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帚木(17)

 頭中将は、話しながら涙を堪えていることが源氏にも分かった。

「本気になって恨みをみせる様子もなく、涙を落としても、私に対してきまり悪く思えたんでしょうね。

 遠慮深く取り繕って、私に涙を見せまいと隠していました。

 私に

『この女は、私を甲斐性のない男と考えてるんだろうな』

 と思われるのほうが、常夏の女にとっては心苦しいことのようでしたから、私も

『まあ、この人のことだから心配あるまい』

 と気楽に考えて、再び女のもとに通うことが途絶えがちになってしまいますと、ある日突然、女は私たちの子供と共に行方がわからなくなってしまいました。

 まだ生きているならば、後見の者もいない身の上でしたから、このはかない世間の中で、哀れに流離っていることでしょう。

 私があの常夏の女を愛おしんでいたあの頃に、もう少し、煩わしいほどに寄り添うような様子があれば、こんなふうに行方が分からなくなるようなこともなかったでしょうね。

 格別に──途絶えるようなこともせず、『妻』の一人として、長く関係を続けていたことでしょう。

 なまじ、常夏の女が、さり気ない『いい女』であったがために、こちらも安心して──

 どんなに距離をおいても、どんなに長く離れていても『あの人は私を慕ってくれる』という思いが──

 いや自惚れが──甘えがありましたからね──。

 私たちの子供は、あの常夏の女に似て可愛らしく、まだ幼かったので、何とかして捜し出そうと思い、手を尽くしているんですが、いまだに行方は知れません。

 この女も、ある意味では馬の頭が言っていた『頼りにはできない女』の一人なのかもしれません。

 女が素知らぬふうに、しかし辛い思いをしていたことも知らず、ただただ脳天気に女を愛おしんでいたのは、無益な片思いだったのかとも思えます。

 あの女の苦しみを和らげる手だてにはならなかったのだものね。

 今、ようやくこちらが忘れようとしている頃、あの『常夏の女』は未だ思い切れず、時々にでも、自分で選んだ道だとはいえ、男が訪れがあるはずの夕暮れ時に、独り胸焦がす時があるのかと思えて……」

 頭中将の無理に繕った淡々とした言葉を聞きながら、源氏には思うことがあった。

──話の始めに頭中将が「愚か者の話」と言っていたが、その愚か者とは、一体誰をさして言ったことだったのだろうか。

──愛する女の思いを察することができず──愛する女を守り切れなかった男のことか──。

──男の愛を受けながら、その愛を貪欲に求めることができず──男のもとを去っていった女のことか──。

 頭中将は何方のことを愚か者と言ったのだろうか。

(『愛する女を守れなかった男と、その男のもとを去った女』、か──)

 源氏は、それとよく似た境遇にあった「男と女」を知っている。

──身近なところに──

 身近であったところに──。

──遠い記憶の中に──

 あまりにも幼かった頃の、あるはずのない記憶の中に──。

 源氏は冷徹なまでに無表情だった──。




 頭中将は、気を取り直したように話を続けた。

「こういう女を『長続きすることのない頼りなげな女』と言うんだろうなぁ。

 馬の頭が話した『指を噛む女』も、思い出されるほど忘れがたい女でしょうけれど、さしあたって共に暮らすには、その気性は煩わしく、悪くすると嫌気がさしてしまうこともあるものでしょう──?

 琴をかき鳴らす『多才な女』の洒落っ気も、その程度が多すぎるのは罪深いもんです。

 私が今話した頼りなげな『常夏の女』も『他に男ができて……』という疑いが全く無いわけではありませんから、私も『どういう女が理想なのか』というのを結局定めかねているんです。

 これらの、それぞれの女たちの良い点だけを持った『欠点のない女』ていうのは『何処か』には、いるんでしょうか」
 
 頭中将は、そう真面目に話しておきながら、

「まあ、いくら完璧な女を妻にしたいからといっても『吉祥天女』を妻にしたら、抹香臭そうで、真面目一点張りで、我等好き者の男共としては困ったものでしょうけどね」

 と、皆を笑わせた。

 吉祥天女は、帝釈天の娘で毘沙門天の妃でもあり、衆生に福徳を授ける豊麗な美女神である。

──あの人と似ているかもしれない──あの人の様ならば、吉祥天女でも会ってみたいものだ──。

 源氏は、何でもそういうふうに結び付けようとする自分に、独り苦笑していた。


帚木(18)

「藤式部こそ、面白い話があるんじゃないの?

 ちょっと話してよ」

 頭中将が藤式部をせっついた。

「『下の下』っていう身分の私なんかに、貴方達のように良家の方々が聞いて面白い話があると思います?」

 藤式部はそう言ってごまかそうとするが、

「はやく」

 と、頭中将などは、もう話すものだと勝手に決め込んで責めたてる。

「それじゃあ」

 と、やっと藤式部が何を話そうかと考えだせば、

「ほら『何を話そうか』って迷うほど、いっぱい話をもってるんじゃないか」

「いやいや、あれは人には話せないようなことが多く過ぎて、選びかねてるんじゃない?」

 と、頭中将や馬の頭は冷やかしている。

「もう、話を聞き出そうとしておいて、そんなこと。

 藤式部殿に失礼でしょ」

 一番年下の源氏に戒められて、二人とも小さくなってしまった。

 藤式部は一つ咳払いをし、話しだす。

「私が、まだ『文章の生』であった頃の話ですが──」




 藤式部がいまだ若く「文章生」であったことの話だ。

 藤式部は「藤」の文字を姓にもつ、かの家柄に生まれたとはいえ、いわゆる傍系でしかなく、権勢門下の一族ではなかったために、頭中将などの名門の子息のように「蔵人」や「近衛」からその立身を始めるわけにはいかなかった。

 それよりも一段下の任官から始めることになり、それが「文章生」であった。

 詩文、歴史を教授する大学寮の教官である「文章博士」の下が「文章得業生」、そのさらに下が「文章生」である。

「学生」から順次試験によって昇進し、そこから「中央」を目指し──「男」としての栄達を目指し──そう願いながら、若き藤式部が仕事に打ち込んでいたときのことだった。

 当時、藤式部が付き合っていた女で「英才な女」の典型のような女がいた。

 馬の頭が言っていたように、仕事の面のことも相談できるほど知識深い女で、私的な生活面において心得ておくべきことを注意することに関しても思慮深い。

 公私共に、藤式部が「物足らぬ」と思うようなことはなかった。

 漢学の才の程度にいたっては、生半可な博士では太刀打ちできず、下手をすれば博士のほうが恥をかいてしまうほどであった。

 全てにおいて他人が口を挟む余地のないほど、その学識や思慮深さが完成された女だった。

 女と知り合ったのは、藤式部が任官してまもなくの頃だった。

 自分の上司でもある博士のもとに、学問の教授に通っていた時、ある話から、その博士の家に美しい娘が多くいることが分かった。

 その家に何度か通ううち、ちょっとしたことがきっかけで、博士の娘の一人であるこの「英才な女」と出会い、「それなり」の関係になったのだった。

 学才豊かな女は「女」としても充分、藤式部を満足させてくれた。

 しかし、そのことがすぐに博士の耳に入ってしまった。

 自分の部下が自分の娘と関係を持ったことについて、博士はどう思っているだろうかと、藤式部は正直不安になった。

「怒っているんじゃないだろうな」

 と内心落ちつかない。


帚木(19)

 藤式部はできるだけ博士と顔を合わせないようにしていたが、しかしとうとう、ある宴の席で同席することになってしまった。

 博士が、盃を持って藤式部に近づいてくる。

(何と言われるだろう)

 とひやひやしていると、博士は藤式部に酒を勧めながら、

わがふたつの途歌ふを聴け」

 と言った。

──主人良媒を会す
   酒を置いて玉壺に満てり
   四座且く飲むことなかれ
   我が両つの途歌ふを聴け
  富家の女嫁し易し
  嫁ぐこと早ければ其の夫を軽ずる
  貧家の女嫁し難し
  嫁ぐこと晩ければ姑に孝あり
  聞け君婦を娶らんと欲るものならば
  婦を娶ること意如何──

 という、白氏文集の諷論二秦中吟「議婚」の一部を吟じたのだ。

家は貧しいが、この詩のように、うちの娘は『嫁』としては良いぞ

 ということなのだろう。

(白氏文集に則って、盃をもってくるなんていうのは、いかにも文章博士らしいやり方だけど──)

 藤式部は、その博士に感心しながらも、一方で困惑していた。

「英才な女」は、未だ若かった藤式部が関係を持ち、その知識は何人にも及ばぬほどであったのだから、藤式部と同い年か、若しくは少なくとも年上の人であった。

 となれば、その父たる博士は藤式部の父親と、そう変わらぬ年齢であったに違いない。

 その年配の男が、学才があるにしても下級の者が務める『文章』に就き、若い藤式部と比べても二つしかその地位階級が変わらぬ。

 しかも「娘が多くいる」というのだから、経済的にも苦しいことだろう。

 自分の娘を、自分よりは将来が有望な藤式部の妻として送りたいのは、分からないでもないけれど──。

 当時の藤式部は、英才な女と「それなり」の関係にはなったものの、その女を妻とする気は正直言ってなかった。

 相手の親の気持ちを思えば、このままの状況を続けて通っていくのも憚れたが、かといって女を妻とする気もなく、といって別れる気も起こらず──そうこうしながらも、踏ん切りつかずに「英才な女」との関係を続けていた。

 「英才な女」は情深く藤式部の世話をし、夜、床のなかでの語らいにおいても、身につく学問や、お役所勤めに役立つような理屈っぽい知識を教えてくれる。

  女の「筆の流れ」というものは男の藤式部から見ても「巧い」というより「綺麗」と呼べるもので、手紙をよこすにでも女が普通使う「仮名」というものは使わず、漢字だけで、いかにも「理にかなった」文を巧みに書き上げていた。

「女が、仮名も使わず漢字ばかりで……」

 藤式部も感心するやら、滑稽やら。

 しかし、そんな「英才な女」がおもしろく、いつしか──無意識ではあったが──その女を勝手に「師」とも思うようになって、色々なことを教えてもらうようになった。


帚木(20)

 男と女が──しかも、いわゆる「関係をもった」男と女が──それも女が男に教え、男が女に教わるようになったのは、今から思えば可笑しいものだ。

 しかし、当時の藤式部は、そのおかげで下手は下手なりに曲がりなりにも「漢詩」と呼べるものを作れるほどになっていた。

「文章生」である彼にとっては、かけがえのない財産の一つとなる。

 今にいたってもなお、その恩は忘れていない。

──が、その女を「妻として傍を離れず頼りにする」という発想は、藤式部は持たなかった。

「自分のような学問のない男は、いずれ何かと劣っている点を露見してしまうに違いない。

 その時、あの女に、はたして対等に言い合えるだろうか?

 女のほうの知性に圧倒されて、こちらが恥をかくのが『おち』だな」

 と思えたからだった──。




「──だから婚姻には踏み切れなかったんですよ。

 一人では何もできず妻の助けがいるような頭の悪い私でも、あそこまで「知識深い」女は──ねぇ。

 ましてや、貴方たちのような学高い若君たちには、しっかりした必要以上に切れ者の妻なんか、いらないでしょ。

『つまらない』とか『不如意だ』とか思いながらも、ただただ自分の意に適い、

『宿縁がもしかしたらあるのかもな』

 ということだけで別れられないということもあるんですから、男なんてかわいいもんですよ」

 藤式部はそう言うと肩をすくめた。

 その「英才な女」の話の続きがあることを察したのだろう、頭中将は、

「へぇ、変な女がいたもんだね」

 と、藤式部をそれとなくその気にさせた。

 もともと、藤式部も話さない気ではなかったらしい。頭中将のが「おだて」だと分かっていながら、それと知らぬような素振りで話しだす。

 小鼻のあたりが少し動きながら──それが、そんなときの藤式部の癖だった。




──女に久しく通わず、ちょっとしたついでに久しぶりに立ち寄ってみたときの事だった。

 普段、二人でいるときに寛いでいる居間に通されるものと思っていたが、違った。

 心外にも、襖を隔てた隣室に通され、侍女の話によれば、女とは襖越しに話さねばならないという。

「初めて家に上がる男じゃあるまいし──何故、付き合いの長い男と、こうもよそよそしく会わねばならない?」

 と、藤式部は納得できない。

──久しく通ってこなかったことを妬いているのか?

 と思えば馬鹿らしく、呆れてしまう。

(これもこの女と別れるいい潮時かな)

 そういう考えも浮かんでいるところに、ようやく女が隣の居間に着いたようだった。

(恨み言でもならべる気か?)

 藤式部がいろいろと反論の手を考えていると、この賢女ときたら、浅はかなやきもちをしている様子など全くない。

「男女の道理」というものを悟った様子で、恨み言一つ口にしなかった。

(……妬いているわけでもないのに──なんでこんなによそよそしいんだ?)

 藤式部は不思議でならなかったが、そんな彼の雰囲気を察したのだろう、女はせかせかした様子で慌てたように説明しはじめた。

「月ごろ風病重きに堪へかねて、極熱の草薬を服して、いと臭きによりなむ、え対面賜はらぬ。

 まのあたりならずとも、さるべからむ雑事等はうけたまらむ」

 と、本当に──皮肉まじりではあるが──感心してしまうほど、格式ばった言い様。

「最近『風』にかかっちゃってねぇ。

 ちょっと辛いから、蒜(ひる)の薬を飲んで、ちょっと臭くて、あなたと面と向かって会えないんだぁ。

 こうやって顔を会わせることはできないけれどぉ、ちゃんと『妻』としての用事はこなすからね」

……まあ、ここまで極端に打ち解けた話し方も必要ないが……しかし、男と女の、しかも「それなり」の関係にある二人の間で交わす会話は「それなり」に打ち解けていてよいはずだ。

「風病」とは、「風」が体内に入って臓腑に発すると言われる病で、脳溢血、高血圧症、神経痛、神経炎のことであるが、普通はただ単に「風」と呼び「風病」とは言わない。

「蒜(ひる)」──つまり「にんにく」を「極熱」と呼んだり、「堪へかねて」「……により」「え対面賜はらぬ」「まのあたりならずとも」など、こんな堅苦しい言い方は、いわゆる「男言葉」である。

 いかにも、この漢才豊かな女らしいが、そこがまた滑稽で呆れてしまう。

「にんにく臭くて会えない」

 風流のかけらもない──そのくせ女は男言葉をならべて風情を繕う。

 藤式部は嘆息を一つついて──何と言ってよいやら分からなかった。

 やっとのことで、ただ、

「承知した」

 と、できるだけ声に感情が出ないようにして言うので精一杯だった。

 女は、そんなよそよそしい藤式部の態度を、物足りなく思ったのだろう。

──もっといたわりの言葉を欲しかったに違いない。

「この臭いが消えるころには──病が治ったら──またいらして下さいまし」

 と声高々に言う。

 女の言葉を無視して聞き過ごすのも可哀相に思えたが、しかし少しの間も逡巡している場合ではない──

 こうしている間にも、にんにくの臭いが隣の部屋のこちらにまで臭ってきて苦しく、藤式部は明らかに逃げ腰になっていた。

──ささがにのふるまひしるき夕ぐれに
         ひるま過ぐせといふがあやなさ──

 蜘蛛のような動きで──蜘蛛がその糸で獲物を知るように──
 私の訪れを分かっているはずの、この夕暮れ時に、
『昼間は待って』──『蒜(ひる)の臭いが消えるまで待って』──というのは、理に合わないでしょう?

 何の口実?

 男がいるなら、はっきりとそう言ってくれていいんだよ?」

 と最後まで言い終わる前に走り去る。

 「男を存在を疑っている」ことをほのめかして、女に別れを告げたのだ。

 英才な女は後ろから、

──逢ふことの夜をし隔てぬ仲ならば
     ひる間もなにかまばゆからまし──

 私と貴方が、一夜とて隔てることなく御逢いしている仲であるなら、
 昼に御逢いすることになろうとも、
 貴方の御姿が眩しいことはないのでしょうが──。

──疎々しい貴方のことですから、私は自分の蒜の臭いが気になって御逢いできないのです。」

 と歌を読む。

──さすがにあの女らしく、素早い返歌であった──。


帚木(21)

 藤式部がしずしずと落ちつきはらって言い終わると、源氏たちは、

「またまたぁ、そんな作り話をさぁ」

 といって笑った。

「どこにそんな女がいるっていうんだよ!」

「そんな女といるなら、おとなしく、鬼とでも会ってたほうがましだよ」

「気味の悪い話だなあ、もう嘘ばっかり」

 と皆でして藤式部を冗談めかして爪弾きをし、

「話になんないよ」

 と貶している。

「するなら、もう少しましな話をしろよ」

 と、頭中将が藤式部を責めるけれど、本人は、

「これよりも、面白い話がある?『現実は物語よりも稀なり』だよ」

 とすまして答えていた。




 夜もふけて、馬の頭は話のまとめに入っていた。

「男にしても女にしても全て、中途半端な者に限って、自分がわずかに知ってることを、知ったかぶって残らず他人に見せ尽くそうと思っているのは、困りものですね。

 三史五経やいろいろな専門の学問を、徹底的に究め尽くすっていうのは、さすがに可愛くないですけどね。

 女だからといって

『世間の公私のことなんか、全然知らない』

 っていうのはないでしょ?

  わざわざ勉強しなくても、ちょっと利口な女なら、見たり聞いたりしたことでも、すぐ覚えて、いわゆる『知識』になることも、自然と多いでしょうからね。

 そのあげく、漢字をさらさらと書いて、それほどの高い教養があるはずのない女同士の手紙に、半分以上もそういう調子で書き込んであるのを見ると

『ああやだ、もうちょっと女らしかったら……』

 って思える。。

 書いている本人はそうは思ってないんでしょうけど、そういうふうな漢字ばかりの堅苦しい文だと、自然と読む方もぎくしゃくした読み方になってしまうのは、やっぱり変でしょ。

 こういう女は、上席の女房のなかにも最近では多くなりましたからね。

 和歌を読むことに得意気になっている人が、次第に歌のことにばかり気を取られることが、ままにして多くありますし、そういう人が、初句からしっかり踏まえた歌を、こちらが忙しかったり、機嫌のすぐれないときにかぎって詠んでよこすのは、ほんと不愉快で。

 返歌しなければ気が利かぬ男と思われかねないし、かといって忙しくて『できない時』というものがあるんですから、そういうときには困ったことになりますよね。

 元日とか、九月九日の『重陽』のときに開かれる『節会』のような宴会がある時とかさ──

 ほら、五月五日になると、武徳殿に行幸があって菖蒲の鬘をつけた者たちに薬玉を賜って、競馬が行われるときなんかさ、すごく忙しいじゃない。

 そういう日の急いで参上しなきゃならない朝なんかで、落ちついて模様とか分別の『文目』でさえも考えられない時に、趣向を凝らして手紙に菖蒲の根の歌を贈ってきたり──

 菖蒲の長い根が厄除けになることは、こちらも知ってますけどさぁ──

 九月九日の宴のときに、こっちは宴で作らなきゃならない漢詩の腹案を

 『できるだけ趣向を凝らして、工夫して──』

 って真剣になって考えてて、暇がないのにさ、菊の露になぞって『涙』の歌を贈ってくるとか、ね。

 こっちはそういうことにいちいち付き合っておかないといけないでしょ。

 そういう特別な場合じゃなくても──ほんと、後になって見ると、お洒落で趣深いものではあるんですが──その時々の事情とか状況に合わず、こっちはそんなことを気にしてる場合じゃないのに、そういうことを全然察せずに歌を詠んでよこすのは、ほんと気が利かない。

 万事につけて、普通に考えて

『どうして今この時にこんな事?』

 って思える場合とか、いろんな折節とか、

『やっていいのかどうか、どっちかわからない』

 っていうときには、勿体ぶったり、風情ぶったりしないほうが無難でしょうね。

 すべて、自分が知っていることでも知らぬ顔で取り繕い、言いたいことでも、そのうちの一つ二つは言わないでおくっていうのがいいんじゃないでしょうかね」

 馬の頭がそういうと、藤式部はいたく感心していた。

 源氏は、ただ一人のことを──あの人のことを──心内に思い起こしていた。

──いままでの馬の頭の議論をもっても、あの人には足りぬところもなく、過ぎたところもない。

 「理想のいい女性」のそのままじゃないか──。

──やはりあの人は──。

 藤壺の比類のない「美しさ」に、源氏は独り胸を締めつけられる思いであった。

 結局、どうこうという結論が出ぬままに、最後には他愛のない話になって、四人はそのまま夜を明かした。




──外では、雨音が緩やかになっていくのが分かった──。



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