閉じる


<<最初から読む

11 / 43ページ

帚木(11)

 が、女の様子が、どうも予想どおりではない。

 馬の頭の別れ話に驚くどころか、仄かに薄笑いを浮かべて、

「貴方がいろんなことにおいてみすぼらしくって、その低い現在の身分を我慢して

『いつかは人並みに数えられるほどに出世するでしょう』

 と待つことなら、まあ、いくらでものんびりと思っていられますから、貴方の出世をどれだけ待たされても妬ましくはありません。

 けど、でもね、貴方の辛いその御心に堪えながらも、その考えが改まることもあろうと、このまま年月を重ねるようなあてにならない期待は、貴方の出世を待つことに比べて、私にとってほんとに苦しいものでしょうから、互いに別れるのに良い時期でしょうね」

 と、小癪なまでに言ってのける。

 自分の計画がうまくいかなかったこともあって、また、女にそこまで言われたこともあって、馬の頭は腹立たしく、ひどい言葉をあれこれと言い立てた。

 女も、我慢できないようなことまでも言われてしまい、さっと馬の頭の手を引き寄せると、突然、彼の指に噛みついた。

「痛っ!」

 指に、はっきりと女の歯形がついて傷になった馬の頭は、大げさに文句を付ける。

「こんな疵(きず)までもついてしまったからには、いよいよもって人と会うこともできなくなったじゃないか!

 これじゃ、仕事にならないよ。

 貴女が先程馬鹿にした私の低い官位の出世も、いよいよ難しく、もう人並みの立身も叶わなくなった。

 私なんか、出家するのが分相応ってことなんだろうよ!」

 そう言いおどし、

「じゃあ、今日こそおしまいだね」

 と、指を曲げたまま出ていこうとした。

 その去り際、傷ついて曲げた指を見せつけるようにして、

──手を折りてあひ見しことを数ふれば
           これひとつやは君が憂きふし──

 貴女と逢ってから今までのことを指折り数えて思い出せば、
 今回のことだけが、私が君を嫌いになった理由ではなかったと思えてくるよ。

 今までずっと何度も、君のその嫉妬心に、私は気が滅入っていたのだもの。

 今回のことだけを恨むことはできないね」

 と、歌ってみせる。

 伊勢物語で、主人公が四十年連れ添った妻に送った、

──手を折りてあひ見しことを数ふれば
         十といひつつ四つ経にけり──

 という歌の前半をそのまま借りたものであったが、片や女との別れの歌、片や長く連れ添った妻との思い出を振り替える歌。

 その理不尽さに、さすがに女も涙を流しだした。

──憂きふしを心ひとつに数へきて
      こや君が手をわかるべきをり──

 貴方の不条理な仕打ちを、この心一つに耐え忍んできましたが、
 今この時が、貴方と別れる潮時であるのかもしれませんね

 女がそう歌って──決定的となった。

 しばらく言い争いながら、馬の頭は女の家を出ていった。

 もともと馬の頭は、女に嫉妬深い性格を直してもらおうと思っていただけだから、本気で別れるつもりはなかった。

 とはいうものの、直ぐにまた女の家に行くのもばつが悪い。

「まあ、頭を冷やすいい機会だろうさ」

 と自分なりの言い訳を付けて、何日間経っても手紙も出さず、浮気相手の女の間を行き来してふらついていた。


帚木(12)

 しばらくして──十一月の下の酉の日に行われる賀茂の臨時の祭りを、間近に控えていた頃だ──。

 賀茂の臨時の祭りでは「東遊び」という東国ふうの歌謡にあわせて行う舞楽を、神前で奏するのだが、その役が馬の頭にあたり、その日も夜遅くまで練習に追われて帰りも遅くなってしまった。

 日が暮れて、激しく霙が降りつける夜だった。

 練習も終わり、各々退出して別れるところで、

「さて帰ろうか」

 と思っては見たものの、よくよく考えてみると、やはり「わが家」と言える様な所はあの女の所しか思いつかない。

「宮中に外泊するのは殺風景だし、気取った女のところも落ちつかないしなぁ」

 と思え、また、

「今頃どうしているかな」

 という思いもあって、様子を見がてら、女の家に寄ってみることにした。

 雪を払いつつ、女の家に入り、一応、物陰から家の様子を窺った。

 何となく体裁も悪く、きまりの悪い気もしたが、

「いくらなんでも、こんな雪の夜に予告もなく尋ねれば、あの勝気な女の恨みも解けるだろう……」

 という考えもあって、仄かな期待もなくはなかった。

 家のなかでは、灯が仄かに壁に向かって照り、その反射で辺りがひっそりと明るい。

 冬用に柔らかな綿をつめて厚く繕ってある衣が、大きな伏籠にうちかけて香を焚き込めながら暖められている。

 引き上げられるような几帳などの垂れ絹は、全てうち上げられていて、人の来訪を、

「今宵こそは」

 と待っていたかのような様子だ。

「そら、どうだ。

 なんだかんだ言いながら、やっぱり私を待って……」

 といい気になって家に近づいたが、当の本人の姿が見えない。

 それなりの女房だけが邸に残り、その女房たちの話によれば、

「親元の実家に、今夜は御帰りになられております」

 とのこと。

 艶な歌を詠んで置いてあるわけでもなく、『いかにも』という置き手紙があるわけでもない。

 馬の頭にとってしてみれば、まったく素っ気なく風情もなく、拍子抜けした感じがしてしまう。

 それに、今夜自分が家に来ることを女に見透かされていたようで、悔しい。

「あれだけ口うるさく私に容赦がなかったのも、私に『嫌われたい』という気持ちがあったのかな」

 などとも考えてしまい、その夜は、気分を損ねたまま女の家を後にした。

 しかし、よくよく考えてみれば、その夜、女の家で伏籠にかけてあった着物は、いつもより『心とどめたる』と分かるほど念の入った色合い、仕立てで、本当に馬の頭の好み通りで、やはり、馬の頭が去った後にも彼のことを思って世話準備をしていたのであったのだろう。

「まあ、私に愛想を尽かすようなことはあるまい」

 と、馬の頭にはそういう考えが──自惚れあったから、後々にも、とかく事有るごとによりをもどすよう誘ってみたが、女ははっきりとした返事を出さない。

 馬の頭が面はゆい思いをしない程度に返事を送ってはきたが、その内容もただただ、

「今の貴方のままでは、我慢して見過ごす、という気にはなりません。

 改心なさって心落ちつけて頂けるのでしたなら、また貴方と御会いいたしましょう」

 と書いてあり、女の本心が見えない。

「会いたいのか?会いたくないのか?

 どっちなんだよ」

 と馬の頭は困惑し、

「まあ、だからといって思い切ることもできまい」

 と勝手に片づけてしまった。

 女にちょっと懲らしめられたぐらいで、

「はい、そうですか。

 これからは改心いたします」

 というのも、男として口にすることもできず、ひどくお互いに意地の張り合いをしていたが、そのうちに、女はたいそう深く思い悩んでしまったのか、思い嘆きながら、突然この世を去ってしまった──。




「その女が死んでしまいましてからは、冗談も言えないくらいの思いがしました。

 頼りにして、一切を任せられる妻としては、ああいう女でよかったと、今でもふと思い出してしまいます。

 何であんな大人げないことをしてしまったのかと……。

 もっと、あの女にするべきことがあったに違いないと……。

 ほんとに大事なことでも、言い合うほどの『甲斐』というものがあった女でね。

 染物の手並みにおいても、紅葉を染めるっていう秋の女神の龍田姫に勝るとも劣らない、いや、龍田姫そのものだと言っても過言ではないほどでしたよ。

 裁縫について言えば、たなばたの織り姫にもひけをとらないのでは、と思えるほどで、そういう技芸的な面も身についていて、ほんといい妻だったのに……」

 馬の頭はそう言うと、

「本当に可哀相なことをしてしまいました」

 と思いに耽った。

 それを見て、頭中将は、

「その『たなばたの織り姫の裁縫に……』っていうのは二の次にしても、七夕伝説の二人のように、長い契りであったならね。

 後撰集の、

──逢うことはたなばたたつめにひとしくて
       裁ち縫ふかたはあえずぞありける──

 貴方と逢うことは、あのたなばたの二人と同じように数少ないのに、
 貴方に頼まれた仕立物を縫うのは、織り姫のように完璧にはいかないものね

 というふうには、なりたくないものだからね。

 それにしても、馬の頭がそれだけ言うくらいだから、その『龍田姫』の染物は、またとないものだったんだろうな。

 ほら、染物っていうのはさ、はかない花や紅葉にたとえられるものでしょ。

 季節になると、さっと色づいてさ。その折々の風情を解せず、季節や情景に衣の色合いが相応しくなくて拙いのは、紅葉に露が映えないのと同じくらい見応えがなくて、露のように消えてしまいそうで、際立たないもの。

 そういうことがあるから『妻を選ぶのは難しい』と、我々の話も結論が出ないでいるんだものね」

 と、とりもった。

 馬の頭も、気を取り直して話を続けた。

「さて、また同じ頃にね──」


帚木(13)

──同じ頃、馬の頭の指を噛んだ女のほかに通っていた女性のなかに、気品も高く、心配りも本当にたしなみがあると傍からも見て分かり、ちょっとした歌を詠んだり、字をさらりと書いたり、琴をかき鳴らしたりする指先など、その手つき口つきといい、全てにおいて

「不得意なものは無いんじゃないの」

 と馬の頭が思うほどの女がいて、ことあるごとに、その達者さに感心していたものだった。

 例の指を噛んだ女の邸を、遠慮のいらない気の知れた所だと思っていた一方、この多才な女の所にたまに隠れて通っていっては、こよなくこの女のほうに心がとまっていた時期もあったぐらいだ。

 指を噛んだ女が死んでしまってからは、馬の頭も、そう悔やんでいてもどうにもならなず、愛おしく思っていても死んでしまっては仕方ない。
 
 直(じき)に立ち直り、その多才な女のところに、しばしば通うようになった。

 いざ、通う回数が増えてみると、その女の欠点も見えてくるようになった。

 少し派手好きで、艷なまでに気取った様子が、馬の頭の鼻についた。

 馬の頭にとっては、あの指を噛んだ女のように

「家のこと一切を任せられる」

 というほどに頼り甲斐のある女には思えない。

 次第に、その女のもとに通うことも絶え絶えになったが、そのうち、女のほうにも「忍んで心通わせた男」ができたようだった。




 神無月のころ、月が趣深い、ある夜のことだ。

 勤めを終え、内裏から退出するとき、ある殿上人と一緒になり、馬の頭の相乗りすることになってしまった。

 それなりに気の知れた男であったから、相乗りすることそのものは構わなかったが、その殿上人をつれて女のところに行くわけにもいかず、

「父上の大納言のところにでも行くかな」

 と、自分の実家の方に車を向かわせた。

 すると、殿上人は馬の頭に呟いた。

「ちょっとさ、こういう月の綺麗な夜に人待ち顔の女の宿ってやつを、見たいものですね」

 多才な女の家が、馬の頭の車が向かっている途中の道筋にあったので、

「じゃあ、そこら辺の家にでも寄っていく?」

 と話をもちかけた。

「知ってる女?」

「ん?──いや、まあ、噂でちょっとね。

 それだけだよ」

 馬の頭は、そう嘘をついた。

 多才な女の家は、少し荒れた築地塀の崩れが何とも言えず、池の水が月光にきらめき、

「月でさえも池に宿るほどの邸なのに、素知らぬふりで通りすぎれない」

 という雰囲気で、二人は一緒に車を下りた。

(いかにも、あの女の家らしいな)

 と馬の頭が思っていると──

「ああ、この家か」

 その殿上人の独り言を、馬の頭は聞き逃さなかった。

 その殿上人は、馬の頭をおいて、どんどん先に歩きだしてしまう。

 最初から、そういう示し合わせになっていたのだろうか。

 この殿上人はひどく心浮かれる様子で、門の近くの廊下の中門廊の、縁側っぽい所に腰掛け、しばらくの間、月を見上げていた。

 馬の頭は、来慣れた女の家で、逆に居場所がなくなっていた。

 下手に動けば、この風流好きな殿上人に、ここの女を知っていることがばれてしまいそうで、また、女の家の者に見つかれば、厄介なことになる。

 なにか、どきどきしてしまう自分が情けない。

 菊は霜にあたって色変わりし、風流な思いをさせてくれる。

 風に勢いづいた紅葉の乱れ散る様などは「あはれ」と、本当に思えた。

 不意に殿上人が懐から横笛を取り出して、吹き鳴らす。

 笛の音は、月夜に響きわたり、あわれな月を一層暗闇のなかで輝かせているよう。

かげもよし──

  殿上人は笛の余韻を調べに、催馬楽、律「飛鳥」の一節をぽつりぽつりと歌いだした。

 馬の頭は腕組みをして、それを聞いていた。

──飛鳥井に  宿りはすべし  や  おけ  蔭もよし
     みもひも寒し  御秣もよし──

 飛鳥井に泊まるのがいいね。
 木蔭もたっぷり。水も冷たい。まぐさもいい。

 『飛鳥井』って、たしかこんなだったよな。

  なんで、こんな時にこの歌を──?

 ははぁん、なるほど。

 『宿りはすべし』──『泊まりたい』ってことか。)

 殿上人の考えを馬の頭が勘繰っていると、あの多才な女が──よく鳴る六絃の和琴をしっかり調律していたのだろう──琴を麗しくかき鳴らし、殿上人の笛に合うふうに弾きはじめた。


帚木(14)

 殿上人も再び笛をとり、二人の合奏が始まった。

 女が弾き、御簾から聞こえてきたのは、はなやかな感じの琴の音であったから、清冽なまでに澄んだ月に、巧く似合っている。

 殿上人も、いたく感心して、御簾のもとに歩み寄った。

 馬の頭も、殿上人の後についていったが、月明かりに顔が照らし出され、女に気づかれるようなことがないよう、何気なく月に背を向けていた。

 あまり殿上人に近寄っていては怪しすぎる。

 ここからは、その殿上人と女の「話」が始まるのだ。他の男が隣にいるわけにもいかない。

 馬の頭は、離れていくふりをして、しっかり二人の会話が聞こえる場所で聞き耳を立てていた。

「庭の紅葉には、誰かが踏み分けた跡がないですね」

 殿上人は、そう言って女の自尊心を刺激する。

(『誰も、男が来た様子がないね』ってことか。

──悪かったな。その男ってのは、この私だよ)

 馬の頭は、叫ぶこともできずに一人むくれていた。

 殿上人は、手近な菊を折って、

──琴の音も月もえならぬ宿ながら
         つれなき人をひきやとめける──

 琴の音も、月の光も、すばらしい邸だけれど、
 それでも、つれない男は、とどめることができなかったんですね

 きまり悪くない?」

 と、傍からも「男」が通っていないとわかる女を、冗談ぽく冷やかし、

「今夜は、今一度貴女の琴の音を聞こうという、私という『男』がいるのですから、弾き惜しみしないでくださいね」

 と、いたく色っぽい言い様でもちかける。

 女は、いかにも装った声で、

──木枯に吹きあはすめる笛の音を
         ひきとどむべき言の葉ぞなき──

 木枯に吹きあわせる貴方の素晴らしい笛の音を、
 この場に引き止める言葉を思いつくことができないわ。

 木枯が私の言の葉を吹き飛ばしそうで……。

 私の弾く琴の音では、引き止められそうにはないもの」

 と艷っぽく言葉を交わした。

(はいはい。

 色っぽいことで)

 馬の頭が憎らしく思っているのを知らないで、女は再び十三絃の箏の琴を、盤渉調に奏でた。

 盤渉調とは「盤渉」という音階を「宮」つまり主音にした律旋音階である。

(『冬』って感じを出そうということだな)

 そういうところが、いかにも、あの多才な女らしく、現代風に琴をかき弾いている爪音などは、決して下手なものではなかったが、馬の頭としてはかえって見ていられない気がした。

「この女は、いつもこんな調子で男と逢っているのか……?」

 ただ時々親しくする宮仕えの女房が、この多才な女のように「あくまで気取って艷っぽい」というのは「時々親しくする」程度の女なら、それもいいと馬の頭も思う。

 が、時々にでも「さる所」つまり「妻」として心身の拠り所とし、生涯を共に過ごするには、この多才な──そして多情な女では頼りなさすぎ、派手すぎる。

「自分のいないところ」で、男とこんなふうに会話を交わす女を見て、嫌気がさし、その夜のことにかこつけて、その女のもとに通うことは、その夜以来、なくなってしまった──。


帚木(15)

「──今話した、指を噛んだ女と多才な女を考え合わせてみますと、未だ若かった昔の私でさえ、やはり多才な女のような目立った振る舞いは、ほんとにけしからぬことで、頼りにはできないと思えたものでした。

 こうして大人になったこれからは、そういうふうにだけ考えるでしょうね」

 馬の頭は、源氏のほうに顔を向けた。

「お若い光君は

『折らば落ちぬべき萩の露──折れば零れそうな萩の露』

 とか

『拾はば消えなむと見ゆる玉笹の上の霰──手に取ると消えてしまいそうな玉笹の上の霰』

 っていうふうな女の様子の艷に儚げな色っぽさのみに、趣を感じておられるでしょう?

 でもね、私の歳になれば──そう、あと七年ほど経てば、私と同じ御考えになられますよ。

 私ごとき賤しき者の『諫め』ではありますが──色っぽく、か弱き女というのには、お気をつけなさいませ。

 そういう女は、過ちを犯して、他人に変な評判をたてさせてしまうものですからね」

 馬の頭は、神妙な顔をして源氏に諭した。

 頭中将や藤式部の丞も、例のごとく、いやに納得しながら頷いている。

 源氏は、僅かに笑みを浮かべ、

(そういうものなんだろうな)

 と、素直に思っていた。

「まあ、どちらにしろ、見た目の悪い、はしたない身の上話だってことですね」

 と、源氏が馬の頭を茶化し、皆で笑った。

 外はいまだ雨が降りつづけ、雨音が辺りを包み込んでいる。

「──私は──愚か者のお話をいたしましょう──」

 頭中将は、自嘲気味な苦笑を浮かべながら言った。

 冗談めかした言葉とは裏腹な、その表情にひかれ、源氏は頭中将の話に聞き入ってしまった。




──頭中将がいまだ若く、右大臣家の四の君の婿となって間もなく、未だ近衛の少将であった頃の話だ──。

 幾度となく、忍んで通っていた女が一人いた。

「こういう関係を続けてもいいな」

 と頭中将も考え、最初は長続きするような関係だとも思えなかったのが、それでも馴れ親しんでいくと「あはれ」と愛おしく思えてくる。

 正妻の──右大臣の娘で、弘徽殿女御の妹君でもある「四の君」の手前、毎日通って行くわけにもいかず、途絶えがちではあったが、

「忘れはしない」

 と、その女のことを思い続けて、二人がそれなりの関係になると、女も頭中将を信頼し、男として彼を頼りにする様子を見せ、二人の心は、深く通い合うようになった。

「女というものは、一度その男を頼りにすると『うらめし』と思うようになるんだろうなぁ」

 と、自分ながらに考えて心配するようなことも時々あったが、その女はいつも何気ない様子を見せ、世間一般の俗な女とは違っていた。

 頭中将が、宮中での仕事や四の君の目もあって長らく通えず、久しぶりに訪ねてみても

「たまにしか通わぬ男」

 と思っている素振りもなく、女の態度に「うらめし」というようなものは感じられない。

  毎日の朝夕出入りする夫を送り迎えするのと、全く変わらぬ態度で頭中将を遇した。

 そんな女がいじらしく、頭中将は、

「これからも、私のことを頼りにしてくれていいんだからね」

 と女に話したこともあった。

 頭中将は、その女のことを愛人としてだけ通うのではなく、いずれ、正式に「妻」の一人として迎えるつもりであったのだ。



読者登録

渡 司さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について