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十分前

“千冬だな?”

 

「はい。」

 

“彼はなにしてる。”

 

「シャワー。」

 

“もう、話してしまったのか。”

 

「全部。」

 

“信じたのか。”

 

「多分。」

 

“死んでもらうしかないな・・小言は後だ。いまから人をやるから、

 部屋の鍵を開けなさい。”

 

「もう来てるの!」

 

“いってあるだろう。お前は監視されている。貴重な”完全体“のお前は、

 いつも監視されているんだ。

 お前が彼の家に行ったことも、電車で東京に行ったことも、そのホテルに

 チェックインしたことも、全部分かっている。”

 

「開けないといったら?せめてあともう一日。」

 

“駄目だ。情が募って彼を逃がされたりしたら大ごとだからな。

 急に人を手配するのも大変だったんだ。

 それとも、ホテルにぼや騒ぎでも起こそうか。”

 

逃げ場や言い逃れは不可能なようだった。

いや、それを一番よく知っているのは、“冬”の字を継ぐ私なんだ。

 

「・・・わかった。」

 

“いまは、これまで以上に見張られているんだから。変な気を起こして、

 この上面倒を増やすな。母さんは半狂乱になってたぞ。”

 

「あんな人、母親じゃないわ。」

 

  電話は、一方的に切られた。わたしがこのあとどう行動するか、考える前に

部屋のドアがノックされた。

わたしは震える手でドアを開けた。数人の男が入ってきた。

 

その中に見知った顔はなかった。

 

シャワーの音がやみ、彼が衣服を身につける音を部屋の隅で聞いた。

ノブを回し、ドアを開け、髪の毛を濡らしたままの彼が出てくる。

 

「あー、さっぱりした。千冬もは・・・誰・・。」

 

 “誰だ” と叫び切る間もなく彼は口を押さえられ、床に押し倒されて

両手両足を押さえつけられた。

 彼の右腕に慣れた手つきで注射器を刺し、透明な液体が血管に注入されるのを、

映画でも観ているように、わたしは座り込んで眺めて居るだけだった。

 

こう成る事は仕方無かった。

 

それは解っていた。わたしが希望したのは、もう少しだけ二人で居ること。

そんな些細な願いだった。

わたしは、ふらつく足で彼の側に近寄り、しゃがみ込んだ。

 

「千冬、どうして・・・。」

 

彼の意識は、すでに朦朧としてきているはずだ。

 

「景クン。こうするしかなかったの。・・・貴方をずっとわたしのものに

するために、こうするしかなかった。」

 

わたしは彼の手を握り、彼に許しを請うた。男達は、彼の手足を自由にした。

もう、暴れることすら出来ない。そんな力はどこからも出てこない。

 

「貴方を誰にも渡したくないの。」 

 

彼の瞼が、半ば閉じられた。

 

「こんなこと、しなくてもよかったのに・・・きみが、傷つくだけなのに・・・。」

 

彼は、握った左手に、残された力を込めた。その弱々しい信号を、わたしは

強く握り返した。

最後に彼は微笑んだ・・・と、わたしは思った。

 

己の罪と業の深さに、気が狂いそうだった。