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09/06/11 普及するか、電子出版

個人向け電子出版プラットフォーム、パブーが公開されてから、一年とすこし。

スマートフォン、タブレットの流行により、日本でも電子出版が次第に普及してきた。これまでにも電子出版の波は何度かあったが、すべて潰れてしまった。

理由は幾つもある。
1)大手出版社、取次が電子出版に批判的だったこと。電子出版は違法コピーを食い止めるのが難しいので、出版社は二の足を踏んでおり、また取次は取次で、電子出版が本格化すると出版社から読者が直接購入でき、取次が不要となることから、積極的にはなれなかった。結果、コンテンツが貧弱となり、読者の勾配意欲を引きつけられなかった。

2)課金の難しさ。当時はデータはフロッピーディスクかCDでしか販売できず、電子出版の販売には「通販」という形が一般的であった。ところが通販だと面倒だし、中身をチェックすることもできない。そのため事典・辞書など、数少ない成功例を除けば、電子書籍は普及しなかった。

3)貧弱なプラットフォーム。当時はパソコン、ノートブックしかなく、電子書籍はいつでもどこでも気軽に読めるものではなかった。またフォーマットも統一されておらず、ブラウザーを何種類も揃えておかないと読めない、という問題もあった。

4)成功経験の乏しさ。日本はおろか、海外でも電子出版の成功例は乏しく、前例主義の日本社会では、このような新規事業は成功が難しかった。

5)創作サイドが参加しにくい。当時の電子出版プロジェクトは、ほとんどがソニーなど、大手のメーカーによるものであり、個々の作家が気軽に参加できるものではなかった。都合、電子出版はニーズを無視した理念的なものになっていき、個々の創作者を巻き込めなかった。

まあ失敗するには充分すぎるほどの理由があったのだが、この状況が変化するには、ブログ、iTune、スマートフォン、タブレット、アマゾン、青空文庫などの到来を待たなくてはならない。

まずiTuneの普及で、「音楽はダウンロードするもの」という新しい購買スタイルが広まった。これとアマゾンなどの書物のネット通販普及とあいまって、「本はネットで買うもの」「コンテンツはダウンロードするもの」という認識が急速に一般化した。これにより(2)の課金の問題は解決された。

実際、ネット本屋の使い心地のよさは、品揃えが良い、いちいち出向かなくてもいい、クリック一発で購入できるなど、今やリアル店を凌駕する点さえある。

次にスマートフォンやタブレットの流行によって、ようやく汎用的なプラットフォームが一般化され、(3)の問題が解消した。アメリカにおいても、電子書籍端末キンドルの成功になどより、電子書籍の普及に火がつき、今や紙書籍よりも売上高は高い。

4)昨今の日本での電子出版の盛況は、このアメリカの成功経験によるところが大きいと言われる。実はアメリカでも21世紀に入るまで電子出版は低調で、「アメリカ文化と電子出版は相容れない」などと実しやかに喧伝されたものである。だが今や上記のような状況で、アマゾンが世に出したキンドルと、アマゾンの電子出版事業は大きな成功をおさめた。

5)アマゾンが成功したもう一つの理由は、個人創作者を巻き込んだことだ。個人でもアマゾンの電子書籍市場に著作を登録・販売できるのである。しかも印税も大幅に高く設定してあり、多くの作家が大手出版社から、アマゾンに契約を切り替えたと言われる。

アマゾンのサービスは日本語は対象外だが、日本でも2010年のパブーを皮切りに、forkNなど、幾つもの電子出版プラッとフォームが続々と登場している。

1)そして欧米ではプロジェクト・グーテンベルグや、その他、著作権の期限が切れた本が次々に電子化され、無料で電子書籍が楽しめる時代が到来している。日本ではその動きは弱いが、それでも青空文庫や国会図書館などによる、無料の電子書籍が利用でき、コンテンツはある程度、充実してきている。

こうしてみると、今回の電子出版は成功する可能性はかなり高くなっていると言えよう。

ただ不安は多い。

1)「コンテンツが少ない」。まだまだ大手出版社は電子書籍に消極的であり、電子書籍でなければ読めない、という魅力的なコンテンツはまだ乏しい。ただ電子書籍は「安い」というメリットがあり、デフレ時代の今日では、有利な点がある。

2)パブーの課金システムは改善されてきているものの、アマゾンなどに比べると、まだまだ使い勝手が悪い。ポイント制度やアフィリエイトの導入も考えるべきだろう。



09/01/11 九月一日

百年近くも前の話だが、祖父は東京の大学で勉強していた。

夏期休暇で故郷に帰っていたところ、東京で大地震が発生。下宿は消失し、多くの級友も罹災したという。

9月1日。今日は関東大震災を記念して各地で防災訓練が行われている。たとえば東京では幹線道路を閉鎖して、大々的に避難・防災訓練が実施中である。

3月の大災のとき、東京では被害は軽微だったが、交通機関がマヒ。大量の帰宅困難者を生んだ。その主因を作ったのはJRで、他社が夜遅くには運転再開したのに対し、JRは早々に運転休止を決め込み、あまつさえ駅のシャッターを降ろして通勤客を締め出した。

いざと言うときに企業は本性が出るというが、本当である。

これとは対照的に、自社ビルを帰宅困難者に開放した企業もあった。京王線は駅ビルマークシティの通路を提供し、幾つかのホテルはロビーや宴会場を無償利用させた。

見上げた心構えだが、道徳心に頼るだけでは不十分だ。来るべき関東大震災では、交通網は随所で物理的に破壊され、歩行さえも難しい状態の陥ると予測されている。そのような事態に備えて、行政は予めホテルや会議所などと契約して、いざと言うときに施設を利用できるようにしておくべきだろう。

8/29/11 バカテス

アニメ「バカとテストと召還獣」、略して「バカテス」はおもしろい舞台設定をしている。

まず生徒は学力テストを受け、その点数に準じたクラス分けをされる。そしてまた点数に応じて召還獣をsummon し、闘わせることができるのだ。クラスごと戦闘に勝利すれば、クラス設備がランクアップされる。いわば「学力テスト進学校」+「召還獣バトル」を組み合わせたシステムである。

もっとも話が進むにつれ、このシステムがお荷物になってきた観がある。設定が複雑な割には、十二分に生かしきれていない。

それよりも、登場神仏のキャラ付けや、人間関係の設定が上出来なので、それを活かした話がおもしろい。実際のところ、キャラが生き生きしているので、ほっておいても話が勝手に進む。

この作品にはスピンアウトが多いことも、それを裏付けている。

特に男の娘「秀吉」が秀逸で、男性、女性、秀吉、というように「第三の性」扱いされている。昨今は男の娘が大流行だが、それ以前からのキャラとあって、流行に流されない存在感がある。

その存在感の理由の一つは、双子の姉、主人公とのヤヲイ、演劇部と、やはりキャラ付けと人間関係が上手に設定されていることによるものだろう。

つまりこの作品は、一軒、ファンタジーものと見せかけて、その実は学園ラヴコメというところに、成功の秘訣があったわけだ。

こうした作品は、「虎パンツ押しかけ電撃娘」を見るまでもなく、長寿ものになりやすいが、ただ日本にはこうした「キャラ萌え」作品が多すぎるのは少々気になる。といっても下手にストーリー設定すると「とある修道娘」のように破綻してしまうからなあ。

8/25/11 日韓ドラマ戦争

某俳優が「○○テレビ局は韓国ドラマばかり放送していてる」と噛み付いて、それに賛同するおかっぱ頭の某タレントが気炎を上げたりと、喧しい。

正直、不愉快なら見なければいいだけの話だと思うのだが、俳優ともなると、収入に響いてくるので、そうも言ってられないのだろう。

韓国ドラマが持て囃される理由は簡単である。おもしろいからだ。あるいは逆に言ってもいい。日本ドラマがつまらないから、相対的に韓国ドラマが面白く感じられるのである。

90年代の日本ドラマは面白かった。もう圧倒的に面白かった。韓国でも台湾でも、日本ドラマは引っ張りだこだった。それがつまらなくなった理由は、幾つもある。

1)きちんとオーディションをせず、軽率に人気タレントを多用した。

これには視聴者も一役かっている。人気タレントが出るというだけで、そのドラマの視聴率は上昇するので、テレビ局もその方を選んでしまう。結果、俳優の層も質も低くなり、まともに芝居のできる人が少なくなってしまった。さらに人気タレントを起用し続けた結果、

2)芸能プロダクションの言いなりとなって、演技の下手なタレントを起用し続けた

という弊害も大きい。これを拒否するとプロダクションは人気タレントを回さなくなるため、視聴者は事務所のごり押しするタレントの大根芝居を見させられるハメとなった。この現象が永続化した結果、ドラマは話の面白さ、演技のうまさ競う場でなく、タレントの宣伝の場と化してしまった。

3)細切れの放送スケジュール。

日本のドラマは週一回3ヶ月、12回程度であり、大河ドラマにしても50回前後である。一方韓国ドラマは50回がスタンダード(チャングム)であり、80回(イサン、チュモン)もざらである。このような長い話になると、監督も脚本家もあるていど冒険ができ、目先に追われずに骨太のドラマを構築することができる。

4)マンネリ化したストーリー

大河ドラマがつまらないのは、毎年毎年戦国時代ばかり飽きもせずにやり続けているからである。たまに幕末維新をやることはあっても、それ以外の時代は滅多にやらない。卑弥呼や壬申の乱などもやればいいと思うのだが、絶対にやろうとはしない。結果、先が完全に予測できてしまうので、見る気が失せてしまう。

対するに韓国の歴史ドラマは日本人にとっては新しく、先が読めない上、脚本家の創意工夫が詰まっているので、毎回ハラハラしながら見ることができる。

5)クサイ芝居

何と言うか、日本演劇にはうまければうまいほど臭くなるという問題がある。日常言語と演劇言語が乖離しているので、演劇的に洗練された言葉を発すれば発するほど、白々しくなるという難問である。海外ドラマは吹き替えだったり、字幕だったりするので、このような問題は回避できる。

ただこの問題は大河などの時代劇を見ると、単なる乖離の問題とは片付けられない射程をもつ。というのは時代劇は日常と乖離して当然なのに、なぜかそれを演じる役者は異様な臭気を臭わせるのである。「おれは時代劇してるんだぞい」という自意識過剰のようなものが、あるいは歌舞伎と時代劇を取り違えているのか。

6)コスト

もともとドラマは製作するより買った方が大抵は安くつくが、ウォン安も追い風となったのが、実は韓国ドラマ全盛の舞台裏だろう。いわば海外の格安製品に侵食され、空洞化が進んでいるというのが日本のドラマ界である。

日本ドラマ界も悪習にメスを入れ、大胆な構造改革を行って生産性を引き上げなくてはいけない。問題の一つは下請け構造である。スポンサーからの資金をテレビ局がほとんど搾取してしまい、プロダクション、下請け、孫請けを経て、実際にドラマを作る側にはほとんど資金が行き渡らないという悪癖を続けていると、姉妹には共倒れとなるだろう。

またこのことと絡んで、テレビ局設立が認可制となっているのも大きな問題である。事実上新規参入が不可能であり、新規組はネットなどに参入せざるをえず、それがテレビ局の地盤沈下を加速化させている。テレビ局はそろそろこの斜陽化現象の遠因が認可制度にあると認めるべきだとおもう。

8/24/11 エンデュランス号漂流記

1914年、南極大陸黄疸に赴いたイギリスのシャクルトン探検隊だが、船は流氷に阻まれた挙句、圧壊。人の乗組員は犬ぞりに船荷を積み込み、南極脱出を目指す。

苦闘の末に海に出た一同は、エレファント島にたどり着くが、そこは絶海の孤島で助けが来る見込みはなかった。本国も第一次世界大戦に突入し、救援隊を送る余裕はない。

窮まったシャクルトンは、自らと部下5人でボートに乗り込み、千キロも離れたサウス・ジョージア島に向けて旅立つ決意を固める。その島には捕鯨基地があり、そこで救援隊を組織して戻ろうというのである。

航海は辛苦を極めた。

帆と甲板を付けたとはいえ、6,7mのボートで千キロも行くのは日本近海でもたやすいことではない。ましてや南極周辺の海は「roaring forty, furious fifty, shrieking sixty - 吠える40度、怒り狂う50度、叫ぶ60度」と呼ばれるほど荒れ狂う海で、しかも季節は冬で、水飛沫はすぐさま氷結してしまう。

しかシャクルトンらはわずか2週間の航海で見事に目的を達成したのである。

     ☆

一方取り残された退院らも無事ではなかった。

エレファント島は岩石に覆われ、草木はおろか、風雪を凌ぐ場所さえなかったのである。隊員は石を積み上げ、ボートを屋根にして小屋を設営。アザラシやペンギンを獲って食糧とし、その油脂を燃やして暖を取り、冬を過ごした。

一名の隊員は鬱病となり、もう一名は凍傷で足指を切断しなければならなかった。

待つこと4ヶ月、ついにシャクルトンは島に戻り、探検隊員は全員が無事、救出された。

極地探検というのは、実に死傷率の高い活動であった。シャクルトンより少し前、南極点を目指した同じイギリスのスコット探検隊は全滅。人類初の南極点到達をめぐってスコットとデッドヒートを繰り広げたアムンゼンも、最後には北極で遭難死した。

その中で一名の死者を出さずに生還を果たしたシャクルトンの手腕には、特筆されるものがある。分析すれば彼および隊員らの成功はこのような点にまとめられるだろう。

1)判断の迅速さ、的確さ
刻一刻と変化する探検隊の状況、周囲の環境から、固定観念に囚われずに、取りうべき最善の行動を選択。船が沈没すれば犬ぞりに、犬ぞりが危険だと判断すればすかさず海路に、切り替える状況判断は実に見事である。

2)無理をしない現実的な判断
通常人であれば、ボートで一気に有人島めざして北上しただろう。しかしそれは危険極まりなく、シャクルトンは無理せずに一度、エレファント島で体勢を整えてから、再出発した。この無理をしない慎重さは、随所でシャクルトン隊の命を救っている。

3)意志の強さ、気力のコントロールのうまさ
どんな苦境に陥っても、決して諦めない意志の強さ。幾度となく絶望の淵に叩き込まれても、必ず復活する気力の確かさ。

日本人には我慢強い人が多いが、シャクルトンのような打たれ強さがある人は稀有なように思う。シャクルトンは無理に気力を保つよりも、酒や賭けなどを許して隊員の気力を保つなど、気力のコントロールにも気を配っていた。

4)創意工夫、臨機応変
何も無い島で小屋を作り、食糧を確保し、燃料を手に入れる。船が揺れれば寝袋をクッション代わりに使う。様々な創意工夫が、隊員の命を繋いだのである。


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