目次
1. 『週末は家族で山の家へ』
2.『別荘?何考えてんの?』
3. 『毎週 往復で6時間』
4. 『押し入代毎月3万円』
5. 『ダス・イスト・グーテ』
6. 『あっ、キツネがいる!』
7. 『ウッ~、寒い!』
8. 『わたし、お山に帰れない』
9. 『「八千穂通信」を発刊』
10. 『お大事に、な!』
11. 『住まいは音楽』
12. 『父権回復の棚造り』
13. 『一人になりたい』
14. 『パーティーやりません?』
15. 『コーヒーがうまい』
16. 『玄関という境界』
17. 『ベランダの季節到来』
18. 『できあい総菜万歳!?』
19. 『人畜無害な「お客さん」』
20. 『山の家の一日』
21. 『介護は唐突に』
22. 『八千穂の探鳥会』
23. 『梅雨って屋~根』
24. 『八千穂の女王バチ』
25. 『集まれ!「本の虫」』
26. 『公園はウチの庭』
27. 『北枕は迷信?』
28. 『キツツキの跡』
29. 『挨拶しましょう?』
30. 『都会のオアシス』
31. 『虫に襲われる!?』
32. 『高速料金が高すぎる!』
33.  『娘との対話』
34. 『薪づくりは難しい』
35.『蝉時雨が消えて』
36. 『温泉に入りたい!』
37. 『食欲の秋』
38. 『定年後はバラ色?』
39. 『栗を収穫しました!』
40. 『電脳社会のストレス』
41. 『七味がない!』
42. 『家族の支え』
43. 『炬燵を出した』
44. 『煙突がやってくる!?』
45. 『真夜中の訪問者』
46. 『エコロジーの求め方』
47. 『山の家経済学』
48. 『たい肥が臭うよー』
49. 『お住まいはどちら?』
50. 『テレビが見たい!!』
51. 『週末の家の効用』
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1. 『週末は家族で山の家へ』

1. 『週末は家族で山の家へ』

自然の中に身を置き、だんらん満喫

1/13/1999


 

 

 「あっ、オサム、ずる〜い! 今日はわたしが前に座るって言ったじゃない」

 「僕だって、前に座りたいんだもん」

 「だから、途中で替わってあげるってば〜」

 

 「なにを、そんなことでもめてんのよ。どっちでもいいから早く乗って! 忘れ物ないわネッ? あら?わたし、鍵閉めたかしら?」 と言うようなてんやわんやがあって、ほぼ毎週の金曜の夜、我が家は家族全員で八ケ岳の山の家「宅庵(たくあん)」に向う。かっこいい山荘とは決して言えないが、そこで土日を過ごす。夏や冬の長期の休みには避暑やスキーにもってこいの場所。週末の二日間を家族みんなで平和(?)に過ごし、日曜の夜再び全員で東京に戻る。週日、私(四八才)は仕事、二人の子供(長女十五 才、長男八才)はそれぞれに学校がある。こんな生活をもう、10年近く続けている。

 

 私達の東京の住まいは、世田谷区の用賀。見上げると高架の首都高速道路が見える。二十坪の床面積の中に3LDK.がはめ込まれている賃貸。日常的に騒音と排気ガス、振動に悩まされ、「ねー、早く引っ越しましょうよ」とワイフ(?才)から言われ続けている、いろんな意味で「都市の住まい」の名に相応しい所に住んでいる。

 

 私は建築の設計で飯を食ってる、ごく普通のオジさんだが、働くにしろ、遊ぶにしろ、日常的に都市に居たいと思っている。都市は多種多様な個別化した価値や個性が存在する。好むと好まざるに関わらず、多くの人がいて都市であり、都市であってこそ成立する物達があって、秩序や混沌があって、文化があって、高い利便性がある。できれば都心に住んでいたいと思うが、広さと家賃との関係に悩んでしまう。今の貧しい住環境はどうにかしたいと思う。とは言っても、ご承知の通り現実はどうにもならない。普段の私は、好きで夜遅くまで仕事してるか、遊んでいるかしている。週日に子供達と顔を会わせる機会は少ないし、食事も一緒にすることはまずない。家族もそれぞれが、それぞれなことをして週日を送っている。

 

 私の職場周辺の環境は、それこそ都市そのもの。青山の上下八車線の大通りを少し入ったところ。仕事をするにも遊ぶにも便利このうえない。大きな病院もあれば、図書館、画廊、映画館、ライブハウス、なんでもある。お洒落を気取ってお茶を飲めるところ、時代の先端を行く物を置く店。レストランにしても、安い店から超高級な所まで幾らでもある。そんな場所から、毎週金曜の夜には、数時間のドライブで全く対照的に何もない自然の中に身を置く事ができる。そこには、東京では味わえない自然がある。今の季節では雪の中に動物達の足跡などを見ることができる。そして何より家族との団欒があり、近隣との柔らかなコミュニティーがある。

 

 二つの環境の中に生活し、週末の生活が如何に大切なものかが分かってきた。子供達の成長や、自分たちの老いとの関係で、一重の生活で二つ所に住む二住生活も変化する。色々考え悩んだりもする。なかなか思ったようには行かないのが現実。だから面白いとも言えるんですが、そんなあれこれを連載という形で今週からご紹介することになりました。どーぞよろしく。

 

 

 



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2.『別荘?何考えてんの?』

2.『別荘?何考えてんの?』  

求めるモノを二ヶ所に分ける

1/20/1999

 

 

 都市と田舎に住まいを得て、二住生活などしているせいか、「都市の住まい」について考えることが多い。二つの住まいの関係の中での「涛いの関係の中での「騰に考えることとは少々違う。年収八百万から一s市の住まい」を考えてしまう。集合住宅や、お金持ち、少しお金持ちの住宅の設計をするときに考えることとは少々違う。年収八百万から一千万くらいの、子供が二人前後いるような勤労世帯(実は我が家)にとって、住まいを二つ持つというのは、子育て真っ最中でもあり日常的な支出や今後の教育費などを考えれば、「別荘? あんた何考えてんの?」と鼻から聞く耳を持っていただけない。しかし、この子育て真っ最中の方々にこそ今後の生活設計をきちんと立て、二住生活をお考えいただきたいと思っている。

 

 私は都会が大好きだ。都会人として都市に働き、学び、遊び、生活するのはエキサイティングなことだと思っている。人が多くいてこそ成立する物達に囲まれ、何をするにも便利がいい。その都会の利便性を享受するために私はできるだけ都心に住んでいたいと思っている。同時に毎日帰る自宅には、安らぎの空間やそこでの家族の団らんがあって欲しいとも思う。

 

六時に仕事を終えて七時には家族揃って夕飯も食べたい。食後には子供たちとの会話があったりして、気持らんがあって欲しいとも思う。

 

 六時に仕事を終えて七時には家族揃って夕飯も食べたい。食後には子供たちとの会話があったりして、気持ちb?ェあって欲しいとも思う。六時に仕事を終えて七時には家族揃って夕飯も食べたい。食後には子供たちとの会話があったりして、気持ちよく風呂にも入りたい。自分の部屋で趣味の時間も大切にしたい。休日は日当たりのいい居間に座り外の自然を眺め、週日のフラストレーションやストレスを癒したりもしたいのだ。

 

 などなどと書けば、「何を馬鹿な」とお思いでしょう。そう、そんなことは今の3LDKでは無理。そこに自然な風がながれて欲しいとか、大きなキッチンが欲しいとか、ウォーク・イン・クロゼットともね、となれば、部屋代、毎月、百万は下らない。で、私は、居直った。都市には都市の住まい方があって当然だ。毎日帰る我が3LDKに安らげる空間を求めることはやめにした。家族げとの団らんや日当たりのいい居間などいらない。どうせ単にテレビを見るかゲームをする部屋でしかないのだ。都市の住まいとは日中居るところではなく、出て行くところだ。子供達は学校、オヤジは仕事。子育てが一段落すれば女性もどんどん出て行ける。そんなところに多くを求める必要などどこにあろう。都市に住むという事は、都市の施設を我が物として利用してこそ意味がある。図書館、公園、美術館は我が家の書斎であり庭であり情操を養う場だ。

 

 都市での住いは積層した集合住宅がその姿だと思う。山にも住まいを持っていると、今の兎小屋も悪くはないように思えてくる。一重の生活経済で二つの所に住まいを持つと言う、いいとこ取りの調子いいライフスタイルでは、求めるモノを二ヶ所に分けてこそ成立する。日照や風などの自然だけではなく、夫婦のあり方や子供達との関係、年老いてくる親、仕事と遊び、街のコミュニティーなどを考え、都市の住まいに求めるモノを考え直し、その要求を大胆に削ぎ落とし、スリムになったところで、より都心に近いところの兎小屋と田舎の家を確保する。都市で失ったものは、安価な不便性を楽しめる田舎の住まいに求めれば、より本物が得られる。

 

 私は都市に居たいロする。都市で失ったものは、安価な不便性を楽しめる田舎の住まいに求めれば、より本物が得られる。

 私は都市に居たいが為に、山に家を持ったのだ。





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3. 『毎週 往復で6時間』

 3. 『毎週 往復で6時間』

車内でじっくり家族と会話

1/27/1999

 

 

 

 

 「二住生活もいいけど、三時間の運転が、ちょっとなー。往復で六時間でしょ。」ですか? 

 私の山の家「宅庵(たくあん)」は、東京から中央高速を利用して約三時間。運転は昔から好きだ。時には人に言えないスピードだしたりして、週日のフラストレーション解消の一助にもなっている。片道3時間は、慣れてくればどうという事のない時間のように思っている。

 

 東京首都圏の普通のお父さんの通勤時間は一時間半ぐらいですか。往復で三時間。週五日で十五時間。私の通勤は往復で一時間ちょい。週五日で六時間としましょうか。これに宅庵往復の6時間を足して十二時間。まだ三時間短い。と言うような計算では納得できません?

 

 移動の時間はチビやワイフとの会話の時間として使えると思えば、これは決して長くはない。家族全員での会話が、週に六時間とれると考えると、この時間は結構貴重に思えてくる。まだ子供達が小さかった頃は、後部座席を倒して布団敷いて寝かせていたのだが、最近はそれも少なくなってきた。ワイフに代わって長女(15才)が隣に座ると、私は、正直、ウレシイ。昨年の秋、ピアスの問題と髪を染める事の問題でディベートをやった。奴はなかなか手強かった。今の所は一勝一敗で、彼女の髪にはメッシュ(?)が入っている。近々には彼女専用の携帯電話を買うか否かで一勝負あるはずだ。私も負けるわけにはゆかないのだ。

 

 彼女の学校や部活の話を聞くのは楽しい。神戸の一四才の少年の事や問題になっている銀行の仕組みについての話もした。音楽関係の事では教えられることの方が多い。今後は少女売春や援助交際、伝言ダイヤルについても話をしなければならない、かも知れない。こちらとしても自分の考えを整理しておく必要がある。子供との付き合いは常に真剣勝負だ、やり直しがきかない。日常的に垂れ流されているニュースについても、お父さんとして、自分の意見をはっきり持っていることが要求される。子供は鋭い、下手をすれば薮蛇だ。嘘もよっぽど上手についておかないと、後で大変なことになる。最近、親子の会話時間が短くなったと、多くのメディアが伝えているところだが、3LDKの中で父性や父権が失われたとはいえ、結構お父さんの方が逃げてるケースも多いのではないかとも思う。親としての見識、知識、教養を磨いて置かねばならないし、親父として一目置かせておかないと、きつく言わなければいけない時に効き目がない。(これは結構大変なことです。)

 

 週日に顔を会わせることが少ない生活で、車中でしかじっくりと会話ができないと言うのも淋しい話だが、車の中だからこそじっくり話ができるとも言える。走行中の車の中は、外が見えるとはいえ、高速で移動する閉塞空間だ。外の世界から完全に遮断されれ、狭い空間の中で、彼女との物理的な距離も短縮される。途中で席を立つこともできない。普段、どちらの家に居ても得られない時間と空間がそこにある。もっと歳がすすめば、なおさらのことだろう。視線を会わすことのない会話しかできないのが少々残念であるとも言えるのだが、この往復の六時間は大切にしたいと思っている。

 

 


 


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4. 『押し入代毎月3万円』

4. 『押し入代毎月3万円』

都市の住まいをダウンサイジング

2/3/1999

 

 

 

 

 スキー・シーズン真っ盛りではありますが、楽しんでますか? 

 わが家では、今、私がこの原稿を書いている今、ワイフとチビ二人(長女十五歳、長男八歳)はスキーにでかけている。宅庵(たくあん・私の山の家)から車で十五分ほどの所に、村が経営する「八千穂高原スキー場」があり、シーズン・チケットを買って、滑り放題に遊んでいる。宅庵はアウトドア・スポーツなら何をするにも便利な場所にある。スキーは無論、夏のハイキングや登山、川遊びやテニス、釣りやゴルフと外での遊び好きには格好の場所だろう。私自身はアウトドアにはあまり興味はなく、ましてや家庭菜園だとかガーデニングとか、長靴はいて腰かがめて、何が楽しいんだろうと思ってしまう。

 

 とは言うものの、まー家族サービスもあって、いろいろ道具はそろっている。そして、これらの趣味や道楽の大物の用品用具は結構かさばり、広い収納場所を必要とする。スキーやスノーボード、ゴルフ・バッグに釣りの道具、それらの靴や衣類。これに大型のスーツケースがいくつか加わる。週末や長期の休み以外には使わないこれらすべては宅庵に置いてある。東京の3LDKに収納しておく理由は何もない。東京の住まいは仕事や勉強、夜遊びの拠点と割り切っている。季節ごとの衣類や寝具も必要なモノだけを東京に置いている。

 

 増えるばかりの雑誌や本、なぜか捨てられない昔の書類、結婚アルバムから始まるおびただしい量の写真などはすべて宅庵に置いてある。加えて、私が着ていた昔の背広、親せきからもらったもう着られないチビたちの服、ワイフの「やせたら着るわよ」の九号サイズの衣類、などなどの着る可能性などほとんどない衣類が結構ある。五月人形やおひな様、音楽CDやビデオ・カセットのほとんど、不思議なモノでは「あの中、何が入ってたっけ?」の海外からの引っ越し荷物がそのまま置かれてあったりする。娘がおバーちゃんから買ってもらったアップライトのピアノまである。ほかにも、たまにしか使わないミシンや、クリスマスのオーナメント入りの段ボール箱と、挙げればきりがない。

 

 趣味の物を含めて、これらすべての「家族の財産」を東京の3LDKに持ちこむと、収納スペースとして、押入のほとんどと、かなりの床が占拠される。仮に押入を含めその面積を三坪だと考えてみる。計算しやすいように、二十坪の3LDKを二十万で借りているとすると、一坪一万円の賃料で、毎月三万円の押入代を払っていると換算できる。年額にして三十六万円。がらくた、じゃなくて捨てられない物たちに毎年三十六万円を捨てていることになる。ばかばかしいと思いません? 都市の住まいをダウンサイジングし、毎月の押入代を二住生活の一方に投資することを考えた方が、私はいいと思うんですが…。

 

 おっと。そろそろ連中がスキーから帰ってくる時間だ。今晩のお夕飯は私が作ることになっている。おむすびとカップラーメンを持って午前中から遊びほけて、いいよなー。私だって、骨折の心配さえなければやりたいだけど、昔、何度も折ってるもんなー。

 

 


 


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5. 『ダス・イスト・グーテ』

5. 『ダス・イスト・グーテ』

理想の安らぎの空間とは?

2/10/1999

 

 

 

 

 風邪でも引いて一日寝てなければならないとき、どんな部屋で寝ていたいと思います? 縁起でもないことですが、臨終を前にしたとき、どんな部屋で寝ていたいと思いますか?

 

 かつての日本の首相、吉田茂の最後の言葉は「富士が見たい」だったそうだ。ドイツの哲学者、カントは「ダス・イスト・グーテ(これでいいのだ)」と言って息を引き取ったらしい。いずれの二人も世に名を残したビッグな人で、納得のうちに亡くなったと思うが、建築の設計を業としている私としては、いったいどんな部屋で臨終の床を迎えたのだろうか、と興味深い。病に伏したとき、自分はどんな所で寝ていたいかをイメージすると、それがそのまま、自分の「安らぎの空間」になるように思う。間違っても、3LDKマンションの荷物に囲まれた一室をイメージする人はいないと思うが…。

 

 毎日、朝夕のラッシュにもまれ、仕事に追われ、社内の人間関係にストレスを募らせ、忍び寄るリストラの影に身震いするような生活で、毎日帰る自分の住まいにくつろぎや安らぎの空間など期待できない状況では、いつか、たまったフラストレーションが爆発する。「東京でこんな生活をしていたら病気にならない方がおかしい」とある精神科医師が話していた。

 

 今の都市生活者の住まい、特に分譲や賃貸のマンションは、本来の日本人にふさわしい安らぎの生活空間を保証しているとは言いがたい。経済の論理が優先し、業者にとっては売れる物件や高く貸せる物件が住まい造りの目標だ。当然ながら、計画上の無理も多いし、仕上げ材などに多くの有害物質が含まれてしまうことにもなっている。気密性ばかりがやたらに高い今のマンションでは、家族に小さな子供や高齢者、化学物質に過敏な人がいれば、それなりに注意が必要だ。

 

 東京のわが3LDK賃貸は、都心に近い安価な住まいを求めたためか、当然のごとく実に不健康な住まいで、室内汚染を顕著に感じる。週末の二日間を留守にして帰宅すると目がちかちかして痛みを感じることがある。室内で最も大きな面積を占めるビニールクロス(有機溶剤を含む)から排出される化学汚染物質が室内に揮発し、滞留充満している。ほとんどすべての部屋の壁と天井には、張り手間込みで一平方メートル当たり千八百円前後の一番安いクロスが張られている。床は見た目は立派なフローリングだが、表面化粧材はわずかに二ミリの合板で、悪名高いホルムアルデヒドなどが揮発する。おかげ様でゴキブリも住めない。

 

 長野県八千穂村にある私の山の家「宅庵(たくあん)」は、建って既に二十年近い木造で、真壁造(しんかべぞう)というすべての柱が露出している家。壁の仕上げは無垢(むく)の杉板と白壁のしっくい。床も壁と同じく杉の板張り。安普請とはいえ自然の材料がほとんどで、湿度の高いときには湿気を吸ってくれるし、低いときには出してくれる。有害物質を放出している東京のわが3LDKとは大違いだ。

 

 先週はカゼにやられ鼻をぐずぐずやりながら宅庵に帰り、ほとんど寝て過ごした。良くなったところで東京に戻ったのだが、またぶり返してしまった。ダス・イスト・グーテとはいかないのだ。

 

 



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