遠くの光に踵を上げて
| 作者 | 瑞原唯子 | 状態 | 完成 | ||
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| カテゴリー | 小説・ノンフィクション (ファンタジー, 恋愛) | 価格 | 無料 | ページ数 | 98ページ |
| タグ |
ファンタジー学園年の差親子 |
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アカデミーに通う18歳の少年と10歳の少女の、出会いから始まる物語。
少年は、まだ幼いその少女に出会うまで敗北を知らなかった。名門ラグランジェ家に生まれた少女は、自分の存在を認めさせるため、誰にも負けるわけにはいかなかった。
反発するふたりだが、緩やかにその関係は変化していく。
少年は、まだ幼いその少女に出会うまで敗北を知らなかった。名門ラグランジェ家に生まれた少女は、自分の存在を認めさせるため、誰にも負けるわけにはいかなかった。
反発するふたりだが、緩やかにその関係は変化していく。
1. 出会い
「おい、もっと急いで行こーぜ」
少年が待ちきれないといった様子でもうひとりの少年を急かす。急かされた方の少年は足取りが重く気が乗らないようである。
「いいよね、ジークは」
深くため息。そしてわざとらしいくらいがっくり肩を落としてみせる。しかしそんな様子もまったく気にとめることもなく、ジークと呼ばれた少年は、もうひとりの少年——リックの腕を掴み引っ張っていく。そして、角を曲がったところで人だかりが目に入った。
「ほら、おまえがトロトロしてるからもう始まってるだろ!」
その語調に興奮をのぞかせながら、より強くリックの腕を引っ張り人だかりへと急いだ。
「ちょっとすみません」
そういうとジークは行儀悪く人だかりの山をかき分け中へ進む。リックは周りの人々の冷たい視線を感じ、小さくなりながら、引っ張られるままついていった。その人だかりの中心にはさほど大きくない紙が貼り出されていた。
「王立アカデミー魔導全科・合格者(成績順)」
その紙のいちばん上にはそう書いてある。この王立アカデミーとは国中から優れた人材を見つけだし育成する目的で設立された、学費等すべて免除のアカデミーである。募集数も少ないため当然毎年ものすごい倍率で、ちなみに今年は183倍であった。そうなのだ。ジークとリックのふたりは、今年この試験を受けたのである。そして、その結果が目の前に貼り出されている。リックはおそるおそる顔を上げ、下から名前を見ていった。
「……ったーーー!!!」
片方の手で自分の名前を指差し、もう片方の手でジークの服を強く掴み、辺り中に聞こえる声で叫んだ。
「あったよ! 受かったよ!! しかも最下位じゃない!!」
そう叫びながらジークの服を上下に揺さぶり続けた。が、ジークは無反応。リックはそのことに冷静さを取り戻した。嫌な予感、妙な不安を抱きつつジークの顔をゆっくりと振り返る。その顔は一点を見つめ、口を半開きにしたまま、微動すらしない。リックはジークの目線を辿って合格発表の紙に目をやる。その瞬間、深く長く、ため息をついた。
「なんだ、受かってるじゃない。驚かさないでよ」
安堵の表情で、ジークの頭に軽くこぶしを入れる。それがきっかけで我を取り戻したのか、リックに向き直り、勢いよく訴えかけた。
「オレ、トップじゃねぇんだよ!! それも負けた相手が女だぜ!! なんでだよ!!! 信じられるか?!!」
彼には絶対にトップをとる自信があった。今まで誰にも負けたことがなかったのだ。傍からみればばからしくみえるが、ジークにとっては「初めての敗北」であり一大事なのである。しかも、その相手が「女」であることに、彼はさらに衝撃を強めていた。
「男が女より優れてるなんて、誰が決めたの?」
背後から、凛とした声がした。その声には明らかに不愉快さが滲み出ていた。
「誰だよ」
ジークも負けないくらいに、不愉快さを滲み出させて振り返る。しかし、声の主らしき人物は見当たらない。
「どこを見てるのよ」
声と同時に、踵に何かが当たったような感触。ジークは背後の、自分の真下に近い位置を見下ろした。そこには、いた。自分の腰ほどの位置に頭のある、小さな女の子が。黒い、大きな瞳でじっと睨んでいる。
「ガキが口を出すことじゃねぇだろ。こんなところに来てないで、うちに帰れよ」
多少驚いたものの、子供とわかって軽くあしらうつもりだった。だが——。
「私はアンジェリカ=ナール=ラグランジェ。あなたを負かせた女よ」
そう。「ジーク=セドラック」と書かれた上に唯一ある名前、それが「アンジェリカ=ナール=ラグランジェ」であった。
2. アンジェリカ=ナール=ラグランジェ
私の名前は、アンジェリカ=ナール=ラグランジェ。この国では名門といわれるラグランジェ家の一人娘として生まれた。
母は王妃に仕える王宮魔導士、父はこの国を支える高官。世間的には立派な両親も、私に対しては普通の父親、母親でいてくれる。魔導の勉強を強要することもなく、わたしのやりたいようにすればいいと言って、いつも笑いかけてくれていた。私はそんな両親が大好きだし、毎日がとても幸せだった。ただひとつを除いては。
ラグランジェ家の分家、つまり親戚のひとたち——。
親戚たちは両親のこと、そして私のことも毛嫌いしているようだった。
「どうしてこの子だけ、髪も瞳も黒いのかしらね。不吉だわ。呪われている」
顔をあわせるたび聞かされるセリフ。私がもっと子供のときはわからなかったけれど、次第にそこに含まれている意味もわかってきた。つまり、私の両親をはじめラグランジェ家の人間すべての瞳の色は、濃い薄いの違いはあれ例外なくブルーなのだ。ただひとり、私を除いては……。
「あなたは何も心配することはないわ。」
両親は穏やかに私を抱き締める。心地よい安心感。私のことで親戚の人たちになじられても、父も母もまったく動じない。だから、私も気にしないようにしている。
だけど、このまま、言われるままというのは、くやしすぎる。どうにかして私のことを認めさせたかった。誰にも何も言わせないようにしたかった。そうするためには、方法はひとつしかない。
魔導の力を見せつけること——。
ラグランジェ家では魔導が何よりも優先する。父や母に匹敵するだけの力を付ければ、きっと認めざるを得ないと思うし、それに本当の子供であることも証明できるはずだ。魔導の力は遺伝に依るところが大きいらしいから……。
そのためにはどうすればいいか。考えた結果が、王立アカデミーである。
わざわざ王立アカデミーに入学しなくても、私が望みさえすればいくらでも魔導の教育は受けられる環境にはあった。王立アカデミー受験を決めたのは、私の力をはっきりとした基準で示したかったから。最年少で、トップで合格すれば、とりあえず第一段階はクリアできる、そう私は考えた。
だから、私は必死で頑張った。両親に心配されるほどだった。毎日、朝早くから夜遅くまで勉強し、魔導の力もつけていった。
そして、王立アカデミー受験を決意して一年、私は見事、最年少・トップ合格を果たした——。
3. ジーク=セドラック
俺の名前は、ジーク=セドラック。平凡なごく普通の家庭に生まれた。
父も母も魔導の力はないはずだが、なぜか俺には生まれついて魔導の力が備わっていた。父と母にとって、俺は自慢の息子だった。魔導はもちろん勉強でも運動でも、誰にも負けたことはなかった。「1番」は俺の指定席だったし、そこにいることは当然だった。誰かに明け渡すことなど考えもしなかった。そう、あのときまでは……。
家が裕福ではなかったため、本格的に魔導の勉強をするためには学費免除の王立アカデミーへ入るしか選択肢がなかった。いや、この選択肢だけで十分なのだ。王立アカデミーは間違いなくこの国でトップの学校だし、そのうえ学費免除ときたら不満なんかあるはずがない。俺は高校卒業後の進路に王立アカデミーを選択した。それは、俺にとっても、周りにとっても、ごく自然なことだった。
俺の高校から王立アカデミーを受験したのは、俺とリックの二人。リックは俺がただひとり友達といえるヤツだ。
俺は他人にはあまり関心がなかったし、周りも俺に一目置いている風なところがあったので、高校に入るまでは特に仲の良い友達もいなかった。別にそれで構わないと思っていた。そんな俺が高校に入って出会ったのがリックだ。皆が俺を遠巻きに見ているなかで、あいつだけは人懐っこく話し掛けてきて俺の行く先々にくっついてきた。初めのうちは変なやつだと思って適当にあしらっていたのだが、そのうちいつの間にか、一緒にいることが当たり前のようになってきた。俺もこういうふうに話し掛けてくれるのは嬉しかったのかもしれない。俺たちが友達といえる関係になるのにそう時間はかからなかった。俺たちはまったく正反対な性格だったが、それだからこそ上手くいったのだろう。
リックは見かけによらずできるヤツだった。成績は当然俺がトップだが、リックはたいてい俺の次、2番だった。それに魔導の方も、俺には及ばないがかなりできる。「ジークと一緒に王立アカデミーに行く」というのがリックの口癖だった。王立アカデミーに受かるかどうかは正直怪しいところだったが、それでもリックの決心は変わらなかった。
結果は……。リックはなんとか合格。俺は……。トップを信じて疑わなかったのに。それも、まさかあんな小さな女の子に負けてしまうとは……。俺の初めての挫折にしては厳しすぎた。免疫の無い俺の心にはこたえすぎるくらいこたえた。楽しいはずのこれからのアカデミー生活は、おかげで真っ暗だ。
4. セカンド・インプレッション
ジークは合格発表の日以来ずっと落ち込んでいた。小さな女の子に負けたことがよほどショックだったらしい。遠くを見て溜め息をつく日々が続いた。両親もリックも、こんなジークを見るのは初めてで、どう対処してよいものやらわからなかった。下手に慰めの言葉を掛けてもよけい傷つけるだけだろうということは想像がついた。
そうこうしているうちに王立アカデミーの入学式の日がやってきた。
「ジーク、急がないと遅れるよ!」
リックが玄関口でジークを急かす。しかし出てくる気配はない。
「ジーク!」
もう一度呼んでみるが返事が返ってこない。リックに不安がよぎる。しばらく待っていたが一向に出てくる気配がないので勝手に上がり、ジークの部屋のある二階に向かう。部屋の戸は開け放たれていて、ジークはその部屋のまん中に座っているのが見えた。リックからは背中しか見えないので、その表情までは察することはできない。しかしリックには、ジークの背中に暗い影のようなものを感じた。
「ジーク、まさか行かないなんて、言わないよね?」
「……」
「ジーク?」
「……ばーか。なにいってんだよ。せっかく合格したのになんでフイにしなくちゃいけないんだよ。それに、いつかあのガキにギャフンと言わせなきゃな」
そう言うとリックの方を振り返り、ニヤリと勝ち気な笑みを浮かべた。それを見てリックは安堵するとともに、怒りが込み上げてきた。
「だったら、そんなにゆっくりしてる場合じゃないよ!! ホントに遅れるよ!!」
ジークとリックは全力疾走でなんとか間に合った。
「せっかくの入学式にこんなヘトヘトになるなんて、もう……」
ぐったりした様子のリック。それとは対照的に息の乱れていないジーク。
「おまえ、体の鍛え方が足りないんだよ」
自分のせいでこうなったことをわかっているのかわかっていないのか、平然と言い放つ。リックは、はいはいといった感じで聞き流す。こんなことにいちいち腹を立てていてはジークの親友はつとまらない。
全員揃ったところで、入学者は並ばされることになった。その並び順は、入学試験の成績順であった。ジークにとっては再びの屈辱であるはずだが、ふっきれたのかふっきろうとしているのか、表情には出さなかった。魔導全科の20名がいちばん前、横一列に並ぶ。その後ろに他の学科の生徒たちが並ぶ。ジークの右隣には、アンジェリカがまっすぐ前を見て立っている。ジークは横目でその様子をじっと見ていた。なにか決意を秘めた強い瞳、しゃきっと伸ばした背筋。この小さな女の子が、なぜか大きく見えた。ジークは視線を前に移した。
「なぁ、おまえ」
小さな声で呼び掛けた。アンジェリカは自分のことだと気付いたのか横のジークを見上げる。ジークは前を向いたままで続けた。
「小さく見えるけど、何歳なんだ?」
アンジェリカも前を向き答えた。
「10歳」
実はこう見えても18くらいだったりして、とちょっと期待を込めて尋ねたが、やはりというかあてが外れた。
「そうだよな」
ジークは自分の悪あがきに苦笑いした。アンジェリカはそんなジークをいぶかしげに見上げた。そして思い出したようにはっとして言った。
「私、アンジェリカって名前があるの。おまえなんて言わないで!」
一生懸命そう言うアンジェリカを見ていると、ジークはなぜだか笑えてきた。そんなジークに不満たっぷりのアンジェリカは頬をふくらませる。
「わかった、わかった。アンジェリカ、だな」
そして、一息おいてさらに言った。
「よろしくな」
その言葉は、自分でも驚くくらいあっさりと口をついて出た。煮え湯を飲まされた相手にこんな言葉を掛けるとは、自分でも意外としかいいようがなかった。
5. 彼女のペース
入学式の後、それぞれの学科ごとに教室に連れられていった。魔導全科の教室は人数の割には広く、ロッカーもひとりひとり与えられていて、そこそこ快適だといえる。
「じゃあ、先生がくるまでここで自由にしててね」
教室まで案内してくれた女性(おそらく先輩)が、にっこり微笑んでそういうと手を振って教室を出ていった。
「ジーク、あの人もここの学校の人かな? 歳も僕達と同じくらいみたいだったし」
リックは案内してくれた女性の後ろ姿を指さしながら、興味ありげに話しかけてきた。
「そうかもな」
ジークは面倒くさそうに、ぶっきらぼうに答えると、近くの机に腰掛けた。ジークは自分の興味のない話題に対しては、いつもこんなふうに面倒くさそうな生返事をする。リックはそのことをよくわかっていたので、これ以上この会話を続けようとしなかった。こういうリックだからこそ、ジークと上手くやってこられたのだ。
他の人たちはそれぞれ自己紹介を始めているようだった。やはり目立つのか、アンジェリカのまわりには特に多くの人が集まっていた。ジークは横目でその様子をうかがっていた。アンジェリカは笑いながら、集まってきた人たちと楽しく会話をしていた。
「あの子、あのラグランジェ家、それも本家の一人娘だって。やっぱりすごいよね」
リックはジークの視線の先に気付いて、アンジェリカの話題を持ち掛けた。
ジークははっとした。言われてみれば、ラグランジェといえば名門中の名門だし、ミドルネームがあることからも違和感は持っていた。名前を見たときにどうして気付かなかったのだろうとジークは思った。気付いたからどうというわけでもないのだが、気がつかなかったということ自体が、ジークにとっては情けなく、そしてくやしかった。やはり自分は完璧でなければならないという気持ちが、彼の中にはあるようだ。
あらためてアンジェリカの方に目をやった。その瞬間、二人の視線がぶつかった。ジークは一瞬、驚き、慌てて視線を外した。すると、アンジェリカは自分を取り囲む環を飛び出し、まっすぐ彼の前にやってきた。
「なんだ?」
その声にはまだ多少の動揺が感じ取れる。
「椅子があるのにどうして机の上に座っているの?」
挑発的な笑みを含みつつ、アンジェリカが上目遣いで問いかける。吸い込まれそうな、大きな漆黒の瞳。その様子にジークはまた少し動揺を大きくする。
「俺の勝手だろう」
動揺を悟られないようにアンジェリカから視線を逸らせながら答える。
「行儀が悪いわよ。降りなさいって。ほら!!」
アンジェリカは、そう言いながら彼のふとももをはたいた。予想外のことに驚いて、ジークは座っていた机から半分ずり落ちるような格好になった。
「いてーな!! なにするんだ!!」
大声でアンジェリカに突っかかっていく。だが、にっこりと笑う彼女を見ると、すっかり毒気を抜かれてしまった。なんだかわからないうちに、完全に彼女のペースに巻き込まれてしまっていた。



