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わっスゲ!鈴が三本になってる。神様のバーゲンセール?

 

「真ん中のとって、とって。」

「どうして?」

「はずれとかあったらイヤじゃない。振った瞬間ぴゅるるるるーって

 垂れ幕が落ちて、“ざんねん!”とか書いてあったりして。」

「そんなのないよ。」

 

ま、真ん中の列に並んでたから、真ん中なんだけど、賽銭、ぽい!っと。

鳴らすぞ・・・ッと。 重い!ミズエー。ぶら下がるなー。

 

「一緒にならそっ。」

 ニコってねぇ、はいはい仰せのままに、お師匠様。一緒に鳴らして、

地球を救いましょう。

 

 ミズエのちょっと長い目のお願いを神様に託して、ボクたちは石段の

ところまで戻った。

 

「じゃあ、こっから別行動な。」 

えっそうだったの。

 

「じゃね、カンナ。あとでケイタイするからね。」

聞こえちゃったんですけど。

もしかして、聞こえるように言った?

 

 

「じゃあねー。」と言い合って、ボクたちはばらばらの方向に歩き出した。

 

「いこっか、林檎あめ。」と言って、ミズエをみたら、ミズエの視線が石段の

下の灯籠のあたりに釘付けになっている。

 

 なんだろう。

 

・・・うわー、タイミング悪い、上叢だ。

ご両親と一緒で、着物なんか着てる。普段と印象違うなあ。

 

急に左手がたぐり寄せられて、ミズエの右手がボクの左手をきつく握った。

 

 階段を下り始めたとき、上叢が上を見上げて、ボクの目とぶつかって、

笑顔になって、こわばって、下を向いた。

 

 階段ですれ違うとき、ミズエが「明けましておめでとう。」って上叢に言った。

上叢はびくっとしてボクたちを見て、「おめでとう。」って笑って返した。

ボクは何とか、かろうじて、「おめでとう。」って言った。

 

・・・暫く無言で歩いた。

 

「ミズエ、そんなに強く握らなくてもダイジョウブだよ。

 ボクは離さないから。」

「わたしも着物来てくれば良かったかなあ。」

「それはダメ。」

「どして。」

ちらっと、ミズエの目がボクを覗き込んだ。

 

「そのチェックの、新しいダッフルが見れなくなるから。」

「気付いてくれたんだ。ありがとう、ケイくん。」 

気い使います。十二才でも。

 

 

うわー、緑のなんてあるんだ。毒林檎だよこれ。

 

「普通のでいいんだよね。“姫”じゃなくって・・・。おじさん、一本下さい。」

「三百五十円、好きなの持ってきな。」

おじさん、光ってるねぇ。あたまさぶくない?

 

「ちょっと、ミズエ。手離さないと、お金払えないし取れない。」
「ぇえ、やあだぁ。」

「頼むから。恥ずかしいからやめてよ。」

 

「妹さんかい、可愛いねぇ。お兄ちゃんもたいへんだぁ。ちょこっとだけ

 手ぇ離してやんな。」

「じゃこれ、もらっていきます。・・・・はい。」
「やったあ、ありがとうおにいちゃん。」 

ハー・・・疲れる。 

 

 こういう人ごみを、小学生二人で歩くのって大変だよ。

 大人の肘や腰にミズエがぶつかりそうでヒヤヒヤする。ガードするつもりで

僕が吹っ飛ばされたら、シャレにならないもんな。

 

「あの親父、いつかあたまから焼きそばソースかけてやる!」
「ミズエー、そういう発言無しにしようよ。」
「青のりと紅ショウガも。」
「ボクは、かわいいミズエがいいなー。」

「林檎あめ、美味しい。ありがとうケイくーん。ケイくんはなにも食べないの。」
「うーん、張り切っておせち食べたから固形物はもう口に入らないよ。

 コーヒーのもうかな。」
「お正月なのに自動販売機でコーヒーなの?雰囲気でないなあ。」
「おかしいかなぁ。」

 

 ま、自販機のコーヒーはボクも出来れば飲みたくない。コーヒーらしい香り

にかけるから。

 

「そうだ。商工会の人たちが甘酒とかビールとか、売ってたのを見た事あるよ。

 商店街に喫茶店があるぐらいだから、コーヒーもあるんじゃないかな。」
「さすが地元民。」

 

目的のないまま屋台を見て回るのより、何かを捜して歩いた方がずっと楽しい。

 

 水が凍りそうなヨーヨー釣りや、ひょっとしたらボクたちが生まれる前から

埃を被って、最上段に飾られている一等の賞品をひやかして、・・・誰だか

知らない偉い人の石碑の前に、普通そうなおじさん達の集団が、ああ、蒲生商工会

って書いてある。しかも模造紙にマジック。後ろには一斗缶でたき火。

 

気合い入ってないなー。

 

「すいませーん。コーヒーありますか。」

「おんや、丘野さんトコのお嬢ちゃん、久しぶりだねー。お父さんと初詣かい。」

 

「やだなー、美濃屋のおじさん。父さんとなんか来ないよ。カレシとデートに

 決まってるじゃない。コーヒーある?」
「あんまりお父さん、泣かしちゃダメだよ。はいコーヒーと砂糖とミルク。熱くないかい。」
「ありがとうおじさん。うちは美人で気だてのいいミチルお姉ちゃんがいるから

 大丈夫でーす。」

ミズエのヤツ、何でこういう人たちと顔見知りなんだ?

“おーあれがカレシか。瑞江ちゃんのカレシだとよ。ほう、瑞江ちゃんのねぇ・・・。

おませさんだねー。”

なんて、落ちも下げも何にもない話が背中から聞こえてくる。

 

「ハイ。コーヒー。お砂糖入れる?ミルクは?」
「いいよ自分で入れるから。だいたい林檎あめ持ったままじゃ無理だよ。」
「ケイくんだって、片手にコーヒー持ったままじゃ入れられないでしょ!」


そりゃそうだ。
「・・・よろしくお願いします。」

 

「いい香りね。わたしコーヒーなんて飲んだ事無いから、

 いままで知らなかった。」
「父さんがよく入れてたんだ、日曜日に。豆もちゃんと自分で挽くんだよ。

 あそこのベンチに座ろう。」

 

 ちょっとその、商工会の人たちの目の届かないところにいって、

心落ちつけて飲みたい。

 カレシとかじゃなくってさ。コーヒーはボクにとって特別の飲み物だから。

 

「美味しい?」
「うんすっごくおいしい。でさ、あの人達知り合いなの。」
「小さい頃ね、よく商店街のお店に出入りしてたから。

 父さん、あの辺りの土地持ちだから、何かと顔が利くのよ。だから、わたし

 子供の頃から思いっきり甘やかされて育ったの。“あめ”もらったり、ジュース

 のませてもらったり。」


何となくわかるなあ。ミズエの誰に対しても物怖じしない性格って、そのものだよ。

 

「みんな丘野さんトコのお嬢さんて目でわたしを見てる。大人がそういう事すると、

 子供もそうなっちゃうんだよね。わたしはわたしなのに。

 丘野さんトコのお嬢ちゃんじゃなくって、丘野瑞江を見て欲しいのに。

 ・・・でも、わたしは本当にまだ子供で、自分の力で食べる事も出来ない。

 口先で、単に偉そうな事を言ってるだけ。」

 

 与えられすぎてあふれちゃったり、足りなくて飢えたり、普通に満足するって

難しい事なんだな。

ミズエがこんなふうにうつむいて、寂しさを抱え込んでに話すところって初めて見た。

 

「時々ね、本当はみんなわたしの事なんか嫌いなのに、丘野さんトコのお嬢ちゃん

 ていうだけで、愛想笑いしてるような気がすることがあるんだぁ。クラスの人たちも。

 そういうときって、苦しくって、そこにいる事がつらくって、叫び出しそうになる。

 そんなコトしたら、おかしくなったのかって思われちゃうだろうね。」

「考えすぎ。」


「うん、わかってる。でも、お姉ちゃんみたいに美人で頭良かったら、

 もっと自分に自信もてたのかも知れないけどね。」

「ミズエがそんなこというのは贅沢。ミズエのいいところはボクが知ってる。」

 

こっち向いた顔に少し笑顔が戻っていた。僕なんかでも、役に立つことってあるんだ。

 

「聞いてくれてありがとう・・・。ちょっとすっきりした。

 カンナにも話した事無いんだ、こういうこと。

 親友でも、話せないことってあるんだよねー・・・

 そうだ、お姉ちゃんよりわたしのいいところ思いついた。」
「へー、なになに。」


「わたしには、ケイくんがいる。だから大丈夫だ。うん。」
こらー、またそういうこという。恥ずいじゃないか。

 

「ケイクン、真っ赤だよー。かわいい。」 

ふざけんな。えーい、林檎食べちゃえ。

 

「あ、なにすんの。わたしの林檎!ケイのばかー。」
「おいひー!」
「じゃあ、わたしもコーヒー飲んじゃう。」
「やめた方がいいよ。」
「いいもん。飲むもん。・・・・う、にっがー。」

ほーら、いわんこっちゃない。小学生が飲むようなものじゃないんだから。

 

「あーあ、口直し。」
ミズエは一口かじると、

「林檎って、冬の味がするね。」といった。

「そうだね、これから先、林檎かじると今日の事を思い出すような気がする。」


10

家に帰ったとき、父さんと母さんが普通に話しているのをみて、ホッとした。

 

 そのあとで、こんな当たり前の事にホッとする自分にとまどい、やっぱり

つらくなった。

“今度はわたしに頼って”って、本当にそんなことしていいんだろうか。

 

“今日は楽しかった。また学校で会おうな。”

こんなのでいいかな、ちょっと味気なさ過ぎかな。ま、いいか“送信”っと。

 

 上叢・・・のこと、どうすればいいんだろう。今日はちょっとつらそうな

顔してたな。

 

でもミズエもそうだった。

初めは見せつけようとでもするのかと思ったんだけど、それだったら、

あんなにきつく握らなくてもいいんだよ。ミズエも不安だったんだ。

 

 ミズエと付き合うから上叢とはもう帰れない、なんてこと言ったら、

クラスの中で孤立している千冬は一体どうしたらいいんだろう。

ボクがいつも通り千冬と登校したら、ミズエは傷つくだろうか。

 

家族の事も、友達の事も、きっとボクが子供だから上手くやれないんだ。

いつまでたっても、ボクが子供だから。

 

“メール受信中・・・”

ぴ、ぴ、ぴ、開けごま。

“わたしも楽しかった。コーヒーは苦かったけど、苦いだけじゃなかった。

 一緒に大人になろうね。
 Chu!“

 

メールの永久保存って、どうするんだろう?


地表付近の空気中の水分が凝結して地上におちて、霜になる。

 

 霜は朝になり、お日様に暖められて、冬の朝は白く輝く

水蒸気で満たされる。

今朝の気象予報士さんがそんな事を言っていた。

 

 あの日、父さんと母さんはゆっくりと話し合って、

正式に別居する事を決めたそうだ。

 

 父さんは単身赴任でお盆と正月ぐらいしか帰ってこないから、

いまの僕の生活にはあまり変わりはない。

 

 父さんがソーセージ並みに詰まった新幹線に乗って

帰らなくてもいいというぐらいの差でしかない。

でも、もうこの家には帰ってこないのだ。

 

“離婚じゃなくて別居なの、母さん。”てきいたら、

 
「母さんも父さんも、お互いの事が嫌いになったわけじゃないの。
 むしろ、いまでも好きだけど、もうお互いの一番ではなくなって
 しまったの。

 父さんも母さんも、一緒に暮らす事よりやりたい事が出来ちゃったのね。

 そのほかにも、離婚すると景ちゃんの親権の問題とか、この家のこととか、

 いろんな問題が出て来るっていうのもあるんだけどね。

 何より、離婚しちゃうともう三人一緒に暮らすチャンスが未来にも

 なくなってしまうのよ。

 だから、今は別居っていう事にしておこうって決めたの。時間がたって、

 いろんなことが変わったときにまた考えようって。」

 

 

 そういう話が終わっていたんだろうな、ボクが帰ってきたときには。だから、

おだやかに二人で話していたんだ。

 

 その水蒸気が輝く中を、ボクが初めて見る女の子が歩いてきた。
 そんなに急がなくてもこの時間なら学校には間に合うのに、小走りにボクの前を
通り過ぎ・・・ないの?

 

 

「おはよう、景クン。」 

 

その声、うそだろ!

 

「千冬?どうしたのその髪。」

「切っちゃったの。」

 っていいながら、かろうじて肩の辺りまである髪の先を、指で後ろに流した。

「背中まであったのに!」

「あれ、景クン長いの好きだったの・・・失敗したなあ。」 

 

いやそういう事じゃなくって。

 

「どうして?」

「そうね。ちょっとした“宣戦布告”っていうのは物騒かな。

 いままでお父さんお母さんの言う事には、はいはいって素直に従ってきたん

 だけど、もう本当にイヤになったの。

 だから、手始めに髪を切ったの。一番わかりやすいでしょ。髪を切るって。」

「わかりやすいって言うより、誰だかわからなかったよ。」 

 

 ぷっ、て、自分で笑うかな。

こんな所で立ち話しててもしょうがないか。

学校へ行こう。

 

「なんで親に逆らおうって思ったの?」

「一つ目、景クンと一緒に帰っちゃダメだって言われた。

 二つ目、せっかく堀内さんが誘ってくれたのに、

 サッカー応援しに言ったらダメって言われた。

 三つ目、お正月、景クンは女の子と楽しそうにデートしてるのに、

 わたしは着物なんか着せられて親と一緒に初詣。

 もういやになっちゃったの。」 

 

ああ、すれ違ったとき。

 

「千冬のお母さん、若くてキレイだよね。まだ二十代に見えるくらい。」

「ごめん、それ言わないで。お願いだから。」 

 

 なにか複雑な親子関係なのかな。実の親じゃないとか。悪い事言っちゃったな。

 

「初詣の時、見せつけられちゃったなぁ。

 アノコ、丘野さん?、と付き合ってるんだ。」 

「そうじゃないよ。」

「だってすごく仲良さそうだったよ。手なんか繋いでさ、

 見てるこっちが恥ずかしくなるよ。」

 

冷静になれ景。

大人はこんな時、かっかしちゃダメだ。

 

「ミズエとボクの関係を、そんなふうに呼びたくないんだ。付き合うとか

 そういうんじゃなくて、一緒に大人になろうって約束したんだよ。」

 

一度口にすると、朝靄が薄れていくように、ボクの頭がすっきりと晴れてきた。

 

「ミズエとボクは、二人とも一人じゃ乗り越えられない心の問題を抱えていて、
 でも二人だったら何とかなるんじゃないかって、思い始めている。」

 

 いまボクの隣を歩いているショートヘアーの女の子は、ボクがこの夏、両手に

タールをつけて心に塗りたくった黒を、いつの間にか白く消し去ってくれた

不思議な女の子。

 

 その子がいま、寂しそうな顔でボクの隣を歩いている。彼女に消えて無く

なれなんてこと言えるわけないんだ。

 

「わたしがいたら、丘野さんおこるよね、、、、きっと。」

 

 ミズエは、一人で教室の窓の外に座っていたボクを呼び入れてくれて、

木彫り人形だったボクの呪いをといてくれた。

 

「うれしくは無いと思う。でも、千冬とはクラスが一緒で、

 帰る方向も一緒で、千冬がボクのことを優柔不断で煮え切らない、

 最低のヘタレって思ってるんだったら仕方が無いけど・・・、

 そうじゃないんだったら、不自然な付き合い方できるほど、

 ボクは器用じゃない。」

 

「不自然な付き合い方?」

 

「顔をあわせても“やぁ、元気”なんて当たり障りの無い挨拶して、

 “じゃね”って分かれる。千冬の話が聞きたいのに。」

「よくばり。優柔不断。八方美人。」

 

言われたー。でも普通そうだよね。

 

「そうなんだ。でも、もう誰との糸も切りたくないんだよ。」

「糸かぁ、なんか分る気がする。私たち転勤族だもんね。

 何かあったの?景クン家(ち)。」

 

「・・・うん。両親が別居するって。」

「やだね、大人って身勝手で。転勤、別居、り・・・。」

「離婚。」

 

 ボクと千冬はその言葉で顔を見合わせて、しょうがないなって感じで
苦笑しあった。

 

 校長先生はこの寒いのに今日も校門立っていて、千冬が髪を切ったのに気付いた

みたいだったけど、いつもとかわらずにっこりとして、

「おはよう。」っていった。

 

 

 今日は三学期の始業式だから、午前中には全部終わっちゃう。

もうしばらく、半日授業が続かないかなぁなんて思いながら、

階段を上がっていった。

 

とんでもない騒ぎが持ち上がっていることを知らずに。

 

「上叢さん。“おめー”。」

「おめでとう、堀内さん。」

 

堀内さん、なんか目が光ってる。何だろう。

 

「ねぇ聞いた?中森と二組の丘野さん、お正月に神社でデートだったん

だって。」

あらあら、

「わたし見たよ二人で歩いているところ。同じ頃初詣に行ってたもの。」

「なーんだ。知ってたのかツマンナイの。じゃあ、心穏やかじゃないでしょ。

 ・・・あれ、ちょっと待って。

 上叢さん、髪の毛切ったの!ひょっとして敗北宣言!

 かわいそう、上叢さん。」

 

むかっ!

 

「違う!堀内さん。それ以上根も葉もないこといったら、上履きにゴキブリ

 突っ込むわよ。」

「ひいーーー。それだけはご勘弁をーーー、って。なーんだ違うのか。

 まあいいや。それでね、二組の男子が中森君のこと狙ってるらしいよ。」

「狙う?」

「なんてったって、“二組のアイドル丘野”を略奪しちゃったんだよ。」 

 

なんだか、美容院においてある週刊誌みたい。

 

「そんな略奪だなんて、彼にそんな度胸無いわよ。」
「それだけじゃないの。去年の三組VS二組のサッカー最終戦。」
「アー、せっかく誘ってくれたのにごめんねー、わたし、本当は行きたかっ

 たんだけどなー。」

ほんと腹立ちますって、うちの親には。

 

「負けた腹いせに、中森君を“ぼこす”っていってるらしいの。」
「どうして、中森クンが狙われてるの。彼、サッカー下手だって言ってたのに。」
「それは、わたしもわからない。」

 

 景クン大丈夫かなぁ。喧嘩とかも弱そうだし。

 うーん、あの横顔を見る限り、彼なーんにも知らないって感じ。教えてあげた

方がいいよね。

 

「心配そうね、上叢さん。」
「だって、クラスメートが誰かに狙われてるって聞いたら、

 心配になるでしょう。普通。」

「わたし、ならないもーん。」

この、女狐めー。

あ、先生きちゃったじゃない。あーん、言えなかったよー。

 

「それじゃあ、今日のホームルームはこれで終わり。

 みんな気をつけて帰れよ。」
「せんせいさーならー。」

 

“あー終わった終わった。休みあけはきついわ。”
“おーい、日和佐。塾の前にコンビニよって、昼飯買っていこうぜー。”
“えー、塾やすみてーなあ。”

 

 みんな好き勝手なこと言い合ってる。このがやがやしたところが、

久しぶりの教室って感じ。子供っぽくて笑えるわ。


 

「おい、ナカモリっているか?」

え、誰?

 

うわっ、入り口に立ってるの、二組の子じゃないかしら。

ということはひょっとして。

「あちゃー、黒部だ。さいあく。」
「堀内さん知ってるの?」
イヤそうな顔で、頷くなあ。たち悪そう。

 

「おーいナカモリー。」 

返事しちゃダメ。

 

「なにー。」
「おまえかー、ちょっと顔かせや。」

景クンぼーっとしてないで、逃げなさい・・・。あらら、中に入ってきちゃった。

 

「ちょっと学校の裏手につきあえや。」

 

「ことわる。」
「何だよ、びびってんのかよ。この根性無し。」
下卑た、イヤな笑い方。

 

「何の用か言ってもらわないと。ボクはこれから家に帰って、

 洗濯とか晩ご飯の買い物をしないと行けないんだ。結構忙しいんだよ。」

「洗濯?なんでおまえが。」
「母さんが仕事で忙しいの。」

「お前んとこのオバサンが忙しいとか、そんな事知ったこっちゃねー。

 来いっていってるんだよ。」
「だから用事は何? ここでも言えるだろう。」
「イヤ、ここではちょっと。」
「もう、わけわかんないよ。誰か他にいないの話の通じるヤツ!」

 

うわー、景くん無茶苦茶言ってる。

 

あ、一人、もう一人入ってきた。やだもう、いかにもって感じ。

二組って一体どういうクラスなのよ。

 

「お前か、ナカモリって。」
「なんか、今日午前中だけで、すっごい有名人になって行くみたい。

で、何の用?」

 

「お前さ、二組のオンナに手ぇ出したろう。そういうのむかつくんだよな。

 サッカーも、好きかってしてくれたじゃねーか、へたくそは外で大人しく

 してりゃいいのに。

 お前がいると、面白くねぇんだよ。二三発なぐらねーと気がすまねー。

 冬休みが終わるのが待ち遠しかったぜ。さあ、ここで殴られるか、

 外で殴られるかどっちがいい。」

 

誰か男子、止めなさいよ。

 

「あいつらやばいよー、いっつも三人掛かりだから。」 
堀内さん詳しいねーそういうの。

「わかった。わかったから帰る。そんなつまらない事に

 付き合う気はない。」
「何だとてめーごらー!わざわざ三組まで出張ってやったのによー。」

あーもう、男子のばかー! もう我慢できない!

いけー、上叢千冬。

 

「景くーん、お待たせー、一緒に帰ろう!」
そんなびっくりした顔しなくても良いじゃない。

どさくさに紛れて腕組んじゃえ。 

「上叢・・・。」
「買い物行くんでしょ、スーパー・マキノに。つきあったげよか。

 わたしのお薦め教えてあげる。」

 

早く立ってよ、こわいよ景クン。
「何だーこのオン・・」、 

 

「なにやってんのよー!」

 

あれ、丘野さん。
うわー怒ってる。こっちに向かってくる。丘野さんが一番こわい。

 

「ケイくん、この人誰。ちょっと、誰に断って、わたしのケイくんと腕

 なんか組んでるの。」
「わたし、上叢。」 


「え・・うそ!マジ?」
「髪切ったの。」
「ホントだ、もったいない。綺麗な髪だったのに。」

「色々訳ありで。誰かさんに神社で見せつけられちゃったりとかしたし。」

「で、どうして腕なんか組んでるわけ。しかも教室の真ん中で。

 わたしでもした事無いのに。」

「一緒に帰るの。丘野さんこそどうして三組に?」

「ケイくんと、一緒に帰ろうかなーって思って。」
「あー残念、私の方がちょーっと早かったかなあ。

 それに丘野さん、全然方向違うじゃない。」

というか、私たちクラスの注目浴びて、いったい何やってるのかしら。

 

「上叢さんだって、いつも遠回りさせて。」
「え、遠回りだったの?」
「知らないの?」
「だって、わたしあの道以外知らないから、通り道だと思ってた。」
「あきれた・・・、で何で腕なんか組んでるの、わたしに断りもなく。」
「だって、この人たちが、・・・」 

丘野さんが二人を睨んでる。

 

「クロベ、シンジ・・・。あんたたち何してるの。」
「なにって・・・。」

「わたし、つまんない噂聞いたんだぁ。うちの男子がケイくん狙ってるって。

 冗談かと思ってたのにマジだったの・・。最低ね、全く。

 タケダもタケダよ。いるんでしょその辺りに。」
「よんだかー、ミズエ。」

 

「あんたね、あんたが蹴り入れたらこいつらなんか一発でしょう。なに高見

 きめこんでんの。」

 

そうだ竹田くん。私なんかが出しゃばらなくても、彼がいるじゃない。

 

「いやー、ケイがどうするか見ものだと思って。」
「あんた、それでも友達?」


「それをいうならケイに言ってくれよ。

 中学でも一緒にサッカーやろうって誘ったのに、断るんだもんな。

 友達甲斐無いヤツなんだよ。」
「ボク下手だし。」
「確かにいまは下手だけど、この間の試合、あの試合はお前の試合だった。」
「ゴールしたのはタケダじゃないか。」

「決めたのはオレだけど、試合を作ってたのはケイだ。

 あの二点目のパスなんてさ、ケイがへったくそなドリブルで左を上がって

 きたとき、あの時間帯で二点目が入ったらもう終わりだって誰でもわかるんだよ。

 だから二組の連中がみんなでケイを押さえにいったから、オレがパスを受けに

 行こうとしたら、ケイが目で右にあがれって言うのよ。

 で、ケイがへなちょこラストパスをポーンとあげて、あとはもうオレ、

 フリーで押し込むだけだった。  

 やったぞーってケイの方見たら、ぶっ倒れたまんま拳を突き上げてやがんの。

 それみてオレ鳥肌立っちゃったよ。あの状況でオレにパス出したら、絶対

 決めるって信じてぶっ倒されたんだって。

 オレ、もっとケイとサッカーやりたいのに、ケイのヤツやらないって言うん

 だぜ、ありえねーよ。まったく。」

 

「へー、すごいなケイ。」
「わたし見てたけど、そこまでわかんなかった。」
「でもタケダのゴールもすごかったよなー、二本だぜ二本。」
「なんか、ドッカヘ飛んでったのもあったけどな。」

 

 いいなー行きたかったなー。楽しそう。一緒に騒ぎたい。

 ん、ケイくんどこ行くの。シンジくんの腕なんか掴んじゃって、

外に出ちゃった。

なんだろ。

 

廊下で話してる。

 


「・・・オマエさあ、殴り合いしたいんだったら付き合ってやるけど、

ボク弱いから相手にならないぞ。そんなの殴って面白いか。」

「オレは。お前みたいなのが嫌いなんだ。」

 

「ボクを殴ってぼこぼこにしても、丘野はオマエのこと軽蔑するだけだぞ。

 それは相手がボクだからじゃなくて、弱い相手を殴って憂さ晴らし

 するってことに軽蔑するんだ。

 丘野は可愛いだけのお嬢さんじゃないんだ。それぐらいわかるだろう。」

 

「じゃあどうすればいいんだよ。お前むかつくんだよ!何でも分ってますって

 顔して、おいしいとこもっていきやがる。それをどうすればいいんだよ。」

「オマエがむかついてるのは、ボクじゃなくて、自分だろ。」

「くっ・・・。」

 

「そういうのは、もがいて苦しんで、逃げンのやめるしかないんだよ。」

「うるせー!オマエになんかわかるか!くそったれ。」 

 

・・・行っちゃった。

「もう、ばかなんだから。」 

丘野さん、いつの間に・・・。

 

「ほっとけばいいのに、あんなヤツ。」
「ほっとけないんだよね、あいつ。」
「そうそう・・・。で、自分が傷ついて。」
「私たちって、大変だ。」
「私たちじゃなくて、わーたーし。」

 

やなオンナ。

 

「まあいいわ、今日はゆずっとく。助けてもらったし。」
「ゆずっとくって、あなたねえ・・・上叢さんて、ああいう性格だったの?

 もっとおしとやかで、和風の人かと思ってた。」
「親はそうしたいみたい。」
「あーなるほどね。で、髪切ったの。ご両親よくゆるしたよねー。」

 

「最初自分できったら、失敗して、その頭で美容室行くからお金頂戴って

 言ったら、母さん青ざめてた。だから、予定より短くなっちゃった。」
「ご愁傷様。」

「でもいいんだー。だって景クンの、あんなにびっくりした顔見られたから。」

なんてね。どお、丘野さん。・・・あれ?

 

「三組の皆さーん。うちの“ばか”がお騒がせしちゃってごめんなさいねー。

 あとで、ちゃんと説教しておきますから、ゆるしてねー。」

 

「おかのさーん、また遊びに来てねー。」
「うん!くるくる。じゃあね―。」 

恐るべし、オカノミズエ。



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