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隣の教室入るのって、すっごい違和感。

シーズン始めのプールに飛び込むような感覚かも。

 

“あっ三組の中森だ”って誰かが言ったのが聞こえた。無視。

 

あーいたいた。すいませーん。ボクに気がついてくださいーい。

 

「丘野さん。理科の教科書お持ちじゃないでしょうか。

 タケダ君に聞いたら、なんだか図書館並みにお持ちだそうで。」

といって、ミズエの前の席に座った。

 

「あれ、ケイくん。珍しいねえ。二組にようこそ。」

いや、そうじゃなくって、聞いてないのかよ。

 

「ほんと珍しいねえ、教科書忘れたの?・・・・何? 理科ね? 

 理科ならあるわよ、ほい。」

 ミズエ、おまえの机の中は四次元ポケットか?

 

「ありがと、・・とと、貸してくれるんじゃないの?」

なんだよ急に手を引っ込めたりして。

 

「ねえ、おかしいわよ、“丘野さん”だなんて。いっつもミズエーって

 呼んでるくせに。ちゃんと説明してくれないと貸してあげない。」

「こら、人に聞こえるじゃないかあ。

 あのさ、おまえ知らないかもしれないけど、男子に結構人気あるんだよ。

 ボクみたいな隣のクラスのよそ者がやってきて、いきなりミズエーなんて

 馴れ馴れしくしてみろ。無事にこの教室からでれる保証なんか

 どこにもないぜ。」

 

ひそひそ。

 

「ふうん。そういうこと気にするんだ。」

「色々あってね。」

 

「わたし、知ってるよ。自分が人気あるの。」

「やなやつ。」

 

「なんかいった?」

「いいえー、何にも申しません。」

 

「でもね、これがいけてないんだ。わたしの好きな男の子が、全然こっち

 向いてくれないの。」

「エーー!ミズエ。いや丘野さんにそんな人いたの!

 そっかぁ・・・知らなかったなぁ。」

 

 ミズエは眉間に皺を寄せて(そんな小学生ってなかなかいないと思うけど)

ボクを睨みつけた。

 

「もう。アッタマ来ちゃった。“林檎あめ”。」

「なに?林檎あめって、どういう意味?」

 

「理科の教科書かして欲しいんでしょ。だったら“林檎あめ”。」

「金取るのかよー。」

「お金じゃないでしょ、“り、ん、ご、あ、め”。今度お正月にさあ、

 日枝神社にいっぱい屋台がでるじゃない。

 そこで“林檎あめ”買ってくれるんなら貸してあげる。」

 

「丘野さん、友情って言葉知ってる?」

「チャイムなるわよ。」

 

「・・・ったく、わかったよ。ま、丘野さんにはいつもお世話に

 なってるもんな。そういう日ごろの感謝も込めて、“林檎あめ”買いましょう。

 ボク、親の愛情は薄いけど、お小遣いはたんまりもらってるからな。」

 

「そういうこと言うんじゃないの。ハイ教科書。愛情ぐらいわたしがあげるから。」

ありがとうございます、っと。

 

「遠慮しとく。そのうち“林檎あめ”が、林檎みたいなダイヤに

 なりそうだから。」

「ばか。愛情は“ただ”なの・・。あ、そうそう、景クンまたサッカー

 やるんだって。」

「うん。タケダが誘ってくれた。」

「タケダ喜んでたよ。わたしも嬉しいし。見に行くから呼んでね。」

 

「ボク、へたっぴーなのに。」

「これがまた、わらえんるんだな。」


 景クン遅いなあ。

 

教科書なんかわたしが見せてあげるのに。

どうしてああいうところで完璧ぶろうとするんだろう。

理科だけなのに、同じ班で隣に座れるの。

(おかあさんには絶対内緒だけど。)

 

ミズエってたしか、丘野さんのことだよね、隣のクラスの。

 景クン気付いてないんだろうな、彼ってああいうところ、

すごい鈍感みたいだから、っていうより晩熟(オクテ)なんだよね。

ああいうのカレシにしちゃうと、苦労するんだろうな・・。

 

 はああ、わたしは恋愛御法度だし。もう、昨日から今日にかけて、

なんだか一杯ありすぎて疲れちゃったよ。保健室で寝てようかな。

この実験、わたしは前に一回やったことあるし。眠いわ。

もう目がとろとろです。

 

「あー、間に合った。」

「遅かったじゃない。」

「上叢さん。なんだかきつそうだね。眠いの?」

「はいー。」

 

・・・半分は景クンのせい。

 

「教科書借りれたの?」

「うん。多分五年の教科書頼んでも出てきたと思う。あいつの机の中、

 完璧に時空を越えてるよ。」

 

 なに、わけのわからないこと言ってるの。眠い頭で聞いてると、

意味を理解するのにコンマ二秒ぐらい遅れるんだから、

普通にしゃべってくれないかしら。普通に。

 

「あっ!」

「どうしたの景クン。」

教科書の見開き見ながら、固まってる。

 

「イヤ、ちょっとその、なんでも。あ、だめだって。」

 

 なに、これ。キスマークにChu!しかも口紅?リップ? 

あああ、最悪なもの見ちゃった。

「あいつ、人にこんなの見られてはずかしくないのかなぁ・・・。」

 

NO――、景クン。ふつう気付くだろ、おい!

もうだめ。いまので限界が来たみたい。

 

「先生、保健室に行っていいですか。ちょっと気分がわるいんです。」

「上叢かあ、大丈夫か?保健委員ついていってやれ。

 他のものは実験の準備続けて。」

 

本当に気分悪くなってきた。

 

 

「ごめんね、堀内さん。迷惑かけて。」

「ううん。わたし実験とか興味ないし、ちょうどよかったよ。

 ほんと顔色悪いね。」

 保健室まで遠いな。なっかなか、前に進まないような気がする。

足が重たいよう。

 

「ねえこんな時にあれなんだけど。聞いてもいいかな。」

「なにー。」

「上叢さんて、中森クンと付き合ってるの。」

あわわ・・・。

 

「大丈夫、ごめんね変なこと聞いて、ホントに大丈夫?」

もうちょっとで倒れるところだった。

うしろから空気ハンマーで殴られたみたいなショック。

 

「つ、付き合ってなんか無いよ。」

「そうだよねー。わたしもそう思ってたんだ。二組の丘野さんなんか、

 完全に中森クン狙いだから、他の女の子みんな引いちゃってるものー。」

 

「中森クンて、人気あるの?」

「あー、どうかな、ちょっと微妙。でも、隠れファンはいるよ。」

へぇーそうなんだ。わたしクラスの事情とか、知らないからな。

 

「丘野さんて、男子に人気あるし。まあわかるんだけどね。

 あのこ美人ていうほどじゃないけど、気さくで心広くて、

 それで一途な可愛さがあったりして。

 男の子が好きになりそうなタイプだし。それに、・・・。」

「それに?」

「女の子にも人気あるのよ。男子にびしばし言っちゃうところなんか、

 かっこいいって。もう勝てるわけ無いって。」

「わたしだったら、勝負になるわけ?」

 

いまは、こういう話聞きたいわけじゃないんだけど、肉体的には。

でも、わたしの中のオンナの本能が、許してくれないわ。

 

「上叢さんはねえ・・・、また転校するんでしょ。」

びっくりしたー!鋭すぎ。

 

「いまどんな関係だったとしても、転校するんじゃね。上叢さんて、

 誰のグループに入らないどころか、出来るだけ私たちと、表面的な

 付き合いだけですまそうとしているでしょう。

 いつでも転校できるように、深入りしないようにしてるよね。

 その時が来てもつらくならないように。」

「うん。そうやって、守らないとしんどくって。」

 

わかっちゃうんだなあ、そういうこと。

 

「中森クンもそうだったよ、彼も転校してきたときはそうだった。

 でもお父さんがタンシンフニンして、転校しなくていいってこと

 になってから、少しずつ私たちにとけ込んできたの。

 目の前でそんなの見てたらさ、もっとおいで、もっとおいでよって

 応援したくなるじゃない。

 さっき微妙って言ったのは、そういうところ。」

 

「母性本能をくすぐるタイプなんだ。彼は。」

「さすが上叢さん。いうことが大人だわ。やるねぇ。・・わたし、

 あなたのそういうところ好きよ。ホントは友達になりたいの。

 でも無理にとは言わない。つらいのは、あなただものね。」

 

カエスコトバガミツカラナイ。

 

「中森クン、最近またつらそうにしてて。丘野さんも、

 今度は落ち込み方が普通じゃない、どうしようもないって、

 つらそうに言ってたって聞いたわ・・。

 でも、上叢さんが転校してきてから、中森クンまた明るくなってきたでしょ。

 だからつ付き合ってるのかって思ってたの。さすが東京の子は手が早いわ、

 なんて噂したりして。

 でも中森クンが明るいのはいいことなんだよ。だから昨日のあれはもう

 アッタマ来た。犯人のことは言わないでおくけど。

 中森クンかっこよかったよね。」

 

わたしは頷いた。

 

「さあ、白状しなさい!あそこまでしてもらって、何もないってことは

 ないでしょう。」

「ほんとに付き合ってないって。」

 

 堀内さんが支えるように握っていた私の腕から手を離し、

保健室の引き戸を開けた。

 

「先生、六年三組の上叢さんが、気分悪いんです。」

「はいって。その椅子に座って。・・・ああ、ちょっと顔色悪いかな。

 あなたは教室戻っていいわよ、ごくろうさま。」

「はーい。じゃね上叢さん。」

 

私は、なけなしの笑顔を堀内さんにつかい果たした。

 

「つらかったら、横になっていいわよ。」

言われるままに、ベッドに這い上がった。

 

「朝ごはん食べた?」

「はい。」

「生理は?」

「まだ少し早いです。」

「夜ちゃんと寝てる?」

「昨日はちょっと、朝まで眠れなくて。」

「そう・・・、とりあえず一眠りしとくか。この体温計、はさんどいてね。」

「はい。」

 

 “はい”、といってから目を覚ますまでの記憶がほとんど無い。

 学校の中にこんなに静かなところがあるのか、と不思議になるぐらい

静かな時間だった。

 

 体温計のピピッていう音と、先生が書類を出したりしているような音が、

眠りと目覚めのドアをいったりきたりしているときに聞こえたような気がする。

 

 そして、たいして時間のたたないうちに、終了のチャイムの音が聞こえ、

目が覚めた。

でも身体が動くようになるまで、十分か十五分ぐらいかかったかもしれない。

 

ベッドと背中の接着剤をやっとの思いで引き剥がして、ようやく起き上がった。

 

「先生。眠ったら気分が良くなったので、教室に戻ります。」

「そう。無理しないようにね。午後も調子が悪かったら、来ていいわよ。」

「ありがとうございます。失礼します。」

 

こういうとき、四階っていうのはこたるなあ。足が重いわ。

 この時間だと、給食みんな食べ終わってるんだろうな。一人で食べるの

いやだな。ただでさえクラスで浮いてるのに。

 

 ああ・・・もう片付けが始まってる。給食当番のあのエプロンほんと、

ださいよね。

何であんなの被らないといけないの。

 

 ああ、だんだんブルーになってきた。昼休みの騒々しい教室で、一人で給食

食べるなんて。一体何の罪と罰なのよ。

 

・・・やっと着いた。もう帰ろうかな。

あれ? なにやってるの彼。

 

「よ、上叢。気分はどう。」

「ちょっとましになった。それより、どうして?」

「中森くんが、上叢さんが一人で給食食べるの、寂しいだろうから

待ってるって。私もお付き合いすることにしたの。」

「堀内さん・・・。」

「さめちゃってるけど、一人よりましだろう。」

 

教室の隅っこに、机三つの小さな島が出来ていた。

 私はそこに流れ着いた漂流者で、その島には優しい先住民がいて、

わたしを慰めてくれる。

 

「立ってないで食べようよ。」

「うん。」

 私は腰を下ろして、お箸を手に取った。

 

「上叢またぐすってる。今日はよく泣くなぁお前。」

景クンのせいだぞ!

 

「はい」といって、堀内さんがハンカチを貸してくれた。

「じゃ、小さな声で“頂きまーす”。」

へへ、“小さな声で”なんて、へんなの。

 

「上叢さん、ごめんなー。ケイに言われたんだけど、どうしても

腹へっててさあ、我慢できなくて先に食べちゃったんだよー。」

竹田くん、いちいちそんなこといいに来なくていいのに。

 

「そのかわり、片付けはおれがやってやっから、ゆっくり

 食べていいぞ。

 あれ、泣いてんの。ケイ、お前なんかよけいなこと言っただろう。」

「言ってないよ。なんでボクのせいにするかなあ。」

 

だから景クンのせいなんだってば。

 

“ええ!中森クンが上叢さんを泣かせたのー、ありえなーい。”

“上叢さん大丈夫なの? 貧血なおった?”

“上叢さん、貧血が似合いそう。”

 

えー、わたしって、そういう印象なの。それこそありえなーい、って。

女子が集まって来ちゃった。わーどうしよう。

 

ガタタッ!

 

「みんな、頼むから給食の間は静かにしてくれ。ボク、女の子に囲まれるの

 慣れてないんだ。ゆっくり食べさせてよ、お願いだから。」

「あんたが、泣かせたんでしょ。」

「だから、ちげーよ。」

 

 そして私は、昨日今日の出来事のせいで、いままで何でも母親の

言いつけを守ってきた自分の生き方が揺らいできたのを感じ始めた。

 

 確かに同族のことは、考えなくちゃいけない。でも、そのために

犠牲になる私の人生って何だろう。

 

 生きてるってこんなに楽しいことなのに、死んだように生きる人生って、

それに意味があるのだろうか。

母さんの言ってることは、正しいと思うんだけれど。

 

「中森くん、なににらんでるの。」

「いや、この芋の煮たのってどうやって味付けするんだろうと思って。

 今度作ってみようかな。醤油、塩・・・?」

「えー自分で料理とかするの。」

「毎日スーパーじゃ飽きるからね。」

 

そんなこと言ってたなあ。そっか、毎日あんな風に一人で食べてるんだ。

 

「あー、そーなんだ。大変だねー。私、煮っ転がしぐらいなら作れるよ、

 教えてあげよっか。それより、作ってあげた方が早いかな。中森君ちで。」

 なに、その流し目。堀内さん。どういう意味よ。

 

「へー、堀内って、案外家庭的なんだね。いいなー煮っ転がし。

 おかあさんの味だあ。」

 

 私だって、煮っ転がしぐらい作れます。

ふんだ。うれしそうな顔しちゃって。

 

「やっぱやめとこーっと。上叢さんがこわい顔してるから。」

「ど、どうして、私がそんな顔するの。」

「ほーら、もう怒ってるじゃない。」

「怒ってないもん。」

えい!

 

「あっ、なにすんの、私の小芋!じゃあ、わたしは。」

「げっ、堀内、何でボクの小芋!あ、隠すなよ、上叢ずるいぞ。」

へっへっへー・・楽しい。

 

「おまえら、芋ぐらいで騒ぐんじゃねーよ。って、いただきっと。」

「タケダー!お前もう食ったろ。しかも指でじか食い。あああ・・

 ボクの芋が・・・・。」

「もう、しょうがないわねぇ・・・。ほら一つ上げるわよ。」

「あーら優しいんだ、上叢さんって。やっぱり、あーやしい。」

「だ、か、ら、違いますって!」

「もとはといえば上叢がー!」


下校時間がやってきて、結局、景クンには言えずじまいだった。

 

 わたしは、おかあさんに抵抗してみることにしたのだ。その結果は、

わたしにとって、あまり望ましい未来にはならないと思う。

でも、望みもしないでやってくる未来はない。

例え短くても、わたしは友達と、そして景クンと心を通わせる現在を選択しよう。

 

「千冬ー。なに、黙りこくって。」

「もうすぐ冬休みだね。」

「その前にテストだよ。」

「テストぐらい。」

「千冬はいいよな、頭いいし。」

「景クンだって、小テスト、結構頑張ってるじゃない。」

 

 景クンちょっと、背が伸びたんじゃないかな。並んで歩いていると、

目線が上の方にいっちゃう。

 男の子って、いま成長期だもんね。三年ぐらい先になったら、

どんな男の子になってるんだろう。

 

見たいなー。

 

「ボクは、千冬にばかにされないように必死に頑張ってるだけ。」

「“必死”って程には見えないけどなあ。」

「まあ、その辺は適当だけど。でも、読書で負けて、テストでも負けて、

 負けっ放しっていうの、悔しいからな。」

 

「へんなとこ意地はるのね。」

「そんなふうに見えるのかな。」

「微妙かも。外見からはわからないわね。うん。だから、いまのちょっと

 意外だった。景クンて、どっちかっていうと、ぽわんとしてそうに見える。」

「そうだよな。ボクも気にしてるんだそういうとこ。」

「いいじゃない。一緒にいるとホッとするし。」

「ぬいぐるみじゃないんですけど。」

 

あれ・・・。

「早く大人になりたいよ。」

 

あ、もしかして。

「ぽわんとしてるからホッとするって言われるんじゃなくて、

 頼りになるからホッとするって言われるようになりたいんだ。」

 

やっぱりだ。

この商店街の道、細いわりには自転車やクルマがどんどん走ってくる。

 

景クンさりげなく車道側に立って、私を守ってくれてるんだ。

何でいま迄気が付かなかったんだろう。

こんなに大事にされてたんだ、私。

 

「ね、いまかっこいい事言ったつもりなんだけど。聞いてる?」

「しーらない。」 

 

でも、いまでも十分頼りになるよ、景クン。


 クリスマスと共に冬休みがやってきて、成績の上がった通知簿を見て

かあさんは嬉しそうだった。

 

“小さいけれどびっくりするぐらい高い”っていうケーキを買ってきてくれて、

いくつになっても子供はクリスマスが好きだって思っている親って幸せかも、

なんて思ったりもしながら、半分食べた。

 

 ちょっと最後の方は必死だったけど。

 

母さんのクリスマスプレゼントは手編みの帽子で、こんなのいつ作ったんだろう。

あんなに忙しそうなのに。

 

 ボクは母さんに手袋をプレゼントした。親にもらったお小遣いで買うって

いうのがちょっと後ろめたかったけれど、一生懸命選ぶ事に心を込めたつもり。

母さんも喜んでくれたし。

 

 ボクがもう少し大きくなって、例えば恋人かなんかとクリスマスを過ごすように

なったら、母さんは一人でどうしているんだろうか。

いや、恋人が出来るかどうかはこの際だから置いといて、だけど。

 

 おっと、ケイタイ鳴ってる。この前、しおり挟むの忘れて、どこまで読んだの

かわからなくなって、適当に開いたらいきなりネタばれしちゃってげっそりした事

あったよな。

 

“ミズエ”だ。 なんだろ。

 

「メリークリスマス!ミズエ。」

 

“・・・・・”

 

「おい、なんか言えよ。」

“酔っぱらいの小学生の、知り合いはいないわ。”

 

「赦して、もうしません。」

“あのさ、ケイくん。約束覚えてる。”

 

「あーあーあー、おぼーえてるよ。ええと、たしかDVD貸すんだよね、

 それとも“ブルー・フィッシュ”のCDだっけ。」

 

“わたし人間不信になりそう。あんなに固い約束を交わしたのにん。他に

オンナが出来るとこれだもんね、やだやだオトコって。”

 

えーーーーーーーーーーーー何だっけ。マジ、やばい、げきヤバ。

声、異常に低いし。

 

“本当に忘れたの・・・、林檎あめ。”

「あーーーーーー!いまそういおうと思ってたトコ。」

 

“けいたいで叫ぶなー、耳しぬ。”

きーーーーーーーーん。

 

「ごめんなさい。初詣だよね、日枝神社の。」

“大丈夫ぅ?いけそうかなぁ。まさかアノコと約束したなんてこと無いで

しょうね。”

 

「誰ともしてないよ、行く行く。」

“じゃあねえ、鳥居の前に1月1日1時って事でどう。”

 

「を、1並びですか。粋(いき)ですなぁお嬢さん。」

“カンナとタケダも誘っとくね。”

 

「四人揃うの久しぶりだなあ。」

“ケイが無視するからでしょ。”

 

「ああ・・・、そっか、そうだったよね。ごめん。」

“あ、ぜんぜん、そんなつもりで言ったんじゃないの。最近、ケイが元気に

なってきたから、ちょっと調子に乗っただけ。ほんと良かったよ、ケイが元気に

なって。”

 

 そうなんだ。ミズエは優しい女の子で、ボクなんかのことを、こうして気に

掛けてくれる。

初詣だって、もっといけてる男誘えばいくらでもついて来るのに。

 

“どうしたの、だまっちゃって。”

「・・・あのさ。」

 

“ぅん?”

「あ、ありがとう。」

 

しばらく、ミズエから答えが返ってこない。

 こんなに暗くて静かな夜に遠く隔てられているのに、二人をつないでいるのは

目に見えない電波だけなのに、ボクはミズエが肩を震わせているのがわかったんだ。

 

 それも単純じゃなくて、いろんな気持ちがごちゃごちゃに溢れ出して、そう

してるっていうことが。

 

どうしてだろう。

 

「おーい。」

“・・・バカ・・・突然なによ、・・・泣いちゃったじゃない。”

 

「うん。」

“あーあ、アノコじゃなくて、私だったらよかったのに・・・。”

 

「そんなんじゃないって。」

“付き合ってるってもっぱらの噂だよ。”

 

「付き合ってないよ。大体さ、ボクってそういうことが出来ないの、

 ミズエが一番わかってるだろ。」

“そういういい方されても、うれしくもなんとも無ーい。でも、そうか。そうだね、

ケイっておこちゃまだもんね。そういうところ。”

 

「タケダにも言われた。」

“私はいつまで待てばいいのかなあ。”

 

 おいおい冗談だろ。そんなの想定外だよ。なんか、今夜は展開がはやいな。

どうしてこんな話になっちゃったんだろう。

 

「1月1日1時だろ。」

“刺身包丁もって。”

 

「ええー!」

“いっとくけど、私モテルんだからね。これが最後のチャンスかもしれないよ。

来年はもう中学生だし。”

 

「そっかぁ、何年かして、こっぴどく振られて、初めて分るんだろうなボクって。

ミズエのことがどんなに好きだったかってこと。」

 

“へぇー、私のこと好きなんだ。”

「うん。」

 

“でも付き合えないんだ。”

「うん。」

 

“どうして。”

 



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