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JRの駅まで出て、普通に乗って、鴨田で快速に乗り換える。

そこから三つ目の葦原駅で降りた。

 

駅を出たらアルミの手すりが安っぽいアーチが掛かっていて、“マルエイ”がある。

 本当は“プラザ・マルエイ”とか言うらしいんだけど、昔からマルエイって

言ってるから、この辺りではみんなそれで通じる。

 この辺りでデパートって言えばマルエイのことで、も少し小さい頃から時々

連れてこられた。

 

アーチからそのままはいると二階の出入り口。この入り口は安っぽい。

 

 そのまま、エスカレーターに乗って六階の子供服売り場に行くんだろうな。

冷房が効いてて涼しいや。

ずっと家に居たから、きっとエアコン無しで居られない体になってる。

 

「あれ、かあさん六階じゃないの。」

「七階でバーゲンやってるのよ。六階はもう秋物の長袖しか置いてないわ。」

 

ちょっと安心したよ。

 店員さんに、“こちらのカントリーシャツなんかいかがでしょうか”、なんて

ニコニコ勧められたら緊張しちゃうよ。

柄より先に値札見せて欲しいよな。

 

で、バーゲンていうから、人でいっぱいなのかと思ったら、ぜんぜんそんなこと無い。

 

「あんまり混雑してないね。」

「八月はね、商売には向いてないの。お客さんあまり来ないのよ。」

 

へえーそうなんだ。暑いからかなあ。

母さん楽しそうだな。女の人ってホントに買い物好きなんだな。 

 

 店員さんが、誰かが散らかしていった服をまた綺麗にワゴンに並べ直している。

 それを母さんがまた引っ張り出す。で、それをまた店員さんがたたんで、誰かが

引っ張り出す。ちょっとした“リンネ”だね。

 

・・・うそ臭いとかいっておきながら、ちょっと読んじゃったんだよな。

不老不死の話とか・・・。

 

「ねえ景ちゃん、これなんかどうかしら。」

 かあさんが広げて見せた紺のボーダーは、確かに母さんの好きそうな柄なん

だけど、(だから僕も良く着せられたんだけど)・・・。

 

「かあさん、僕もう百五十あるんだよ。それって小さい。」

「あっ、いけない。そうなんだ、ご免ね、母さん気がつかなくって。」

 

そんな済まなさそうな顔しなくて良いのに。僕の言い方が悪かったんだよ。

 大人ならどんなふうに言うのかな。ちょっと窮屈かな、とかいえば良かったのかな。

悪いコトしちゃった。

 

「こっちのポロシャツどう?」

「あぁ、それ良いね。」

「ちょっと後ろ向いて。」

 

 僕がくるっと回ると、両肩に母さんの指があたる。多分、上から下まで眺め

回してるんだろうな。

母さんの手が、僕の肩を横になでた。

 

「うん、大丈夫。・・・景ちゃん、大きくなったんだね。」

かあさん、そういう言い方やめてよ・・・切なくなるよ。

なんだか、これが最後みたいで嫌だよ。

 

 それから僕はシャツを三着買ってもらって、母さんの

「ねえ、母さんのスーツも買うからちょっと付き合ってね。」

というとんでもない要求にも快く応えて、結局、買い物は夕方まで続いた。

 

「遅くなったわね。今日はここで晩ご飯食べて帰ろうか。母さん作るのも

 後かたづけするのも面倒になっちゃった。」

「しょうがないなあ。あんまり贅沢しちゃ駄目なんだからね。」

「偉そうな口聞いて・・・。でも、ご飯のやりくりは、いつもあなたがやって

 くれてるんだものね。

 贅沢はしないけど、今日ぐらい良いでしょ。折角、久しぶりに景ちゃんと

 二人で出てきたんだから。

 何が食べたい?」

 

何があるのか知らない。

 

「何でも良いよ。母さんの行きたいところでいいよ。」

お子様ランチとオムライス以外なら何でも。

 

「じゃあねぇ、母さんあのイタリア料理のお店に一度行ってみたかったんだ。

 エステの若いこたちがいいっよって勧めてくれてたの。どう?」

 

イタリア料理ならスパゲッティぐらいあるよね。だったら僕にも食べられそう。

 

「良いよ、そこで。」


 そのお薦めのイタリア料理店というのは、なぜか店の前にシェフのおっさんが

斜め向きに腕を組んで笑ってる写真が貼ってある変な店だ。

 

こんなおっさんの顔見て、あーこの料理美味しそうって思う人なんかいないって。

 

店の中は、少し照明が暗くて静かだ。照明が明るくて、騒々しいファミレスとは大違い。

 レストランと言ったら、ファミレスしか知らないクラスの連中に言ってやろうかなあ。

大人はこういう店に入るんだって・・・。

 

いや、自慢する方が子供っぽいか。

あーあ、大人への道は厳しいぜ。

 

「景ちゃん何にする?」

メニューってどこを見たらいいのか。うーん・・・これ日本語なの?

 

「特にないんだったら、Aコースって言うのにしたら?サラダとスープと

 パスタにデザートとコーヒーが付いてくるわよ。」

 

それじゃ、ファミレスと同じだよ。

 

でもわかんないから、

「それにする。」

 

母さんはAコースを二つと、自分のためにワインをグラスで頼んだ。

いいな大人は。いつか、ボクも飲んでみたいな。

 

 ・・・そっか、こんな店に入るんだったら、いつものTシャツにスニーカー

じゃ駄目って言うはずだ。

きっと最初からそのつもりだったんだな。

 

 ボクがトマトソースのたっぷり絡まったスパゲッティを、フォークに

巻き取っている時だった。

 

「景ちゃん、いつも母さん遅くてご免ね。」

「え、ううん。いいよいいよ。母さん、仕事忙しいんでしょ。」

 

 もぐもぐ。うん、本当に気にしてないように見せなくちゃ。

だから、口いっぱいに頬ばってもぐもぐ。

 

「仕事もだけど、色々お付き合いもしなくちゃならないの。母さんどうしても

 正社員になって、収入を安定させて自立したかったの。

 だから、時々はお酒も飲まないといけなかったりするの。」

 

母さん酔ってる? 僕、母さんおんぶして帰れるほど、まだ大きくないよ。

 

「あぁ、心配しなくて良いのよ。別にお父さんと離婚するとか、そんなじゃないから。

 でもね、母さんの我が儘でこっちに残るって言ったとき、言い出しにくかった

 のは父さんに頼り切っていたからだと思ったの。

 だから母さんも働いて、対等に物を言いたいと思ったの。」

 

 母さんは、グラスに残っていた二杯目のワインを飲み干した。

 

 変なの。母さんも僕と同じこと考えていたんだね。

でもさぁ、ボクがそれを実現させるのって、一体何年先になるんだろう。

 

「こんなに、あなたに苦労させるとは思ってなかったんだけど、母さんいま

 充実してるの。だから、ご免ね。」

 

ご免ねって、ねぇ母さん。それって反論は聞かないってことでしょ。

もう決めちゃったって。

 

「母さんは、母さんのやりたいようにすればいいよ。僕は大丈夫だから。

 別に共働きなんて、クラスでも珍しいことじゃないし。」

「ありがとう。」

 

「でも、なんでエステに?」

「うーん。学歴も経歴も問われない実力の世界だし、それに女ってね、

 いつまでも若くて綺麗でいたいって願望、いくつになっても持ってるの。

 一度経験したら抜けられなくなるのよ。だから商売としては堅いと思ったの

 ・・・ていうのはあとから思いついた理由で、本当のところ、なんで始めようと

 思ったのか、求人見ててなんか気になっちゃって、電話して、面接受けて、

 採用されて・・・。どうしてかしらね。」 

 

いつまでも若くて綺麗・・・不老だ。

 

「あのさ、家にある“徐福”の本って母さんのだったの?」

「ぇえ?知らないわよ。お父さんのじゃないかしら。あの人そういうの好き

そうだから。」

じゃあ、やっぱり父さんのだったのか。

 

 母さんはカードで支払いを済ませ、デパートの紙袋を両手に提げた僕たちは、

来たときとは逆のルートで家に帰った。

 

 家に帰って部屋に入って思った。

 明日からまた学校だ。母さんに大人の付き合いがあるように、僕にも子供の

付き合いがあって、学校にはそれがいっぱい詰まっている。

 

子供のお相手か、やだなあ・・・。

 

そうそう、結局、父さんはお盆には帰ってこなかったんだよ。


休み明けのクラスに入ると、空席が一つ出来ていた。

 

 誰か休んでるのかな。でも、そういうやつ思い出せない。よっぽど影の薄い

ヤツなのかな。

 それにしてもみんな焦げ茶色に良く焼けちゃって、ボクって、多分クラスの

中で浮いてるんだろうなー。

 

「ケーイー。」

あ、タケダだ。

 

「お前、プール来なかったのな。ミズエがむくれてたぞ。」

 

 ああ、結局行ったんだな。

 タケダにあのウソは通じない気がするけど、なんて言えばいい。

 

「お前も何かと事情があるんだろうけど、ミズエを泣かすんじゃねえぞ。

 お前のことを気にしてくれるなんていう、いいやつなんだから。」

「言われなくても分かってるよ。でもなー。」

と言いかけたところで、教室の前の方がばたばたしだした。

 

先生が来たんだな。

 

「きりーつ。れい。ちゃくせーき」

 

「オー、みんな元気そうだなー。なんだ、一人漂白剤を被ったようなヤツが

 いるが・・・。」

 トミザワが僕の方を見てくすくす笑った。お前に何が分かるってんだ、ガキ。

 

「なんにしても今日から新学期だ。明日から授業だから、気い引き締めていけよ。

 ・・とその前に。」

先生は廊下の方に向かって手招きした。

 

「入って。」

 

 黒く切れ長の目、白い肌、すっごい長い髪。初めて見るなあ、転校生かぁ。

 

「自己紹介して。」

彼女は、両手を重ねて軽くお辞儀をした。

 

「上叢(かみむら)千冬(ちふゆ)です。父の仕事の都合でこちらに引っ越してきました。

 よろしくお願いします。」

「席はとりあえず、その空いてる机に座って。来週席替えするからそれまでだけどな。」

「えー、席替えー。」

どんどん、ばたばた、・・・。

 

 先生が何か言うたびに、一斉にエーとかいって騒ぎ出すのやめろよな。

プリントだ、テストだ、遠足だ、エー、やだー、無理―。僕には理解できないよ、

そういう君達の子供っぽさが。

 

 で、クラスが騒いでるのもまったく耳に入らないように、彼女は席まで歩いて

行って、座って窓から外を見ていた。

彼女の周りだけ、夏じゃないみたいに温度が低そうだった。

 

 このあと校長の話が体育館であって、教室に戻ったらまた担任の話があって、

成績表を返したり、宿題のプリントを出したり、プリントが配られて・・・

えー最悪だ、いきなり家庭訪問だよ。

 母さん仕事張り切ってるし、家にいてくれるかな。先生もこんな暑いときに

しなくても良いのに。

 

 で、最後に掃除が終わって、そろそろ家のエアコンが恋しくなって、帰ろうと

してたときだ。


「おい、中森。」 

と、先生に呼ばれた。

 

 女子のグループが、転校生の周りを囲んで騒いでて、その横をすり抜けるとき、

ちらって彼女を見た。

 

“ねぇどこから来たの?”

“東京から。”

“前の学校、なんて言う学校?”、とか何とか。

 

どうでもいいんじゃないのー、そんなこと。

 

僕は、面倒なことだと嫌だなと思いながら教壇の方に行った。

 

「中森。お前、光が丘だったよな。彼女もそっちの方だから送っていってやれ。

 道も良くわからんだろうし、最近は本当にいろいろ物騒だからな。」

 

物騒だからって・・・、何があってもボクなんかに何か出来るわけないし。

ケンカとかしたこと無いし。先生ってホントに勝手なこと言ってくれるよ、

まったく。

 

でーも、「はーい。わかりました。」といって振り返った。

 

さっきの女子の一団と、上叢千冬と目があった。

 正確に言うと、目があったと言うよりは、お互い漠然と認識したというか、

その時点でボクは急速に恐ろしくなった。

 

イヤ、キモイ、アリエナイとかいわれたらどうしよう。

 

僕は彼女の席までいって、

「先生が送っていけって。上叢・・・さん。」と、もうクラスのみんなの耳に

入っている事実をもう一度繰り返してしまった。

 

ああもう、僕ってなんて気が利いてないんだ。

 

今度は女子グループが一斉に転校生の方を見た。

「イヤ、今すぐじゃなくても良いけど。オレ図書室行ってるから。」

 

僕はその場の空気に耐えきれず、荷物をまとめて教室を出て行った。

 

 夏休みの登校日に借りた本を返さなくてはいけないのは本当のことなので、

逃げたって言うわけではありません。あくまでも。

 

「送りオオカミになったら駄目だよー。」って、誰だいまどきそんな古風な

こというやつは!

みんなも意味分かってて笑ってるのか、このガキども!

 

・・・“漠然と”って言い回し。

 

ちょっといいかも。


“図書室”は“図書館”とは違って、子供向けの本が多い。

 

 だから僕が読みたい本はあまり無いんだけれど、学校に来ると手に入るのは便利だ。

図書館は、自転車で行かないといけないくらい遠かったりするから。

 

 学校の本て、なんだか負け試合の選手みたいな気がする。

角かどがすり切れてたり、セロテープで背中を修理してあったり。

 なんていうのか、もう疲れてるんで帰りたいんですけど、まだやらなきゃいけ

ないんですか・・・て言ってる見たいな。

 

 今日はどうしようかな。借りるか、借りないか、それが問題だ。

石川啄木ってさあ、どうにも、食欲がわかないんだよね。(宮沢賢治もだけど。)

 

うーん。

 

「な、か、も、り君?」

はひ?

 

「あ、よかった。違う人だったらどうしようかと思った。お待たせ。」

ああ、上叢さん。知らない声だから、だれかと思った。

 

「もう、よかったの。僕ならまだ良いけど。本見てるし。」

 

 あの黒い目で見られて、おまけに“お待たせ”なんて言われて、僕はちょっと

どぎまぎ。

 

「へぇー、啄木読むんだ?」

あー手の上のこれね。

 

「いや、読んだ方が良いのかなとは思うんだけど、教科書に載ってるあの顔を

 思い出すと、どうも読書意欲が無くなるんだ。」

「えー、変わってるね。顔で読む読まないを決めるんだ。他には?」

ちょ、ちょっと近すぎ。

 

「夏目漱石とか。」

「ああ、漱石ね。じゃ鴎外とかも読むの?」

だから近いって・・・。

 

「まだ。」

 

 そうか、夏目漱石なんてまだるっこしい言い方は駄目だ。プロは漱石とか

鴎外とか啄木って言うんだ。

 

「そうそう、顔で決めるんなら“中也”がいいよ。」

ちゅうや? 誰や?(さむい・・・。バラエティの見過ぎだきっと。)

 

「ここになかったら、今度貸してあげようか? でも小学生には無理かなあ。」

 

むかつく。自分だって小学生だろ。何様だおまえ!

 

「今日はやめとく。帰ろう。」

 

なんか、初対面のオンナに子供扱いされた。

“小学生には無理か”だって。(後日、本当に無理なことを思い知る。)やなヤツ。

 

「あ、ちょっと待って。なかもり君。」

 

 僕は鞄を背中に振り上げて、図書室を出て、靴を履き替えて、ずんずんと

校庭を横切っていった。

 
 校門のヒマラヤスギの辺りで、上叢さんが音を上げた。


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