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8月22日のおはなし「ロスタイム」

 店内の大画面を見るともなく見ていると“みしぇる”が「わたしサッカー嫌い」とつぶやいた。ワールドカップが近いせいか、以前ならサーフィンの映像とかを流していたような店でも、みんな「W杯名勝負集」みたいな映像を流すようになっている。その方が話が弾んだりするんだろう。よくわからないけど。

「サッカーが嫌いだって? うっそだあ。4年前はユニフォーム着てスクランブル交差点で知らない人と抱き合ってたじゃない」

 ツッコミを入れても“みしぇる”は笑いもせず、「だって嫌いなんだもん」と手元にぽとんと声を落とす。また始まった。十中八九これは愚痴の始まりを告げる合図だ。それも恋愛ネタの。それもさほど深刻でない。つまり聞いている側からすると最も盛り上がらない話だ。聞かされたくないのでわざと相づちを打たない。でもそんなことにめげる“みしぇる”ではない。

「“どろしー”のところはどうなの」
「どうなのって、何が?」
「うまく行ってるの? ほら“きーす”とさ。イケメンギタリスト君とさ」

 いつから日常までハンドルで呼び合うようになったんだろう? 名前だけ聞いていたらどこの国の人たちかと思うがばりばりドメスティックな日本人ばかりだ。だからわざと本名で呼んでやる。

「『みづえはどうなの?』って聞いてほしいんだろうけど聞かないよ、あたしは」
「そうかうまくいってるんだー。うちはダメだなあ。だいたい『気分で言えば3トップ』って何?」

 効き目ナシだ。もう愚痴大会始まってるし。しかも何を言っているのかさっぱりわからないし。

「『今晩は気分で言えば3トップなんだ』とか言われてあたしはどうすればいいわけ」

 それを聞かれたわたしはどうすればいいのかを聞かせて欲しい。

「47歳なわけよ」
「はあ」
「2つ上なわけ」
「そうだよね」
「それをさ、『この辺の1、2歳はロスタイムみたいなもんだからぼくはまだ45歳さ』とかいうわけ」
「ははあ」
「そういうのって頭に来ない?」
「頭に……意味わかんないし」
「いちいちサッカーで喩えんじゃねーよ!って思うわけ」

 ああ。そういうこと。それでサッカーが嫌いなんだ。

「まあ、わかんなくもないんだけど」
「気が利いてることを言っているつもりなのよ、あいつ」
「気が利いてなくもないんじゃない?」
「頭に来るのよ、そういうのが!」
「じゃあ何で付き合ってるのよ」いい加減いらいらしてきてわたしは遮る。「そんなに頭に来るなら別れたらいいじゃない」

「そいつはおかしいな」たったいままで眠っていたはずの“いのの”がむっくり起きあがり言い放つ。「おれたちがみんな45で死ぬことになっているならまだ意味がある。45より先はない世界ならロスタイムを足す意味がある。でもおれたちはフツーに46にもなるし50にもなる。なあにがロスタイムだ」
「屁理屈はいいから」とわたし。「“いのの”は寝てな」
「でしょでしょう?」と“みしぇる”。「なあにがロスタイムだ!よねえ」

 “いのの”説に食いついてしまった。ちらりとわたしはケータイの時計を見る。確か2時間で追い出されるはずなのに、まだ店員から声がかからない。時間はもうとっくに過ぎてるのに。ロスタイムなのに。きっとお客が少ないんだろう。

「そういうにわかサッカーファンに限って!」と“いのの”が吼える。「イエローカードとかレッドカードとかやたら口走るんだ」
「そうそうそうなの」と“みしぇる”ははしゃぐ。「ねえどうにかしてよ、あいつ」
 どうにかしてほしいのはこっちだよ。早くロスタイム終了しないかな。

(「ロスタイム」ordered by helloboy-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

奥付



ロスタイム


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著者 : hirotakashina
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