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帚木(6)

 いろんな人の身の上話を話に織りまぜながら、馬の頭は話を続けた。

「ただ単に『恋人』として付き合うだけなら、難のある女も少ないでしょうけれど、自分の『妻』として頼りになる人を選ぶとなると、五万といる女の中からでもなかなか『これぞ』と決められる人はいないものです。

 そうでしょう?

 男の社会でも、朝廷に仕え、捗々しい世の礎という人々の場合でも、『真に優れた政治家』となるべき人物の名を挙げるとなると……ね?

 そう滅多にいるもんじゃない。

 女も男も『本物』を探すのは難しいもんです。

 しかし、いくら国政が重要な仕事だとしても、一人や二人で天下の全てを執り行い政事を整える、というわけじゃない。

 上の者は下の者に輔けられ、下の者は上の者に従い──というふうに大勢の男が朝廷に仕え、仕事を分担していますから、融通も利き、少しの問題なら何とかなるもんです。

 でもね『家庭』というのは、国朝と比べれば余りにも狭いですけど、その主たる妻は一人しかいない。

 国政と家事とでは話も違ってくるんです。

 不十分ではいけないことや、完璧じゃないといけないことが家庭にだって多いもの。

 しかも妻はその家に一人なわけですから、一人でそれらを全て取り仕切らねばならない。

──そゑにとてとすればかかりかくすれば
         あな言ひ知らずあふさきるさに──

 っていうふうにね、こうするとああだし、あちらがああなら、こちらがこう──と、人並みな妻としての面を全て持っている十分な女は、少ないもんですよ。

 まあ、私も浮気心半分で『女』というものを多く見比べようというんではないですけれど。

 ただただ頼りになり、家のことを任せられるような女を妻としたいという気持ちで

『おんなじ結婚をするなら、自分があれこれと欠点を矯正しなくてもいい、心に適う女と結婚できぬものか』

 などと思っていると、いざ選び初めた女の人とも、なかなか結婚に踏み切れないものですよね。

 いざ結婚をしてみて、必ずしも自分の希望が充分に叶ったわけではないけれど

『これも何かの縁だろう』

 ということだけで女と別れないでいる男は

『篤実な人柄だ』

 と見られるし、男に捨てられない女にしても

『何か取り柄があるからなんだろうな』

 と、周りの者は思います。

 でも……ねぇ?

 現実の夫婦を多く見ていると、『及びもつかず偉く立派な夫婦』なんか見たことない。

 名門名家の若君方が『この上ない女』を御探しになる御縁組には、ましてどんな女性が御似合いでしょうねぇ」

 馬の頭が、意味ありげに言った。


帚木(7)

『名門名家の若君方』であり『この上ない女」と結婚したはずの源氏と頭中将は、顔を見合わせて苦笑するしかない。

 馬の頭は話を続けた。

「容貌がこぎれいで、まだ若くて世間の苦労なんか知らない年頃の女性で、各々が『塵もつかじ』ってな感じで取り繕って、文を書くにもゆったりと構えた様子で言葉を選び、紙への墨の付き方なんかは薄ーくて。

 その文を読んだ男なんかは

『心もとなし』

 とか思っちゃって

『また一度はっきりと見たい……』

 ってやきもきしてしまう。

 ほのかに女の声が聞こえるほどに近寄れるぐらい親しくなっても、こちらの息づかいでもかき消されてしまうような、か細い声を出して、しかも言葉が少ないっていうのは、その女の欠点を巧く隠すもんですよね。

 そこまでしないと欠点が隠せないんでしょうかね。

 優しく女らしい人だと思えば、そういう人に限って必要以上に風情を気にして、一歩間違えるとあだっぽくなってしまう。

 こういうのが『第一の難』っていうことになるんでしょう。

 主婦の仕事にも色々ありますけれど、その中でも特にいい加減にできない夫の世話の面で、『もののあわれ』を重んじ過ぎ、何かちょっとするにも、洒落た事をしようと手を掛けて、風流に気を配りすぎているのは

『そこまでしなくても』

 って思えます。

 でも、まあ、逆に家事一点張りっていうのも……ねぇ。

 ほら、肩のここらへんあたりまで垂らす……額髪っていうの?

 それを耳の後ろに挟むのは……家事をしていると邪魔になるんでしょうけどさぁ。

 いま一つ、色気が……ねぇ?

 夫っていうものはこの御時勢、やはり外で働くことが多いですからね、朝夕の家の出入りにつけて、公私の人々の振る舞いの、善悪いずれのを問わず目で見たり耳で聞いたりした物事も多いでしょ。

 そういうことはやっぱり、親しくもない人にわざわざ話すことでもありませんでしょ。

 いつも一緒にいて話の分かる妻だからこそ話したいって、普通は思うんですけどねぇ。

 笑いがこみ上げたり、目頭が熱くなったり、また怒りがこみ上げたりっていう、この心一つには思い余ることが多いのを、いざとなると

『話したって、どうなるんだ』

 って思えてくれば、妻に話さずにそっぽ向いて……。

 でもやっぱり面白いもんだから

『ああ、そうそう、そういえば……』

 みたいに独り言が出てしまって、妻が

『なに?』

 って間の抜けた様子でこちらを見上げるのは……もう、ねぇ、話にもなんない。

 やっぱりあれですね、ただただおっとりしてて、頭の柔らかい柔順な女を、色々とこちらが教授してやって妻に相応しい女性に、『育て上げる』っていうのがいいんでしょうね。

 間違っても『欠点を矯正する』というのではないですよ。

 最初は心もとなくても、その女の潜在的な可能性を見いだせるのは心地よいもんですからね。

 ただね、難点を言うとすれば……やはりあるんですよ。

 ほんとにね、一緒にいてその姿を見ていれば、多少の失敗も、そういう『可愛らしい』という面に免じて許してしまいますけど──

 仕事や遊びなんかで家を離れているときに、夫が、家の方でやってほしい頼み事を妻に言いつける時は、それが実務的なことでも情緒的な事でも、妻が自分では何も判断できないで、思慮が浅いのは、やはり男としては口惜しく、『妻が頼りない』っていうのは一番困ったもんですね。

 いつもは無愛想で親しみの持てない人が、いざというときにてきぱきと手を尽くしてやり遂げるという時があるものです。

 そういう時には、惚れなおしてしまいますよね」

──惚れなおす、か──

 源氏は葵の上の様子を思い出しながら、そして頭中将は四の君の高慢な態度を思いだし、苦笑していた。

 馬の頭は、その隈ない議論を続けてきたが、きれいな納得のいく結論をまとめかねて、さすがに大きく息をついた。

「今はただ『品』などという身分階級にもよらず──

 容貌の善し悪しなんか勿論、問題にならず──

 まったく出来が悪くてどうしようもないのは問題外ですけれど、性格に捩じれたようなところがなければ、ただただ素直で落ちついた趣の女を妻として生涯の頼みと思うことにいたしましょう。

 それ以外にたしなみや気の利くようなところがあればあったで

『へぇ、そういう面もあったんだ』

 と喜べばいいですし。

 少しぐらい不十分なところがあっても、無理に

『もっと、ここがこうなら』

 などと求めるようなことはよしたほうがいいですね。


帚木(8)

 心置きなく家を空けられるほどしっかりした女で、変にあれこれと思い詰めるようなところが無いならば、それで、ね。

 うわべの『女としての風情』というのは、自然に身についていくものでしょうし。

 あ、思い詰めるというので思い出しましたけれども──

 しなやかに、いつも物恥ずかしい様子で、夫には──というか、夫の浮気には、普通の女なら恨み言を言うようなことでも、知って知らぬふりをして思い忍ぶ女って、いるじゃないですか。

 そういう、表面では平気な顔をして『操つくり』っていうふうにしてる女に限って、言いようがないほど寂しい言の葉を置き手紙に残したり、妙に風情溢れる歌を詠み置き、二人の思い出を忍ばせるような物を『形見』とでも言わんばかりにあからさまに置いていって、奥深い山里や俗世離れした人もいない海辺の里に、いきなり身を隠したりするものです。

 子供のころは、そういう『不幸な女の家出話』みたいな物語を、側付きの女房などに聞いて、ほんと、その趣に胸を打たれて

『そういう女の人は、心深く考えてのことなんだろうな』

 って涙を抑えても流れてしまったものですけど。

 今、人並みの大人になってみれば、そういう女の行いは、ほんと軽々しくて

『いかにも』

 って感じで嫌でね。

 愛情深いに違いない夫を無視してさ。

 いくら目の前の現実に辛いことがあるとしても、現実から逃れるために逃げ隠れて、夫を心配させ、その愛情の深さを試そうなんていうのは、結局は夫との縁も切れるきっかけとなってしまう。

 一生悲しい思いに耽らなければならなくなって、本当に詰まらないことですもの。

『よくぞ心深く決心なされたねぇ』

 なんていう無責任な周囲の声に煽てられると、女のほうもどんどん自分だけ盛り上がってしまって、終いには尼になって、悲劇の女を演じてみせる。

 自分の境遇に酔ってしまっている。

 本人は、そう思い立っているときは

『心澄んで、この世には何の未練も無い』

 っていう気持ちなんでしょうけどさぁ。

『えぇ?そんな悲しいこと……。こんな決心をなさるなんて……』

 などと、知り合いの人々が見舞いにきたり、その妻のことを別に嫌いにあったわけではない夫が妻の出家を聞いて涙を落とせば、召使や古参の女房が、

『ほら、あの旦那様も御心では、未だに愛していらっしゃるのに。その御身を……もったいない……』

 って、いまさらのように愚痴をこぼす。

 女も自分で額髪を掻きさぐってみても、昔に比べて簡素にしているものだから手応えがなく、今更に俗世から離れた自分の身が心細くなって、顔を顰めては目頭を熱くするものです。

 思い忍んでもやはり涙は零れ落ちるもんですから、折々毎に堪えられずいろいろ後悔することも多くなるでしょうから、仏様も

『未練がましいな』

 って思うんじゃない?

──蓮葉の濁りにしまぬ心もて
       何かは露を玉とあざむく──

 蓮の葉の泥の濁りにさえも染まらない、その清い心で、
 どうやって葉の上にある露を玉だと欺くというの?

 っていう歌じゃないけど、そんな生じっかな決意で悟りを目指したら、濁った俗世にいた時よりもかえって、冥土において悪しき地獄、餓鬼、畜生の三道に漂うことになってしまうと思うんだけどなぁ。

 絶えることのない二人の間の宿世の因縁があって、妻が尼になる前に、夫が連れ戻せたとしてもさぁ……

 ほら、二人の間にどんなことがあっても、そういう事を二人でやり過ごしていくからこそ、契りや情が深くなるものでしょう?

 でもそんな妻の家出みたいなことがあった後じゃ、自分も相手も内心忸怩たるもので、気も許せなくなってしまうではないですか。

 それにそもそも、自分には機嫌悪く他の女に心浮かれる夫を恨んで、表立って夫に背くような態度に出るなんてのは馬鹿馬鹿しいでしょ。

 たとえ夫の気持ちは他の女に移っているとしても、妻と知り合った時の愛情を夫がもっていれば、妻としての今の地位を持ちつづけることができるでしょうに。

 そういう夫の浮気をいちいち咎めるなんていう愚かしい事がきっかけで、夫婦の縁も切れてしまうものです」

 馬の頭は、長く話し続けて喉が渇いたのか、白湯を一口ふくんだ。

「全て万事について穏やかに、夫の行為で恨むべきところも

『知っておりますのよ』

 ってさ、ほのめかす程度にして。

 恨みがましいことも、事を荒立てずにそれとなく言ってくれれば、それにつけても男の愛情も深まっていくものです。

 多少のことなら、男の浮気心も、妻のほうの出方次第でおさまりようもあるものですから。

 逆に、むやみやたらに勝手気ままな夫がするままに放任するのも、端から見れば気楽で可愛らしく見えますが、自然とそういう妻は軽んじられてしまうもんです。

『繋いでいない舟が浮かんで漂っている』

 っていうのも、実際面白くない。

 そうなったらおしまいでしょ?

 そう思わない?」

 馬の頭がそう言うと、頭中将はいやに頷いている。


帚木(9)

 頭中将は、座りなおして、自分で納得するように話しだした。

「さしずめ、綺麗だとか可愛いとかで気に入っている女に、不義とか無節操の疑いがあるときには大変だろうね。

 男のほうに不心得がなくて見過ごすなら、女の不心得を直してでも夫婦生活を続けれないこともないですが、必ずしもそうはうまくいかないものです。

 とにかく何方に問題があるにしても、『何か』あったときには気長に我慢するよりほかにないでしょうね」

 そう言いながら、

(妹の葵の上と源氏の君にぴったりの話題なのに)

 と思ったが、源氏は狸寝入りを決め込んで、議論に加わらないようにしている。

──光君の巧みな言い様を聞きたかったのにな。

 どうやって話をまとめただろう──

 と、物足りなく、面白くなく感じていた。

 馬の頭は弁論博士になりきって話を続ける。

 頭中将や藤式部の丞は、その理屈を聞き遂げようと、すっかり話に入り込んで、受け答えしていた。

「いろんなことに比較して考えてみましょうか。

 道具を作る指物師で言うと、いろんなものを思いに任せて作りだすのも、その折々の趣味的な道具できちんとした作り方も決まっていない物なら、作り上げたのの洒落た感じなのも、

『へぇ、こういうのもありか』

 って、まあ、『あり』ですよね。

 その時々に合わせて趣向を変えて、今風に作っているのに目が移って、趣深く思うものもあるでしょ。

 でもね、疎かにできない本当に大切な、家でも

『豪華に』

 って思ってる調度品でさ、決まった様式のある物を、難なく作ることになると、やっぱりほんとの名人っていうのは、一味違ったものと一目で分かるものです。

 趣味的な道具は、趣味的に作るものだから指物師の腕前が見えにくいものですけれど、家の調度品というものは、その出来ばえで腕前が分かるものです。

 絵の製作の一切を取り仕切る『絵所』には、名人と呼ばれる人が多いですけれど、ほら、絵の輪郭とか構図の線描きをして指示をする『墨がき』っていう偉いさんがいるでしょ。

 その墨書きに選ばれるほどの上から下への優劣の違いはすぐ見ただけではわからない。

 けれど、人が見たこともない蓬莱の山、荒海の恐ろしい魚の姿、唐国の勇ましい猛獣の形、目に見えぬ鬼の顔とか、おどろおどろしく大げさに描いた絵は、心に任せて描いてあり、一際見る者を驚かせ、写実的ではないですけれど、まあ、それはそれでいいでしょう。

 一方、それに比べて世間一般の大和絵の、山の佇まい、河水の流れ、見慣れた人家の有り様、それに

『なるほど』

 と思える親しみ深く穏やかな風景なんかを、しっとりした構図に点景して。

 その後ろには、険しくないなだらかな山の景色を世離れた寂しげな様子で幾重にも重ね描いて、再び手前に身近な籬(かき)の中を描くとなると、その心配りや描法の面で、名人の絵には、ほんとその絵に{{{『勢い』}}}っていうのがあって、そこら辺の者では及ばないところが多いもんです。

 創造的な生き物の絵は、筆に任せて描いても{{{『それなり』}}}に見えるものですけれど、写実的な山水画は、その上手下手がすぐ分かりますからね。

 字を書くことで言えば、深い教養もないものの、手紙のそこら中で、筆を走らせるように書くもんだから、点の所が長く尾を引いて、そこはかとなく気取って書いてあるのは、ぱっと見は賢そうに際立って見えますけれど。

 やっぱり本物の{{{『筋』}}}というものを丁寧に書いてあるのは、まあ表面的な書道の技法は消えて見えるけれど、今一度並べて見てみると、うん、やっぱり、本物の{{{『筋』}}}というものを心得ているほうが良いことが分かるものですよ。

 ね、こんなことでもこうなんだから、まして、ねぇ。

 人が──女が──そういういろんな折々にあたって女っぽく気取ってみせる、見た目だけの風情なんかは

『信頼できたもんじゃない』

 って、考えるようになりました。

 というのも、こう見えてもいろいろありましてね。私も、いろいろ学びましたよ」

「へぇ、どんなの。聞かせてよ」

 藤式部の丞は、興味津々に詰め寄った。

 馬の頭も言い惜しみするつもりはないらしい。

「それじゃ、若き日の話を。

 好色めいた下世話な話ですけれど」

 と、膝を進めた。

 狸寝入りを決め込んでいた源氏も、その話に体を起こす。

 頭中将はとても熱心な様子で、頬杖をつくようにして話に聞き入っていた。

 何処かの法師が世の真理を説教する所にいるような雰囲気なのも、端から見ていると滑稽だが、本人たちは、そんなことを気にしてはいない。

 こういうときだからこそ、各々の『夜の閨に男と女の交わした言の葉』というものまでも、隠さずに話してしまうのであった。

 馬の頭は大きく息を吸った。

「まだ私が──」


帚木(10)

──馬の頭が、まだかなり下級の役職に甘んじていたころの話だ。

 そのころ、愛おしく思えるような女が、特に一人いた。

 が、先程も馬の頭が言っていた話に出てきた女のように、容貌に「欠点がない」というわけではなく「美しい」わけでもなかったから、「若い男の甲斐性」などと勝手に称して他に美しい女性との浮気も多くあり、その女を「終生の伴侶」と心に決めていたわけでもなかった。

「まあ、家のことも任せられるし──頼りになる女ではあるな」

 とは思いながら、やはり「女」としては何となく物足りなく、馬の頭は、とかく女性の出入りの華々しい生活を送っていた。

 女のほうもそういう馬の頭の所業を知って、そのような馬の頭が憎らしく、やきもちを焼く。

 馬の頭はそんな女が不愉快で、

「こんなふうじゃなくて、もうちょっとおおらかさを持った人ならなぁ」

 と思ってしまう。

 女が、浮気のたびごとにあまりにしつこく疑うのも煩わしく、が逆に、

「こんな取るに足らない、身分の低い男に愛想も尽かさず、よくもまあ」

 と思うと、心苦しくも思え、自然、浮気心がおさまるようなこともあった。

 この女の性格は、もともとは自分には至らぬことについても、

「何とかしてこの人のために」

 と、馬の頭のために無い知恵を絞り、得意でない面の心得についても、

「『駄目な女だな』とは思われまい」

 と努力を惜しまない。

 とにもかくにも、まめやかに馬の頭の世話をする。

 つゆにも馬の頭の心に違わぬようにと心掛ける。

 最初のうちは、馬の頭も

「勝気な性格の女だな」

 と思っていたが、しだいに、それなりに、その女に対する優しさも身についていくように思えた。

 美しくない容貌も、彼女なりに気に掛けていたようで、

「馬の頭に疎まれはしまいか」

 と常日頃から、華々しく化粧もするようになった。

 それほど親しくもなく、彼女がどんな人かを知らない馬の頭への来客があれば、

「馬の頭が、恥ずかしい思いをするかもしれない」

 と、人前に出るのを恥じてはばかる。

 そんなふうに、女は嗜みを忘れることなく、馬の頭も連れ添ううちに、

「気立ても悪くない」

 と思うまでになっていったが、ただ一つ、例の憎らしい「嫉妬」というこの一つだけは、直ることがないようだった。

 当時、馬の頭が考えたことがあった。

──こんなに、なんでもかんでも私の言うことを聞くのなら──

 何とかして彼女が懲りるように、「別れるぞ」ってほんのちょっと脅し賺してみてみれば、あの嫉妬心も少しは直り、口やかましさもおさまるだろう──

 それなりの計画を立て、ある日、女のところを訪れ、話の途中にわざとらしく機嫌を損ねてみせた。

 殊更に、愛情無く冷淡な様子を見せると、女は例のごとく腹を立てて恨み言を言いはじめる。

 馬の頭は

(しめた)

 とばかりに、

「こんなに勝気な性格を押し通すなら、たとえ二人の間に深い宿縁があろうとも、その宿世に逆らって二度と逢わないでおこうよ。

『これが限り』と思うなら、そうやって分別無く、人を疑っていればいいさ。

 もし、これからも行く先長く連れ添うつもりなら、辛いことがあっても我慢しなよ。

『いい加減』ていうのがあるだろ?

 貴女のその嫉妬心さえなくせば、『いとあはれ』って思うだろうに。

 将来私が人並みに出世し、少しはそれなりの貫祿もつくようになったら、貴女に他にはまたとない『正妻』とするものを。

 そうすれば他の女も及ばないのに……」

 などと、自分ながらに、

(巧く説教じみたことを言えるもんだな)

 と思いながら、調子に乗ってまくし立てた。



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