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下校時間がやってきて、結局、景クンには言えずじまいだった。

 

 わたしは、おかあさんに抵抗してみることにしたのだ。その結果は、

わたしにとって、あまり望ましい未来にはならないと思う。

でも、望みもしないでやってくる未来はない。

例え短くても、わたしは友達と、そして景クンと心を通わせる現在を選択しよう。

 

「千冬ー。なに、黙りこくって。」

「もうすぐ冬休みだね。」

「その前にテストだよ。」

「テストぐらい。」

「千冬はいいよな、頭いいし。」

「景クンだって、小テスト、結構頑張ってるじゃない。」

 

 景クンちょっと、背が伸びたんじゃないかな。並んで歩いていると、

目線が上の方にいっちゃう。

 男の子って、いま成長期だもんね。三年ぐらい先になったら、

どんな男の子になってるんだろう。

 

見たいなー。

 

「ボクは、千冬にばかにされないように必死に頑張ってるだけ。」

「“必死”って程には見えないけどなあ。」

「まあ、その辺は適当だけど。でも、読書で負けて、テストでも負けて、

 負けっ放しっていうの、悔しいからな。」

 

「へんなとこ意地はるのね。」

「そんなふうに見えるのかな。」

「微妙かも。外見からはわからないわね。うん。だから、いまのちょっと

 意外だった。景クンて、どっちかっていうと、ぽわんとしてそうに見える。」

「そうだよな。ボクも気にしてるんだそういうとこ。」

「いいじゃない。一緒にいるとホッとするし。」

「ぬいぐるみじゃないんですけど。」

 

あれ・・・。

「早く大人になりたいよ。」

 

あ、もしかして。

「ぽわんとしてるからホッとするって言われるんじゃなくて、

 頼りになるからホッとするって言われるようになりたいんだ。」

 

やっぱりだ。

この商店街の道、細いわりには自転車やクルマがどんどん走ってくる。

 

景クンさりげなく車道側に立って、私を守ってくれてるんだ。

何でいま迄気が付かなかったんだろう。

こんなに大事にされてたんだ、私。

 

「ね、いまかっこいい事言ったつもりなんだけど。聞いてる?」

「しーらない。」 

 

でも、いまでも十分頼りになるよ、景クン。


 クリスマスと共に冬休みがやってきて、成績の上がった通知簿を見て

かあさんは嬉しそうだった。

 

“小さいけれどびっくりするぐらい高い”っていうケーキを買ってきてくれて、

いくつになっても子供はクリスマスが好きだって思っている親って幸せかも、

なんて思ったりもしながら、半分食べた。

 

 ちょっと最後の方は必死だったけど。

 

母さんのクリスマスプレゼントは手編みの帽子で、こんなのいつ作ったんだろう。

あんなに忙しそうなのに。

 

 ボクは母さんに手袋をプレゼントした。親にもらったお小遣いで買うって

いうのがちょっと後ろめたかったけれど、一生懸命選ぶ事に心を込めたつもり。

母さんも喜んでくれたし。

 

 ボクがもう少し大きくなって、例えば恋人かなんかとクリスマスを過ごすように

なったら、母さんは一人でどうしているんだろうか。

いや、恋人が出来るかどうかはこの際だから置いといて、だけど。

 

 おっと、ケイタイ鳴ってる。この前、しおり挟むの忘れて、どこまで読んだの

かわからなくなって、適当に開いたらいきなりネタばれしちゃってげっそりした事

あったよな。

 

“ミズエ”だ。 なんだろ。

 

「メリークリスマス!ミズエ。」

 

“・・・・・”

 

「おい、なんか言えよ。」

“酔っぱらいの小学生の、知り合いはいないわ。”

 

「赦して、もうしません。」

“あのさ、ケイくん。約束覚えてる。”

 

「あーあーあー、おぼーえてるよ。ええと、たしかDVD貸すんだよね、

 それとも“ブルー・フィッシュ”のCDだっけ。」

 

“わたし人間不信になりそう。あんなに固い約束を交わしたのにん。他に

オンナが出来るとこれだもんね、やだやだオトコって。”

 

えーーーーーーーーーーーー何だっけ。マジ、やばい、げきヤバ。

声、異常に低いし。

 

“本当に忘れたの・・・、林檎あめ。”

「あーーーーーー!いまそういおうと思ってたトコ。」

 

“けいたいで叫ぶなー、耳しぬ。”

きーーーーーーーーん。

 

「ごめんなさい。初詣だよね、日枝神社の。」

“大丈夫ぅ?いけそうかなぁ。まさかアノコと約束したなんてこと無いで

しょうね。”

 

「誰ともしてないよ、行く行く。」

“じゃあねえ、鳥居の前に1月1日1時って事でどう。”

 

「を、1並びですか。粋(いき)ですなぁお嬢さん。」

“カンナとタケダも誘っとくね。”

 

「四人揃うの久しぶりだなあ。」

“ケイが無視するからでしょ。”

 

「ああ・・・、そっか、そうだったよね。ごめん。」

“あ、ぜんぜん、そんなつもりで言ったんじゃないの。最近、ケイが元気に

なってきたから、ちょっと調子に乗っただけ。ほんと良かったよ、ケイが元気に

なって。”

 

 そうなんだ。ミズエは優しい女の子で、ボクなんかのことを、こうして気に

掛けてくれる。

初詣だって、もっといけてる男誘えばいくらでもついて来るのに。

 

“どうしたの、だまっちゃって。”

「・・・あのさ。」

 

“ぅん?”

「あ、ありがとう。」

 

しばらく、ミズエから答えが返ってこない。

 こんなに暗くて静かな夜に遠く隔てられているのに、二人をつないでいるのは

目に見えない電波だけなのに、ボクはミズエが肩を震わせているのがわかったんだ。

 

 それも単純じゃなくて、いろんな気持ちがごちゃごちゃに溢れ出して、そう

してるっていうことが。

 

どうしてだろう。

 

「おーい。」

“・・・バカ・・・突然なによ、・・・泣いちゃったじゃない。”

 

「うん。」

“あーあ、アノコじゃなくて、私だったらよかったのに・・・。”

 

「そんなんじゃないって。」

“付き合ってるってもっぱらの噂だよ。”

 

「付き合ってないよ。大体さ、ボクってそういうことが出来ないの、

 ミズエが一番わかってるだろ。」

“そういういい方されても、うれしくもなんとも無ーい。でも、そうか。そうだね、

ケイっておこちゃまだもんね。そういうところ。”

 

「タケダにも言われた。」

“私はいつまで待てばいいのかなあ。”

 

 おいおい冗談だろ。そんなの想定外だよ。なんか、今夜は展開がはやいな。

どうしてこんな話になっちゃったんだろう。

 

「1月1日1時だろ。」

“刺身包丁もって。”

 

「ええー!」

“いっとくけど、私モテルんだからね。これが最後のチャンスかもしれないよ。

来年はもう中学生だし。”

 

「そっかぁ、何年かして、こっぴどく振られて、初めて分るんだろうなボクって。

ミズエのことがどんなに好きだったかってこと。」

 

“へぇー、私のこと好きなんだ。”

「うん。」

 

“でも付き合えないんだ。”

「うん。」

 

“どうして。”

 


「ミズエがそんなふうにボクのことを見ているなんて知らなかったし、
 それに、そうなったらなったで、うまくやっていける自信も無いし。
 付き合って別れちゃったら、それまでと同じには、やっていけないと思うんだ。
 でもボクはミズエとずっと仲良くやっていきたい。」

 

“トモダチイジョウ、コイビトミマン、か。ちょっとあせって、まいあがっちゃったかなぁ。

 ねぇ上叢さんのこと、どう思ってるの。”

「どうって。」

 

ついに実名できたか。

 

“このさいだからはいちゃえ。楽になるよー。”

なるか、んなもの。

 

「彼女は面白い。」

“面白い。なにそれ!”

 

「本当は人懐っこくって、寂しがりで、お節介なぐらい世話好きなのに、

クールで淡白で薄情なふりをしているところ。」

“あーあ、聞くんじゃなかった。今のは聞かなかったことにする。

 えー、あ、はーい。”

 

「なに?」

“うちのオニハハが、お風呂に入りなさいって。

 せっかくいいところだったのに。残念。”

なにがいいとこなのか、わけわかんないよ。

 

“やっぱりCDも借りとこうかなあ。あの“ラブ・パレード”の、

 ふん、ふふ、ふん♪ ってとこ好きなんだあ。“

「・・・・わからねえ。」

 

“だぁかぁらぁ、

 さあ、パレードに行こう。世界の終わりまでつづくパレードに。

 愛だけでむすんだボクたちの手をつないでー♪ っていうところ。

 きゃあーーー恥ずかしい。なにさせんのよ、歌っちゃったじゃない。“

 

「ねぇ、ミズエ。」

“うん?”

 

「おちつけ。」

“わたしは常に冷静です。”

 

「あのさあ、大晦日の夜、年が変わったら、一番に電話していいかな。」

“ああっ!いい、いい、それいい!待ってるからね。きっとだよ!

 じゃあ、ついでにもう一つおねだりしちゃおうっかなあ。”

 

「なに?」

 

“おやすみ、ぼくのミズエ、Chuって囁いて。

 待ってね、今からベッドに入るから。“

「今から、風呂はいるんだろ。」

 

“はっはーばれてたか。想像しちゃだめだぞ。”

「するか!」

 

“あ、はーい。わかってまーす。・・たく、しつこいんだからオニハハめ。

 娘の恋路を邪魔するんじゃないの。じゃね、名残り惜しいけど。”

「じゃあな、おやすみ。」

 

Pi!

 

うああああああああ・・・・・・どっと疲れた。

冬なのに汗かいてるよ。

 

 びっくりしたー。ミズエがねぇ・・そういえばいつか、タケダがそんなこと

いってたなぁ。のあああ・・嬉しいけど、なんだか困るよ。

 

ぱたん、ぱたん、ぱたん。

 

そうだ、“待ち受け”変えとこうっと。こんなのみたらミズエが傷ついちゃう。

ええと、これもダメ、これもいまいち、これは・・・千冬の怒った顔。

 

・・・千冬の顔かあ。

 
おい、ケイ! 面白いってだけか?
ほんとうに、それだけの理由でこんなの登録してるのか。

それからお正月までの一週間、ミズエは夏休みと同じ塾で冬期講習に。

ボクはときどき、タケダやケンイチ君達と公園でサッカーボールを

蹴ったりした。

 

 タケダは中学に入ったら、サッカー部に入るって言ってた。タケダだったら

すぐレギュラーだろうな。

それ以外の時間は、やっぱり本を読んでいて、いまは歴史物にはまっている。

 

そうそう、家に料理の本があったのは大発見だった。

多分かあさんが新婚時代に使ってたんだろう。

奥の方に追いやられていたけど、掃除の途中で見つけたんだ。

ボクってどんどん家庭的になっていくのな。

 

ところどころ角を折ったあとや、汚れた指で触ったような跡が付いている。

へぇー煮っ転がしって、砂糖入れるんだ。だからちょっと甘いのか。

知ってるか知らないかだけのささいな事なんだけど、ボクにとっては大発見。

 

 ふうん、結構いろいろと揃えないといけないんだよね、ボクの知らない

調味料とかの名前がたくさん載っている。

 これはこれで面白いけど、作るって大変そうだな。だから奥の方にあったのか

・・・母さん、やっぱり料理嫌いだったのかな。

 

 そんな毎日が続いて、大晦日がやってきて、父さんが三百六十四日ぶりに帰ってきた。


「おおっ、景、でかくなったな。」

「152あるんだよ。もうすぐ母さん追い越しちゃうよ。」

久しぶりに合うと、なんだか恥ずかしいな。

 

「これお土産だ。っていっても、大したもんじゃないがな。

 もう新幹線が満員で、父さんは殆ど荷物がないから良かったけど、

 家族づれなんか見てられなかったぞ。ああまでして帰りたいかなあ。」

 

 父さんは、ソファーに腰を下ろして、その父さんの言う少ない手荷物から、

いかにもキオスクで慌てて買いましたって包装の、

「なにこれ、“辛子明太子”?」

 

「博多名物と言えば、“明太子”。」

「誰が食べるの。」

「みんなでだ。」

 

「今日大晦日だよ。年越しそばに明太子食べてどうすんの。ボクいらない。」

「母さんも遠慮しとくわ。」

「なんて家族なんだ・・・。」

「なんて親父だ・・。」

 

「まあまあ、お父さん疲れてるんでしょ、飲む?ビールでもお酒でも、

 何でもあるわよ。」

「へぇー気が利いてるじゃないか。酒、と明太子。」

やっぱり酒の“あて”だったんだ。

 

「景ちゃんが買っといてくれたのよ。成績も上がったし、身長が伸びただけ

じゃないの。成長してるわよ。じゃ、ちょっと用意してくるわね。」

 

 父さんがいると賑やかだな。いつも誰かが話してて、ボクの耳が全部

それに反応しようとする。

「景、サッカーやってるのか。」 

ほらまただ。

 

「うん。でもサッカーって言うか、ボール蹴ってるだけだよ公園で。」

「どんなプロでも最初はそんなもんだろう。」

「ボクはサッカー選手になりたいわけじゃないよ。そうやってみんなと

 ボールを追っかけるのが楽しいだけ。あんまり上手くないし。」

 

 母さんが父さんの前に、厚手のとっくりと明太子の載った皿と

お箸をおいてった。

うちにとっくりなんてあったんだ。全然気づかなかったよ。

 

 ふーって息を吐いて、

「ずっと転勤ばっかりだったからな、友達とそんなふうに遊ぶ事も

 出来なかったろう。こっちに残ったのは正解だったな。」

 

「父さん寂しい?」

「えー、あー、寂しくはないな。父さんは学生の時に家を出てから、

 ずっと一人暮らしだったから、一人暮らしには慣れてるんだ。

 母さんや景の顔を見たり、話をしたいと思う事もあるけれど、寂しいと

 思った事はないよ。アラブに日本の電気製品を売りに行ってる

 わけじゃないから。

 帰ろうと思えば、新幹線で直ぐ帰れるんだし。」

 

 ふーん、大人ってそんなもんなんだ。

 

そうだよな、そうかもしれない。

いまも沢山の日本のお父さん達が、世界中に単身赴任してるんだもの。

 

「あのさ、“大江山の鬼”とか“徐福”って父さんの本でしょ。

 ああいうの好きなの?」

父さんのぐい飲みが、口の前で止まった。

 

「若い頃に、ちょっとああいう伝説にはまった時期があってね・・・。」

やっぱり父さんか。それで、それで、何が面白いの?

 

「あ、母さんもう一本つけてくれるかな。」

「おそば先に食べましょうよ。」

「そうだな。よし、どうせなら“紅白”見ながら食べよう。ぷちっとな、っと。

 なんだこりゃ、なんだか鳥みたいなのがでてるぞ。

 ほら景、これ誰だかわかるか。」

 

ぇえー・・それで終わりなの、つまんないの。

 

「ああ、アマダ・リホだよ。今年あんなに流行ったのに、父さん知らないの。」

「父さんはもう、おじさんだからな。若い歌手はさっぱりわからん。」

「出来たわよ。おそば、食べましょう。」

 

 テーブルの上にお椀が三つ。お箸が三膳。

三つ揃ったのは、この年の暮れが最後になった。

おそばを食べちゃったら、もう早々にお風呂に入って部屋に退散した。

 紅白なんて見たくも何ともないし、(特に後半。見た事もないオジイサンや

オバサンがぞろぞろと出てきて歌うところ。はっきり言ってキモイ。)

父さんと母さん、二人にしてあげた方がいいんじゃないかと思ったんだ。

 

それに、僕にも用が無いこともない。



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