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幻想の引き出しにかかった鍵は、初恋の人の名前だった。恋が終わるとともに、引き出しには埃がたまり、次第に開かれることはなくなっていった。大人になり、初恋の人と偶然再会したとき、心の奥で密やかにカチリと何かが開く音がした。恋が再び開くことはなくとも、想いは蘇るのだ。

心臓

君の心臓が止まりそうなときには、僕の左手を切り落として、君の身体の中で君の心臓を動かし続けるよ。だから、君が胸を締め付けられるように感じたとしても、僕は隣にはいない。

言葉

「大嫌い」言葉は嘘をついた。嘘をついた言葉は、地に落ちて汚れてしまった。行き交う人に踏みしだかれて、誰にも気づかれないまま、忘れられてしまった。変わり果てた言葉を拾い上げる者がいた。汚れを払われ、磨かれて、本当の姿を思い出した言葉は、再び空に放たれる。「大好き」

あれから1

「あれから、一体何があったの?」「戦争が起こって爆弾が落ちてきてお父さんとお姉さんと友達がみんな焼け死んで、あなたはショックのあまり記憶喪失に」「えっ」「でも安心して。タイムリープで戦争が起こる前の世界に戻ったから」「なんだ、よかった」「そう、全部思い出せる」

あれから2

「あれから」のことをよく考えている。四六時中、脳が擦りきれるほど考え続けている。繰り返される2月29日の中で、すべては「あれから」の出来事であり続ける。過去も未来も現在も閉じ込められた「あれから」の中で、永遠に来ることのない「これから」のことを考えている。

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