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25分前

「でもね、これも初めて話すんだけど。私ね、その孔雀のことが、今でも忘れられないの。忘れられないっていうか、いつも、そのイメージを持ち続けて生きているの。働いてる時、電車に乗ってる時。何をしていてもね。頭の片隅にその片鱗があるの。特にあなたと寝てる時、私、いっつも孔雀が羽根を広げてる姿を思い浮かべているのよ。そしてそれを上手くイメージできればできるほど、私はそのとても興奮するの。知らなかったでしょう? 知るはずないわよね。そういうのが、どうして起こるのかは分からない。ただ、起こるのよ。」
 直樹は口に含んだコーヒーを、思わず吹き出しそうになった。彼女がそういう風に、セックスについてあからさまに話すのも、初めてのことだった。どちらかと言うと、そういうことに関しては、淡白な方なんだと、直樹は思っていた。
「…そう、ええと、なんて言ったらいいか。それは、その、
オーガズムを感じるってことかい? 孔雀のイメージで?」
「そう。そういうこと。」
「じゃあ君が毎回
イク時に、君の頭の中では孔雀が羽根を広げて、ブルブルと音を立てているわけ?」
「そう。そういうこと。どうしてかなんて、聞かないでね。」
 直樹は、もう一度美奈を見た。彼女はどうしてかは分からないが、少しも恥ずかしがってなどいないようだった。さっきと同じ、穏やかな笑顔を浮かべて、静かに直樹のことを見つめている。

20分前

「さあ、そろそろ行かなくちゃね。もう時間でしょう?」
「え? ああ、そうだね。そろそろ行かなくちゃね。」
 直樹は我に返ると、テーブルの隅に置かれた勘定を手に取り、席を立った。とても長い時間をここで過ごしたような気もするし、あっという間に映画の時間が来てしまったような気もする。孔雀の話を聞いて、直樹の時間の感覚は、まるで頼りないものになってしまったようだ。

15分前

会計を済ませ、店を出た二人は、銀座の方に戻り、映画館に向かっている。
 そこに行くには、以前直樹が勤めていた会社の前を通らなければならなかったが、もうそんなことは、何の気にもならない。映画好きな二人は、これまで何度もこうやって同じ映画を観てきた。きっとこれからだって、数えきれないくらいたくさんの映画を、一緒に観るのだろう。
 でも、それはあとどれくらいなんだろう? 直樹は、急にそれが知りたくなった。あとどれくらい、自分は美奈と一緒にいられるんだろう? そう考えると、急に直樹は怖いような、寂しいような気持ちになり、思わず前を歩いている美奈の手を後ろから掴む。
「あのさ」
「なに? どうしたの? 急に。」
「そんなに興奮するなら、家で孔雀を飼おうか?」
「ばか。」
 美奈はそう言って笑うと、少しだけ照れたような表情を見せた。そして直樹の手を引いて自分の方に引き寄せると、「さあ、行くわよ」と言って、歩き始めた。

10分前

銀座から無尽蔵に流れ出てくる人並みを、なんとか掻き分けながら、二人は映画館に向かっている。もう予告編が始まっているかもしれない。でも、あのコマーシャルだらけの予告編なんてどうでもいいんだ。本編はこれからだ。そうだ。
本編はこれからだよ。     
 直樹は美奈の手を離さないように、もう一度強く握り直すと。点滅し始めたスクランブル交差点に向かって走り始めた。
 「美奈! 渡ろう! 大丈夫だよ、まだ間に合うよ!」

—上映開始—

上映開始。



孔雀を飼う


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著者 : 青井鳥人
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