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ファンタジー

花の蜜

花の蜜が甘いのは、花弁の奥に住む小さな女の子の涙が混じっているから。ほとんどの場合、小鳥に啄まれ、あるいは蜂の巣に連れていかれて幼虫の餌になってしまう。でも万一、きみが蜜を吸ったとき、そこに女の子がいたら、彼女はきみの頭の中で王子様の夢を見るだろう。いつまでも。

朝の挨拶も、雨上りの喜びも、恋の高まりも、全て失われてしまった灰色の世界の中で、人々は己の心が小鳥に歌われていたものであることを知った。そして、鳥たちはどこへともなく飛び去った。

心を失った人々は劇場に列を成した。劇場に行くお金のない人々は、路上の歌い手の前に集い、僅かながら心を満たした。劇場から溢れでてくる笑いあう群衆に紛れて、彼らは密かに頬をゆるめ、胸のうちに授かった熱が逃げぬよう、コートをかきあわせ、俯きながら帰路についた。

愛の歌

あの娘の心は音楽の中にある。そう気づいた僕は音響係を買収して愛の歌を流させた。そういえばこの店では愛の歌を聴いたことがない。首尾よく二人きりになると娘は僕に夢中になり、手に手をとって逃げ出した。ずっと君のために歌い続けるよ。例え君が僕のいない静寂の中、心を閉ざしたとしても。

墓守

「穴を掘るのに飽きた」というと、供え物を拝借しにきた浮浪者が種をくれた。その晩、夢を見た。墓に埋めた種が芽吹き、棺桶を突き破って、腐った肉の養分を吸ってすくすく育つのを。緑に包まれた墓を見て所有者が俺を訴えた。管理を怠ったと。俺はゲラゲラ笑いながら砂漠に逃げた。

ナツ

「兄ちゃん、ナツが来るよ。さよなら言わなきゃ」海神の嫁に行く娘が小さな筏に正座して川を流されていく。着飾ったナツに僕は見とれた。だが兄は目を閉じて震えるばかり。青白い女達が仰向けに泳ぎ、筏を運ぶ。来年はその中に見覚えのある顔が混じる年齢になることに僕は気づいた。

化け物

網の隙間から藻の様に髪を揺らめかせた裸の背中に、波が打ち寄せる。無意識なのかその度に魚の尾が飛沫を跳ねる。「逃がそうよ」「バカな。こいつは人を海に引きずりこんで喰う化け物なんだぞ」「でもどうするの。殺すの」「喰うのさ」「だとしたら変わらないよ。僕らも、化け物さ」 

お菓子の世界

蜂蜜が流れる黄金色の小川に沿って、キャンディの実る細工飴の草原を歩く。半壊したチョコレートの城を目指して、ホイップクリームの街路樹に挟まれたスポンジケーキの階段を上がる。灼熱の太陽をパラソルで遮り、どろどろに溶けていく世界を赤い靴でスキップする、砂糖菓子の人形。

案山子

案山子よ、おまえの仕事はふらふらすることだよ。ふらふらと一本足で懸命バランスを取ること。鴉を追い返すのは、そうしないと困るからで、それは本質じゃない。鴉が腕に止まったら、左右のバランスが崩れる。おまえが地面ごとひっくり返って天と地があべこべになったら困るだろう?

言霊1

「ありました」隣の発掘現場に呼びかける。博士がレコーダーの準備をする間、手持ち無沙汰に問いかける。「どうして昔の人は地面に言霊を埋めたんでしょうか」「それがわかれば大発見なんだけどね」しっ、と人差し指を唇にあて、博士がスコップを動かす。\王様の耳はロバの耳/

言霊2

「博士、古代の方法で言霊の作成に成功しました!」「ほう、ここを掘ればいいんだね」\好きだー!/「やはり、好意のような純粋で強い想いでなければ、うまく言霊にならない……きみの論文を証明したわけだ。……で、誰が好きなんだい。なんなら相談にのるけど」「結構です」

駅前に根を生やして動こうとしない傘がおり、聞けば飼い主の帰りを待って、誰が「もう帰らないんだよ」と言っても耳を貸さないんだと。何年も何年も待ち続けてついに石のようになってしまった。今では駅で迎えを待つ人の雨宿として、あるいは待ち合わせ場所として重宝されている。

生け贄

石を食べる男がいた。男は皿一杯の石を頬張りながら、明日竜の生け贄にされるのだと言う。なるほど腹痛を起こさせるつもりか、と問うと男は首を振った。これは実験なのだ。どれくらい食えば死ぬのかの。生け贄は大岩に三人ばかりが縛り付けられ、石ごと丸のみにされた。死ぬ前の男曰く、実験の結果、後十年かかるということだった。

湖の女神

湖の女神が問う。あなたが落としたのはどちらの息子? 次の日居間にはキレイな息子がいた。夜には妻も湖に突き落とした。キレイな家族に囲まれ私は満足した。だが次に目が覚めると、私は水中にいた。見慣れた顔の家族が微笑んでいる。ここの生活も悪くない。少し湿気っぽいけどな。

真名

「貴様の真名は調べがついている。いかに強大な魔法使いといえども、真名を知られては手出しできまい」「ほう…」「お前の真名は、チチンポイポイグラマラサイダー――」「遅ぉい!」ズガ!! 「物理攻撃、とか……ガク」

宝珠

村に祀られた大事な宝珠を、ある日子供が砂利石に混ぜて無くしてしまった。そんなはずはない、一番美しい石だと大人たちは探した。見つからずに困っていると、誰かがこれだと言って台座に乗せた。以後こんなことがないよう覆いをし石造りの室に封じた。そして変わらず祈りを捧げた。

朝露に沈む街

朝靄に沈む街の景色を、僕はどこかでみたことがあると思う。例えば、山頂の雲間から覗く空中庭園。例えば、住んだ湖面の水底に沈む朽ちた神殿。そこでは亡霊たちが彷徨い歩き、寒々とした目で僕を見つめる。そこでは視線が欠けているという点で、この場所に似ている。

石畳

幾何学模様の石畳が、歩く端から分離していく。半ば駆け足で結束を弱めた足場を飛び移り、やっと階段に辿り着く。下落していく階段を延々と駆け上がっていく。眼下には黒い淵が広がり、落ちていく石畳がまるで天の川のようにきらきらと瞬いている。

脱皮

会社の女の子が一週間程休んだ後、別人のように綺麗になった。「その顔どうした?」「脱皮したんです」「いや、整形だろ」「本当は、羽化したんですけど。だから今日は辞表を」窓の外で沢山の天使たちが空を登っていく。別の種族だと気づくのに時間がかった。同性愛者は正しかった。

水のヴェール

流れ落ちる透明な水のヴェール。高圧の滝に手を差し入れる。指先から輪切りにされていくわたし。一筋の赤が滝壺に流れ込み、わたしは腕、胴体と滝の向こうに身体を滑り込ませる。青い空洞に透き通る身体でさ迷い出たわたし。細切れにされて下流へ向かうわたしは魚たちの腹を満たす。

この世でもっとも美しい

死んだように眠る君に、この世で最も美しいものを用意しよう。見渡す限りの花畑の寝台に横たえ、満点の星空の天蓋を被せる。星が流れだし、昼の世界にある遠くの頂に降る雨が、虹のかけ橋を伸ばす。そして、完全な世界に一点の汚点を添えるために、僕は君の隣で眠りにつく。永遠に。

悪夢

ベッドに身を投げた瞬間、柔らかなマットレスが身体を包み込んで沈み込んだ。底なしベッドだ! と思った時には、暗い穴を落ちている。寝間着の裾が風受けて丸く膨らみ、悪夢の底に軟着陸。あれほど気をつけていたのに、と歯噛みしながら、朝までにクリアすべき罠の数を数えている。

空と大地の間を這う群青色の蛇を、ある男が地の果てに赴いて殺したという。境界を縛りあげていた蛇が死に、境を失った世界が果てしなく引き伸ばされていく。雲が流れ落ち、続いて青が抜けていくと、ただただ黒い虚空だけが残った。次の朝の訪れと共に、大地は焼き尽くされるだろう。

尻尾

「タツヤ! 人前で尻尾を両足の間に挟む癖やめなさい。みっともない。手でいじるのもダメよ。ちずる、歩くときは尻尾をあげて軽く左右に振るように、そう、引きずらないで! ジュンイチ、知らない人に尻尾振っちゃいけないって何度言ったらわかるの、もう!」
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