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あー、半日だったのにいつもの倍は疲れた。

しかも今日はさらに遠回りだし。

 

朝晴れてたのに、曇ってきたよ。

洗濯しても乾かないだろうなあ。

乾燥機ってさあ、まさに地球温暖化マシーンだよね。 

 

 ボクとミズエはミックスサンドイッチとチョコマーブルとアップル・デニッシュと

暖かい缶コーヒーとミルクティを買って、公園に行った。

 

「なんか寒くなってきたね。」
「朝より低くなってないかなぁ。」

 

 まあ、公園も誰も歩いてませんわ。

 犬の散歩の人をよく見かけたりするんだけど、これだけ寒いとね、犬も家で

じっとしてたいでしょ。

 

「あの、トンネルの中に入ろう。ちょっとはましだよ。」
「だねー。」

 

コンクリート製の大きな滑り台。

 

 台っていうよりは丘?の下に小さい子供なら、立って歩けるぐらいのトンネルが

通っていて、遊んでて突然雨が降ったときなんかに、ここでよく雨宿りをする。

 

 そういうとき、トンネルの外の世界は”水煙“(で、いいんだっけ。最近

読んだ本の中に出てきたんだ。)の中で、雨以外に動くものがなく、灰色の

水浸しの中に沈んでいく。

 

 つい無口になって、だれかがスニーカーを動かして、それが底に溜まった砂を

鳴らす音だけが耳に聞こえてくる。

 なんとなく、みんな無口になるんだ、そういう時って。

 

ああ、寒いはずだよ。 

「雪だ・・・。」
「ホントだ。つもるかなあ。」

 

 しばらく、雪が落ちてくるのを黙ってみてた。

 

 ミズエが、カラになったサンドイッチのケースと、パン袋をていねいに片付け

てくれた。

 ぜんぜん、わがままな女の子なんかじゃない。

 そのあと、せまいトンネルの中で、「さぶ・・・。」って小さな声で言って。

腕を持ってボクの身体にくっついた。

 

「このまま寝ちゃってぇ、朝起きたらトンネルごと雪に埋まっててぇ、捜索に

きた誰かに発見されたときには、二人は身体を寄せ合って眠りながら凍死してるの。

 ロマンチックー。」

げー、何言ってんの。もっと、人生楽しんでから死のうよー。

 

 雪が、だんだん激しくなってきた。

 

 ミズエはまだ渋っていたけど、もう夕方に近かったし、北西の方の雲がすごく

黒くてこれから本格的にふってきそうだったから・・・っていっても言うこと

聞きやしない。

 

 最後に、帰ったらケイタイするからと言ったら、それはそれでまた嬉しそうで、

ようやく公園を出て行くことが出来た。

 

 結局その夜、たまたま母さんが帰ってて、久しぶりに話したりしてたから

ミズエにケイタイしたのは十一時を過ぎてからだった。

 

彼女、怒ってた。

 


ボクは時々夢を見る。

誰だか知らない人から引き離される夢。

 

でも状況からすると、それは母親のような気がする。

声が聞こえるのも以前と変わらない。

 

「ごめんね。」って言う声。

 

その時のボクには何の感情も無い。

なにも分からずに引き離される夢。

 

でも、母さんとは違う人のような気がする。


 年明けの初雪以来何度か雪の日があって、最初の頃は校庭で雪合戦

なんかをしたりもしたし、もちろん“雪だるま”も作ったけど、

もう雪も見飽きた。

飽きっぽいのは子供の得意技。

 

髪を短くした上叢は、以前よりも雰囲気が明るくなった。

見た目だけじゃなくてね。

 

「あー、むかつく。」
朝からなんだよそれ。

「また、母さんと喧嘩しちゃった。」
「何が原因?」

どうせ、どうでもいい、つまんないことだろう。

 

「これ。」 

ん、指がどうした?

ぼくは不審な表情(のつもり)で上叢を見た。

 

「えー、わかんない?母さんたら一瞬で目がつり上がったのに。」

 

ボクはさらに近付いてみた。

 

指・・・じゃなくて、爪。

マニキュア?

ウソだろ、あの上叢千冬が。

ミズエやカンナならやってそうだけど。

 

「マジ・・・ですか?」
「試しにやってみたの、そしたら誰かさんに見せるまでは、落とすのが惜しく

 なっちゃって、そのまま寝て、朝にはすっかり忘れてたの。

 で、お母さんに見つかって、朝から大げんか。」

 

あ、おばあさんおはようございマース。雪なのに犬のお散歩大変ですねー。

 

「マニキュアなんてどうしたの。」
「雑誌の付録についてくるのよ。“ぴあにっしも”って知ってるかなあ、

 女の子向けのマンガ雑誌なんだけどね。」
「千冬、マンガなんか読んだっけ。活字専門だと思ってたよ。」

 

千冬の眉間に皺なんて記憶にないぞ。

 

「実は初めて買ったんだー。それが原因でも、お母さんと大げんか。

 こんな破廉恥なもの読んじゃいけませんだって。小説の方がよっぽどひどい

 こと書いてると思うけどな。面白いね、マンガって。」

 

「貸そうか?」
「景クン、マンガ持ってるの。」


「ボクのは男の子向けだけど、実は母さんが隠し持ってる古い文庫本が、

 すごい面白いんだよ。

 “ポーの一族”とか“トーマの心臓”とか。こんど持ってくるよ。」

 

「で、また母さんと戦争なんだな、これが。今朝のはちょっと、

 まずかったなあ。

 ね、見た?ちゃんと目に焼き付けた?わたしのマニキュア爪。」 

 

ハイ、見ましたけど。

 

「よし、学校ではみんなには見つからないようにして、今日中におとし

 ちゃおーっと。」
「ボクに見せるために?」
「他に誰がいるの?こんなのみんなにばれたら、わたしのイメージが変わっ

 ちゃうじゃない。

 白百合のように清楚な上叢千冬が、実はお水系のおネエでしたなんて、

 洒落にならないでしょ。」 

 

千冬って、こんなキャラだったっけ。なんか調子狂うな、年明け以来。

 

「あれ、校長先生マスクしてる。」
「ホントだ風邪かなあ。先生おはようございます。」

 

“おはよう”と言った先生の声がマスクでくぐもって“ぼはよう”って聞こえた。

くっくっ。

 

 ボクと千冬が教室につくのはいつも早いほうだけど、にしても今日は集まり

が悪いなあ。それがもうすぐチャイムが鳴ろうっていう、今になっても来て

ないのが多い。

 

みんな、休みか?

 

「きりつ、れい。」
「えー、今日は、斉藤、小田、小島、川角、根岸、町田がインフルエンザで

 休みだ。」

 

えーー、って騒ぐなよいちいち。うるさい。

 

「なので、今日から三日間学級閉鎖とする。みんな直ぐに下校の用意、

 掃除もしなくていい。

 家に帰れないものがいたら、学校で自習してていいぞ。

 ただし先生に申し出ること、いいな。

 学級閉鎖は休みじゃないから、出歩くんじゃないぞ。わかったか。」

 

「先生、塾は行ってもいいんですか?」

それ普通塾に聞くことだろう。

 

「熱がなければ構わんが、潜伏期間かも知れないから、

 用心して休めるんなら休んだ方がいいな。

 他に何か質問は?」

 

“ありませーん・・・”てホントに素直な返事で、・・・帰りたそうだな。

みんな。

 

「他のクラスは授業をしているから、大人しく帰るんだぞ。

 窓から手を振ったり絶対しないように。わかったな。」

 

ということは、毎年しているヤツがいると言うことだ。

バカは、毎年再生産される。

 

 家には帰れるけど・・・と、昼メシ調達しないと。

学校で自習してたら給食、食べれるのかな?

でもそのために残って自習かあ。

問題集とか教科書ガイドなんか持ってきてないぞ。

どうすればいいんだ。

 

寝るか!いっそのこと。

 

「一緒に帰ろ、景クン。」

 千冬ぅ、何で指ぱたぱたしてんの身体の陰で・・ピアノ?

・・・ああ、あれか。

そっか、早く帰らないとやばいんだ。授業もなくなったし。

 

「オッケー。でも、先に行って下で待ってて。二組の前通るのやばいから。」
「ああーん、そうね、この根性無し。」

 

いや、根性無しでいいですからお嬢さん。先に行ってて下さい。

 

 で、ボクの予想はもろに当たって、二組の前を通るとき中でミズエが

ボクに向かって手を振った。

 ああ確かに、二組の連中には手を振るなって先生は仰いませんでしたでしょうよ。

普通やるかな、授業中に。しかも嬉しそう。

 

今夜、絶対ケイタイかかってくる。

 

 こんな時間帯に、しかも平日に商店街を歩くのって変な気分。

 通りすがりのおばさんが、この子達なにやってるのって目で・・・、

にらむのやめてください。

怖いですから。

 

「そうだ、マンガもってく、それとも読んでく?」

千冬が、意外そうな顔でボクを見ている。

 

「それって、景クンのうちに来ないかって誘ってるの。」

うーん。 

 

「そっか。間接的にはそうなるね。紅茶ぐらいなら出せるけど。

 お菓子がいるんだったら、買って帰ろうか。

 先生は出歩くなっていってたけど、帰り道が商店街だったら、

 別にいいだろう。」

「ドキドキしたわたしがバカだった。」 

 

何いってんだか。

 

「じゃあ、午前中だけお邪魔しようかな、わたしも母さんをこれ以上刺激する

 のはどうかと思うし、学級閉鎖になったのが知れた時、あんまり遅いと

 何言われるか大体予想がつくから。」

 

こういうところ、ミズエとは違うな、千冬は。


 エレベーターが降りてくるまでの時間、ちょっと手持ち無沙汰で、

二人とも無言で、顔を見合わせたら、千冬が見たことのない大人びた

表情でくすっと笑った。

 

 そのとき初めてボクは大変なことをしようとしているんじゃないかと

思い当たり、ひょっとして顔見知りのオバサンがエレベーターを下りて

きたらどうしようかと冷や冷やした。

 

 でも、がーっと開いた箱の中は、あっけないぐらい空っぽだった。

 

 扉が全開になって、隅まで見通せるようになってやっと安心した。

中の仕掛けを忘れたびっくり箱のような空虚な箱。

隅っこに砂とゴミが少したまっている。いつもは気にならないのに。

 

 12階のボタンを押して、閉めるのボタンを押して、マンションの

エレベーターの開閉ってやたら間が空くんだよね。

 鍵は修学旅行で買ったご当地もののキャラクターのキーホルダーが

ついていて、いつもカバンのポケットの底に入れている。

ぜんぜんかっこよくない。今度なんかと代えようっと。

 

 今日はかっこわるいから“ただいま”って言わない。

誰もいない家に、ただいまなんて言ってると知れたら・・・。

 

・・・ウソだろ! 誰かいる。

 

 母さんと、男物の靴が一つ。うちに父さんがいるはずが無いし、

父さんのはき潰し方とも違う。

 

 何となくわかる。

 

 多分、“そういう”ことなんだろう。いくらボクが子供だからって、

それぐらいは解る。

 その空気の中に、もう一歩も入り込めなくて、あとは出来るだけ

音がしないように、ドアを閉めた。

 

子供に出来るのって、それぐらいのもんだよ・・・。

 

「ごめん、マンガ、またにしてくれるかな。誰かお客さんが

いるみたいなんだ。」

 

最悪だ、千冬に見られるなんて。

 

 中は薄暗かったけど、ドアから差し込んだ明かりのせいで、

丁度靴が置いてある辺りまでがはっきりと照らされて、この家に

あるはずの無い男ものの靴が惨めに置いてあったんだ。

 

千冬は固い表情で頷いた。

 廊下を無言で戻って、さっき上がってきたばかりのエレベーターに

乗り込んで、一階のボタンを押した。

 

「ごめんな、せっかく来てもらったのに。」

“ううん”という感じで千冬が首を振った。

 

「じゃあ。」といって、ボクがその場から離れようとしたら、

千冬がボクのコートのひじの部分をつまんで「どこに行くの?」

って心配げに聞いた。

 

 ボクはいらだって「分らないけど、一人になりたいんだ。」と

捨て鉢な答え方をして、ひじを振り払って歩き出した。


小学生なんて最低だ。何処へいくって、結局、公園にでも行くしかない。

 

でもボクは、途中で道を折れて、加茂川の河川敷に行くことにした。

 冬は草も茶色になってしまい、今のボクの気持ちにぴったりだ。

人影どころか鳥すらいない。

 

そして、振り向くと千冬が後を付いてきていた。

 

“ひとりになりたいんだ”ってもう一度いおうとした。

多分今の僕って、、、相当嫌な顔してる。

 

「だめ!一人は絶対ダメ。ダメだからね。」

 

 その言い方が余りにも厳しかったから、ボクは何も言い返さずに

また歩き始めるしかなかった。

 言い争いになったら、とんでもないことをいってしまいそうな気が

したからだ。多分、今日は自分を抑制できない。

 

千冬がまたコートの肘をつまんだ。

 

「川だね。」
「加茂川っていうんだ。一人でよく歩くんだよ。“寂しい、楽しい、

悲しい”関係なく。一人になりたいとき、ここを良く歩くんだ。」

 

 こんな状態のときでも、ボクは誰かがいると、話をしなくちゃと

思ってしまう。

なんだか情けなくなってきちゃった。

 

「景くん専用散歩道か。ご招待ありがとうございます。」

まったく、とぼけちゃって。無理やりついてきたんじゃないか。

 

「ね、お天気もいいし、あそこに座ろうよ。」

 

 そこはススキ野原が途切れて、割と背の低い草がぎっしりと

茂っているあたりで、寝転んで空を見上げるにもちょうどいい感じ。

 

「寒いからくっ付いちゃいまーす。」

とわざわざ口に出して、千冬はボクにもたれかかった。

 

 川の流れる音にまざって、飛行機のエンジンの音が聞こえた。

空のとても高いところを、四本の筋を引いて銀色の機体が飛んでいく。

 

 ポケットの中でケイタイが震えた。ボクはゆっくりと取り出し、

母さんからのメールをみた。

 

「“ごめんなさい”・・・“もうしないから”・・・なんだってんだよ。」

経験したことの無いような憎しみが膨らんできた。

 

「謝るより、気付かない振りしてくれれば良かったんだ!

 悪いことしたって言うより、嘘でいいからなんでもないのよって、

言ってくれればいいのに!」

 

 ボクの心が、また真っ黒に塗りつぶされていく。真っ黒な壁から、

どろどろに融けたタールが流れ込んでくる。足をとられて動けない。

 

「子供に謝るなよ!謝られたってどうしようもないじゃないか!

謝ったら、自分だけは赦されて気がすむのかよ・・・。」

 

黒い、黒い、ぬぐってもぬぐっても、ぬぐっても、黒い!

 

「くそー!」

 怒りに任せて、ケイタイを力いっぱい投げようとした右手が、

なにか柔らかいものに当たった。

みると、千冬が、胸を押さえてしゃがみこんでいた。

 

「千冬!」

千冬は顔をしかめながら、苦しそうに「ダメ!」といった。

 

「千冬、大丈夫か!まさか千冬に当たるなんて・・・。」

“違う”と、小さな声で言った。まだ苦しそうだ。

 

ボクの右手を、千冬が両手で包んだ。

 

「ケイクン、このケイタイをステテハダメダヨ。」

 

けほっ・・・

 

「コノ中ニハ、メールやシャシンやケイクンノダイジナオモイデガ、

 イッパイハイッテイルンデショウ・・・。」

 

「ソレヲステルッテイウコトハ、思イ出ヲミンナステテシマウッテ

 イウコトダヨ。」

 

「イツカ、ナニモオモイダセナクナルッテコトダヨ。」

 

けほ、けほっ・・・。

 

「ソレデモイイノ!」

 

涙がいっぱい出た。

千冬の小さな手を握り締めて、ボクはみっともなく声を出して泣いた。

 

 

 

「小さい頃、ボクは泣き虫で、みんなとさよならする度にいつも

 わんわん泣いてたんだ。

 でも、それじゃダメだと思って。泣かないようにしてたら、いつのまにか、

 なにがあっても泣くって事はなくなったんだ。だから、何年ぶりかな、

 泣いちゃったの。」

 

おまけに、千冬にハンカチで涙を拭かれちゃって、すっごくかっこ悪い。

 

「わたし、本当は格好よく手で止めようと思ったの。でもあんまり早くて、

 すかってすり抜けて、胸に当たっちゃって。」

 

「痛いだろう、本当にごめん。」

「痛くないことはないけど、大丈夫だよ。・・・ね、わたしが、

 一緒で良かったでしょ。」

 

「・・・うん。」



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