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ドン!

 

「あ、済みません。急いでいたので、ごめんなさい。」

ハアハア。人にあたっちゃった。

 

「大丈夫?息きれてるよ。」

「はい、なんとか・・・・て、・・・景クン。」

 

何で前にいるの?

 

「千冬。今度ボクの前からいなくなるときは、

 完全にふってからにしてくれ。」

 

はあ、はあ、はあ、景クン。

やっと・・・つ、か、ま、え、た。

 

「歩ける? だいたい、ボクから走って逃げようって

 言うのが無謀なんだけど。」

 

 

 

「千冬、大丈夫かなあ。」

「さっきの人、コーヒーおいてっちゃったよ。」

 

「あの制服、有鄰館だよね。」

「頭いいんだ。」

 

「走るの速かったよねー。」

「ちょっと、いけてたよね。童顔ぽかったけど。一年かなー。」

「だよねー。」

 

「訳ありっぽいけど。」

 

 

「私、あの人知ってる、って言うかぁ、思い出した。」

「えー、セリーなんでー。」

 

「陸上の記録会で見たの。あの人長距離専門で、目茶苦茶速いのよ。

 ぶっちぎりで一着になったんだけど、それがさー、止まらないで

 最終ランナーがゴールするまで付き合ってさあ、

 失格になったんだよねー。」

 

「なにそれ、危ない人なわけ?」

「何で、止まらないんだって聞かれて、走りたいだけ走る主義

 だからって応えたらしいよ。

 記録会出るのイヤだっていったのに、先生に無理矢理だされて、

 じゃあ好きにするしって。」

 

「えー、私、そんなの想像できない、役員とかもいるんでしょ。」

「オマエどこまで走るつもりだ!って怒られて、彼しれっと“北海道まで”

 って言ったんだって。

 ま、これは私が聞いたんじゃなくって、そこの中学の人からの

 又聞きなんだけど。」

 

「千冬ってたしか、北海道から転校してきたんだよね。」

「そーかー、あんな知り合いがいたら、千冬も誰も相手にしないわけだ。」

 

「んだんだ。」

 

あー、ちょっと息が納まってきた。

 

「景クン聞かないの?」

「何。」

「なんで中学校の制服着てるんだって。」

 

「千冬が話したければ聞くし、そうじゃないなら聞かない。」

変わって無いなー、そういうとこ。

 

「私、一年間病気してダブっちゃったの。」

「そうかぁ、いまはもう大丈夫なの?さっき走ったりしたの、

 良くなかったんじゃないのか。」

「大丈夫、主に心の病気だったから。」

「そっか。・・・でも、なんか得した気分だ。」

「どうして?」

「千冬の中学生姿がみられたから。」

「それ、危ないおじさんみたいだよ。」

 

 でも、そういうふうに言われるとうれしい。つらいことも、

言葉一つで魔法のように楽しく変えてくれる。

変わってないよ全然、景クン。

 

「景クンに連絡とろうか随分迷ってて、さっきの子たちにもダブって

るって話はしてないの。」

 

「よしわかった。

 千冬とボクは昔近所に住んでいたけど、ボクがいじめっ子だったから

 それがトラウマになってて、逃げてしまったと。

 でもそれは子供にヨクアル、好きな女の子につい逆の行動をとって

 しまうという迷惑千万な愛情表現の一種で、今この再会の瞬間、

 過去は水に流して二人は和解した。」

「すばらしくご都合主義で、超うそ臭いね。」

 

「いいじゃん、嘘なんだから、どうせ。」

「誰も信じないよ、きっと。」

 

 

 

「へーそうだったんだ。すごーい。」

おいおい君達。

それで世の荒波を乗り切っていけるのか。

 

「千冬も良かったねー、満更でもなかったんでしょ。

 顔見たら分るよー。」

そんなあっさりと信じられてもなあ。

 

「コーヒー持っててくれてありがとう。」

「あ、どうぞ、どうぞ。ちょっとぬるくなってますよ。」

「大丈夫、大丈夫。走って、のどかわいちゃった。」

 

ごくっとな。

 

「ちょっともらっていい?」

はいよ。

 

「千冬、砂糖入りの紅茶じゃなかったっけ。」

「今は何でもいいの。のど、からからだから。」

 

“ひえー、目の前でかんせつキスだよー”

そっか、こいつら中坊だったんだ。ちょっと刺激がきついか。

 

「ありがと。」

すましてやがんの。ごくっとな。

 

「君らも飲む?」

「いえ、いいです。いいです。」

 

いてー!蹴られた。

 

「ちょっと、私の友達にそういうこと言わないでくれるかなー。

 私が恥かくでしょう。」

“上叢さん性格まで変わってない?”

「あ、ヤクシ。今のみなかったことにして。わたし、その、

 ちょっとって言うか、かなり舞い上がっちゃってるんだ。」

 

「千冬はどっち方面に帰るんだ。」

「景クンとは反対の方。だから一緒なのは駅までなの。

 でも、一度蒲生の方にも行って見たいな。

 短かったけど、すっごい想い出一杯だから。

 あの桜の木とか。今年も綺麗に咲いたかな?」

 

 ボクは頷いた。

 

 あれから毎年、桜の季節になると、ボクは一人であの桜を

見に行った。

そして一年一年の桜を、ケイタイに記録し続けた。

いつか千冬と再会することがあったら、それを見せてあげたいと

想っていた。

 

  彼女の友人達は、気を使って先に帰ってしまった。中には無理やり

引きずられるように帰っていった子もいる。

 ボクもついこの間まで中学生だったんだけど、随分違う世界に

来てしまった気がした。

 

「その制服は?」 

「有鄰館高校。」

「あ、進学校なんだ。」

「東京の大学に行こうと思って。」

「わたしも来年、そこ受けようなあ。飛び級とか無いかな。」

 

千冬頭良かったもんなあ、楽勝とか思ってるんだろうな。

 

「・・・ミズエちゃんは?」

早いな、もうちょっと近況の話とかしてからでどうですか。

 

「橘花女学院。」

「そうじゃなくて、どうなのって聞いてるんだけどなあ。」

やれやれ、。

「三月にふられました。」

「よしっ!」

 

 なんだ、そのガッツポーズは。むかつく。

 

「帰ってきてよかった。三年待ったかいがあったわ。」

「三年間、なにもなかったの?あっちにもいろいろと男子はいたでしょ。」

「男前のウッシーはいたけど。言葉が通じなかったの。

 しくしく・・・・。」

 

ボクは牛と同レベルか。

 

「ちなみに、あれは全部メス牛だぞ。」

 

駅が近くなってきて、ますます人が多くなってきた。

 

 この前に二人で歩いたのが、蒲生のすっごい田舎道だったから、

こうやって二人で、しかも制服なんか着て歩いてるのって、

すっごい違和感がある。

 

「えーっと、わたし映画とかみたいなー。“空とサンダルと猫” 

シネコンでやってるのです。」

 

はぁ? 突然なに?

 

「次の土曜日は、ヒマヒマなんだけどなあ。中学生は一人で

 出歩いちゃいけないって言われてるし。

 こっちに来て買ってもらったおニューのブラウス。

 1回も着ないうちに夏になりそうなんだなー。」

 

はいはい。

 

「何時?」

「え、付き合ってくれるの、悪いね景クン。

 例え独り身だといえ、景クンもいろいろ用事有るだろうし。」

独り身は余計だっつーの。

 

「じゃあ十時にマルエイ前の広場で!それでいいか?」

「やだー、景クンなんか怒りっぽい。昔はほんとに優しかったのにぃ。」

「千冬こそ、なんだか言葉に険があるんじゃないか。」

「そんなことないよ。・・・いやあるかなぁ。あるかも。

 さっき言った心の病気の話ね。

 あれ、こっちに帰りたい病だったの、ジツワ。」

 

 コッチニカエリタイビョウ?

 

「ちょっとした登校拒否なんだ。

 蒲生に帰りたい、帰れないなら学校行かない。

 そういうことやってたら、本当に身体の調子がおかしくなって、

 一年間棒に振っちゃった。

 大変だったけど、帰って来れて良かった。蒲生じゃなかったけどね。

 この辺りが微妙な確執と妥協なんだよ。おかあさんとの。」

 

大変さだけはわかった。多分。それ以上は当事者しか無理。

 

「そこまでして帰ってきたのに、景クンてば冷たいんだもの。

 “千冬逢いたかったよ”とか言うかと思えば、

 “今度消えるときは、完全にふってからにしてくれ”だって。

 それじゃあ私、帰ってきた意味無いよ。」

 

「悪かった。」

「それだけ?」

「あーそのー。千冬に逢えて嬉しい。」

「もう一声。」

 

ボクは、ケイタイを取り出して、写真を呼び出した。

 ボクが小学校の黒板の前でポーズを取って、タケダに

写してもらった写真だ。

 

「はいこれ。」

 

 千冬はその写真をじっと見て、

「このときが始まりだったんだ。多分。」と言って、

目尻をそっとぬぐった。

 

「そうだ。」

と彼女は言って、カバンに手を突っ込み、奥の方から何か取り出すと、

「じゃーん!」

といってボクの目の前につきだした。

 

「ケイタイじゃん。」

しかもオレンジ。なんでオレンジ?

 

「買ったの。」

「おー、すげっ。ねぇ彼女ー、番号教えてくれない?」

「んーとね。」

 彼女は、どっちかって言うとぎこちない手つきで、

操作を始めた。

 

うー、うー、うー、え、ボクのケイタイ?

耳につけて待ちかまえている。

 

「もう、見てないで、早く出てよ。」

「イヤ、ちょっと可愛いなと思って。」

“もう”、なんていいながら、満更でもなさそうだ。

 

「ハイ、中森です。」

「“景クン。”」

「ハイ。」

 

「”景クン、景クン、景クン、景クン。“」

「わかったって。」

 

「“ずっと、そう呼びたかったんだから・・・。”」

 

「お姉ちゃん。」

 

「なに?」

「また誰かに見られてる気がする。」

「気にしないの。」

「お姉ちゃん、よく二年間も耐えたよね。」

「馬や、牛に見られても別に気にならないわ。ずっと本読んでるし。」

 

 快速に乗っている間は、女性車両だからまだいいんだけど、

鴨田から蒲生までの普通に乗ってる間が気疲れするんだよなぁ。

 

「そんなに気になるんだったら、ケイくんにガードしてもらえば

 いいじゃない。」

「それはだめ。」

「あなたまだ仲直りして無いの?」

「もちろん。今度という今度は徹底的にやるの。今までとは違うって事、

 思い知らせてやる。」

 

「よくわかんないなー。徹底的にやるって別れるってことじゃないの、

 でもあなたの言ってるニュアンスってただの痴話げんかでしょ。

 知らないよー、誰か別の人にさらわれたって。」

「彼はそんな人じゃないもの。」

 

「まあ、そうね。どっちかって言うと地味だし。自分から女の子に

 声をかけるタイプじゃないし。

 遊びなれてる感じもしないし、イケメンてほどでも無いしね・・・。」

 

「そんなことないですぅ。ケイくんのよさは付き合ってみないとわかん

 ないんですぅ。

 すっごいやさしいんだから。」

「そこまでいっといて、別れるかなあ普通。」

「別れてないもん。」

「なんて言ったの。」

 

「・・・ケイのバカ、だいっ嫌い、二度と会わない・・・。」

 

「それで、独身を通してくれると思うほうがよっぽどおめでたいわ。」

 

はーあ、そうだよなー。

カンナとタケダは地元の高校に行っちゃったし、休み暇だなー。

 

高校に行ったらもっと華やかで楽しい生活が待ってると思ってたのに。

 なんていうのか、声かけられるのも、最初は面白かったけど、

もうウザったいんだよね。

 ねぇ、彼女ーとか。お茶しない、とか、みーんな同じなんだもの。

一緒に地球を守りませんか、ぐらい言ってみろって。

 

「ねぇお姉ちゃん。今度の休みさー、葦原行って遊ぼうよう。

 せっかく通学定期あるんだし。」

「そんなに退屈なの。しょうがないねえ、じゃあお茶ぐらい

 おごんなさいよ。」

「ぇえーそんなぁ。」

 

ハハといいアネといい、妹に容赦ないわ。

 

彼が東京の大学を目指しているのは知っていた。

その理由もうすうす感じていた。

だから私は彼に追いつこうと、行きたくも無い塾に通っていた。

 でも、彼は私が背伸びする以上に高いハードルをクリアしてしまい、

進学校に合格してしまった。

 

私は一人取り残された気がして、つい彼に八つ当たりしてしまったのだ。

 

でも、・・・私が選んだのは彼の学校と同じ駅にある高校だった。

 ここならまたいつか、せめて行き帰りぐらいをともに出来ると

思ったのだ。

 

 中学のとき、煮え切らない彼の態度にいらいらして、何度も絶縁を宣言して、

 ちょっと寄り道をしたりして、結局彼のところに帰っていった、

その延長のつもりだった。

 

私は過信していた。

彼が好きになれるのは、私と、そしてあの上叢千冬だけ。

 

そして彼女は、いまは遠い北海道にいる・・・と。


 こんなふうに、千冬が来るのを待っているのは、

あの春の別れの朝以来だ。

 

千冬はボクの姿を見つけると、以前のように小走りに駆け寄ってくる。

前髪の乱れを気にしながら、ちょっとうつむき加減に。

そんなにじっと見ないでとでも言うように、目をくりくりさせながら。

 

そしてボクはやっぱり、そんなに急がなくてもいいのにって苦笑する。

三年もの月日がたっているなんて、信じられない。

 

「お待たせ。」

「昔のまんまだね。」

 

 “空とサンダルと猫”は、実も蓋も無い言い方をすれば、

思春期の恋愛映画で、ボクは普段こういうのは見ない。

 

 とある海辺の町にすむ中学生の男の子と女の子。

二人は幼馴染でお互いが好きだった。

 

 そこへ、昔近所に住んでいて東京に出て行った、推定二十代の

お姉さんが帰ってきて、男の子はついふらふらと憧れてしまうわけだ。

 

 お姉さんは子犬でもあやすようにその男の子と戯れるのだけど、

まあ幼馴染の女の子にとっては面白くないわけだな。

 

 で、お姉さんはやっぱり田舎にはいづらくて、近所のおばさんとか・・・、

来たときと同じような荷物を持って、どこかに去っていってしまう。

バイバイ、ままごとに戻りなさいって言って。

 

 それでハッピーエンド?そんなわけは無い。もう二人の関係は、

もとには戻れないんだよ。

 

 女の子の穢れない、黒い瞳が男の子の不実を責めている、

ように男の子には(観客にも)みえるんだな。

 ここから先は映画には無いんだけど、ま男の子か女の子は

いずれここから出て行くと(お姉さんと同じように)

いう暗示を残して、終幕。

 

 この“空”と“サンダル”と“猫”っていうのは、海辺の町によくある

アイテムらしくて、どれが三人の誰を指しているのかは具体的ではなくて、

誰もが立場をかえればその、サンダルだったりするってとこだろうか。

 

 千冬は、途中で籐の手提げからハンカチを出して、

鼻をすする音をさせていた。エンドロールの間中、

彼女はボクの肩に頭を乗せてまだ少しぐすぐす、

そして“はあ”と溜め息をついた。

 

エンドロールが長い理由を始めて知ったよ。無意味に長いのもあるけど。

 

このあと、ボクたちは少し遅い目の昼食に向かう。

 

「地中海料理のすっごくおいしい店、知ってるんだけど、

 そこでいいかな。」

「どうして、景クンがそんなおしゃれな店知ってるの。」

「ま、いいからいいから。」

 

 ボクと千冬は葦原のアーケード街を歩いて、少し細い路地に入り込み、

アーケードと平行に並んでいる裏通りに出た。

 

「ここだよ。」

 

  ぼくは店を指さした。午後の高い日射しがまともに当たっている。

中は少し暗くて見えにくい。

観光客なら絶対入らない店。

 

「景クン。なんか“かき氷始めました”って書いてあるけど。」

「ホントだ、季節だねえ。」

 

「それに“よしず”まで、たててあるしどうみても地中海料理の店って言うより、

海の家って感じなんだけど。

 多分浮き輪やビーチボール貸します、って看板がおいてあって、

麦わら帽しかぶったおじさんがうちわで焼き鳥扇いでて、ねえ、

私、担がれてない?」

 

あー、上手いこと言うな。さすが“文学少女”。

 

ちょっと違うか?



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