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チャレンジャー誕生

中学を卒業したばかりの少年少女達が緊張した面持ちで、
高校の入学式に出席している。
いよいよ これから高校生活が始まるのだ。今までの子供社会ではなく、
大人社会への助走が始まろうとしている。

同じ中学からB高校へ入学したのは7人で、
ほとんどがバラバラにクラス分けされた。
そして、長く退屈な入学式が終わり、教室へと移動する。
『1年5組、ここか』

教室では、近隣の生徒間で自己紹介が始まり、
お互いによろしくと言っている。
周りを見渡すと、全員が知らない生徒で、皆 他の中学から来ていた。
いや、一人見覚えのある顔があった。
同じ中学だった植部 明美だ。お互い顔と名前は知っているが、
会話したことは無い。
とりあえず、挨拶だけでもしておくか。そう思い、植部に近づく。

『よ、よう植部さん、同じ中学だった石上だよ。
 同じクラスだな、よろしく。』
『えっ、アンタ同じ中学だっけ? ゴメン、知らなかった。』
『‥‥』茫然と立ち尽くす。

次の瞬間、周囲から どっと笑う男子達の声と、
クスクスと笑う女子達の声で盛り上がった。
盛大な笑いから逃げるように自分の席に戻る。

( やっちまった。知らなかったのかよ、びでーな。)
すると、隣の席の男子が声を掛けてきた。

『おい、お前やるな。入学初日にナンパかよ。』
『違うって、あの子は同じ中学の‥‥』
『まあ、いいから、いいから。結果は見事に撃沈したけど、
 その勇気だけは尊敬に値する。』
『だから、そうじゃなくて‥‥』

『俺は、岡だ。よろしくなチャレンジャー。』
『ああ、俺は石上。よろしくな、人の話を聞かない岡。』

入学初日から笑われた俺は、自己紹介するまでもなく
『チャレンジャー』として、クラス中に名前を知られた。
まったくもって、心外だ。

恋の予感

入学二日目 朝の教室
俺が教室に入ってすぐ、岡が入ってきた。

『ウッス』
『よう』
『あ~、今日から授業が始まるな。かったるい。』
『お前、高校は授業を受けに来る処だろう。』
『言うねえ、チャレンジャー。勉強に自信があるのか?』
『まあな。』

『ほ~、結構な事だな。お前、部活はやらないのか?』
『ああ、中学でもやってなかったし、特にやりたい部活はないからな。
 それに、部活に入ると先輩との上下関係が厳しいだろ。
 そういうの苦手なんだよ。岡は、もう決めたのか?』

『俺はバスケ部に入る。小学校の時からやってるしな、バスケが好きなんだよ。』
『そうか、頑張れよ。』
『おう』

退屈な午前中の授業が終り、昼休みになった。
俺と岡は食堂に入り、メニューを見る。

『大した事ないな。さすがは、学食。でも値段は安い。
 問題は味だな、美味いかな?』
『お前はグルメ番組のレポーターか?』

岡がボリューム満点の日替わり定食の大盛りを選んだ。
俺は、同じ定食の並み盛りにした。
『むっ、意外と美味いな。量も多いし、結構やるぞ、この学食。』
『そうだな』

すると、そこへ 横から上級生が割り込んできた。
『お前ら、一年生だな。ここは俺たちの場所って決まってるんだ。他へ行け。』
『えっ、そんな決まりがあったんですか?』
『早くどけよ。殴られたいのか?』
『すみません、知りませんでした。今日が初めてなもので。石上、行こうぜ。』

仕方なく、席を立った。周りを見ると、同じように追い出される一年生たちが居る。
どうやら、毎年入学の時期になると見られる恒例の風情らしい。
しばらくの間 周囲を観察して、空席を探す。
そして、一番奥の片隅で冷えた昼食の再開となった。

『くそ、威張りやがって。』
『だな。まあ、仕方ないさ。これが社会の上下関係ってモンだ。
 俺たちも来年、新入生を追い出してやろうぜ。』
『‥‥』

すると、行き場の無さそうな女子3人が隣にやってきた。
『あの、ここ空いてる?いいかな?』
『ああ、いいぜ。お前たちも追い出されたのか?』
『そうなの、他に場所がなくて。あれ、岡君と石上君か。』
『なんだ、同じクラスの植部たちか。』

そんな訳で、同じ痛みを持つクラスメイト達との愚痴大会とも思える
昼食が始まったのだが、その中に一人 無言で食べる女子がいた。

『開花さん、さっきから、黙ってるけど、気分悪いの?もしかしてキレてる?』
『そうじゃないけど、もっと他に楽しい話題がないかなって‥‥』

まったく同感だ。せっかくの食事に愚痴ばかりでは美味くない。
良く見ると、ショートカットが良く似合う可愛い子だった。ラッキー。

『そうだな。楽しい話題というと、昨日ヒーローが誕生したよな?』
『あ~、チャレンジャーの事ね。』
そう言って皆が俺の方を見て、ニヤリと笑う。

『なんだよ、その話はやめてくれよ。誤解だって。』
『いや、思春期真っ只中の若者にとって 決して忘れる事はできないネタだ。』
『植部さん、実の処どうなの?石上君とは本当に同じ中学だった?』
『う、うん。どうやら そうみたい。』

『なんだ、面白くねー。このネタはもう使えないじゃん。』
『よし、疑いが晴れてスッキリしたよ。このネタは今日限りで封印すること。』

そうして時間が過ぎて行き、始めは不快だった昼休みも、
終る頃には楽しいひと時となった。
特に、開花さんと会話ができたのは思わぬ収穫だ。今日はツイてるぞ。

放課後、帰宅する者や部活の見学に行く者、
友人と話をしたりして暇潰しをする者が居る。
帰ろうとする俺に、岡が話しかけてきた。

『石上、部活見学行かないのか?』
『ああ、部活に興味無いし、帰るよ。』
『そうだったな。』

そこへ、意外にも開花さんが混ざってきた。
『あら、石上君は部活やんないの?』
『まあね。開花さんは、何部に入るかもう決めたのかい?』
『うん、私はバレー部に入る。子供の時からずっとやってきたし、面白いよ。』
『へー。』

『石上も何か始めればいいのによ、高校から始めるケースもよくあるぜ。』
『チャレンジャーなのに部活には挑戦しないの?』
『そ、その呼び方は、やめたまえ。』引き攣る顔で注意する。

『開花さん、そろそろ見学行こうよ。時間だよ。』
『うん。』『じゃね、バイバイ。』
『おう、バイバイ。』

今まで、女子からはまったく相手にされなかったのに。
開花さんと会話が出来た上、バイバイか。いいな~、高校生活って。
思わずニヤける。

『石上、お前、開花に惚れたな。』
ドキッ

『うっ、何を言い出すんだ。言いがかりは止せ。』
『真っ赤な顔で否定しても、説得力が無いぞ。』

『お前、この話をネタにして また俺をからかう気だろ。』
『いや。俺は部活でも恋愛でも真剣に立ち向かう奴をからかったりしない。』

『岡、お前 意外といい奴だな。』
『おう、そこんとこ、よ~~く覚えておきたまえ。』

初夏の頃

5月下旬になり、一年生は高校生活にも慣れてきて、友達も増えてきます。
部活を始めた者は、毎日厳しい練習に耐えて頑張っています。
そんな中、部活はおろか、アルバイトもしない、彼女もいない、
暇だけは十分ある自分に何か煮え切れないものを
感じるようになりました。これで良いんだろうか?

今朝もトボトボと教室に向かっていると、
幼馴染みの中本が声を掛けてきた。
中本とは家が近所で小学校からの付き合いになる。

『よう、石上。しばらくだな。』
『おう、久しぶり。元気か?』
『いやー、部活の練習が厳しくてな、 付いていくのが精一杯だよ。』
『この高校のサッカー部は強いからな、半端な練習じゃないだろうな。
 考えただけでゾっとするよ。』

『お前は部活やってなくて、毎日なにやってんだ?暇じゃないか?』
『暇じゃないよ。やることはあるぜ。』
『家でゲームやったり、TV観たり、エッチな雑誌読んだり‥‥』
『探るな!』大方当たってるので、反論出来ない自分が悔しい。

『やはり、そんな暮らしで楽しいか?もっと青春しようぜ。
 部活とか恋愛とかアルバイトして何か買うとか。二度と味わえないぞ、この高校生活は。』
『何だそれ。おっさんみたいな事を言うじゃねえか。』しかし、正論だ。ムカつく。

『何も良い事だけが青春じゃない。辛い涙も青春だぞ。』
『む、さてはハートブレイクだな。』
『そうだ。見事に木端微塵となったよ。でも、悔いは無い。』
『本当かあ?』

『ああ、こればっかりはどうしようもないし、クヨクヨしても仕方がない。また、次の恋に期待だな。』
『青春してるねー。羨ましいよ。』
『お前はまだ坊やだから、理解できねえだろうな。』

『む、で、誰なんだよ、相手は?』
『お前のクラスに開花って子が居るだろ?』ドキッ 急に心拍数が跳ね上がる。

『お、おお、い、居るな。』
『その子だよ。何しろ、明朗活発で可愛い、人当たりも良くて友人も多い。』
『完璧だな。さぞ人気があるだろう。』
『ああ、噂では学年人気No1らしい。』

『お前、随分高望したな。そりゃ、無理だろう。』
『高嶺の花だとは思ってたよ。でもな、ずっと、胸の内に秘めておくより、いっそドカンと吐き出して、
 撃沈した方がスッキリするんだよ。判んねーかな?』

『男として尊敬するよ。』悔しいが、今の自分には出来ない。
『失恋もな、初めての時はショックで死にたい位だったけど、何度も繰り返すと怖くなくなるぞ。
 大体、失恋が怖くて恋ができるかっての。』
『おっしゃる通りです。』くーっ、自分が情けない

恋のスタイル

7月になり決まって出てくる話題は、もうすぐ夏休み。
夏休みになる前に恋人を作るか、夏休み中に恋人を作るか、
意見が分かれるようですが、同じ学校で恋人を作るなら、前者。
そうでないなら後者のケースが多い様です。

ところで、根性無しの俺は、学年最高峰の花に手を出す勇気はない。
せっかく、クラスメイトという都合の良いポジションにあり、
ソコソコ仲良く会話も出来ている。苦労して告白し、秒殺されて、
今後会話が出来なくなるくらいならこのままの方が‥‥
しかし、本当に それで良いのか?

一学期最後の日 教室

岡 『やっと、今日で授業が終わりだな。いやー、長かった そして辛かった。』
石上 『明日からは待望の夏休み。』

岡 『そうだな。一か月以上も君の顔を見れないなんて残念すぎるよ。』
 そう言って、岡は開花の方を不敵な笑いで見る。
開花 『あらー、私もあなたに会えないのは寂しいわ。眠れない夜が続きそう。』
 開花も不敵な笑いで返す。

石上 『しらじらしい。気持ち悪いから他でやってくれ。』
植部 『あれー、石上 ヤキモチ?可愛いトコあるのね。』
 と一番不敵な笑いをする。

開花 『まあ、嬉しい。私にヤキモチ焼いてくれるの?石上く~ん。』
 とウィンクしてくる。
石上 『お前ら、この暑さで頭イカれたんじゃないのか?』

岡 『その通り、通知表を見た瞬間に脳がぶっ飛んだ。』
植部、開花 『どひゅーん。』

   
入学して3カ月が経ち、こういう くだらない会話がごく自然にできる程 仲がよくなった。
この中では皆 異性とは思っていないのかも知れない。
お互い名前を呼び捨てで呼んでいる。

植部 『ところで、岡は彼女できた?』
岡 『いや、俺は硬派だからな。バスケが恋人さ。』
大きく胸を張って自慢する。

開花 『へー。イマドキ硬派ね~。』不敵な笑いをする。
岡 『何だよ、開花こそ 彼氏がいないくせに 告白してくる男どもを
   次から次へとバッサリと切り捨ててるじゃんか。』
開花 『よく知ってるわね。誰から聞いたのよ!!』大声になる。

植部 『なにしろ学年人気No1だそうで、そりゃー噂にもなるわよ。』
 なんて厭味な言い方。
石上 『うむ。散っていった野郎どもは、それはそれは見事な最期だった。』

開花 『うっるさいわね!私をバレーより熱くさせる男が居ないだけよ!!』硬派だ。
岡 『他人の事より植部はどうなんだ?彼氏はいるのか?』

植部 『‥‥』
石上 『いやー、照れるな。』と、ボケてみると。
ドカッ 植部の素早い蹴りが俺の脛に入った。

石上 『痛っ~ ジョークだろうが!』
植部 『アンタたちのような坊やには、乙女心が判らないわよ。』

岡 『たちって、何だよ 石上なんかと一緒にすんなよ。』
植部、開花 『一緒だっつーの。』
石上 『岡、光栄に思えよ。』
岡 『ショックで熱がでそうだ。』

岡は、バスケットボール部でインターハイ出場を目指し、
日夜練習に励んでいるので、恋愛をするつもりはないらしい。
結構、人気があるのにもったいない。

開花は、理想が高いらしく 恋人ができないようだ。妥協はしたくないらしい。
植部は、どうやら好きな男子がいるみたいだが、進展はしていない様子。

皆、思春期真っ只中。それぞれの恋愛観があるようだ。
そして、それぞれの夏休みが始まった。


ナビゲーター

夏休み 学校では熱心な部活や成積の悪かった生徒の補習があり、少人数だが人は居る。
岡も開花も部は違うが、それぞれの部で頑張っていた。
そんな日下がり、開花とはクラスは違うが同じバレー部の岩田京子が
開花陽子と弁当を食べていた。

『陽子、この調子じゃレギュラー取れそうね。』
『どうかな。もちろん狙ってはいるけど、先輩たちも必死だし、そう簡単には‥』

『絶対大丈夫よ。陽子は、一年の中じゃズバ抜けてるし、中学大会でも良いトコまで行ったんでしょ。
 秋には一年生レギュラー誕生ね。』
『うん、サンキュー。頑張るよ、京子も頑張りなよ。』

『私は無理。練習に付いていくのが辛くて、それに陽子みたいにセンス良くないし。』
『ちょっと、どうしたのよ、京子らしくない!アンタ最近 元気無いよ。』

『‥‥』少し 頬を赤くする。
『むむ、その表情。さては、恋に落ちたな。』

『かもね‥‥』
『うわーっ、裏切ったな。私たち、恋をしない掟でしょ。あー、これで友達一人減った。』

『だって‥‥』
『何が だってよ、いつの間にそんな女の子らしくなった訳?油断も隙もありゃしない。』

『人を好きになることは、自分ではコントロールできないものよ。』
『ふーん。それは、それは。結構なお話で。』憮然とする。

『バレーは好きなんだけど、彼の事を考えると、厳しい練習が辛くて・・』
『ムカつくなあ、その女の子らしい仕草。じゃ、部活辞めて、彼とイチャイチャしてなよ。』
そう言いながら、ガツガツと弁当を食べる。

『それができれば悩まないよ。』ほとんど弁当を食べない。
『何で?色気出して、今のように乙女らしい仕草で迫れば・・』
自信たっぷりに言う。

『私、陽子みたいに可愛くないし。』
『そんなもん、男の好みでしょうが。京子の彼が、京子の事を可愛いと思えば、京子は可愛いのよ。』

『そうかな?‥』
『そうに決まってる!で、一体誰よ、京子をここまで乙女にした野郎は?』

『サッカー部の‥‥』頬が真っ赤になる。
『サッカー部の?』イライラしている。

『‥‥』弁当を箸で突きながら、モジモジしている。
『早く言わないと、京子の弁当まで食べるよ。』
自分の弁当を済ませた陽子は、京子の弁当を箸で威嚇してくる。

『‥中本くん‥』下を向いたまま、恥ずかしそうに呟く。
『あー、やっぱり。彼かっこいいし、人気あるもんね。それに、一年で既にレギュラー取ったらしいし、
 ライバル(恋敵)が多そうだね。』妙に納得する。

『うん、最大のライバルは‥‥』じーっと陽子を見る。
『何よ?』少し焦ってくる。ドキドキ。

『中本君は、以前、陽子に告白したんだよね。』鋭い目に変わる。
『‥‥そ、そうだっけ?』ドッキ、ドッキ、ドッキ、ドッキ‥

『隠したって無駄。皆知ってるよ。陽子が彼を振った事も。』
『‥‥』顔面硬直、心臓バクバク。

『私と同じクラスの子がこの前 中本君に告白したら、好きな人がいますって断られた。』
『それが私とどういう‥‥』

『関係大アリでしょ。中本くんは、まだ陽子の事が好きなんだから。』
『でも‥‥』

『ウン。判ってるよ。陽子は悪くないし、陽子にはどうしようもないってことも。
 彼が陽子を好きな事も どうする事もできない。』
 ポトリと京子の涙が弁当に落ちた。

バレー部の先輩 『よーし、昼休みは終わりだ!午後も気合入れて行くぞ!!』
京子、陽子 『ハイ!』

『京子、くじけないで 頑張ろう。』
『うん。』

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午後になると、俺は夏休み恒例の花壇への水まき当番として登校してきた。
適当に水をまき、小鳥たちに餌をやる。

校舎に囲まれた花壇では、部活中の生徒たちのかけ声や楽器の音が聞こえてくる。
体育館では、バレー部、バスケット部が グランドではサッカー部や
野球部、陸上部が練習している。皆 頑張っているんだな。
俺は、何やってんだろ。溜息がでた。

自分で何を頑張れば良いのかが判らない。部活だと先輩や監督が
色々アドバイスしてくれるが、個人の恋愛にはコーチが居ない。
自分の力で手探りして行くしかないのか。

カーナビのように 俺専用の恋愛ナビゲーターが欲しいものだ。
あー、退屈な夏休みだ。心の中で叫んでみた。



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