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01/24/17 トランプ狂騒曲

トランプ氏がアメリカ第45代大統領に就任した。

新大統領は「150万人が就任式に参加した」と豪語したが、多くのメディアは100万以下、甚だしくは20万しかいなかった、と報じている。

 

日本でも基地反対運動や安保デモで見られるように、参加人数を多く・少なく見せようという政治的駆け引きは盛んであるが、大統領自ら人数に言及するのは異例であり、氏の批判者への攻撃的な態度が垣間見える。

 

正確な人数は分からないが、オバマ氏の就任式と比べてみると、明らかに人数は少ない。実際、トランプ氏の支持率は4割前後と伝えられており、戦後最も不人気な大統領の一人とは言えそうだ。

 

参加者を詳細に見てみると、その多くが労働者階級の白人男性。普段は選挙に行かない、この集団の票をかき集めたことが、トランプ当選の原動力とされる。

 

就任前後の動きから、氏の経済・外交姿勢も次第に鮮明になってきた。

 

経済面から言えば、「保護主義」「公共投資」への傾斜が強い。すでにTPP、NAFTAからの離脱・再協議を表明し、今後は米国優位の二か国協議を進める模様である。また国境税の新設などが進められる予定でもある。これら一連の政策は議会の承認を得る必要があるが、議会も同じく共和党が握っているため、承認は得られる可能性が高い。

 

その結果、米国内に一定水準、輸出産業が戻ると政権は予測しているが、相手国も対抗措置を取るのは必至であるから、必ずしも米国の雇用が増加するとは言えない。むしろ長期的には世界経済は縮小均衡に向かい、アメリカ自身も痛手を受けるだろう。ラストベルトの雇用は戻るかもしれないが、サンベルトや両岸の雇用は減るだろうし、海外の安価な品物が入手できなくなれば、インフレは昂進するだろう。

 

また大規模なインフラ、軍事投資を行うとしているが、その財源は「タックスヘイブンに逃避している企業への課税」という不確実なものであり、大規模減税と相まって巨額の財政赤字が発生するだろう(実際、トランプ氏がお手本とするレーガン時代がそうであった)。

 

このようにトランポノミクスはアメリカに利するとは言い切れず、展望も描きにくく、アベノミクスのように有耶無耶になり、挫折する公算が大きい。

 

外交について言えば、氏の方針はぶれず、一貫している。即ち「親露反中」である。これは彼の支持基盤である白人男性労働者階級の「白人第一主義」と重なっている。彼らは中東ではイスラエル支持であり、アジアでは中国に批判的だが、トランプ氏の発言もそれをなぞっている。プーチンは白人だから受入れ、中国は非白人だから排斥するわけである。

 

(もっともロシアの大統領選挙への妨害工作が明るみに出ても、ロシア擁護を続ける氏の親露姿勢には度を超したものがあり、何か弱みを握られているような気がしないでもない。CNNはロシアでの氏の変態行為が当局に撮影され、ユスられているのだと報じている。真偽は不明だが、そう言われても不思議ではないほどのキャラではある)

 

氏が反中なのは、潜在的にアメリカの覇権を脅かしているのは、ロシアよりも中国というのが、この階級の共通認識だからである。その引き金となったのが、一つにはAIIB、もう一つは中国空母の太平洋進出だ。

 

前者はアメリカの経済・外交的覇権、後者は軍事的覇権を直接脅かすものであり、それに比べればロシアのクリミア併合やシリア介入は取る足らない行為と、トランプ政権は認識していると思われる。

 

一旦敵と認識すれば、昨日の敵とも手を結ぶ「プラグマティズム外交」は、アメリカのお家芸だ。日独に対抗するためには、「資本主義の敵」と罵ったソ連と手を結び、そのソ連と敵対するや、戦火を交えた日独中と同盟を組む。今回も中国という「敵」に向き合うための同盟工作の一環、というニュアンスが読み取れる。

 

実際、トランプ氏はこれまでアメリカ政権が維持してきた「一つの中国」という外交原則を「守る必要はない」と公言しており、台湾の蔡総統とも電話会談している。名指しで中国を「為替操作国」とも非難しており、米中関係が冷え込むのは避けられない模様だ。

 

対中包囲網を築くには、日本を味方につける必要がある。政治外交的意味合いだけでなく、沖縄などの日本の軍事拠点が利用できない、もしくは中国に渡れば、西太平洋におけるアメリカの軍事覇権は消滅するからだ。

 

その一方で、氏は「日本には貿易障壁がある」などと日本を批判しており、外交において経済的スタンスを優先する姿勢を見せている。これは軍事外交とは矛盾するものであり、政権内でも意見が統一されていない。

 


07/02/16 アベ政権の通信簿:憲法

「憲法:0点」

 

アベ政権が改革の本丸と位置付けているのが≪憲法改正≫である。アベ政権の大願である「戦後レジーム否定」「戦前回帰」を目指す際、最大の障害となるのが「押 しつけ憲法」だからだ。

 

しかしその割には、自民党は憲法改正を明確に参院選の争点にしてはいない。これは改正に反対する国民が少なくないため、それを論点にするのを避け、参院選で勝利してから、数にモノを言わせて憲法改正すればいい、と考えているからとされる。一種の「選挙戦術」ではあるが、「国民騙し」「卑怯」との批判も強い。

 

憲法改正を巡っては、およそ3つの論点がある。

1) 改正の是非

2) 9条の是非

3) 民主主義の是非

である。

 

1) 改正の是非をめぐっては、ここ10年で世論は劇的に変化し、改正してもよいとする人が増加。しかしアベ政権の改憲ごり押し・強引な安保改革に対する警戒感などから、今年5月の世論調査では、改憲派は軒並み減退し、3割程度となっている。それを受けて、自民党は改憲をひっこめたわけだが、おおむね、日本人の改憲アレルギーは(改憲発議する程度には)なくなったと言えよう。

 

2) 自民党は様々な「お試し改憲」を提唱しているが、その本丸が9条にあることは誰の目にも明らかである。9条を廃止し、空母を作って生意気なシナを懲らしめたい。ミサイルを平壌にぶちこみたい。自民党議員に蔓延する反中・侮中意識、アベ政権の掲げる戦前回帰を組み合わせると、およそ9条廃止の目的はそこにあるだろう。

 

そうすれば溜飲が下がることは分かるものの、その先は悲惨な将来しか見えない。ミサイル攻撃を受けた北朝鮮が黙っているはずもなく、主要都市や原発にはミサイルが撃ち込まれるだろう。また空母を作り出せば、中国との軍拡競争になり、経済力で3倍もの差が付けられた日本に勝ち目はない。被害妄想に駆られてまたぞろ先制攻撃すれば、最悪、核ミサイルがぶちこまれるだけだろう。

 

廃止しなければ中国・北朝鮮の脅威に対抗できない、という意見はよく聞かれるが、日本本土が侵略されているなら

兎も角、9条下でも十分に対抗できている。廃止したところで対抗力が劇的に上がるわけでもないし、逆に軍拡競争・戦争を招いて自滅する可能性が高い。結局、9条という抑えをなくすと、日本(というか自民党)は暴走する可能性が高い以上、それを廃止する必要はないと思われる。

 

3) 9条を巡る議論に隠れて見えにくいが、実は自民政権の究極的目標は、「民主主義の制限」である。改憲案は立憲主義的でない、と批判された自民党議員が、「改憲?なにそれ?おいしいの?」(意訳)と答えたのは有名な話だが、その背後には、自民党は憲法を立憲主義下の民主憲法でなく、「国民の義務を、国民に知らしめるもの」と捉えていることが挙げられる。

 

それは自民党改憲案の随所に見られ、「公の利益・秩序に逆らうな」「家族の面倒を見るのは国民の義務」など、基本的人権を軽視しているように見える。実際、この改憲案では「基本的人権は(制限つきでないと)認めない」と明記されており、先進国では例のない「人権思想に乏しい憲法」である。

 

それは、自民党、特にアベ氏とその周囲の人々が、「日本が堕落したのは民主主義が流布し、国民に変な権利意識が植え付けられたからだ。それを変えるには民主主義、とりわけ人権に制限を加えなければならない」と考えているからだと思われる。

 

 

以上のような理由から、自民党が主導する改憲は、国民の大多数にとってあまり好ましい結果を与えはしないだろう。人権が制限された国では、経済活動は委縮し、海外からの投資・移民も増加するとは考えにくい。また発言の自由が抑圧され、あまり親日的でない周辺諸国に囲まれた状況が続けば、日本は軍事国家として生きる道を選択する公算はかなり高い。軍事国家であっても、アメリカのようにソフトパワー(外交力、民主主義の程度など)が伴っていればよいが、そうでない日本では、破滅的な結果しか見えてこない。

 

その意味で、無謀な改憲をしかけるアベ政権は「0点」という他ない。

 

日本がなすべきは、現行憲法を堅持しつつ、自衛のための努力を積み重ねることである。それは軍事力一辺倒でなく、外交を主体にした総合的なものである。


06/23/16 アベ政権の通信簿:経済

第二次アベ政権が登場して数年経ち、今回の参院選はその「採点」という側面が強い。経済的には、いわゆるアベノミクスの限界が露呈してきているが、まだ決定的失敗には至っていない。そんな微妙な段階にある。実際、それを反映してか、自民党支持率は3割前後にまで低下してきている。

 

【経済=40点】

アベノミクスの要は「三本の矢」、つまり金融緩和、財政出動、成長戦略であったが、金融緩和以外は目立った成果は上がらなかった。金融緩和は株価を押し上げ、消費マインドを刺激。外為では円安が進み、輸出産業は最高益を連発。外国人観光客も急増し、久方ぶりに日本経済は活気を取り戻した。しかしその恩恵は富裕層や大企業のみに留まり、逆に庶民は円高による物価高や消費税増に苦しめられた。

 

財政出動は効果はあったものの、巨額の財政赤字を抱える日本では連続的に出動することはできず、その効果は一時的であった。また成長戦略は規制緩和によって成長をもたらそうというものであったが、雇用市場改革や外国人労働力導入など、主要政策は腰砕けになり、成果を評価する声は少ない。

 

それを受けて、「新三本の矢」が発表されたが、その内容は強い経済、高い出生率、頼れる社会保障など、戦略というよりはスローガンであり、2016年現在、評価はおろか人口に膾炙されることも稀である。世界経済の減速と相まって、株価は下落。円高も急速に進行し、日本経済は再び長期停滞に戻りつつある。トリクルダウンは中間層以下には及んでおらず、貧富差は拡大。日本はいまや「貧困大国」として、世界的にも有名になりつつある(一人親世帯の貧困率は54.6%と、OECD加盟国中堂々のトップ(厚生労働省2012年))。

 

このようなアベノミクスの失敗は、やはり「成長戦略」の不発が原因であろう。成長戦略そのものの方向性は間違ってはいない。日本経済の最大の足かせは「人口減少」であり、出生率を高めたり、外国人労働力を導入するのは不可欠だ、という観点は正しい。しかしアベ政権はその政治的パワーを、別のベクトル―安全保障や憲法改正―に向けてしまい、経済再生を二の次にしてしまったのが、最大の失敗と思われる。

 

とはいえ、全体的には失業率は低く抑えられいるなど評価すべき点もあり、これらを踏まえて経済分野での評価は、赤点ギリギリの「30点」としたい。

 

次は、アベ政権の最重要事項-安全保障-について評価しよう。


06/17/16 舛添サンの誤算

海外出張浪費批判から二た月、ついに舛添丸が陥落した。

下馬評では自民党が支援している、参議院選挙を控えている、代替候補がいない、などの理由から、続投が有力であったが、気づいたら辞任に追い込まれていた。

正直、彼の「不正」は確かにセコイが、「不適切だが違法ではない」レベルのもの。10年以上も都庁に君臨し続け、関係者や子弟に甘い汁を吸わせていた石原元知事の方が、よほど悪ドイのだが、都民ならず国民の間でさえ、辞任やむなしのムードが強かった。

 

それはなぜかといえば、以前も述べたように、彼には「庶民感覚がなかった」からだと思われる(04/28/16 舛添サン、間違っちゃいないけど)。学者、タレント、議員、閣僚、と歩み続けてきた彼の本質は、学者、高級政治家、エスタブリッシュメントのそれであって、庶民的な部分はきわめて少ない。

それがゆえに、相手を言い負かせばよし(「公用車でないと機能的に仕事ができない」)という態度が初期にみられた。「第三者の調査」もその延長上にあり、論理的かつ客観的に説明すれば理解してもらえるはず、いや理解しなければならないはず、という思い込みがあった。

その背後には、自分が論理的なのだから、相手も論理的であるはず、という無意識の思い込みがあったように見える。まあ彼というより学者にありがちな視野狭窄である。

 

しかし都民の多くは論理的教育を受けておらず、論理よりも感覚に基づいて行動している。彼らの脳裏に浮かんだものは「人の税金を浪費しているくせに、この人、なんで開き直っているの?」という疑問と怒りであったろう。

第三者調査の段階で、「不適切」な会計を洗い出し、弁解せずに返納。自分の給料は全額カットにし、ウソでも誠実さを見せれば、都民の怒りは収まった可能性は高い。

だが舛添氏の取った手法はいかにも「疑惑隠し」であり、「反省したから続投させろよ」であり、そこには誠実さが微塵も見られなかった。(そもそも自らの人選による「第三者」が第三者なはずはなく、せめて都議会による人選にすべきであった。都議会は自民党が主導権を握っているのだから、結果的には同等であるし、「都議会」によるお墨付きも得られた)

 

その後は秋の落日のように、みるみる内に辞任に追い込まれ、現在は氏の人格へのバッシングが行われている最中である。

 

翻って見ると、彼は、自民党野党時代に離反した時から自民党中枢と仲が悪く、ウヨからは韓国に近すぎるとして非難されているなど、身内にも敵を抱えており、人気だけで政権を支えていたという、支持基盤の弱さが、彼の最大のウィークポイントだったように思う。実際、疑惑問題に火をつけたのは保守系メディアであり(文春)、彼の首を最終的に切ったのは、自民党中枢部であった。

それに対し石原氏は自民党、ウヨの双方から絶大な支持を得て、マスコミをコントロールし、閣僚出身という経験から中央の自民党にも睨みを利かせていた。橋本氏もポピュリズムを利用して、同様に政権を運営していた(告訴、過激発言によるマスコミコントロール、新党結成による自民党との断絶)。そのようなノウハウが、舛添氏にはなかったのが、最大の誤算であった。

 

おそらく次の選挙では、そのようなコントロールに長けた人が都知事に選ばれるであろう。というより、そのような人物でないと、都知事の地位に長くとどまれないだろう。それは都民にとって不幸なことである。なぜなら、彼らの視線はマスコミや中央政府にばかり注がれ、肝心の都民には注がれないからである。

 


05/16/16 人力車 in Tokyo, 1966

「007は二度死ぬ」を見ていたら、人力車が出ていた。

この映画は日本を舞台にしたもので、1966年ごろに実際に日本で撮影されている。したがって1960年代には日本で人力車が使われていたことになる。もっとも映画上の演出の可能性もあるので、少し調べてみた。

 

巷説では日本人が人力車を発明したことになっているが、「人力で人間が乗った車を動かす」という意味での人力車は、中国がルーツではないかと思われる。孔明が人力車を作らせ、それに乗って先陣に赴いた、というエピソードがあるからだ。もちろんその話は紀元3世紀の話でなく、三国志演義が広まった明代のものと考えられるが、明代に人力車が広く使われていたことは、当時の文書から推測できる。

 

とはいえその「人力車」は人間が後ろから押すもので、牽引型ではない。牽引型の近代的な人力車は18世紀のヨーロッパが初出である。当時の絵画を見ると、小型馬車の馬の代わりに人が引っ張る形をしている。大きな車輪、ほろ付きの輿、ビロードの内装、といった近代人力車のスタイルは欧式馬車によく似ており、ヨーロッパが近代人力車のルーツであることを強く示唆している。

 

直接的な発明者はアメリカ人説と日本人説があるが、おそらくは同時多発的に発明がなされたのだろう。ただその輸出は日本がメインであった。実際、人力車の英語「Rickshaw」は日本語の「リキシャ」を写したものである。明治以後、日本では爆発的に普及し、現在のタクシーよりもお手軽な移動手段として愛用された。また強靭な肉体をもつ純朴な車夫も愛され、「無法松の一生」といった小説・映画も作られた。

 

さらに19世紀末には日本だけでなくアジアにも普及し、アジアを代表する交通手段としての座を確立する。戦後はモータリゼーションの進展とともに廃れていったが、インドではまだ現役で利用されている。

 

日本のモータリゼーションは1960年代に進展したので、1966年当時はまだ東京でも人力車が残っていたらしい。車と競争する姿も見られたようだ。

地方では70年代に入っても使われていたことが、映像記録などから窺える。

http://www.f-kitaura.com/photo.html



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