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5/23/12 自転車は車道へ、でいいのか

エコにいい、電気を使わない、メタボ対策、交通費不要、ということで流行が拡大している自転車だが、それを取り巻く環境は険しい。

昨年、警視庁は「自転車の車道通行徹底」なる方針を打ち出した。その理由は「自転車が歩道を暴走し、歩行者の危険となっている」、「自転車と歩行者の事故が増加している」。

一見もっともな意見だが、ちょっとまて、自転車の死亡事故の9割は車道で起きている。

おなじ警視庁によると、平成22年において、自転車による死者の90%は自動車と乗用車によるものであり(600人)、自転車が加害者となって歩行者を死に追いやったケースは全体の1割にも満たない(5人)。

このデータが正しければ、自転車を車道に追いやっても事故は減らず、逆に激増するのは眼に見えている。(自転車→歩行者の事故ケースは減るが、それは全体の数%でしかなく、90%以上を占める自動車→自転車のケースは大幅に増加する)

それなのに警視庁からマスコミ、さらには自転車団体や自転車ジャーナリストまでもがこぞって「自転車は車道へ」キャンペーンを展開しているのには、おかしなものを感じる。

     ☆

まずなぜ警視庁は自転車の歩道通行を眼の敵にするのか。巡査が日ごろ歩道を自転車走行している姿からすれば、それは現場から出た発想ではないことが窺える。上層部が何らかの意図をもって、この計画を進めているわけだ。

また自転車の車道通行は、全国自治体が賛成しているわけでなく、東京都が反対していることからすると、地方発のアイデアであるようだ。

すると自転車を歩道から車道に切り替えることによって、「道路整備の必要が生じ、それが地方の土建業者を潤す」、という構図が見えてくる。東京都は常時土建工事が行なわれているので、そのように無理やり土建需要を喚起する必要がないのだろう。

さらに自転車を車道に流せば、「車両」として規制もしやすくなると言うメリットが、警察側にもあるようだ。現在、暴走自転車を発見しても、歩道に逃げられてしまうとパトカーでは補足しづらい。それを踏まえての改正案と思われる。

また自転車規制を強化することで、警察の権限強化、ステータス向上、ひいては仕分けの嵐の吹を避けようとの、警視庁の自己保存という意図も透けて見える。周辺諸国の脅威を煽り立て、予算を増やそうとの防衛省にも似た動きだ。

そして自転車団体や、自転車ジャーナリストにも資金が配られ、そのキャンペーンに参加するよう、促された可能性は高い。(出版業界、ウェブ業界には弱小ライターがひしめきあっており、些細な金で御用記事を書く人はごまんといる)

     ☆

もっとも、車道化が悪いというわけではない。

自転車先進国たるヨーロッパを見てみると、ほとんどの国では車道通行がデフォになっている。そうすることで、自転車は本来の高速走行性能を発揮し、都市交通の一翼を担うことができるのである。

それが日本でできないのは、一つには「圧力団体が存在しない」からである。

現在のような「車道・歩道」体制が出来上がったのは、自動車業界と市民団体という二つ圧力団体が衝突し、葛藤した結果である。(さらに自動車産業の背後には自民党、市民運動には社会党という援助政党もあった)

しかし自転車にはそれを擁護する圧力団体が存在しない。

自転車乗りには若者が多いが、彼らの絶対数は少ない上、政治的にも組織化されていない。若者が反対するにも関わらず、彼らの年金が毎年値上げされるのと同じ、政治的な理由がそこにはある。

もう一つは歩道走行に反対する圧力団体が存在するからである。

近年、全国的に自転車レーンの設置が増えているが、成功例は少ない。東京都では世田谷区に自転車レーンが整備されたが、違法駐車が跋扈していて自転車レーンの役目を果たしていない。

その理由は商店を利用する車が多いからである。地元の商工業界は自転車レーンには反対だし、地元警察もそれを知っており、取締りに消極的なことも多い。

(そのため柵を設けて物理的に路駐できなくする手法も採られているが、これは自転車のハンドルが取られることがあって危険だし、また「荷物の積み下ろしができなくなる」として商工業者も反対している)

これを排除し、自転車を都市交通の一環として位置づけるには、ある程度、上から強制的に押し付けないとならない面もある。自転車団体やジャーナリストが、こぞって警視庁に賛成なのも理解できないわけではない。

      ☆

ただ自転車レーンが未整備な現状で、自転車を車道に流し込めば、死傷者が激増する。

日本の車道は自転車を無視して作られており、自転車で走って行くと「自転車通行禁止」になる道路は少なくない。そこでUターンしようにも、物理的に対向車線に入れないようになっているから、やむをえず逆走となって危険極まりない。

車道の端はゴミや土砂が多く、これにつまずいて転倒しようものなら、後ろからダンプに引かれてしまう。

また交差点では左折車が接近してくるため、巻き込まれ事故も多い。強引に巾寄せして交差点で急停止、という車も多く、自転車としては危険極まりない。

こうした事故は、自転車レーンを設けることで減少させられるが、それを行わないまま、拙速に自転車を車道に移そう、という姿勢には、やはり問題があると言わざるを得ない。

05/21/12 金環日食

三大首都圏では1000年ぶり、平安時代以来、という踊り文句に踊らされ、早起きしてみて見る。

が、空はどんよりと曇っており、とても日食は拝めそうにもない。

諦めて二度寝に入ろうと思うが、TVを見ているうちに気分が盛り上がってきて、雲も切れ目が入ってきたので、外に出てみる。

このあたりはビルが密集していて、ベランダや窓からは空が見えない。。

外にでてもその状況は変わらず、ビルの切れ間を探すのが人苦労だが、人だかりがするので近寄ってみると、そこに太陽があった。

     ☆

「世紀の日食」なんて言うが、日食は結構何度も起きている。東京だと3年前にも起きたし、4年後にも起きる。自分も何度か見たことがある。

ただ今回のような金環日食となると、確かに一世紀に5,6度くらいしか起こらない。

その金環食だが、見上げると眩しすぎて良く分からない。以前見た日食は晩秋の夕方ごろだったので、裸眼でも見れたが、今日のは初夏の強い日差し。裸眼で見るには痛すぎる。

一生に一回使うか使わないかのようなものを買う気になれなかったので、「日食メガネ」を買わなかったのを後悔する。

筋雲がすだれのように太陽を隠してくれたので、見る事ができたが、なるほど、光の円盤の中に、真っ黒なボーリングの玉がはまっている。

それでもなお太陽というのは偉大なもので、そのほとんどが隠されているというのに、それほど明るさは変わらない(もちろん普段よりは暗いし、寒いのだが)。

皆既日食ともなると、あたりは神秘的な暗さになるというが、金環なのでそこまでは行かない。中途半端な感じで、面白いことは面白いが、少々マスコミに踊らされてしまった気もする。

ちなみに今回の日食は太平洋沿いに、アモイからフィリピン、台湾から日本と、次々に見えて、最後はテキサスの日没で幕を閉じた。地球は繋がっているんだな。


05/20/12 橋下政治の危険性

日本三大都市のひとつ、大阪に元気がない。

東京は腐っても日本の首都、名古屋は製造業のお膝元としてそこそこの繁栄を謳歌しているのに対し、近年大阪は地盤沈下が著しい。

キタはそれほどでもないが、ミナミになるとホームレスも増え、街には退廃感が漂う。この辺りは工場が多かったのだが、空洞化が進んだ結果、衰退してしまったのだ。

その一方で大阪府・市財政には無駄が多く、それへの市民の不満をうまく掬いあげる形で、橋下徹が圧倒的な支持を得て知事に当選したという経緯がある。

     ☆

知事に就任し、強い権力を握った橋下が目の仇にしたのが、労組である。それは思想の違いもあるが(左翼的な労組VS右翼的な橋下)、「反対者は徹底して叩き潰す」という彼の権力欲の犠牲になった感が強い。

府・市職員を支持母体とする労働組合が、大阪の政治に強い発言権を持っており、これが彼には邪魔だったわけである。

さらに「邪魔者を『大衆の敵』と断罪し、それと対決するポーズを取ることで圧倒的支持を獲得する」、という小泉型「劇場政治」を踏襲した氏は、職員・労組を敵とし、彼らの些細なミスをあげつらうことで、大衆の反感を醸成。続く選挙でも大勝を収めて市長に就任した。

     ☆

このように大阪人の信頼の篤い橋下氏だが、既存政党や識者らの眼は概して冷たい。それは彼の手法が、いわゆる「ポピュリズム」だからである。

大衆に口当たりのよい政策を打ち上げるが、その実効性、実現可能性については口をつぐむ。そんな批判が強いのである。

たとえば原発だが、当初世論を敏感に感じ取って「反原発」を打ち出し、関西電力の「電力が15%不足する」という試算を「嘘八百」と決め付けて対決姿勢を強めていた氏だが、やがて専門家の再調査でも10%以上不足することがわかると、途端に原発容認に舵を切った。

現実的といえば現実的だが、一貫した主張がなく、ただ世論と現実に流されるがまま、という感は否めない。

また大阪の府・市制でも大幅なカットを打ち出したはいいが、実際にカットして公共サービスを焼け野原にした後にどういう草木を植えるのか、つまり成長戦略についてはほとんど言及していない。

今は変革を求めて橋下氏に一票入れた市民だが、彼が進める改革によって大打撃を受けるのは、ほかならぬその市民自身である。が、どうもその点に気づかず、ただ彼の「反労組劇場」に魅せられて、後先考えずに投票したように見える。

もっともこれは大阪の問題というより、日本全体の政治の問題である。なんとなれば、橋本政治は、小泉政治の焼き直しだからである。

     ☆

2000年代に小泉政治に踊った日本人だが、現在そのツケを払わされている。年金・福祉サービスの崩壊は、小泉改革を端とする。

もちろん小泉政治が完全な悪というつもりはない。

アメリカ流の競争原理の導入は、日本がグローバル競争に打ち勝つには必要不可欠なものである。しかし、小泉政治は、その結果、競争から落ちこぼれる敗者を救済するセーフティネットを十分に張らなかったため、大衆的は疲弊してしまったのである。

05/18/12 ヒカリエ

鳴り物入りで先月末にオープンした渋谷ヒカリエ、早速行って見た。

場所は旧等級文化会館の跡地。あの「五島プラネタリウム」のあったビルを取り壊して作られた、東急の新デパートである。

東急が新デパートを登場させたのには、理由がある。

一つは「スカイツリー」対策である。もう間もなく一般開放される東京スカイツリーだが、その足元に東武は一大ショッピングセンターを建設中で、これが完成すると、かなりの買い物客が東武に掠め取られてしまう。

もう一つは今年度中に開始する、副都心線と東急東横線の相互直通だ。これまで東横線は渋谷止まりだったので、乗客は強制的にに駅ビルたる渋谷東急デパートの通過をよぎなくされたが、これがなくなる。

するとほとんどの東横線列車は新宿まで行くことになるが、そこは伊勢丹、高島屋を始め、京王、小田急などの錚々たるデパートがひしめく、全国でも有数のデパート激戦区である。さすがに長年殿様商売を続けてきた東急も焦ろうというものだ。

かつて渋谷に進出してきた西武を迎え撃つために、東急は文化村や109を投入したが、今回の危機はその比ではない。

さらには渋谷客の若年化も影を投げかける。若者の町渋谷は人通りは多いものの、若者ばかりで客単価が少ないという欠点をもつ。

これを変えて、比較的裕福なOL層や、団塊の世代を渋谷に呼び戻す。そのために東急は城下町たる渋谷~表参道エリアに順次デパートやショッピングセンターを建設していく長期計画を持っているが、その一環がヒカリエというわけである。

(ちなみに直通運転を機に東横線渋谷駅は地下化され、駅跡地は埼京線ホームに転用される。そして周辺に東急のデパート群が建設される予定である)

     ☆

ごたくはともかく、実際に入ってみる。

副都心線、東横線改札から直結しており、アクセスは非常によい。東横線からは駅前ロータリーを横切る横断橋を渡ればよく、副都心線からは改札の数十m先に、ヒカリエの入り口が設置されている。(副都心線の新宿三丁目駅は高島屋・伊勢丹への最寄駅だが、実際にデパートに行きつくにはかなり、歩かなくては成らない)

ただ、ほしいものがない。

ターゲットがF1層ということもあるが、それよりも品揃えが陳腐なのが原因のようだ。どのアイテムもどこかで見たことのあるものばかりで、「ここでしか買えない」ようなものがない。例えば同じ東急でもハンズだと、そこでしか買えないものが多いのだが、ヒカリエにはそれがない。

マスコミによると「国内初出店」を謡うショップはいくつもあるようだが、それらも新味が感じられず、少しも購買意欲はそそられない。

ショップ以外にも、ヒカリエの構成自体、通常のデパートに毛の生えたもの以上のワクワク感が見出せない。

一応、ヒカリエには渋谷文化の発信地として、上層階には劇場やギャラリーが設置されているが、そんなことはミッドタウンでもヒルズでもやっていることで、新鮮味が感じられない。

内容で勝負しようにも、「電子書籍展示場」やら「前衛写真家展覧会」、さらには「操り人形の展示」では、どうにも触手の動きようがない。

ネットで覗く限り、同じ意見をもつ人はかなりいるようで、東急の大戦略は初手からつまづいた印象がつよい。

団塊の世代を狙うなら、「昭和レトロ」をテーマにしたデパートなどを作れば良かったのではないか。どうにも中途半端で、ワクワクしない。

今はマスコミやら宣伝やらで大勢のヒトデだが、メッキが剥がれたときにも客が呼べるのか。人事ながら、その将来を憂えてしまう。

12/26/11 西武線脱線

西武新宿線が脱線した。

クリスマス・イブでの出来事だっただけに、「(恋人たちへの)いやがらせ」「帰れなくさせるための粋な計らい」などという憶測が飛び交ったが、真相は明らかでない。

脱線したのは、東村山駅手前、鈍行・西武園初西武新宿行き八両編成の、7両目の列車がホームにさしかかったとき、脱線したという。

事件の詳細が報告されてない以上、事故原因は特定しづらいが、考えられるのは
1)スピード超過
2)複合脱線

1)のスピード超過については、05年に起きた福知山線崎事故が有名だが、制限速度を超えると脱線するのは鉄道の宿命でもある。クリスマス・イヴという混雑で、列車に遅れが発生。その遅れをリカバーするために、運転士が速度超過していた疑いがある。

ただ当時の福知山線とちがい、西武線にはATSが設置されているため、速度超過が事故原因だという可能性は薄いようだ。(もっとも該当路線区に設置されていたのか、設置されていても十分に速度を抑えることができる性能を持っていたのか、など突っ込みどころは満載)

2)複合脱線は一つ一つの原因は脱線に至らしめるほどのものではないが、複合すると脱線させるだけの効果をもつ、というもので、2000年の日比谷線事故が代表的なものだ。

この事故では輪重比やカーヴの管理が甘かったことが、複合して脱線因となった。この事件は当初、一見して原因らしい原因がなく、専門家の頭をひねらせたが、調査が進むにつれ次第に判明していったという経緯があった。

今回の西武線事故も、これに似ているように思える。

特に輪重比の管理が悪いと、車両の片側に乗客が集まった場合、バランスを崩して脱線することがある。今回の事故は駅に到着する直前に発生したが、それは開くドア側に乗客の加重が急に加わったことを示唆している。

これに速度超過やポイントの整備不良が加わって脱線した、というシナリオが現時点(26日)ではもっとも可能性が高いような気がする。


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