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花の蜜

花の蜜が甘いのは、花弁の奥に住む小さな女の子の涙が混じっているから。ほとんどの場合、小鳥に啄まれ、あるいは蜂の巣に連れていかれて幼虫の餌になってしまう。でも万一、きみが蜜を吸ったとき、そこに女の子がいたら、彼女はきみの頭の中で王子様の夢を見るだろう。いつまでも。

朝の挨拶も、雨上りの喜びも、恋の高まりも、全て失われてしまった灰色の世界の中で、人々は己の心が小鳥に歌われていたものであることを知った。そして、鳥たちはどこへともなく飛び去った。

心を失った人々は劇場に列を成した。劇場に行くお金のない人々は、路上の歌い手の前に集い、僅かながら心を満たした。劇場から溢れでてくる笑いあう群衆に紛れて、彼らは密かに頬をゆるめ、胸のうちに授かった熱が逃げぬよう、コートをかきあわせ、俯きながら帰路についた。

愛の歌

あの娘の心は音楽の中にある。そう気づいた僕は音響係を買収して愛の歌を流させた。そういえばこの店では愛の歌を聴いたことがない。首尾よく二人きりになると娘は僕に夢中になり、手に手をとって逃げ出した。ずっと君のために歌い続けるよ。例え君が僕のいない静寂の中、心を閉ざしたとしても。

墓守

「穴を掘るのに飽きた」というと、供え物を拝借しにきた浮浪者が種をくれた。その晩、夢を見た。墓に埋めた種が芽吹き、棺桶を突き破って、腐った肉の養分を吸ってすくすく育つのを。緑に包まれた墓を見て所有者が俺を訴えた。管理を怠ったと。俺はゲラゲラ笑いながら砂漠に逃げた。

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