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 卒業式が終わって、教室にもどって、ああこれで本当に

終わっちゃうんだって思いながら、窓の外を見てた。

 

「上叢、前にきなさい。」

先生がよんでる。

 

「ええ、上叢さんは、お父さんの仕事の都合で引っ越すことに

 なりました。だからみんなと同じ中学には進みません。」

 

 ええー!ウソー!と、クラスが騒ぎ出した。

 私は恥ずかしくて、目のやり場にこまって、結局、景くんの

ちょっと複雑そうな、困ったねーって顔と目があって、ほっとした。

 

「短い間でしたけど、ありがとうございました。明日にはこの町を

はなれます。みんな元気でね。」

といって私は席に戻った。

 

堀内さんが、

「黙ってたなんてひどいよー。お別れ会も出来ないじゃない。」

と言った。

「ごめんね、あまり大げさなの苦手なんだ。」

「どこいくの、どこいくの。」

「北海道。」

「いいなー、私もこの小さな町じゃなくて、そういうとこ行きたいなー。

 手紙頂戴ね。絶対返事書くから。」

 

 堀内さん元気だね。わたしも、もうちょっと、そういうこだわりの

無い性格だったら良かったな。

 あー、だめだめ、こら泣くなよー。

 

「もう、上叢さんがいなくなったら、誰がノート貸してくれるのよー。」

 

 今までで一番短かったけど、一番濃密な時間だった。

私はもう母さんのお人形さんじゃない。

 

“先生もう帰っていいですかー。”

“おーいいぞー、忘れもんすんなよー、みんな元気でがんばれ

 よなー。”

“先生も、早く嫁さんもらえよー。” 

 

もう、みんな好き勝ってなこと言ってる。

 

「千冬―。」 

景クン!

 

“わー千冬だって、やっぱつきあってたんだ、あのふたり・・・”

ははは、、、もうどうでもいいか、そんなの。

 

「ちょっとこっち、きてみ。」

 

 きゃー、恥ずかしいよう。で、どこ行くの。

非常階段?ドキドキ。景クンがドアを押さえて、通してくれた。

 

わっ、地球防衛隊が勢揃いしてる。

 

「カンナかっこいい。少女モデルみたい。」

「オレはオレは?」

「竹田くんは、やっぱりジャージの方がいいんじゃない。」

「オレもそうかとおもったんだけどなー。」

でも、似合ってる。かっこいい。

 

「じゃあ、わたしは。」

「ミズエちゃんはネエ。やっぱやめた、悔しいから。」

「なにそれー。」

 

「上叢引っ越すんだって、みずくせーよ俺たちに黙ってる

 なんてさー。」

「ごめんねー、わたしじめじめしたの嫌いなんだ。」

 

「ところがどっこい。まあ寄せ書きでもって話はあったんだけど、

 そんなダッセイことやってらんねー、っていうことで、

 日枝神社の交通安全のお守りにしましたー。

 引っ越しの時に事故に遭うなよ。」

 

「ごめんね、うちの旦那、字が下手なの気にしてるんだわー。」

「あっ!カンナどうしてそういうコト言うかなぁ。ったく・・・

 上叢みたいな可愛い子が、一緒の中学に行かないなんて、

 ありえねーよ。

 ・・うわ、いた、いた、いたたたたた・・耳が伸びる耳が伸びる。」

「じゃあこっち。」

「くひがひゃける、くひがひゃける。」

 

「わあ、ありがとう。なくさないようにポケットに入れとくね。」

「まあ、ケイくんのことはわたしに任せて、心おきなく北海道でも

 カムチャッカでもシベリアでも行ってらっしゃい。」

 

むっかー!

 

「ミーズーエーちゃーん。」

「きゃあこわいー。ていうことで、今日はあなたに譲るわ。

 卒業の日ってやっぱり特別なんだけど、ケイくんをお預けしマース。

 これで貸し借り無しよ。」

 

そんな貸し借り聞いたことなあい。

 

「じゃーねー、元気でねー。」

「うん、ありがとう。」

 

三人が去ったあと、手すりにもたれていた景クンが、そのままの姿勢で

「帰ろっか。」と言った。

 

「寂しい?見納めだね、ここからの眺めも。」

 校門脇の辺りでは、最後の記念写真を撮っている親子が、まだぐずぐず

している。

 

「いや、ここは寂しくない。こういうところ、きっとどこにでもあるから。

千冬と帰るのが、今日が最後なのが寂しい。」

 

 そういうこと、すらっと言っちゃうんだよなー、景クン。

 しかも、私とミズエちゃん限定なんだきっと。コミュニケーション取るの

へただもんね。

 

 

だから、余計に泣けてくるんだよ。

 

 アルバムとか、卒業証書とか、紅白まんじゅうとか、

結構荷物多いんだ。

私こんな荷物持つほどこの学校にはいなかったんだけど。

 ここで曲がるってコトは、景クンのスペシャルな帰り道に行くって

コトだよね。

 

「ヒバリが鳴いてる。」 

「え、どこ。」

「声しか聞こえないよ。ヒバリを見つけるのは難しいんだって。」

 

私は首が折れるほど空を向いて、鳥を探した。

 

「へえ。忙しそうだね、ヒバリ。」

 

 レンゲ、タンポポ、ヨモギ、ぺんぺん草、つくし、スギナ、

この水色の小さなのは、なんて花だろう。

景クンの左手、暇そうだなー。よいしょっと。

 

“おーてぇてー、つーないでー、野―みぃちぃをーゆーけーばぁ♪”

 

「一緒にうたおうよう。」

「やだよ、恥ずかしいよー。」

ふーんだ。

 

“みぃーんなー、かぁわぁいー、こーとりーにーなぁってー♪”

 

「あれだ。」

 景クンが見ている方向に、淡いピンク色の花束が立っていた。

 

「さくらだね。」

「うん。並木に一杯咲いてるのもいいけど、ああやって、野原に

 一本立っているのもいいだろ。」

「この間、桜は見れるんだろうって言ってたの、この桜のこと

 だったの?」

「そうだよ。これを見せたかった。」

 

 近づくと、それは家の二階ぐらいの高さのある桜で、幹にはゴツゴツ

としたコブや、枝折れのあとなんかもある古い木だった。

 

「キレイね。桜はもちろん綺麗な木だけど、この木には何か特別な

 ものって感じがする。

 誰にも寄りかからない、揺るぎない潔さのようなもの。

 咲くときも散るときも、一人で立って、一人で崩れ去る。」

 

「こいつって、千冬みたいだろう。」「景クンみたい。」

 

「あっずるーい、私が先に言ったんだからね。真似しないでよ。」

「真似してねーよ。だいたいこの桜を見つけたのはボクじゃないか。」

「あーあ、やだやだこんな細かいことにこだわるなんて、子供っぽーい。」

 

ん、景クンどこ行くの、そこで何するの?指で四角作って、

何?カメラマンのまね?

よーし、「ぶぃー!」

 

「あー失礼!わらうなんて失礼だよー!」

「心の印画紙にキミを焼き付けた。ずっとずっと忘れないように。

 なーんてね・・。」

「だっさー。良くそんなくさいこと言えるわよ。

 ださ過ぎて、もうーー、また泣けて来ちゃったじゃないの、

 景のバカー。」

 

 今日は笑って帰るつもりだったのに。まただよー。切ないよう。

こら、なでなでするな。年下のくせに・・・って、景クンは知らないんだよ。

 

時折吹く風が、花びらをはらはらと散らせた。

 

「うごかないで。」とケイクンがいい、私の髪についた一片の、

 花のしずくを取り除いた。

 私は、少し長くなった髪を束ねていた白いリボンをはずした。

 

・・・ゆっくりと。

 

 リボンと、この仕草をずっと覚えていて欲しかったから。

リボンをはずした髪は、ちゃんと肩にそうように広がって

いるだろうか。

 

 白いリボンを二つに折って、両手の平で彼の前に捧げもち、私は言った。

 

「このリボンをずっとずっと持っていて下さい。

 私があなたを好きになった記念として。」

 

 彼はリボンを右手で受け取ると、それを左手に持ち替えて、

胸ポケットの白いチーフを私に差し出した。

 

「このチーフは、キミへの感謝の印です。

 ボクを好きになってくれて、本当にありがとう。」

 

 桜吹雪が、私たちの周りを風にのって舞い、別れを祝福してくれた。

 

「私が遠く小さくなって、見えなくなるまでここで見送って欲しいな。」

別れ際に、私はもう一つだけ、彼にお願いをした。

 

 

 

 千冬は、明日のいつ発つとはいわないで、去っていった。

だから今日が本当のさよならだ。

 

 彼女が、れんげの咲く畑の中の道を、遠ざかっていくのを

ずっと見ていた。

 

振り返って、手を振る。

歩き出す。

また振り返って手を振り、歩き出す。

遠く、遠く、小さく。

 

ボクはなんてバカなことを言ってしまったんだろう。

 

“一緒に行ったほうがいい”だなんて、心にも無いことを。

分ったような顔をして・・・、ボクが本当に言いたかったのは

そんな事じゃなかったはずなんだ。

 

「千冬―!」

彼女が振り向いた。

 

「どこにもいくなー!」

 

彼女は大きく頭の上で手を振って、視界の中から消えていった。


七時四十分の電車が、こんなに混雑しているものとは知らなかった。

だいたい、電車通学なんてのが初めてだから。

 

五月でも蒸し暑くて、時々エアコンの音がして、これから梅雨とか、

夏になったらどうなるんだろうと思うと、結構気が重い。

 

 鴨田で快速に乗り換えて、葦原駅で降りる。改札を北に出たら、

歩いて約十分。

日当たり良好、夕方には西日ががんがん差し込む、私立有鄰館高校。

 

 この学校に入ったことが原因で、ボクはミズエに離縁された。もっとも、

ミズエに“離縁”されるのは大して珍しいことでもなくて・・・

いや、今その話はよそう。

今回も復縁するかどうかは分らないんだから。

 

 この年になって、こんなことを言うのは恥ずかしいのだけど、ボクの

独り言癖と人見知りは直らない。

 まあ、この学校はこの辺りでも指折りの進学校なので、友達づきあい

とかは余り気にする必要が無いといえば無い。

大体において、勉強が優先されるからだ。

 

“帰りにカラオケ行こう”とか誘うやつもいない。だからボクにとっては

気楽な部類に入る。

 

「はやいね、中森くん。」

 

 こら、その進学校にそぐわない超ミニスカートで俺の前に立つなよ、

相沢。

 

「習慣だから、小学校のときからの。」

「今日は、結構早く来たつもりなんだけどなあ。何時に起きてるの?」

「7時。」

「小学校のときから?」

「YES」

 

「夜更かしとかしないの?」

「するよ、寝るのは大抵1時か2時。」

 

“よっこらしょ”っていいながら座るのやめろよな。

 

「ふーん。それも習慣?小学校のときからの。」

「そう。FM聞いてるんだ。聞かないと、“きのうのFM聞いた?

 聞いてない。信じられないバカだね”とかいって、録音したMD

 置いていくやつがいたんでね。

 聞かないとバカ扱いされるんだよ。」

 

「なにそれ、へーんなの。あーん、彼女でしょ。」

「どうしてそうなる。」

 

 全く女って種族は、ふたこと目には恋愛なんだよな。

「あのね、普通分るわよ。他にありえないでしょ。へー彼女いるんだ。

 どおりで、私の脚線美に興味ないわけだ。」

 

へこみそうな話題。

 

「いないよ。この学校に入ったせいで、ふられたの。」

「普通、逆でしょ。えー有鄰館、すごいねーとか。」

「それは、もっとイケメンとかアスリートとか、もてる要素を

 持った男に言えることだろ。」

 

「謙虚ね。」 

「謙虚です。」

 

悪いか。

 

「中学どこだったの?」

「なーんで。」

「いいじゃん。」

「鴨中。」

 

“へぇー中森って鴨中だったの、オレ鴨三中。”

こいつ誰だっけ、印象薄いな。口突っ込むな。

 

「鴨中だったらさー、橘花女学院の“丘野”って知ってる?

 たしか鴨中出身だったと・・。」

ぶっ・・・なんでこいつの口から丘野の名前が。

 

「知ってたら?」

「紹介してくれよー。橘花(キッカ)の丘野姉妹って、この辺りの

 男子校生徒なら知らないものがいないってくらい超有名なのに、

 滅多にあえないって噂でさー。」

 

「無理、無駄、不可能。」

「どうしてー。」

「オレ、いまあいつと絶縁中だから。」

「なんだそりゃ、電気製品か?しけてんの。」

 

 そういや、こいつシマダとか言ったっけ。どうでもいいキャラだ

こいつは。

 

「そうなの、絶縁中ねー。アタシが相談のってあげようかぁ?」

何で、オレの机に肘ついて顎のせてんだよ、相沢。しかもアップで。

 

「お代は5セント?それとも林檎あめ?」

「アタシはルーシーか。じゃあ中森はチャーリー・ブラウンね。

 え、ちょっと待って、何か引っかかった、思い出しそう。」

 

 相沢ぁ、幾ら“林檎あめ”って口で唱えても、机の上に突然出現

したりしないぞ。スタートレックじゃないんだから。

どうでもいいけど、こいつの耳から顎のラインってシャープだな。

 

「丘野、“M・O”・・・中森ってケイだよね“K”。林檎あめ・・・。

 思い出してきた。アタシさー、小学六年ぐらいの時からFMで深夜放送

 聞くようになったんだわー。まあみんなそれぐらいだと思うんだけど。

 その時、FM―JuneでM・Oって女の子がKっていう男の子との

 ことをメールしてて、ちょうど同年代だったから、

 すっっごく感動したんだよねー。

 あれって、中森のこと?」

 

もうあれから三年たつのに、何でそんなこと覚えてるんだよ。

 

「アタシなんで中森のこと気になってたかやっとわかったよ。

 あの時の“K”と“ケイ”が重なってたんだ。」

「相沢。済まんが内緒にしてくれるか。」

 

「やっぱり。そうかー、へぇ。あのKくんとこんな所であえる

 なんてねぇ・・・。

 Kくんてすっごいかっこいい男の子だろうなぁとか、

 想像してたんだけど・・・。

 ま、現実はこんなものなんだ。ハハ、もちろん誰にも言わないよ。

 アタシさあ、たまーにオンエアされるあのメール、

 すっごい楽しみだったんだよ。

 いいなあ、羨ましいなーって。だから、大事にしたいんだあ。

 “一緒に大人になろうね”っていうの。」

 

「サンキュー、おまえいいヤツだな。」

 

“こんなものなんだ、ハハ”、は余計だけど。

 

「男子に、いいヤツって言われてもあんまり嬉しくないけどね。

 で、なんでふられたんだっけ。」

「オレにもわからないけど、相沢の知らない、ちょっとしたエピソードが

 あるんだよ。」


中学は三年間陸上部に入ってて、ひたすら長距離を走り続けた。

 

 たいして目立った記録を上げたわけでもなく。高校に入って

どうするかは随分迷ったんだけど、通学距離が長いし、

やたら授業の多いこの学校のしきたりのせいで、部活は一応断念した。

だから、授業が終わったら、カバンに教科書を詰め直して家に帰る。

 

 中学の時、どうして陸上で長距離だったのかは、今のところ

どうでもいいことだ。大した問題じゃない。多分。

 

 帰り道は今のところいろいろと試行中で、葦原の町は結構

大きくて裏通りもたくさんあるから、まだちょっと決めかねている。

当分は楽しい探検が続くだろう。

 

 そうそう、この町に来たメリットがもう一つあった。

店がいっぱいあって、ちょっと贅沢すればデパ地下でも総菜が

買えるところ。

 

スーパー・マキノ、ごめん。いままで世話になりました。

 

 ちなみに、ミズエが通っている橘花女学院は葦原駅の反対側

にあって、結構偏差値が高くてそのまま大学まで上がれる。

 

 ミチルさんはともかく、ミズエが受かったのにはちょっと驚いた。

まあ、いまは関係無いんだけどね。

 

暑いなあ。五月なのに。

 

 ちょっと喉も渇いてきたし休むか。はは、この店ちょっと面白い。

自動販売機の隣にベンチ置いてる。やっぱ、裏道は最高だわ。

 

喫茶店とまでは行かないけど、座って飲めるっていいサービスだ。

コーヒーは、あーCOLDしかない。

 

ま、しゃー無いか。

 

“無糖”百二十円。Pi!

 

ぷはー、たまらねー。なーんて、独り言ひどくなってるオレ。

これで、ハンカチ出して首筋拭いたらサラリーマンみたい。

 

 

 

“でさー、あの人たち、ちょっとうざくない。”

 

 中坊か。言葉遣いには気をつけようね、きみたち。

 

“そうそう、しつこかったよね。そんなに飢えてるのか、って感じ。”

“ちょっと、芹沢、その言い方やばいよ”

“やばい、やばい。”

“千冬、気をつけた方がいいよ。ねらわれてるかもよー。”

 

ちふゆ?じゃあキミもきっと冬生まれなんだ。

北海道は、まだ涼しいんだろうな。 ・・・いや決してきみたち

の会話に聞き耳立ててる訳じゃ無いよ。

 

“でもさー、かわいいのにカレシいないなんて、ホントなのー。

 向こうにはちゃんといたんじゃないの、上叢。” 

 

ぶっ・・、カミムラ チフユだとー!

 

“ちょっとちょっと、あのひとなんか吹いてたよ。だいじょうぶかなー。”

 

ボクは立ち上がって、女の子の一団を見た。

いやそんなに怯えなくてもいいんですけど。

その中に、明らかに見覚えのある顔がある。

 

ケイタイで何度も見返したあの、ちょと怒った顔。

 

千冬!何でこんなトコに、修学旅行か?

こんな無名な町に。

 

しかも三つ編み!

 

 千冬の大きな目がさらに大きく見開かれて、ボクを見て、

口が小さく“あっ”というと、突然後ろを向いて走り出した。

 

「キミ。ちょっとこれ持ってて。」

「え、はい。あ、やだ、何で。」

「これからダッシュするから。あ、飲んでもいいよ。」

 

「えー!」

「はやっ!」

 

 ボクはカバンを脇に抱えて走り出した。千冬はかなり先を走って

いるけれど、人通りが邪魔してそれほど速くはない。

どうやってつかまえようかな、大声出されても困るし・・・。

 

よし!


ドン!

 

「あ、済みません。急いでいたので、ごめんなさい。」

ハアハア。人にあたっちゃった。

 

「大丈夫?息きれてるよ。」

「はい、なんとか・・・・て、・・・景クン。」

 

何で前にいるの?

 

「千冬。今度ボクの前からいなくなるときは、

 完全にふってからにしてくれ。」

 

はあ、はあ、はあ、景クン。

やっと・・・つ、か、ま、え、た。

 

「歩ける? だいたい、ボクから走って逃げようって

 言うのが無謀なんだけど。」

 

 

 

「千冬、大丈夫かなあ。」

「さっきの人、コーヒーおいてっちゃったよ。」

 

「あの制服、有鄰館だよね。」

「頭いいんだ。」

 

「走るの速かったよねー。」

「ちょっと、いけてたよね。童顔ぽかったけど。一年かなー。」

「だよねー。」

 

「訳ありっぽいけど。」

 

 

「私、あの人知ってる、って言うかぁ、思い出した。」

「えー、セリーなんでー。」

 

「陸上の記録会で見たの。あの人長距離専門で、目茶苦茶速いのよ。

 ぶっちぎりで一着になったんだけど、それがさー、止まらないで

 最終ランナーがゴールするまで付き合ってさあ、

 失格になったんだよねー。」

 

「なにそれ、危ない人なわけ?」

「何で、止まらないんだって聞かれて、走りたいだけ走る主義

 だからって応えたらしいよ。

 記録会出るのイヤだっていったのに、先生に無理矢理だされて、

 じゃあ好きにするしって。」

 

「えー、私、そんなの想像できない、役員とかもいるんでしょ。」

「オマエどこまで走るつもりだ!って怒られて、彼しれっと“北海道まで”

 って言ったんだって。

 ま、これは私が聞いたんじゃなくって、そこの中学の人からの

 又聞きなんだけど。」

 

「千冬ってたしか、北海道から転校してきたんだよね。」

「そーかー、あんな知り合いがいたら、千冬も誰も相手にしないわけだ。」

 

「んだんだ。」

 


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