので間違いがあっても気がつくのは遅くなり、間違いに気づいても取り換えることは難しくなるであろう。
 諸君は、そのような時代の到来を望んでいるのだろうか。わたしならば束ねた一つからなるべく多くを盗み取り、それを一つひとつの物とするであろう。そうしなければ国に未来はないと信じるからにほかならない。
 だが、すでに判決は下った。諸君はそこにいて、わたしが話し終えるのを待っている。話を終えたわたしには、死が待っていることを知っている。だがわたしには息子たちがいる。息子たちは盗人である。わたしの心は安らかだが、諸君は安らぎを失うであろう。残念ながら、立ち去るべき時がやってきたようだ。



粘着の度合


 その昔、とあるところにそれは小さな国があった。あまりにも小さいので地図に載ったことがなかったし、旅行者向けの案内書にも載ったことがない。ところがその国の隣にあった同じような小国は、同じような条件にありながら地図にも案内書にも載っていたのである。事実を知った時、その国の人々は自国が不当な扱いを受けていると考えた。そして不当な扱いを受けるのは隣国が不正をおこなった結果であるとも考え、隣国はただちに地図や案内書から身を引くか、あるいは記載の半分を明け渡すか、いずれかをすべきであると主張した。隣国の人々はこれを聞いてひどくうろたえ、諸悪の根源は地図の製作者や案内書の執筆者にあると反論した。真相はまったくそのとおりであったが、その国の人々は理性よりも感情を選び、隣国に対して激しい敵意を抱くとともに国際社会に向けて不正の糾弾を訴えた。しかしながら国際社会は地図にないような国の言い分に耳を傾けようとしなかったので、すでに不遇を味わっていたその国は自国の行為によってさらに大きな不遇を味わい、感情を高ぶらせて隣国への敵意を強くしていった。
 少なくとも二度、その国が隣国に戦争をしかけたことが知られている。言うまでもなく不正を正すためであり、最初は宣戦布告をおこなって大使の引き揚げが完了してから、二度目は宣戦布告に先立って、軍隊を国境線の先へ進めた。単純な戦闘能力の比較では確実に勝利が得られるはずであったが、その国の軍隊には国境線の先へ進むと途端に崩壊するという不思議な性格があり、目論見は二度とも失敗に終わった。二度目の失敗の後ではさすがに原因の究明を求める声が上がり、軍隊の性格を分析するための調査委員会が設置された。最初の調査委員会は結論に達する前に紛糾して解散し、二つ目の調査委員会は結論には達したものの血を見るような騒ぎとなって最終的には分裂した。三つ目の調査委員会では調査の目的が何であったかを思い出すのがもっぱらの課題となり、とうとう何も思い出せずに解散が決定された頃、三度目の遠征が計画された。過去の遠征が二度とも失敗に終わったことはもちろん立案の段階で指摘されたが、単純な戦闘能力の比較では確実に勝利が得られるはずであった。
 さて、ちょうどその頃、名高い学者がその国を訪れ、その国の市場の端に立ってその国の人々の立ち居振る舞いを観察していた。そして一つの結論に達すると、その国の元首の家を訪ねて身分を明かした。元首の家では作戦会議の真っ最中で、その国の枢要を占める人々が興奮の極みに達して互いに罵詈讒謗の限りを尽していたが、国際的に名高い学者の名を聞くと新たな興奮が湧き起こり、ただちに会議を打ち切って全員でそろって出迎えた。ひとしきり挨拶が繰り返され、感激もあらわな顔が握手を求め、ようやく落ち着いたところで名高い学者がこのように言った。
「わたしがお邪魔するまで、皆さんは何かをなさっていたようですね?」
 すると全員が一斉に口を開き、いかにも何かをしていたと大声で答えた。
「何をなさっていたのですか?」
 またしても全員が一斉に口を開けたが、何をしていたかを説明できる者は一人もいなかったのである。口を開けたまま互いの顔を見交わしていると、名高い学者がこのように言った。
「作戦会議をしていたのでは?」
 これを聞いて、まず元首が膝を打った。いかにもそのとおりであるとうなずくとまわりの者も一斉にうなずき、机の上に広げられた資料の正体も思い出して早速作戦会議を再開した。そしてすぐさま一人が感情を剥き出しにして腕を振り上げると残りの者も後に続き、たちまち罵声が飛び交う騒ぎとなる。そこで名高い学者は立ち上がり、皆を鎮めてからこのように言った。
「作戦会議もけっこうですが、その前に体質の改善をお勧めします。実は失礼を承知でこの国の方々の立ち居振る舞いを観察したのですが、その結果から得た結論を申し上げましょう。どうやら皆さんは、そろって豊かな感情をお持ちなようなのです。なぜそうなったのかはわかりませんし、そうであることは決して短所ではありません。ただ、感情に流されて行動するせいで、理性や忍耐にやや影が差しているとすれば、もしかしたら短所であると言うべきなのかもしれません。つまり感情によって行動を決めることはできるのですが、理性や忍耐の支援を得ることができないので、たとえば皆さんの会議はしばしば誤った方向へ進み、皆さんの軍隊は目的を保持できずに崩壊してしまうのです。わたしは戦争を肯定する者ではありませんが、体質改善をしない限り、皆さんの軍隊は絶対に勝利を得ることはできないでしょう」
 名高い学者の話を聞いて、その場にいた者たちは顔に絶望と苦悶を浮かべた。一人が絶叫を放って元首の家から飛び出していくと、数人が涙で頬を濡らして後に続いた。元首は目を開いて、唇を振るわせながら名高い学者の膝にすがった。
「どうすれば、どうすれば、わたしたちは助かるのでしょうか?」
 そこで名高い学者は処方を与えた。処方の中身は今となっては知られていないが、食餌療法の指示であったとされている。与えられた処方はただちに全国に広められ、体質の改善は全国民の悲願となった。その国の人々は学者の報告に衝撃を受け、歯を食いしばって改善に励んだ。励んでいるうちに感情に流されることは少なくなり、隣国の地理上の優越に嫉妬や羨望を覚えることもなくなり、行為の起源を忘れ去ってもなお食事の内容を変えようとしなかったので、ひたすらに粘り強い鈍重な体質となっていった。噂を伝え聞いたある大国の商人は密かにその国を訪れ、一人をさらって腹を開き、見事な粘着質であることを確かめるとこのように言った。
「接着剤のよい材料となる」
 そして屈強の者たちを送って住民を端から捕えさせたので、その国は間もなく滅亡した。



農民の反乱


 その昔、とあるところにそれは小さな国があった。あまりにも小さいので地図に載ったことがなかったし、旅行者向けの案内書にも載ったことがない。そこでその国の人々は地図になければ見つかることもあるまいと考え、農閑期になると徒党を組んで街道に出て、旅行者を襲って金品を奪った。奪いはしたが、楽しみのためではなくて冬場の生活の足しにするためである。自らを厳しく律して決して貪欲に走ろうとはしなかったので、追われることも少なければ見つかることも少なかった。誤って捕えられた場合には仲間が金を払って身柄を受け出し、そうするための準備としていくらかの基金も用意されていた。
 農民たちはたくましく生きていたが、生活が楽だったわけではない。楽ではなかったからこそ、生存のための選択肢をできるだけ大きく広げていたのである。楽にならない原因は、主としてその国の王にあった。代々の王はいずれも開明の精神に欠け、圧政を敷きこそしなかったものの旧弊に立って改善を拒み、要求を受け入れることよりも要求にいきり立つことの方が多かった。気性はいたって単純で、威嚇に対しては威嚇で応じ、卑屈に対しては尊大で応じた。代々の王は判で押したように同じ性格の持ち主であったので、農民たちは要求の上限をよく理解し、また引き下がれない一線をよく心得ていた。つまりその国が長らく困窮とも内乱とも無縁であったのは、歴代の王がよく民を治めたからではない。農民がよく王を治めたからなのであった。
 さて、ある時、農閑期の頃であったとされているが、みすぼらしい姿をした若者がその国を訪れ、農民を探して農地に足を踏み入れた。そして最初の一人を見つけると、近寄っていって親しげな様子で話しかけた。
「やあ、どうですか?」
 話しかけられた農夫は仕事に励んで顔を上げようともしなかったので、間もなく若者は離れていった。そして夜になってから村の居酒屋に姿を現わした。不審に満ちた目が一斉に向けられたが、若者は意に介さずに酒を頼み、杯を高く掲げてこのように言った。
「働く者へ、乾杯」
 そして一息に飲み干すと激しく咳き込み、胸を落ち着かせると笑みを浮かべて傍らの一人に声をかけた。
「やあ、どうですか?」
 実を言えばこの若者、とある国のとある革命組織の一員であり、革命思想の伝播と革命の推進という二つの重大な任務を携えていた。その国の農村部に潜入を果たし、農民に対して思想教育と大衆扇動をおこない、革命組織を浸透させて、時がきたら指揮をして王権を転覆させようとたくらんでいたのである。その革命思想なるものがいかなる種類の考えであったかは、今となっては知られていない。一説によれば工場労働者を組織して階級闘争を展開し、搾取階級を打倒した上で生産手段の共有化をおこなって平等な国家を作ることを目標としていた。しかしながらその時代はようやく手工業が合理化への道を歩み始めた段階にあり、工場労働者という階級の出現にはまだ五百年ほどを必要としていた。思想が先進的すぎたのであろう。そこで革命組織は対象を工場労働者から農民に切り替え、それに若干の工房労働者を加えて労農大衆と称していた。労農大衆は団結し、階級敵に向かって敢然と戦いを挑まなければならなかった。なぜならば、それが歴史的な必然であったからにほかならない。
 若者は椅子の上に立って演説をおこない、歴史的な必然が農民に何を求めているかを訴えた。農民たちは顔をうつむけたまま聞いていたが、若者が話を終えると一人が顔を上げ、隣にいた仲間の耳にこう囁いた。
「どこの神学校から来た野郎だ?」
 そこで若者は演説を再開し、微妙な問題に突入していった。歴史的な必然性の中に、神はいないと言ったのである。話を終えると別の農夫が顔を上げて、若者に向かってこのように言った。
「なんだその、弁証法的唯物論てのは?」
 これもまた先走りであり、弁証法的唯物論が政治運動の中で明確な位置を占めるにはなお六百年ほどを必要としていた。したがってこの段階では理論武装がはなはだ甘く、若者は農夫たちの迷信を撃破することができなかった。
「でも、俺たちには神がいるぜ」
 一人がそう結論を下して背を向けると、残りの者も背を向けた。そこへ居酒屋の主人がやってきて、若者に椅子から降りるように要求した。
「今朝拭いたばかりだ」
 だか若者はあきらめなかった。村に居座ってあちらこちらに顔を出し、通りがかる者の袖を引いては王の暴政を非難して民衆の蜂起を訴えた。歴史的な必然に再び触れることがなかったのは、戦略を変更した結果であると思われる。新しい戦略が功を奏したのか、いくらかの賛同者が現われた。そして賛同者が賛同者を呼び、やがて目に見える勢力を形成すると若者は準備に取りかかった。集まった者を大隊を単位とする軍隊に編成し、戦闘訓練を施したのである。すると新たな者たちが参加を望んで軍勢に加わり、遠方からも多数が馳せ参じるに及んで労農革命軍は一大軍事力へと成長した。王は手勢とともに王城にこもり、迎撃の準備を整える。
 遂に決起の時が訪れた。赤旗を高く掲げた若者は労農革命軍を率いて進撃を開始し、町を一気に攻め落とすと王城を囲んで王に退位を要求した。若者が要求を繰り返している間に労農革命軍の兵士たちは町で略奪を始めたが、楽しみのためではなく冬場の生活の足しにするためであったので、自らを厳しく律して決して貪欲に走ろうとはしなかった。兵士たちは取る物を取って町から立ち去り、若者が気づいた時には味方は誰もいなくなっていた。扇動家は王の手勢に捕えられ、その場でただちに首を切られた。王は農民たちにも追っ手をかけたが組織化された農民軍はなお強大な勢力を保ち、今回の一件は外国の陰謀であったと説明されれば、事実そのことに違いはないので王も受け入れざるを得なかった。その国の農民が一揆に際して赤旗を掲げるようになったのは、それ以来のことであるという。




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