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「中森。なーかーもーり。ケイくん、久しぶり。」

 

 うわーびっくりした、二組のオカノ ミズエだ。

何でこんなトコにいるんだ。

 

「元気してた。終業式以来じゃない。」

「ふつう。特に、元気でもない。」

 

「何?買い物?そうか、ケイくんのお母さんて働いてんだもんね。

 えらいねーケイくん。買い物するんだ。」

こんな、冷蔵ケースの前で立ち話なんて小学生のすることじゃねーぞ。

 

「ミズエは?」

「わたしはねー、こんやの晩ご飯の食材をですなー・・・なんてウソウソ。

 塾の帰りに涼みによっただけ。ホントはアイスも買いたい所なんだけど、

 今月は毎日塾で、そのたびに買い食いしてたらピンチなんだ。」

 

 計画性のないやつだなあ。子供かお前は。

 

・・・いや、小学生は十分こどもだな。

 

「ミズエって、中学受験?」

「違う違う。家にいたらうるさいって、親に夏期講習に行かされてるだけ。

 わたしの夏休みを返せー。」

 

いいじゃん、親が家にいるだけでも。

一人で飯食って、バラエティ見て笑ってみろって。

 

「ケイくん、まっちろねぇ。」

オカノ ミズエが自分の腕と僕の腕を並べて比べた。

 

「プールとか行かないの。」

「ぅん、まあね・・・。」

「今度いっしょに行こっか。お盆の間は塾も休みだから、

 カンナやタケダとかも誘って。」

 

うーん、母さんにサーフパンツ買ってくれって、なんとなく言いづらいなあ。

折角誘ってくれたし、プールも行きたいけど。

 

 

「こら。またこんな所で道草して。」

「あっ、やば。母さんに見つかっちゃった。」

 

「あら、えーと中森くんね。こんにちは、お買い物かしらぁ一人でぇ、

 偉いわねぇ。」

「こんにちは。」

 

 ミズエのお母さんて、久しぶりに見るな。なんか普通のお母さんって感じだ。

うちもちょっと前までは、あんな感じだったよな。

 

「ミズエ、帰るわよ。」 

ああァ、手なんか引っ張られちゃって。

 

「じゃあ、考えといてねー、ケイく―ん。」

「ああ。」

 

いいヤツなんだけどな、ミズエって。男子、女子区別ないし。

でも、既にこの時点で、僕は九割ぐらいは行く気がなくなっていた。

サーフパンツだけの問題じゃなくて。

 

あっ、メール。

 

 ポケットから携帯を出してピピッと開くと、いまのやるせない気持ちに

追い打ちをかけるような母さんからのメールが届いていた。

 

“こんやは遅くなります。ご飯は一人で食べて下さい。”

“こんや”ぐらい漢字で打てよ!

 

・・・ああァ、“やるせない”ってのも、大人っぽい。

 

いっぺん死ね、オレ。


今日は朝から雨だ。

雨の中を図書館に行くのも面倒だし、なんかまだ読んでない本とか無いかな。

 

うーんと、この辺りの伝説系のって、なんだか嘘くさいんだよな。

『大江山の鬼』とか『役行者』とか『徐福伝説』。

本当にいたら、とっくにテレビに出てるね。

 

 

“今日は大江山の鬼さんをお迎えしております。

 鬼さん若い頃は無茶したんですってね。

 いやぁ、娘ッコを二三人さらってきて食ったぐらいですよ。

 わたしなんかまだまだ・・・。

 ウオー、俺の娘を帰せー!・・・アビキョウカン。”

 

なーんてね。父さんって妙なものに興味持ってるのな。

 

“不老不死の仙薬を求めて、三千人の従者を伴い船出して、戻ることはなかった。”

行く先は日本?・・・か。

 

なんだかセンス無いなあ、このオビの文句。

しかし黄金の国やら、不老不死の国やら、日本も昔はネバーランドだったんだね。

 

“不老不死”かぁ。

 

 年をとらない死にもしない。でもお腹は空くんだろうし、

・・・一生働けってことかな?

 

やなこともそのまんま続くんだろうな。

そんなに良いことなのかな、“不老不死”って。

・・・だからエステなんてのが儲かるのかも。いつまでも若く美しく、なんて。

 

 夏休みの自由研究にどうかな。「“徐福”と“エステ”。」

 

・・・僕って、まったく、センスのかけらも無い。

 

 おおっと、びっくりした。マナーモードにしてたんだっけ。

「ハイ、中森です。」

 

“あ、ケイくん。わたし。”

「あぁ、ミズエ?」

 

“考えといてくれた?プール。”

「ごめん、親父が帰って来るから家にいろって言われて。」

 

“ああ、そう。ケイくんの父さんてタンシンフニンだったよね。

 じゃあしょうがないか。”

「ワルイ。そういう事だから。」

 

携帯の耳にあたっているところが、じわじわと熱くなってきた。

 

“ケイくん、サイキン元気なくない?サッカーもやってないんだって。”

 じわじわじわ・・・・・、汗かきそうだ。

 

“一学期から気になってたんだけど、昼休みとか教室で外見てぼーっとしてるでしょ。

 何かさ、悩み事あるんだったら相談しなよ。”

 

「大丈夫だよ、ちょっと年くっただけさ。」

 

“ぇえー、オジンクサ。なら良いけど。”

「ホント、ご免な。」

 

“いいよいいよ、じゃ、またね。”

 

Pi!

 

ホントご免。父さんが帰ってくるなんてウソなんだ。

 

ミズエは良いヤツなんだけど。目がおっきくってちょっと可愛いし。

でも僕とはもう住む世界が違うんだよ。

 

 ミズエにしてもケンイチにしても、お父さんお母さんが居て、姉弟なんかも

居たりして、遊んで帰ったらちゃんと晩ご飯が用意してあって、ボクみたいに

“スーパーの晩ご飯”を買いに行かなくてもよくって。

 

 あいつらは一日中子供で居られるけど、僕は大人に成らなきゃ、

自分で何とかしないと食べていけないんだ。

 

 そういう幸せなヤツらの中に、ボクみたいなのが混ざっているって言うのは、

居心地がワルイ。

 

  だってさ、サッカーの話で盛り上がってるときに、スーパーの総菜売り場の

時間を気にしてそわそわするなんて、ありえねー。

 

 クラスの中には、親が離婚しちゃったとか、もちろんうちみたいにタンシンフニン中

のヤツも居るんだけど、そういうのばっかり集まってお互い慰め合うってのもキモイし、

彼らって案外気にしてないみたい。

 

 こういうコトこだわるボクが変なのかな。

 

 ボクは待ち受けになっている携帯を放り出し、おでこに腕を乗せて、

仰向けに寝転んで天井のライトを見上げた。

 

 蛍光灯を覆っている白いフードに、黒っぽい点々が見えている。

光に誘われて、中に入って出られなくなったんだ。

明日はあれを掃除してみようかな・・・。

 

 とにかく、親に見捨てられる前に大人にならなくちゃ。

でないとのたれ死にだ、きっと。

 

こんなリビングでごろごろしてる間に、死ンじまう。


 

 

 ボクは時々夢を見る。

 

 誰だか知らない人から引き離される夢。

 

 声も聞こえる。「ごめんね。」って言う声。

 

 その時のボクには何の感情も無い。

 

 

 なにも分からずに、引き離される夢。


 長かった六年の夏休みは、僕にとって本当に意味のないものだった。

 

 宿題に、日記とか無かったのがせめてもの救いだ。

だって、毎日同じだったもの。

 

 毎日毎日、本はいっぱい読んだから、感想文は楽勝だ。

 本当のところは夏目漱石なんて読んでても良くわからない。ギャグも落ちもない。

(だからノイローゼになんかなるんだよ。インターネットでちょっとは調べたんだ。

調べ物学習の成果だね。)

 

 テレビドラマをみてるのと同じ感覚で、ただ字を追っかけてストーリーを

追っかけてるだけ。

 それでどうやって感想文を書けたかというと、一冊だと書くこと少ないけど、

十冊分を一つにしたらこれがケッコウ原稿用紙の穴うめにはなるんだよね。

 

 僕って頭いい!

 

「けーいー。」

 

 そうだ、今日は家にいる日だった。

僕は部屋から出てリビングに入った。

 

「なに、母さん。」 

はは、起き抜けの顔ってギャップあるな。

 

「夏休みの宿題とか、終わってるの?放ったらかしにしといて、今更なんだけど。

 どうせ母さん、父さんみたいに手伝ったり出来ないし。」

「大丈夫、ちゃんとやってるよ。」

「そう、偉いね景ちゃん。」 

 

 母さんは額にたれた前髪を後ろに押し上げた。

 

「母さんね、頑張ったから来月から正社員に成れるの。」

母さんの顔がちょっと誇らしげだ。

 

「正社員になったらどうなるの?」

「お給料が上がるし、部下も出来るのよ。責任も重くなるけど、次は店長にだって

 成れるし。母さんを指名してくれるお客さん、多いのよ。」

「ふうん。すごいね。」

 

 僕にはあんまり、多分、ぜんぜん関係ない。

でも、大人だからにっこり笑ってお祝いしてあげよう。

 

「景ちゃん、なんか欲しいものない?いままで放ったらかしたお詫びになにか

 買ってあげるよ。ゲームでも何でも良いよ。今日は。」

「いいよ別に。特に欲しいものなんてないし。」

 

「そんなこと言わないで。お父さんのお金じゃなくって、お母さんのお金で

 何か買ってあげたいの・・・。 そうだ服買ってあげよう。景ちゃんそのTシャツ、

 いい加減くたびれてるじゃないの。新学期からそんなんじゃ恥ずかしいわよ。」

 

服買うより、家にいてくれ、なんてこと言えないよな。

そして、“お父さんの金じゃなくって”、か。うちって、かなり重傷なんだ、きっと。

 

「じゃあ、服でいいや。」

「それじゃ、出掛ける用意するからちょっとだけ待っててね。」

 

 それから、母さんがいうながーい“ちょっと”の時間、僕は待っていて。

 

「お待たせ。あら、着替えて無いじゃない。」と非難されて。

「このまんまで良いじゃない。」って反論したら、

「だめよ今日はデパートに行くんだから。そんな格好で誰も歩いてないわよ。」

って言われた。

 

「デパート!スーパーじゃないの?」

 

 

母さんと出掛けるのなんて、何ヶ月ぶりだろう。

 ちょこっと前に、化粧が派手になったの何だのってぶつくさ言ったけど、

やっぱり綺麗な母さんは良いな。

 

 夏のじりじりとした日射しが、頭を真っ白にしていく。アスファルトさえ白く

見えてくる。

これが現実じゃなくて、夢だったらいいのに。

 

夢だったら何度でも見られるから。


JRの駅まで出て、普通に乗って、鴨田で快速に乗り換える。

そこから三つ目の葦原駅で降りた。

 

駅を出たらアルミの手すりが安っぽいアーチが掛かっていて、“マルエイ”がある。

 本当は“プラザ・マルエイ”とか言うらしいんだけど、昔からマルエイって

言ってるから、この辺りではみんなそれで通じる。

 この辺りでデパートって言えばマルエイのことで、も少し小さい頃から時々

連れてこられた。

 

アーチからそのままはいると二階の出入り口。この入り口は安っぽい。

 

 そのまま、エスカレーターに乗って六階の子供服売り場に行くんだろうな。

冷房が効いてて涼しいや。

ずっと家に居たから、きっとエアコン無しで居られない体になってる。

 

「あれ、かあさん六階じゃないの。」

「七階でバーゲンやってるのよ。六階はもう秋物の長袖しか置いてないわ。」

 

ちょっと安心したよ。

 店員さんに、“こちらのカントリーシャツなんかいかがでしょうか”、なんて

ニコニコ勧められたら緊張しちゃうよ。

柄より先に値札見せて欲しいよな。

 

で、バーゲンていうから、人でいっぱいなのかと思ったら、ぜんぜんそんなこと無い。

 

「あんまり混雑してないね。」

「八月はね、商売には向いてないの。お客さんあまり来ないのよ。」

 

へえーそうなんだ。暑いからかなあ。

母さん楽しそうだな。女の人ってホントに買い物好きなんだな。 

 

 店員さんが、誰かが散らかしていった服をまた綺麗にワゴンに並べ直している。

 それを母さんがまた引っ張り出す。で、それをまた店員さんがたたんで、誰かが

引っ張り出す。ちょっとした“リンネ”だね。

 

・・・うそ臭いとかいっておきながら、ちょっと読んじゃったんだよな。

不老不死の話とか・・・。

 

「ねえ景ちゃん、これなんかどうかしら。」

 かあさんが広げて見せた紺のボーダーは、確かに母さんの好きそうな柄なん

だけど、(だから僕も良く着せられたんだけど)・・・。

 

「かあさん、僕もう百五十あるんだよ。それって小さい。」

「あっ、いけない。そうなんだ、ご免ね、母さん気がつかなくって。」

 

そんな済まなさそうな顔しなくて良いのに。僕の言い方が悪かったんだよ。

 大人ならどんなふうに言うのかな。ちょっと窮屈かな、とかいえば良かったのかな。

悪いコトしちゃった。

 

「こっちのポロシャツどう?」

「あぁ、それ良いね。」

「ちょっと後ろ向いて。」

 

 僕がくるっと回ると、両肩に母さんの指があたる。多分、上から下まで眺め

回してるんだろうな。

母さんの手が、僕の肩を横になでた。

 

「うん、大丈夫。・・・景ちゃん、大きくなったんだね。」

かあさん、そういう言い方やめてよ・・・切なくなるよ。

なんだか、これが最後みたいで嫌だよ。

 

 それから僕はシャツを三着買ってもらって、母さんの

「ねえ、母さんのスーツも買うからちょっと付き合ってね。」

というとんでもない要求にも快く応えて、結局、買い物は夕方まで続いた。

 

「遅くなったわね。今日はここで晩ご飯食べて帰ろうか。母さん作るのも

 後かたづけするのも面倒になっちゃった。」

「しょうがないなあ。あんまり贅沢しちゃ駄目なんだからね。」

「偉そうな口聞いて・・・。でも、ご飯のやりくりは、いつもあなたがやって

 くれてるんだものね。

 贅沢はしないけど、今日ぐらい良いでしょ。折角、久しぶりに景ちゃんと

 二人で出てきたんだから。

 何が食べたい?」

 

何があるのか知らない。

 

「何でも良いよ。母さんの行きたいところでいいよ。」

お子様ランチとオムライス以外なら何でも。

 

「じゃあねぇ、母さんあのイタリア料理のお店に一度行ってみたかったんだ。

 エステの若いこたちがいいっよって勧めてくれてたの。どう?」

 

イタリア料理ならスパゲッティぐらいあるよね。だったら僕にも食べられそう。

 

「良いよ、そこで。」



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