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窓の外をオレンジの光が流れていった。

 

私たちは、来た電車を次々に乗り継いで、東へ東へと向かっていった。

 

三時間近くも乗っていると、話すことも余りなくなってしまう。

 二人とも無口になっていた。でも、私は幸福だった。ずっと欲しかった宝物を

手にいれた。

 

 しかも、彼女の目の前でそれを手にし、彼女の手の届かないところに

連れ去っていく。

あの、偽りの家族とももうお別れだ。私は愛する少年とともに新しい家族を作るのだ。

 

過去が、オレンジの光とともに飛び去っていく。私は景の右手を握り続けた。

 

「あのさ、この夏休み、バイトしようと思ってたんだよね。」

 不意に、景が窓ガラスに映った私に話しかけてきた。さっきから思ってるんだけど、

これってすごい変。

 

「バイトかあ。どうして?」

 

 わたしも、窓に映ったいつもとは反対向きの彼に話しかけた。写像よりも

声の方が先に届くような気がした、不思議な感覚。

 

「稼いでバイク買って、千冬と二人で海に行こうと思ったんだ。

 ボク海見たことないし。」

 

もう、やだ!うれしいって思ったのがそのままガラスに映ってる。はずかしいよう。

 

「じゃあ、落ち着き先は海の近くにしようか。二人で捜し歩いて、

 気にいった所で家を探すの。」

「十代の男女が海辺の町で家探しなんて怪しすぎ。“雲とサンダルと猫”以上に

 ありえねぇ。」

「じゃあ、兄妹って事で。」

 

「どっちが兄、姉?」

「いいですー、どうせ私は見た目子供っぽいですー。お兄ちゃん頑張ってね。」

「お世話になります、妹様。・・・でも、千冬ってさ、案外胸あるのな。」

 

どさくさにまぎれて、耳に口つけて、なに言うかなあ!この不届きものー。

 

 長い長い闇の、ビルの谷底をはうように列車は走って、終着駅に到着した。

車内放送が“東京”という名前を連呼していた。


「千冬。こんな時間に予約も無しにこの二人じゃ、普通のホテルは泊めて

 くれないんじゃないの。

 すくなくともフロントで、すっごい、やな目にあいそうな気がするな。」

 

うーん、無計画に飛び出しちゃったし。

 駅のベンチに荷物を置いて、とりあえず仮の宿を決めようと、

彼とわたしは思案していた。

 

「ここはちょっと、覚悟を決めた方がいいんじゃない。

 インターネットカフェって、キモイ人たちと一緒になりそうだし、

 カプセルは別々になっちゃうし。あとは・・・。」

「景クン。わたし、一応お嬢様育ちなんだから、そういうとこ行くのって、

 かなり抵抗感あるんだけど。」

「そっか。そうだよなー。」

 

 とはいうものの、野宿するわけにもいかないし。今日は精神的にも疲れたし、

ベッドで寝たいなー。この街ちょっとこわいし。

 

覚悟決めようか。

 

「あ、あれいいかも。ケイタイで予約できるって。だめもとでやってみるか。」

 

駅の看板に、ビジネスホテルっぽいホテルの広告とアドレスが出ていた。

景クンはちょっと顔をしかめながら、忙しくキーを操作している。

 

「よく覚えられるね、あんなアドレス。」

「綴りで覚えてるわけじゃないからね・・・。ラッキー。ツイン空いてる。

 ラブホよりましだろ。」

もちろん、わたしはOKを出した。

 

 タクシーに乗っている間、そしてフロントで彼が鍵を受け取るまでの間、

わたしはずっとドキドキしていた。

 もし、宿泊を断られたらどうしよう。未成年者の男女二人づれは駄目だとか。

親と連絡を取るとかいわれたらどうしようと。

 

 わたしは出来るだけ顔を見られないように、後ろ向きでたって、

ちょっと身体をゆらゆらさせて、まあこんなことは日常良くあることで、

珍しくもないというふうを装っていた。

 

 でも、東京のホテルはいちいちそんなことは気にしないらしい。

きっと、良くあることなのだ。蒲生や葦原とは違うということだ。

 

彼はあっさりと鍵を受け取り、「1807」と短くわたしに告げた。

 

 ポーターなんて気のきいた者はいない。エレベーターにのり、廊下の両側の

部屋番を見比べ、カードキーを差し込む。

  少しあれって顔をした後、彼はドアノブを押し下げ、内側にドアを開いた。

灯りをつけ、カバンを放り出してベッドに倒れ込んで。

 

そして顔だけをこちらに向けて、

 「狭いけど、まだ新しそうだし、まあまあだね。」

といった。

「景クンお風呂に入ったら、さっきもそういってたでしょ。」

「うん・・・・。そうする。なんだかもう、くたくただ。」

 

彼はのろのろと身体を起こし、バスルームに向かった。

服を脱ぐ音がして、シャワーの水音が狭い部屋に溢れ出してきた。

 

わたしは、ボストンバッグの口を広げ、底で震えているケイタイを取り出した。

さっきから、何度も振動していたのを、ずっと無視していたのだ。

 

それは、養父と言う身分の男からのだった。


“千冬だな?”

 

「はい。」

 

“彼はなにしてる。”

 

「シャワー。」

 

“もう、話してしまったのか。”

 

「全部。」

 

“信じたのか。”

 

「多分。」

 

“死んでもらうしかないな・・小言は後だ。いまから人をやるから、

 部屋の鍵を開けなさい。”

 

「もう来てるの!」

 

“いってあるだろう。お前は監視されている。貴重な”完全体“のお前は、

 いつも監視されているんだ。

 お前が彼の家に行ったことも、電車で東京に行ったことも、そのホテルに

 チェックインしたことも、全部分かっている。”

 

「開けないといったら?せめてあともう一日。」

 

“駄目だ。情が募って彼を逃がされたりしたら大ごとだからな。

 急に人を手配するのも大変だったんだ。

 それとも、ホテルにぼや騒ぎでも起こそうか。”

 

逃げ場や言い逃れは不可能なようだった。

いや、それを一番よく知っているのは、“冬”の字を継ぐ私なんだ。

 

「・・・わかった。」

 

“いまは、これまで以上に見張られているんだから。変な気を起こして、

 この上面倒を増やすな。母さんは半狂乱になってたぞ。”

 

「あんな人、母親じゃないわ。」

 

  電話は、一方的に切られた。わたしがこのあとどう行動するか、考える前に

部屋のドアがノックされた。

わたしは震える手でドアを開けた。数人の男が入ってきた。

 

その中に見知った顔はなかった。

 

シャワーの音がやみ、彼が衣服を身につける音を部屋の隅で聞いた。

ノブを回し、ドアを開け、髪の毛を濡らしたままの彼が出てくる。

 

「あー、さっぱりした。千冬もは・・・誰・・。」

 

 “誰だ” と叫び切る間もなく彼は口を押さえられ、床に押し倒されて

両手両足を押さえつけられた。

 彼の右腕に慣れた手つきで注射器を刺し、透明な液体が血管に注入されるのを、

映画でも観ているように、わたしは座り込んで眺めて居るだけだった。

 

こう成る事は仕方無かった。

 

それは解っていた。わたしが希望したのは、もう少しだけ二人で居ること。

そんな些細な願いだった。

わたしは、ふらつく足で彼の側に近寄り、しゃがみ込んだ。

 

「千冬、どうして・・・。」

 

彼の意識は、すでに朦朧としてきているはずだ。

 

「景クン。こうするしかなかったの。・・・貴方をずっとわたしのものに

するために、こうするしかなかった。」

 

わたしは彼の手を握り、彼に許しを請うた。男達は、彼の手足を自由にした。

もう、暴れることすら出来ない。そんな力はどこからも出てこない。

 

「貴方を誰にも渡したくないの。」 

 

彼の瞼が、半ば閉じられた。

 

「こんなこと、しなくてもよかったのに・・・きみが、傷つくだけなのに・・・。」

 

彼は、握った左手に、残された力を込めた。その弱々しい信号を、わたしは

強く握り返した。

最後に彼は微笑んだ・・・と、わたしは思った。

 

己の罪と業の深さに、気が狂いそうだった。


十六才の夏休みだというのに、どうしてこんなに暇なの!

 

それというのもケイくんが千冬とくっついちゃったからだ。

仲直りのチャンスを逃がしちゃったじゃない。ああ、もうむかつく。

 

お姉ちゃんは“いわんこっちゃない”て冷たい目で見てるし。

 毎日エアコンの効いたこの部屋で、ぐだぐだしながら、わたしの青春は、

無駄に消費されていくんだわ。

 

お姉ちゃんは“今年だけだったらいいけどねぇ”なんていうし。

でも、本当に来年も再来年もこのままだったらどうしよう。

 

・・・本当にどうしよう。

 

どうしてかなぁ、彼以外には、ぴたっとはまらないんだよなぁ。

 ケイくんといると、ホントに気持ちいいんだ。それだけで自分の世界が外に

広がったような感じがして。

 

きっと、千冬もそうなんだろうな。

 

 朝顔に水をやって、洗濯を手伝って、浴衣の縫い方習って、庭に打ち水をして、

夕方買い物に行って、夏祭りに行って、夜店で金魚すくって、花火見て、

盆踊りにいって、ケイくんと手をつないで帰るだけでいいのに。

去年と同じコトしたいだけなのに。なんでかなあ。

 

 おっとっと、ケイタイなってますねー。珍し、タケダからだ。

 

Pi、っと。

 

「ミズエでーす。」

 

“落ち着けよ。”

「なに、いきなり。ぜんぜん落ちついてるって。もう暇で暇で・・・。」

 

“これから言うことを落ちついて聞けってことだよ。”

「はいはい、なんですか?」

 

“ケイが事故で死んだ。”

 

「・・・ちょっと、なにいってるかわかんない。」

 

“だから、ケイがバイクで事故って死んだんだ。”

 

「じょう・・・だんだよねぇ。それにしても、たちが悪いけど。

 ケイくんが死ぬはず無いじゃん。それもバイクなんかで・・

 そんな無謀な運転しないもん・・・。」

 

“気持ちはわかるけど、ケイの母さんから電話があったんだよ。

 明日葬式だから、来てやってくれないかって。

 冗談じゃないんだ。オレも信じたくないけど。”

 

「嘘。嘘つき。タケダの嘘つき!どうしてそんなひどいウソつくのよ。

 わたしになんか恨みあるわけ。ケイくんがわたしをほったらかして、

 死んじゃうはず無いじゃん。

 わたしだまされないからね。ぜーったいだまされない。

 葬式なんか行かないから。」

“ミズエ、頼むから落ちついてくれ。”

 

「もう切るから。バイバイ!」

“ミズエ!”

 

 嘘だ、そんなの嘘だ、なんでそんなに簡単に、・・・事故死なんて

やってくるもんか。

 

 そのあと何回か、ケイタイにかかってきたけど、わたしは無視して

出なかった。

でも、ぼろぼろ泣いてた。

 

・・タケダはそんな嘘をつくようなヤツじゃない。そんなことわかってる。


夕方になって、カンナがうちに来た。

 

 二階から階段を下りて、玄関にたっているカンナの顔を見たとたん、

もう誰も、あれは冗談だったんだよといってくれる人がいないことを悟って、

わたしは裸足のまま彼女にすがりついて、わんわん泣いた。

 

「衝突事故に巻き込まれたらしくて、漏れた油に引火して、それがケイにも・・・。

 でも気を失っていたから、痛みとかは感じないまま逝っただろうって。

 落ちてた財布の中の免許証から、彼だってわかったらしいの。」

 

「お通夜は?」

「県外だったし、遺体の損傷がその、・・かなり激しかったらしくって、

 だから向こうで彼のお母さんが確認した後、仮通夜して、もう火葬にしてしまって、

 明日は形だけのお葬式らしいわ。

 駅近の葬祭会館でやるっていってた。あたしがついていようか?」

 

わたしは首を振った。

 

「お姉ちゃんがついてくれると思うから。ありがとう、カンナ。」

 

「ちょっとは落ちついた?」

「うん。死んだら彼と一緒にいられるって誰かが教えてくれたら、

 今すぐにでも死んじゃえるぐらい落ちついてる。」

「駄目だよ、そんなコトしたら!」

 

「お姉ちゃんが、とっくに刃物隠しちゃったの。お母さんも台所に

 来るなっていうし。

 ・・・悪い冗談いってごめんね、カンナ。

 あんまりみんなが気を遣うから、いやになっちゃって。」

 

 カンナやお姉ちゃんや、お母さんがいる前ではわたしは平静に振る舞って

いたけど、一人になったときはぼろぼろだった。

 

その日はなにも喉を通らなかった。

 

次の朝も、なにも食べる気がしなかった。



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