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コラム1

 私が、一番最初に源氏物語を「文章」で読んだとき、最初につまづいたのがこの「帚木」でした。

 理由は簡単。

 とにかく長い!ただただ長い!

 しかも、正直、だらだら長い!(笑)

 特に前半の、いわゆる「雨夜の品定め」。

 物忌みで内裏に留まらなければならなくなった源氏のもとに、頭中将、馬の頭、藤式部が集まってきて、男四人でそれぞれの女性観や恋愛観を話し合うんですが……。

 読む人によっては、

「どーでもいいことを、ぐだぐだと……」

 というぐらいにしか感じない(笑)

 後半に「空蝉の女」が現れるまでは、山らしい山がありませんから、わくわくどきどき感もあまりなく。

 古文の特徴でもあると思うんですが、いわゆる「、」ばかりで「。」がなく、読んでいて疲れること疲れること。

 しかも基本的に会話劇になっていて、長台詞が延々と続くので、私にとっては間延びした感じに思えて、読んでいて堪えられませんでした。

 源氏物語を、ここで挫折する人も多いんじゃないでしょうか。

 でも、この「雨夜の品定め」が、後々の話の大きな前振りになっていき、結構重要だったりするわけで。

 さらに、源氏たちの──というよりは、紫式部の女性観・恋愛観、または紫式部が、

「男ってのは、こんなふうに考えてるんでしょ?」

 って肩をすくめながら鼻で笑っているのが見えるこの「帚木」は、しっかり読んでみるとすごく面白いものなのだと、最近ようやく感じるようになりました。
 


コラム2

 えー、「帚木」のふつう語訳ではありますが、お断りしておかないといけません。

 本文中には、性的な描写を書き入れていくことになるんですが、原文には、そのような性的な表現は一切ありません!
 注意して下さい。

 すべて、私の妄想です(笑)
 ただ、今回のふつう語訳では、あえて性的な表現を書き加えました。

 もちろん、ただの「趣味」ではないですよ(-_-;

 それもやはり源氏物語の「雰囲気」を知っていただきたいからです。

 源氏物語の原文中には、いわゆる私たちが想像するような性描写はほとんど見られません。

 ただただ本文を読んだだけでは、源氏が女の人の所に行って、おしゃべりだけして帰った感じになってしまうんです(笑)。

 平安時代の人たちにとっては、そんな描写をすること自体が「野暮」だったんではないでしょうか。

「なにを、当たり前のことを、わざわざ」

 という感じで。

 よく、源氏物語を批判する人の中に

「ただの官能小説だ」

 とか言う人がいますが、たぶんそう言う人は源氏物語の原文を読んだことのない──「マンガで読む古典」とかで知識人ぶっているような人だと思います。

 また、源氏物語が江戸時代などに発禁になったことを取り上げて(←ホントかどうか、知りませんが……)、

「倫理上よくないから」

 みたいな書かれ方がされるときがありますが、それも少し見当違いだと思います。

 江戸時代にはもう、そう言う意味での「粋」さは無くなっています。

 だからこそ「春画」などが出回るわけですから。

 もちろんそれは、良い悪いの問題ではなく、ただたんに「性文化」が変質したからに過ぎませんが、少なくとも、江戸時代の人たちでも、あの原文を読んで卑猥だと思うような想像力──いや、妄想力豊かな人は、ごく僅かだったのではないでしょうか?

 問題になったのは、源氏が「藤壺と」密通をしたことです。

 帝の女御、しかも自分の義母にも当たる女性と通じてしまったんですから、江戸時代に主流であった儒学からは絶対に許されるものではありません。

 そして何より、それによって、一介の臣下が「帝の父親」になってしまうのですから。

 そこが問題になったんです。

 性的な「倫理」ではなく、儒学的な、または政治的な「倫理」なんです。

 現代人の私たちはなおさら、ただ出会っただけで、男女が結ばれてしまうような感覚とはほど遠いですし、それが理解できてしまうのも、それはそれで問題のような気が……(笑)

 ですから、稚拙な表現であることを承知の上で、また皆さんに不快な思いをさせることを覚悟の上で、「それ」と分かる表現を書き加えることにしましたので、ご了承下さい。

 不快に感じた方は、飛ばして読んでいただければ、と思います……。

 本当に、申し訳ございません。


コラム3

 作家の林真理子さんが、ある対談本の中で、
「どうして紫式部は『空蝉の君』との話を最初に持ってきたのだろう」
 という趣旨のことをおっしゃっていました。

 今から物語が始まるという最初のエピソードで、普通なら主人公のいいところを見せるところが、なぜこんな「最低な」話を選んだのか、と(笑)

 私も全く同感です。
 はっきり言って、「帚木」や「空蝉」での源氏は、最低です(笑)。

 源氏を好きになれない人は、まずここでつまづくんじゃないでしょうか。

 感情移入できない人も多いでしょう。

 男から見ても、平気で嘘をつきまくって女を手に入れてしまう源氏に、共感できる人の方が少ないでしょう。

 後々もお話ししますが、作者である紫式部自身が、源氏のことを決して「最高の男」とは思ってなかったんじゃないか、と私自身は勘ぐったりしています。 

「かっこいい男」であり「女にもてる男」であったとしても、その性格ははっきり言って悪い面が見えすぎる(笑)

 そして、そんな源氏に、でも女性たちは惹かれてしまう。

 そういうのを書きたかったんじゃないでしょうか。

 男ってのは、こんなものなんだ、と。

 そして、そんな源氏の中に「誰にも真似できない優しさ」や「一途さ」を見え隠れさせることで、ただの「やなやつ」だけでは終わらせず、女性たちにも、

「しょうがないかなぁ」

 って思わせてくれるような。

 そして、そんな源氏に惹かれてしまう女ってのも、そんなもんなんだ、と。

 そういう点でも源氏物語は、非常に面白いと思うんです。


この本の内容は以上です。


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