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小学生なんて最低だ。何処へいくって、結局、公園にでも行くしかない。

 

でもボクは、途中で道を折れて、加茂川の河川敷に行くことにした。

 冬は草も茶色になってしまい、今のボクの気持ちにぴったりだ。

人影どころか鳥すらいない。

 

そして、振り向くと千冬が後を付いてきていた。

 

“ひとりになりたいんだ”ってもう一度いおうとした。

多分今の僕って、、、相当嫌な顔してる。

 

「だめ!一人は絶対ダメ。ダメだからね。」

 

 その言い方が余りにも厳しかったから、ボクは何も言い返さずに

また歩き始めるしかなかった。

 言い争いになったら、とんでもないことをいってしまいそうな気が

したからだ。多分、今日は自分を抑制できない。

 

千冬がまたコートの肘をつまんだ。

 

「川だね。」
「加茂川っていうんだ。一人でよく歩くんだよ。“寂しい、楽しい、

悲しい”関係なく。一人になりたいとき、ここを良く歩くんだ。」

 

 こんな状態のときでも、ボクは誰かがいると、話をしなくちゃと

思ってしまう。

なんだか情けなくなってきちゃった。

 

「景くん専用散歩道か。ご招待ありがとうございます。」

まったく、とぼけちゃって。無理やりついてきたんじゃないか。

 

「ね、お天気もいいし、あそこに座ろうよ。」

 

 そこはススキ野原が途切れて、割と背の低い草がぎっしりと

茂っているあたりで、寝転んで空を見上げるにもちょうどいい感じ。

 

「寒いからくっ付いちゃいまーす。」

とわざわざ口に出して、千冬はボクにもたれかかった。

 

 川の流れる音にまざって、飛行機のエンジンの音が聞こえた。

空のとても高いところを、四本の筋を引いて銀色の機体が飛んでいく。

 

 ポケットの中でケイタイが震えた。ボクはゆっくりと取り出し、

母さんからのメールをみた。

 

「“ごめんなさい”・・・“もうしないから”・・・なんだってんだよ。」

経験したことの無いような憎しみが膨らんできた。

 

「謝るより、気付かない振りしてくれれば良かったんだ!

 悪いことしたって言うより、嘘でいいからなんでもないのよって、

言ってくれればいいのに!」

 

 ボクの心が、また真っ黒に塗りつぶされていく。真っ黒な壁から、

どろどろに融けたタールが流れ込んでくる。足をとられて動けない。

 

「子供に謝るなよ!謝られたってどうしようもないじゃないか!

謝ったら、自分だけは赦されて気がすむのかよ・・・。」

 

黒い、黒い、ぬぐってもぬぐっても、ぬぐっても、黒い!

 

「くそー!」

 怒りに任せて、ケイタイを力いっぱい投げようとした右手が、

なにか柔らかいものに当たった。

みると、千冬が、胸を押さえてしゃがみこんでいた。

 

「千冬!」

千冬は顔をしかめながら、苦しそうに「ダメ!」といった。

 

「千冬、大丈夫か!まさか千冬に当たるなんて・・・。」

“違う”と、小さな声で言った。まだ苦しそうだ。

 

ボクの右手を、千冬が両手で包んだ。

 

「ケイクン、このケイタイをステテハダメダヨ。」

 

けほっ・・・

 

「コノ中ニハ、メールやシャシンやケイクンノダイジナオモイデガ、

 イッパイハイッテイルンデショウ・・・。」

 

「ソレヲステルッテイウコトハ、思イ出ヲミンナステテシマウッテ

 イウコトダヨ。」

 

「イツカ、ナニモオモイダセナクナルッテコトダヨ。」

 

けほ、けほっ・・・。

 

「ソレデモイイノ!」

 

涙がいっぱい出た。

千冬の小さな手を握り締めて、ボクはみっともなく声を出して泣いた。

 

 

 

「小さい頃、ボクは泣き虫で、みんなとさよならする度にいつも

 わんわん泣いてたんだ。

 でも、それじゃダメだと思って。泣かないようにしてたら、いつのまにか、

 なにがあっても泣くって事はなくなったんだ。だから、何年ぶりかな、

 泣いちゃったの。」

 

おまけに、千冬にハンカチで涙を拭かれちゃって、すっごくかっこ悪い。

 

「わたし、本当は格好よく手で止めようと思ったの。でもあんまり早くて、

 すかってすり抜けて、胸に当たっちゃって。」

 

「痛いだろう、本当にごめん。」

「痛くないことはないけど、大丈夫だよ。・・・ね、わたしが、

 一緒で良かったでしょ。」

 

「・・・うん。」


 川の流れを見ていて思った。

 

ボクにはいま二つの川が注ぎ込んでいる。

一つは黒い汚れた憎しみの流れ。

もう一つは、暖かく甘くて清い流れ。

その二つがボクの中で、ぐるぐると混ざり合っている。

 

千冬がボクを抱きかかえるように背中におぶさった。

 

「景くんはね、もっと人に甘えることを覚えた方がいいと思うよ。

 人に甘えないから、甘えたい人の気持ちが分らないってこと、

 あるとおもうな。」


「かあさんのこと?」
「あくまで一般的な話として、だよ。」

 

上手だな、千冬は・・・。

 

「わたしもね、甘えるの下手だから、そういうの分っちゃう。

 でも、最近はちょっと違うんだ。

 その人は、素直じゃなくて、意地っ張りで、弱みを見せるのがだいっ

 嫌いな人なの。

 でも、少しも揺るがないから、傍にいると安心していられるの。

 彼を見てると、自分の立ち位置が間違ってないかわかるから、

 色々自分を試してみたり、そんなことが出来るの。

 もし間違ってたらそこに戻ればいいから。

 そうやって、その人に甘えてるの。」

 

「すごいな・・・、千冬にそこまで言われる人って。」

 

「お、重いよ。千冬、重い。」

「こら、失礼だぞ。女の子に向かって重いなんて。

 それに、そこまで鈍感なのも失礼だぞ。」

 

「そんな。え、そういうことなの。

 でも、だって千冬が言ってるのを聞いてると、ボクとはぜんぜん

 違う人だよ。

 ・・・まあ意地っ張りなのはそうかも知れないけど。」
「わたしがそういってるんだから、それでいいの。」

 

人から見ると、そんなふうに見えたりするんだろうか。
どっちかって言うと、ありえないよ。

 

千冬がいうように、母さんは誰かに甘えたかったんだろうか。

ボクには、そんな母さんは想像がつかない。

いつまでたっても子供みたいで、どっちかって言うと自分中心な母さん。

父さんも、向こうで同じようなことをしているんだろうか。

 

 何にせよ、ボクの家は、家族が終わる日が近付いているという

ことらしい。

 ボクは一人で放り出されて、いろんなことを自分でやって

いかないと行けないんだろう。

 

早く大人にならなくっちゃいけない。誰も守ってはくれない。

でも、甘えるって気持ち、やっぱりボクには良く判らない。

 

「はぁーーー。」
「溜息なんかついて・・・。やっぱり、わたしじゃダメなのかなあ。」

「そういうことじゃないんだ。付いてくるなっていったけど、

 さっき振り向いたとき、千冬がいてくれて、本当はホッと

 したんだと思う。

 “意地っ張り”だからそういえなかっただけだよ、きっと。

 いま悩んでるのは、まだこれから母さんとどう付き合えばいいのか、

 良く判らないってことで。」


「難問だね。」
「うん。それに誰かが答えを持ってるわけじゃない。自分で整理しないと

 いけないんだ。」
「ほら、またそうやって一人で突っ張ってる。だめだぞ、こらこら。」

 

 千冬は何度も後ろから体重をかけ、ボクはそのたびに、なんだか、

だっこしてあやされている子供のような気がした。


 しばらくして、景クンは“もうお昼だから、帰った方がいい”

と言った。

 こんな時でも、わたしに気を遣ってしまう景クンが、そして

気を遣わせてしまう私が哀しかった。

 

 私は、景クンが家に帰るまで、どうしてもついていくと言って

譲らなかった。

放っておけば、彼は野宿でもしかねなかったからだ。

友達の家に転がり込んだりなど、しないんだろうなあ。

 

 彼のマンションに行き、同じようにエレベーターに乗り、同じように

12階で降りて、彼は少し躊躇したがドアを開け、ホッとした顔で

家に入った。

私はそこまで見届けて、ようやく安心した。

 

靴はもう無かったんだろう。

 

 夜になって、お風呂上がりに鏡を見ると、彼が胸につけた痛みは

青黒いアザになっていた。

私は一度それを手で隠し、そして手をどけてみる。

 

アザのある私と、無い私。無い私のなんて物足りないことか。

 

 繊細で、感じやすくて、手で触れたものを全て優しさに変えて

しまおうとして、傷つくことを恐れない。

みんなが好きなのに、自分はそれに値しない人間だと思っている。

 

このアザは彼の心の痛みだ。

 

私はこの印が、一生残ればいいのにと本気で思った。

 

人よりも長い人生を生きなければいけない私が、出会った純粋な心。

 

 いつか想い出の中で、彼は少しずつ姿を変えて、美しすぎる

イコンになるかも知れないけれど、私はこの蒼い影に触れることで、

時を越えて彼と巡り会うことが出来る。

 

 彼のマンションで、同じようにエレベーターに乗り、同じように

12階で降りた。

でも、その中で起きたことは、その前とは違う。

私は少し背伸びをして、彼の冷たい頬にくちびるをつけた。

 

 驚いて振り向いた彼に、「おまじない。」と言った私の顔は、

少女らしくはにかんでいただろうか。

 

これから一人になる彼の中に、もう少し暖かいものを残したかった。

これが最後の機会かも知れないと思った。

 

十二才には早くても、十四才ならそれほどでもない。

 

私はその時、本当の年齢に戻っていた。

初めての時だから、彼にウソをつきたくなかった。

 

私はいま十四才。

そして人知れず、人よりも長い人生を生きなければならない。

 

 最後に、パジャマのボタンを首元まできっちりと留めて、

鏡の照明を消した。

 

「丘野さん。」

「はーい、って、上叢!・・・さん。なんでここに。」

 

 昼休みの教室は、いくつかの女の子の固まりと、

外で遊ばない男の子がぽつりぽつりと座っていて。

 おそらくあんな事件が起こった昨日も、一昨日も、そして明日も

こんな感じ。

 

「ちょっと話があるんだけど。」
「三組って学級閉鎖中でしょ。どうしてわざわざ学校に来たの。

 先生に見つかったらやばいよ。」

 

 どうもあまり歓迎されてない。雰囲気的には。それは

そうでしょうねえ・・・。

 

 私は丘野の耳元まで顔を近づけて、小声で話した。

「景クンのことで、話しがあるの。ここではちょっと話せないぐらい、

 やばいことなの。」

 

 丘野の動揺が表情にでた。

 

「いいわよ。」といって丘野は立った。

 

一緒にいた女子が、丘野と私を見ていた。あなた達には関係ないのよ。 

 

私たちは非常階段を目指した。景クンが好きな場所。

よくここから運動場を眺めている。

 

 

 

「丘野さん。順を追って話すから、最後まで怒らないで聞いてね。」 

「なんだかイヤな言い方ね。わたしが怒りっぽい、バカ女

 みたいじゃない。」

もう怒ってるよ、それって。

 

「昨日、学級閉鎖で早く終わったでしょ。私、景クン家にいったの。」

「何ですって!」
「だから、怒らないでって・・・。」
「誰に断って、景クン家にいったのよ。」

 

景クンに決まってるじゃない。でもそれをいうと火に油ね、きっと。

 

「ちょっとね、本を借りに行ったの。しかもうちの家では読めそうにない

 本だったから、景クンが気を遣って読んでいってもいいよって

 いってくれたの。」

 

「う、つまり、あくまでも本を読むだけだと、主張するわけね。」
「あり得るでしょ。景クンの場合。」
「・・・そうね。」

 

しぶしぶ、しぶしぶ、って感じ。

 

「ホントは、何か起こらないかってちょっと期待もしたんだけど。

 私も女の子だし。」
「起こってたまるか!」 

ヤバ、そろそろ本題にはいろう。

 

「で、景クンちに行ったら先にお客さんが来てて。おかあさんと

 男物の靴がおいてあったの。」

 

 丘野の顔がみるみるうちに蒼くなった。やっぱりわかるんだ。

付き合い長いもんね。景クンがそれでどれだけ傷つくか。

堀内さんとかだったら、えーやっだーうそー、それでそれで、

とか言うんだろうな。

 

「やばいよ、それ。めちゃくちゃやばいよ・・・。で、上叢さんどうしたの。

 ちゃんと景クンにフォローしてくれた?」
「一応ね、ケアはしといたつもり。」

 

この子、人気があるのわかるな。だって、一途だもの。混じりっけ無い。

 

「変なコトしなかったでしょうね。」

 

 前言撤回。

 

 ここで、後ろからXXしたとか、エレベーターの中でXXしたとか

いったら、突き落とされるかも。

 冗談でも、ご想像に・・・とか言っちゃダメ。言ってみたい気持ちは

あるけど。

胸の青アザのことも私だけの秘密。

 

「昨日の夜、ケイタイしたときは、割と普通だったのに・・・。でも、

 ありがとうって言ってたな、切るマエ。いつもは“おやすみ”だけだから

 変だなとは思ったんだ。」


「毎晩電話してるの?」
「YES。と言いたいところだけど、オニハハに怒られるから、

 料金とにらめっこしてる。せこい恋路だわ。」

 
ちょっと冷静になってくれたかな。
 

「ねぇどうして、教えてくれたの。いまのところあなたの独占情報

 だったわけでしょ。」
「なんでかしらね。良くわかんない。」

本当はわかってる。

 

「私、今日の帰りに行ってみる。」
「一人で行っちゃダメよ。」
「えー、そんなの私の勝手じゃない。」
「今日は一人は駄目。彼のおかあさんと同じことをすることになるから。
 彼、敏感よ。」

「あーあ、上叢さんて、うちのお姉ちゃんみたい。
 良く気が付いて、そつが無くって、私コンプレックス感じるよ。」

「ミチルさん?」
「ケイくんが言ってたの?」
「完璧な女性だって。」
「家の中でも、隙がないんだよねー。」

私では、駄目なのだ。
 
 私と彼とは何かが似過ぎている。同じ心の色をしていると
言ってもいいかもしれない。
 淡く、薄暗い水彩のブルー。混ぜても混ぜても、淡く薄暗い。
 
丘野瑞江は、明るいオレンジ。太陽の日射し。
 彼女はきっと、5月に見上げる新緑の欅道のように、彼を彩って
くれるだろう。
 
 それを分かっているから、今日、ここに来た。

「なーに話てんの、めずらしいねぇこの取り合わせ。

 一組でも盛り上がってるよ。」

 

カンナさん。じゃあ、わざわざ偵察に来たんだ。

 

「ねぇカンナ、今日暇?っていうか、空けてくれない、午後から。」

「いいけど、なんで?っていうか、想像するに、この組合わせだと

 ケイがらみだね。」

 

へえー、カンナさんて、“ケイ”って呼び捨てにするのか。

 

「理由は聞かないで欲しいんだけど、かなりへこんでるらしいの。」

「ほーん。」

 

カンナさんが私に視線を移した。

 

「で、ちょっと家庭訪問しようかなと思って。タケダも呼び出して。」

「いいねえ、それ。“アミー”でおやつ買い込んでいこう。で、上叢さんは?」

 

そうか、竹田くんが“ケイ”って呼んでるからなんだ。

 

「私は遠慮しとく。」

カンナさんが、にやっと笑った。

 

「あたしとミズエは公園デビューの時からの親友なんだ。

 で、ミズエと上叢さんは“恋敵”で、あれって“敵”って書くんだよね。

 すごいよね。

 で、話元に戻すけど、上叢さんは親友の敵なわけだ。

 でも、あたし、あなたのこと嫌いじゃないよ。」

 

「ちょっと、カンナ。それじゃあ私が悪者じゃないの。それでも親友なのー。」

 

“お、揃ってる。すっげー”って、一組の男子たちが冷やかして通っていった。

“一組遠山、二組丘野、三組上叢” なんて誰がつけたの下らない。

 

だからガキって嫌いなのよ。

 

「上叢さん、いますっごい“目”してたよ。なんか虫を蔑んで

 みてるような感じ。

 やっぱ、あなたいいわ。目で人を殺せるタイプね。気に入っちゃった。

 さてと、チャイムなるよ。そろそろ戻った方がいいんじゃない。」

 

 背が高くてかっこいい彼女は、廊下の出入り口の、鉄の扉を

開けながら振り返った。

 

「一応いっとくけど、タケダに手を出したら殺すからね。」

「あはは、大丈夫。わたし青春の汗って苦手だから。」



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