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母さん遅いな。メールかなにか着てるのかな。ケイタイ、ケイタイっと。

いけねー、鞄の中に放り込んだままだった。

 

“あなたって、電話しても全然出ないんだから、ケイタイ持ってる意味

 無いでしょそれじゃ”

 って母さんがよくこぼしている。

 

 あれっ、“登録しますか”だって?

 

そうか、あのとき、“ダメ”って言われた拍子に押しちゃたんだ、きっと。

千冬怒るだろうなぁ・・・。

 

ええー、どうしよう、どおしよう、ど・お・し・よ・をーーーー。えい!

 

”登録完了”。

 

やっちゃったー。でも怒った顔も可愛いや。ぜったい削除できませーん。

 

でもなあ、今日のあれ一体なんだったんだろう。

ケイタイで撮られるのがイヤだって言うのならまだ分るけど。

人それぞれだから。

 

おかあさんがダメって言うのは、あの理由って、ちょっと考えすぎなん

じゃないかな。

千冬のおかあさんちょっと心配しすぎだよ。

 

うちみたいに放任過ぎるのも困り者だけれど。

千冬のおかあさん、怒ると怖いのかなあ。

 

あーあ、朝が来ちゃった、かぁ。

 

朝が来るのがこんなに憂鬱なの初めてだな。殆ど眠れなかったよ。

日差しがまぶしくて、目が乾いてちかちかする。

結局、景クンになんて話すか考えがまとまらなかったし。

 

こんなだったら、なにも考えずに眠った方がよっぽどましだったな。

・・・今日の髪へんじゃないかな。

 はあーって、はく溜め息まで白いわ。また冬だ。

せっかく千冬って名前、好きになれそうだったのに。

 

景クン、わたしつらいよ。

 

あれ? いない。

 いつもなら先に来て待っているのに。鞄を両手にぶら下げて、

わたしのこと見てて、わたしが走ってくると 

“走らなくても、まだ大丈夫だよ”って笑う男の子。

 

 何度も助けられたなあ。学校に行くのがイヤなときも、

景クンが待っているからってそれだけの理由でベッドから起きだしたこと、

何度あったっけ。

 なのにこれからは、別々に学校にいこうだなんて、

出来ないのはわたしの方のくせに。

 

それにしても遅い。わたし、待たされるの嫌いなんだけどぉ。

 

もしかして、病気とかだったらどうしよう。

 

 うん、、、こんなに遅いの絶対おかしいよ。心配になってきた。

景クン一人で大丈夫かな、迎えに行ってみようかな。

 

・・・ンポーン。

 

あれぇ、、、、、変だなあ。ドアチャイムの音だあ。

 

変な夢だな、さっきまで家の外にいたはずなのに・・・。

まただあ、あれーどうした目覚まし・・・まだ五時じゃないか・・・。

 

ピンポーン・・んーん!

 

ひょっとして、かあーーーー動いてない!やばい!

 

ドアフォンだ。ひぇー千冬が写ってる。

 

「千冬―、先に行ってて。寝過ごしちゃった、後から追いかけるから。」

うわー、やばい、やばいよ!

「かあさーん。」

 

 あーいないのか。ちくしょう牛乳、牛乳!はみがき、はみがき!

パジャマ、あいててっ、小指うったー!てってって・・・。

カバンカバン、教科書、ノート、食パン一枚もってけー!

よし、いくぞ。

 

「いってきまーす。」って、誰も返事してくれないのに、習慣てこわいぜ。

 

さあ行くぞ、五分だ五分。人間五分もあれば出掛けられるもんだ。

でも、走るとなんだか胃がちゃぽちゃぽ言ってるよ。

胃の中で牛乳がヨーグルトになってたりして。うーきもちわるー。

 

 よし、一人抜いた・・二人、三人・・・ということは、ひょっとしたら

歩いても余裕で間に合うってことなのか? 

あいつもう学校に着いてたりして。

 

 あ、いた、あのうしろ姿、もうちょっとだ。

はあ、はあ、はあ・・・。

 

「おはよう、はあ、はあ。」

「・・・・ねぼすけ。」

「目覚ましに裏切られたんだよ、電池切れ。」

 

「起こしてもらわなかったの?」

「あー、昨日帰ってないみたいなんだ。」

「え、大丈夫なのそれって。」

「大丈夫だろ、あの人ももう大人なんだし。研修とかで時々あるんだよ。

東京に出張しちゃうのって。メモ見落としたのかな、多分。」

 

ハア、ハア。

 

「朝ご飯どうしたの。」

「食パン持ってきた。一時間目の休みにでも、こっそり食べるよ。

・・あ、お茶持って来るの忘れた。」

がっくし。

 

 

景クン、一人で大変だなー。それにしても、なに。この格好。

「もう。髪ばっさばさじゃないの。格好わるーい。」

「しょうがないよ。歯磨きするので精一杯だったんだから。

髪ぐらい、別にいいじゃない。」

「景クンが良くても、わたしが困るの!」

「どうして、千冬が困るんだよ。」

「だって!」

 

あれ、わたし、何が困るんだろう。

 

「なんか変だぞ、・・・・今朝の千冬。」

「もう!千冬、千冬って馴れ馴れしく呼ばないで!」

 

こ、・・・こおちょう先生の前で。それはないんじゃないか、上叢千冬。

先生固まってるぞ。

 

「お、おはよう。上叢君。中森君。」

「せ、先生、おはようございます。あ、あははは・・・。」

 

 

 

 やだもう・・・わたしったら、一番やっちゃいけないことやって

しまったんじゃないかしら。

それもこれも、ぜーんぶこのねぼすけのせいだ。もう知らない。

 

 おまけに肝心なこと言えなかったじゃない。

昨日、殆ど眠れないで考えたのに。わたしの睡眠を返せ。

この、

 

「ケイのばか!」

 

 

なんだよいきなり。

 と、立ちつくすボクを置き去りにして、上叢千冬は上履きに

履き替えて、去っていった。

 

「あー、腹減った。」

 

 一時間目の国語の時間中、ボクはひたすら“黒板の神様”に向かって

“早く終われ、早く終われ”と念じ続けた。

 

 “黒板の神様”は、ボクが授業中に意識を失っているとき、

黒板をチョークの白い文字で埋めてしまう、いたずらな神様だ。

 

そしてようやく救いのベルがなる。

“きりつ、れい”なんてこのさいどうでも良いじゃない。

 ボクは食パンを上着の下にかくして、伊賀忍者のように素早く教室を

抜け出した。

 

 屋上に抜ける階段の一番上。余った椅子や机が積んである、

埃っぽく薄暗い場所。

屋上への扉には鍵がかかっているから、ここだったら滅多に誰も来ないし。

 

ぁああ。でも、飲み物がないと食べづらいなやっぱり。

お茶でも食べづらいだろうけど。

 

コン、コン、コン・・・・。

 ええー、やっべー誰か上がってきたぞ。どうしよう。

 

「景クン。」

なんだ、上叢じゃないか。驚かすなよ。

 

「ハイこれ。」

「これ、お茶?上叢の?」

「そうだよ。」

「いいのもらって?」

「もってきたんだからいいの。それに、これ紅茶なんだ。

お砂糖も入ってるよ。

 わたし血糖値下がると頭がぼうっとしちゃうから、

いつも甘い紅茶持ってきてるの。内緒でね。

これだったらパン食べやすいでしょ。」

 

でも、これマグカップの保温タイプのやつじゃん。

「えと、口つけちゃうけど・・・。」

いいのか本当に。

「あとで、保健室で消毒するわ。」

 

ほー・・・暖かい。

 

「今度から、ボクも紅茶にしようかな。」

「やっぱり、自分で用意するのかな?キミは。」

「うん。(もぐもぐ・・・)ボクんち、(もぐもぐ)ちょっと変でしょ。」

「もう、話すか噛むかどっちかにしなさいよ。行儀悪い。」

「うん。(ごっくん)でも、一人じゃない食事って久しぶりだから、

なんだか楽しくって。やっぱ、話しながら食べるのっていいなあ。」

 

そんな・・・。

 

 こんな薄暗い、ほこりっぽいところで、食パンたった一枚の食事が楽しい

だなんて。

景クンかわいそ過ぎるよ。

 

「なんで、上叢がぐすってるの。」

「うるしゃい。」

 

 もう、なんで私、涙ぐんでるんだろう・・・。わたし、やっぱり

変わっちゃったなあ。ええい、飲んじゃえ。

 

「あっ、え、おい、消毒するんじゃなかったの?」

「もう、手遅れです。実はここに来る前に一口飲んでたんだあ。」

景クンわっかりやすーい。真っ赤になっちゃった。

 

「ね、景クンどうして上叢って呼ぶの。」

「だって、朝、“なれなれしく呼ぶなっ”て、校長先生の前で

 叫んでたじゃん。」

 

あっちゃー、やなこと思い出させるなぁ。ああ恥ずかしい・・・。

 

「二人のときは、千冬でいいよ。・・・さて、教室に戻りますか。」

「先に戻ってて。ボクはあとから行くから。あんまり、おこちゃま達を

 刺激しない方がいいと思うんだ。」

「それもそうだね。」

 

 千冬は階段をはねるように下りて、踊り場でこっちを向いて手を振って、

教室のほうに下りていった。

 

 転校してきた時は、ぱっと見、すごくおとなしそうな地味な女の子って印象

だったんだけど、ボクなんかよりよっぽど大胆なとこもある。

人って話してみないと分らないな。

 

その点、タケダなんかは見たまんまだけど。

 

さて、そろそろ行くか。今日は災難といいことが交互に襲ってくる日だな。

 

そして四時間目。

 

災難はもう一度、ボスキャラになってやってきた。

「げっ!理科の教科書忘れた。」

朝、ばたばたしてたから、入れ忘れたんだ。

 

「ケイ、理科室行こうぜ。」

「タケダー、教科書忘れちったよー。」

「ばっかだなーおまえ。ミズエだったらもってるんじゃないか。

 あいつ教科書、ぜーんぶ学校に置いてるから。」

「えー、ありえねー。でも、聞いてみるから、先にいってて。」

 

 ボクは筆箱と、とりあえず算数のノート(横罫で似てるから)

とを持って二組の教室に急いだ。

 
ミズエどこだ。
 

隣の教室入るのって、すっごい違和感。

シーズン始めのプールに飛び込むような感覚かも。

 

“あっ三組の中森だ”って誰かが言ったのが聞こえた。無視。

 

あーいたいた。すいませーん。ボクに気がついてくださいーい。

 

「丘野さん。理科の教科書お持ちじゃないでしょうか。

 タケダ君に聞いたら、なんだか図書館並みにお持ちだそうで。」

といって、ミズエの前の席に座った。

 

「あれ、ケイくん。珍しいねえ。二組にようこそ。」

いや、そうじゃなくって、聞いてないのかよ。

 

「ほんと珍しいねえ、教科書忘れたの?・・・・何? 理科ね? 

 理科ならあるわよ、ほい。」

 ミズエ、おまえの机の中は四次元ポケットか?

 

「ありがと、・・とと、貸してくれるんじゃないの?」

なんだよ急に手を引っ込めたりして。

 

「ねえ、おかしいわよ、“丘野さん”だなんて。いっつもミズエーって

 呼んでるくせに。ちゃんと説明してくれないと貸してあげない。」

「こら、人に聞こえるじゃないかあ。

 あのさ、おまえ知らないかもしれないけど、男子に結構人気あるんだよ。

 ボクみたいな隣のクラスのよそ者がやってきて、いきなりミズエーなんて

 馴れ馴れしくしてみろ。無事にこの教室からでれる保証なんか

 どこにもないぜ。」

 

ひそひそ。

 

「ふうん。そういうこと気にするんだ。」

「色々あってね。」

 

「わたし、知ってるよ。自分が人気あるの。」

「やなやつ。」

 

「なんかいった?」

「いいえー、何にも申しません。」

 

「でもね、これがいけてないんだ。わたしの好きな男の子が、全然こっち

 向いてくれないの。」

「エーー!ミズエ。いや丘野さんにそんな人いたの!

 そっかぁ・・・知らなかったなぁ。」

 

 ミズエは眉間に皺を寄せて(そんな小学生ってなかなかいないと思うけど)

ボクを睨みつけた。

 

「もう。アッタマ来ちゃった。“林檎あめ”。」

「なに?林檎あめって、どういう意味?」

 

「理科の教科書かして欲しいんでしょ。だったら“林檎あめ”。」

「金取るのかよー。」

「お金じゃないでしょ、“り、ん、ご、あ、め”。今度お正月にさあ、

 日枝神社にいっぱい屋台がでるじゃない。

 そこで“林檎あめ”買ってくれるんなら貸してあげる。」

 

「丘野さん、友情って言葉知ってる?」

「チャイムなるわよ。」

 

「・・・ったく、わかったよ。ま、丘野さんにはいつもお世話に

 なってるもんな。そういう日ごろの感謝も込めて、“林檎あめ”買いましょう。

 ボク、親の愛情は薄いけど、お小遣いはたんまりもらってるからな。」

 

「そういうこと言うんじゃないの。ハイ教科書。愛情ぐらいわたしがあげるから。」

ありがとうございます、っと。

 

「遠慮しとく。そのうち“林檎あめ”が、林檎みたいなダイヤに

 なりそうだから。」

「ばか。愛情は“ただ”なの・・。あ、そうそう、景クンまたサッカー

 やるんだって。」

「うん。タケダが誘ってくれた。」

「タケダ喜んでたよ。わたしも嬉しいし。見に行くから呼んでね。」

 

「ボク、へたっぴーなのに。」

「これがまた、わらえんるんだな。」



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