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1

カーテンから朝の日が差し込んでいる。

「んんん・・・」

短めの黒髪が毛布から覗く。

「ふう」

彼女は目を覚ますと、ゆっくり上体を起こした。夏はいつも全裸で寝ている大胆な彼女。セクシーな肩が見える。一人暮らしだが、さりげなく毛布で胸を隠す姿が色っぽい。

「朝かあ」

髪を軽くいじると、彼女はベッドから下りた。朝起きると、最初にやることは入浴だ。裸のままバスルームへ行き、シャワーを出してお湯加減を見る。

 

姫矢千里。24歳。刑事課で勤務する警察官だ。

本人は否定しているが、冒険心旺盛で警戒心皆無な性格が功を奏し、危ない橋を渡っていくつもの危険な事件を解決している。

すました顔でシャワーを浴びる。スリムなボディ。見事な脚線美。きょうは早めの出勤をしなければならない。係長が皆に見せたいテレビ番組があると言っていた。

それは催眠術師がゲスト出演する朝の番組だ。

神上禁千。 Kamijou Kinsen.

名前からして怪しげで本名かどうかは定かではないが、最近注目されている催眠術師だ。

カットのきかない生放送で催眠術を実演する。千里は、どうせやらせだと興味はなかったが、係長が見せたいと言うからには、何か仕事と関係しているのかもしれない。

「ふう」

千里はバスルームを出て髪と体を拭く。彼女は朝食を済ませると、部屋を出た。

 


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2

刑事課では、坂本係長がテレビに見入っていた。

「始まるぞ。みんなの意見も聞きたいんだ。目をこらして見てくれ」

長身で短髪の坂本係長が真剣に言った。テレビ画面には31歳のベテラン美人アナウンサー・平杉由果理が映る。

「きょうのゲストは催眠術師の神上禁千さんです」

爽やかな笑顔で語る平杉アナ。カーテンの向こう側には、すでに神上禁千がスタンバイしている模様だ。

観客もざわめく。

「何か、緊張しますね」平杉アナが言った。

スタジオには、女子アナのほかにキャスターやレギュラーなど男女数人がいる。

立ってテレビを見ているベテラン刑事の井原久雄が、感嘆しながら呟いた。

「いつ見てもキレイだね、平杉アナは」

「どこ見てるんですか井原さん」隣で見ている三上紗弥可が、画面を見ながら言った。「女子アナじゃなく催眠術師を見るんです」

三上紗弥可は、肩までの髪に軽く触れた。彼女は平杉アナと同世代だが、全く負ける気がしないどころか、若い千里よりもルックスでは勝っているという自負心がある。

「三上はどう思う?」坂本係長が聞いた。

「催眠術は実際にありますが、かけられまいとする人間に催眠術をかけることは無理です」

「全部やらせだろ」井原があっさり言った。

「いえ、催眠術にかかってみたいという人は、かかりますよ」

紗弥可が真顔で言うと、井原が笑いながら反論した。

「そんなの、かかったうちには入らないだろ」

 

 

 


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3

井原が調子に乗る。

「かかってたまるかって女を裸にしたら信じてやるけどな。ハハハ」

紗弥可が怖い目で睨む。井原は目を合わせないようにテレビ画面に見入った。

「59歳のベテラン刑事がセクハラですか?」

「年齢は関係ない」

坂本係長が皆に言った。

「お、出てくるぞ」

男の刑事の川口もイスにすわってテレビを見る。興味なさそうな顔だ。川口の後ろには千里。

カーテンが開き、いよいよ神上禁千が姿を現した。怪しげな音楽がスタジオに流れる。黒と金と赤の派手な中国武術のような衣装を身にまとい、堂々と登場する神上禁千。

プロフィールは45歳になっているが、そのくらいに見える。髪は短く、部分的に緩いパーマがかかっており、ルックスは普通だが、目はすわっていた。

私生活を一切見せないし、過去の経歴も語らない。しかし、必要以上に神秘的に見せる演出もなく、喋り方もごく普通の男性だ。

いくら過去や私生活を隠しても、だれかが調べようと思えば調べられてしまう。無名ならともかく、有名になると、いろいろとマスコミは嗅ぎつける。つまり、そう隠し通せるものではない。

80年代ならともかく、これだけネットが普及した時代である。芸能人の私生活を暴露する人間も多いし、今の時代はミステリアスな演出を保つのが難しい。

ところが、不思議なことに、同じ催眠術師やマジシャンの間でも、神上禁千を知る者は一人もいなかった。

本当に忽然と出現したような男なのだ。

 

 


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4

神上禁千が口を開いた。

「きょうは皆さんに、悪用厳禁の催眠術をお見せしましょう」

「悪用厳禁?」平杉アナが白い歯を見せた。

「はい。好きな女性を虜にしてしまう禁断の催眠術です」

そう言うと、水色のセクシーな水着を着た若い女性が現れた。と同時に床にマットが敷かれた。

「お、朝からいいねえ」井原が満面に笑みを浮かべた。

「井原さん、それでも刑事ですか?」紗弥可が絡む。

「刑事である前に人間だ。だから事件を解決することができる」

「強引ですね」川口が笑った。

「おい、みんな真剣に見ろ。あとで意見を聞くぞ」坂本係長が言った。

テレビでは、水着の女性がマットに仰向けに寝た。何と大の字の格好で、両手両足を広げた。朝の番組にしては刺激的なシーンだ。神上禁千は、緊張の面持ちの彼女に話しかける。

「まずは、彼女の手足を拘束してしまいましょう」神上は両手を彼女の体に向ける。「私に手錠は必要ありません」

すると水着の女性は、「あっ」と声を出したあと、照れたように真っ赤な顔をしてもがいている。

「これで彼女は動けません」

「え?」平杉由果理は、驚いた表情で水着の女性に聞いた。「動けないんですか?」

「はい。全然ダメです。ホント、手足をベルトで固定されている感じです」

「嘘」由果理は嬉しそうな顔で笑った。

 

 

 

 


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5

神上禁千は、穏やかに話した。

「彼女は私のアシスタントです。説得力に欠けるでしょう」

神上が左手を出すと、術が解けて水着の女性は上体を起こした。

男のキャスターも水着の女性に興味深く聞く。

「どんな感じですか?」

「あの状態で変なことされたら困りますね」

深夜番組のような空気に紗弥可は顔をしかめたが、井原は笑顔だ。

神上禁千は、観客席を見渡した。

「お客さんの中で、かけられたいという方はいますか?」

皆は下を向いた。指名されたら困るので、神上と目が合わないようにしている。

予想通りだったらしく、神上はほくそ笑むと、平杉由果理を見た。

「では、平杉アナに実演してもらいましょうか?」

「え?」由果理は驚くと、即否定した。「あたしはやりません。そういうことは」

神上がじっと平杉由果理を見すえて迫る。

「あなたは、催眠術がやらせだと思っていますね?」

「思ってません、思ってません」彼女は慌てて両手を振った。

思っていても、催眠術師本人の前では、怖くて言えない。特に神上禁千のように自信満々に迫って来る催眠術師は怖いものだ。

絶対にやらせだという確証はないし、万が一にもかけられて、変な意地悪をされたら困る。つまり、やらせと言ったお返しに生放送で恥でもかかされたら大変だ。

 



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