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三年と八ヶ月前

 クリスマスと共に冬休みがやってきて、成績の上がった通知簿を見て

かあさんは嬉しそうだった。

 

“小さいけれどびっくりするぐらい高い”っていうケーキを買ってきてくれて、

いくつになっても子供はクリスマスが好きだって思っている親って幸せかも、

なんて思ったりもしながら、半分食べた。

 

 ちょっと最後の方は必死だったけど。

 

母さんのクリスマスプレゼントは手編みの帽子で、こんなのいつ作ったんだろう。

あんなに忙しそうなのに。

 

 ボクは母さんに手袋をプレゼントした。親にもらったお小遣いで買うって

いうのがちょっと後ろめたかったけれど、一生懸命選ぶ事に心を込めたつもり。

母さんも喜んでくれたし。

 

 ボクがもう少し大きくなって、例えば恋人かなんかとクリスマスを過ごすように

なったら、母さんは一人でどうしているんだろうか。

いや、恋人が出来るかどうかはこの際だから置いといて、だけど。

 

 おっと、ケイタイ鳴ってる。この前、しおり挟むの忘れて、どこまで読んだの

かわからなくなって、適当に開いたらいきなりネタばれしちゃってげっそりした事

あったよな。

 

“ミズエ”だ。 なんだろ。

 

「メリークリスマス!ミズエ。」

 

“・・・・・”

 

「おい、なんか言えよ。」

“酔っぱらいの小学生の、知り合いはいないわ。”

 

「赦して、もうしません。」

“あのさ、ケイくん。約束覚えてる。”

 

「あーあーあー、おぼーえてるよ。ええと、たしかDVD貸すんだよね、

 それとも“ブルー・フィッシュ”のCDだっけ。」

 

“わたし人間不信になりそう。あんなに固い約束を交わしたのにん。他に

オンナが出来るとこれだもんね、やだやだオトコって。”

 

えーーーーーーーーーーーー何だっけ。マジ、やばい、げきヤバ。

声、異常に低いし。

 

“本当に忘れたの・・・、林檎あめ。”

「あーーーーーー!いまそういおうと思ってたトコ。」

 

“けいたいで叫ぶなー、耳しぬ。”

きーーーーーーーーん。

 

「ごめんなさい。初詣だよね、日枝神社の。」

“大丈夫ぅ?いけそうかなぁ。まさかアノコと約束したなんてこと無いで

しょうね。”

 

「誰ともしてないよ、行く行く。」

“じゃあねえ、鳥居の前に1月1日1時って事でどう。”

 

「を、1並びですか。粋(いき)ですなぁお嬢さん。」

“カンナとタケダも誘っとくね。”

 

「四人揃うの久しぶりだなあ。」

“ケイが無視するからでしょ。”

 

「ああ・・・、そっか、そうだったよね。ごめん。」

“あ、ぜんぜん、そんなつもりで言ったんじゃないの。最近、ケイが元気に

なってきたから、ちょっと調子に乗っただけ。ほんと良かったよ、ケイが元気に

なって。”

 

 そうなんだ。ミズエは優しい女の子で、ボクなんかのことを、こうして気に

掛けてくれる。

初詣だって、もっといけてる男誘えばいくらでもついて来るのに。

 

“どうしたの、だまっちゃって。”

「・・・あのさ。」

 

“ぅん?”

「あ、ありがとう。」

 

しばらく、ミズエから答えが返ってこない。

 こんなに暗くて静かな夜に遠く隔てられているのに、二人をつないでいるのは

目に見えない電波だけなのに、ボクはミズエが肩を震わせているのがわかったんだ。

 

 それも単純じゃなくて、いろんな気持ちがごちゃごちゃに溢れ出して、そう

してるっていうことが。

 

どうしてだろう。

 

「おーい。」

“・・・バカ・・・突然なによ、・・・泣いちゃったじゃない。”

 

「うん。」

“あーあ、アノコじゃなくて、私だったらよかったのに・・・。”

 

「そんなんじゃないって。」

“付き合ってるってもっぱらの噂だよ。”

 

「付き合ってないよ。大体さ、ボクってそういうことが出来ないの、

 ミズエが一番わかってるだろ。」

“そういういい方されても、うれしくもなんとも無ーい。でも、そうか。そうだね、

ケイっておこちゃまだもんね。そういうところ。”

 

「タケダにも言われた。」

“私はいつまで待てばいいのかなあ。”

 

 おいおい冗談だろ。そんなの想定外だよ。なんか、今夜は展開がはやいな。

どうしてこんな話になっちゃったんだろう。

 

「1月1日1時だろ。」

“刺身包丁もって。”

 

「ええー!」

“いっとくけど、私モテルんだからね。これが最後のチャンスかもしれないよ。

来年はもう中学生だし。”

 

「そっかぁ、何年かして、こっぴどく振られて、初めて分るんだろうなボクって。

ミズエのことがどんなに好きだったかってこと。」

 

“へぇー、私のこと好きなんだ。”

「うん。」

 

“でも付き合えないんだ。”

「うん。」

 

“どうして。”

 


「ミズエがそんなふうにボクのことを見ているなんて知らなかったし、
 それに、そうなったらなったで、うまくやっていける自信も無いし。
 付き合って別れちゃったら、それまでと同じには、やっていけないと思うんだ。
 でもボクはミズエとずっと仲良くやっていきたい。」

 

“トモダチイジョウ、コイビトミマン、か。ちょっとあせって、まいあがっちゃったかなぁ。

 ねぇ上叢さんのこと、どう思ってるの。”

「どうって。」

 

ついに実名できたか。

 

“このさいだからはいちゃえ。楽になるよー。”

なるか、んなもの。

 

「彼女は面白い。」

“面白い。なにそれ!”

 

「本当は人懐っこくって、寂しがりで、お節介なぐらい世話好きなのに、

クールで淡白で薄情なふりをしているところ。」

“あーあ、聞くんじゃなかった。今のは聞かなかったことにする。

 えー、あ、はーい。”

 

「なに?」

“うちのオニハハが、お風呂に入りなさいって。

 せっかくいいところだったのに。残念。”

なにがいいとこなのか、わけわかんないよ。

 

“やっぱりCDも借りとこうかなあ。あの“ラブ・パレード”の、

 ふん、ふふ、ふん♪ ってとこ好きなんだあ。“

「・・・・わからねえ。」

 

“だぁかぁらぁ、

 さあ、パレードに行こう。世界の終わりまでつづくパレードに。

 愛だけでむすんだボクたちの手をつないでー♪ っていうところ。

 きゃあーーー恥ずかしい。なにさせんのよ、歌っちゃったじゃない。“

 

「ねぇ、ミズエ。」

“うん?”

 

「おちつけ。」

“わたしは常に冷静です。”

 

「あのさあ、大晦日の夜、年が変わったら、一番に電話していいかな。」

“ああっ!いい、いい、それいい!待ってるからね。きっとだよ!

 じゃあ、ついでにもう一つおねだりしちゃおうっかなあ。”

 

「なに?」

 

“おやすみ、ぼくのミズエ、Chuって囁いて。

 待ってね、今からベッドに入るから。“

「今から、風呂はいるんだろ。」

 

“はっはーばれてたか。想像しちゃだめだぞ。”

「するか!」

 

“あ、はーい。わかってまーす。・・たく、しつこいんだからオニハハめ。

 娘の恋路を邪魔するんじゃないの。じゃね、名残り惜しいけど。”

「じゃあな、おやすみ。」

 

Pi!

 

うああああああああ・・・・・・どっと疲れた。

冬なのに汗かいてるよ。

 

 びっくりしたー。ミズエがねぇ・・そういえばいつか、タケダがそんなこと

いってたなぁ。のあああ・・嬉しいけど、なんだか困るよ。

 

ぱたん、ぱたん、ぱたん。

 

そうだ、“待ち受け”変えとこうっと。こんなのみたらミズエが傷ついちゃう。

ええと、これもダメ、これもいまいち、これは・・・千冬の怒った顔。

 

・・・千冬の顔かあ。

 
おい、ケイ! 面白いってだけか?
ほんとうに、それだけの理由でこんなの登録してるのか。

それからお正月までの一週間、ミズエは夏休みと同じ塾で冬期講習に。

ボクはときどき、タケダやケンイチ君達と公園でサッカーボールを

蹴ったりした。

 

 タケダは中学に入ったら、サッカー部に入るって言ってた。タケダだったら

すぐレギュラーだろうな。

それ以外の時間は、やっぱり本を読んでいて、いまは歴史物にはまっている。

 

そうそう、家に料理の本があったのは大発見だった。

多分かあさんが新婚時代に使ってたんだろう。

奥の方に追いやられていたけど、掃除の途中で見つけたんだ。

ボクってどんどん家庭的になっていくのな。

 

ところどころ角を折ったあとや、汚れた指で触ったような跡が付いている。

へぇー煮っ転がしって、砂糖入れるんだ。だからちょっと甘いのか。

知ってるか知らないかだけのささいな事なんだけど、ボクにとっては大発見。

 

 ふうん、結構いろいろと揃えないといけないんだよね、ボクの知らない

調味料とかの名前がたくさん載っている。

 これはこれで面白いけど、作るって大変そうだな。だから奥の方にあったのか

・・・母さん、やっぱり料理嫌いだったのかな。

 

 そんな毎日が続いて、大晦日がやってきて、父さんが三百六十四日ぶりに帰ってきた。


「おおっ、景、でかくなったな。」

「152あるんだよ。もうすぐ母さん追い越しちゃうよ。」

久しぶりに合うと、なんだか恥ずかしいな。

 

「これお土産だ。っていっても、大したもんじゃないがな。

 もう新幹線が満員で、父さんは殆ど荷物がないから良かったけど、

 家族づれなんか見てられなかったぞ。ああまでして帰りたいかなあ。」

 

 父さんは、ソファーに腰を下ろして、その父さんの言う少ない手荷物から、

いかにもキオスクで慌てて買いましたって包装の、

「なにこれ、“辛子明太子”?」

 

「博多名物と言えば、“明太子”。」

「誰が食べるの。」

「みんなでだ。」

 

「今日大晦日だよ。年越しそばに明太子食べてどうすんの。ボクいらない。」

「母さんも遠慮しとくわ。」

「なんて家族なんだ・・・。」

「なんて親父だ・・。」

 

「まあまあ、お父さん疲れてるんでしょ、飲む?ビールでもお酒でも、

 何でもあるわよ。」

「へぇー気が利いてるじゃないか。酒、と明太子。」

やっぱり酒の“あて”だったんだ。

 

「景ちゃんが買っといてくれたのよ。成績も上がったし、身長が伸びただけ

じゃないの。成長してるわよ。じゃ、ちょっと用意してくるわね。」

 

 父さんがいると賑やかだな。いつも誰かが話してて、ボクの耳が全部

それに反応しようとする。

「景、サッカーやってるのか。」 

ほらまただ。

 

「うん。でもサッカーって言うか、ボール蹴ってるだけだよ公園で。」

「どんなプロでも最初はそんなもんだろう。」

「ボクはサッカー選手になりたいわけじゃないよ。そうやってみんなと

 ボールを追っかけるのが楽しいだけ。あんまり上手くないし。」

 

 母さんが父さんの前に、厚手のとっくりと明太子の載った皿と

お箸をおいてった。

うちにとっくりなんてあったんだ。全然気づかなかったよ。

 

 ふーって息を吐いて、

「ずっと転勤ばっかりだったからな、友達とそんなふうに遊ぶ事も

 出来なかったろう。こっちに残ったのは正解だったな。」

 

「父さん寂しい?」

「えー、あー、寂しくはないな。父さんは学生の時に家を出てから、

 ずっと一人暮らしだったから、一人暮らしには慣れてるんだ。

 母さんや景の顔を見たり、話をしたいと思う事もあるけれど、寂しいと

 思った事はないよ。アラブに日本の電気製品を売りに行ってる

 わけじゃないから。

 帰ろうと思えば、新幹線で直ぐ帰れるんだし。」

 

 ふーん、大人ってそんなもんなんだ。

 

そうだよな、そうかもしれない。

いまも沢山の日本のお父さん達が、世界中に単身赴任してるんだもの。

 

「あのさ、“大江山の鬼”とか“徐福”って父さんの本でしょ。

 ああいうの好きなの?」

父さんのぐい飲みが、口の前で止まった。

 

「若い頃に、ちょっとああいう伝説にはまった時期があってね・・・。」

やっぱり父さんか。それで、それで、何が面白いの?

 

「あ、母さんもう一本つけてくれるかな。」

「おそば先に食べましょうよ。」

「そうだな。よし、どうせなら“紅白”見ながら食べよう。ぷちっとな、っと。

 なんだこりゃ、なんだか鳥みたいなのがでてるぞ。

 ほら景、これ誰だかわかるか。」

 

ぇえー・・それで終わりなの、つまんないの。

 

「ああ、アマダ・リホだよ。今年あんなに流行ったのに、父さん知らないの。」

「父さんはもう、おじさんだからな。若い歌手はさっぱりわからん。」

「出来たわよ。おそば、食べましょう。」

 

 テーブルの上にお椀が三つ。お箸が三膳。

三つ揃ったのは、この年の暮れが最後になった。

おそばを食べちゃったら、もう早々にお風呂に入って部屋に退散した。

 紅白なんて見たくも何ともないし、(特に後半。見た事もないオジイサンや

オバサンがぞろぞろと出てきて歌うところ。はっきり言ってキモイ。)

父さんと母さん、二人にしてあげた方がいいんじゃないかと思ったんだ。

 

それに、僕にも用が無いこともない。


大晦日の夜って、特別静かだよね。

 

 日本中が、息を潜めて静まりかえっているような中で、遠くの方でゴーンて

お寺の鐘が聞こえてくるんだ。

ボクはカーテンを開けて、部屋の電気を消した。

 

 外をみるとぽつりぽつりと街灯がついていて、家々のオレンジの灯りも

まだ残っている。電車も“二年参り”のために朝まで動いてるって駅に

書いてたけど、いまは見えないな。

 

 ミズエの家は、スーパー・マキノの看板があそこだから、

その向こうの暗いところのどっかだ。ちゃんと起きてるかなあ・・・。

 

もうすぐ十二時だ。

 

ぴ、ぴ、ぴ・・と。あとはこれを押すだけでオッケー。

オッケーなんだけど、・・・ドキドキしてきた。

 

なんか柄にもなく、すっごい約束しちゃったよー。

 

たんなる思いつきなのに、あんなに喜ぶと思わなかったなあ。

ああ、だめだプレッシャーで死にそう。声裏返ったらどうしよう。

話し中だったら、もう留守電だけ残して切っちゃおうかなあ。

 

あ、57、58、59、0時。

ナカモリ・ケイ。いきまーす!

 

・・・・・・・・どきどきどきどきどきどきどき、ど。

 

“ケイ君。”

「あけましておめでとう。ミズエ。」

 

“おめでとう。だいすき。”

「・・・・・・。」

 

“こら、ケイタイで沈黙するな。失礼だぞ。”

「あ、ごめん。いま嬉しすぎて、気ぃ失ってた。」

 

“本当!”

「だって、女の子からそんな事言われたの初めてだもん。

 しかもミズエからだよ。二組の男子に知れたら絶対殺されるってボク。」

 

“それって・・・、複雑。

 なんかはぐらかされたような気がする。”

 

「へへ、実はね。こんなに電話するのにどきどきしたのはじめてなんだ。

 そんなときにいきなりあれだから。ちょと薬がきつすぎるよ。

 脈、120までいってるよ。」

 

“わたしも待ってる間、すっごくどきどきしてた。さっきまで電源切ってたんだよ。”

「どうして。」

 

“誰か友達からかかってきて、ケイくんの電話とれなかったら悔しいから。

 誰からも掛かってこないように、直前までオフっといたの。”

 

やっばー、いま“きゅーん”て音がした。絶対やばいって、これ。

次なんか言われたら、確実に彼女の前にひざまずいてしまう。

耐えろオレ。

 

“うちからケイくんのマンション見えるよ。たしか12階だったよね。”

「いま、電気消して外見てる。」

 

“ちょっとつけてみて。”

「はいはーい、よっと。」

 

“もう一回。”

「どう。」 

 

“もう一回。” 

「・・・」 

 

“もう一回。” 

「おい。遊んでるだろ。」

 

“ばれちゃった。へえあそこか。あーん、望遠鏡あったら見えるのにぃ。

 何で電気消してるの。”

「消さないと、ミズエのうちが見えないから。」

 

“きゃーーー、ダーリン。ここよここ、いま手ふってるの見える?”

「ちょっと待って。一回電気消して。あ、わかった。あー、でも手までは

 ちょっとなあ。」

 

“わたしも疲れちゃった。”

ははは・・・ってケイタイ同士で笑うと、なんかケイタイが笑ってるようで変だ。

 

“ねぇこれって、完全に恋人同士の会話だよー。”

「うん。」

 

“あしたは2:2のデートだよー。”

「うん。」

 

“どうして付き合っちゃいけないわけ?”

 

「・・・重い、のかな。」

“なに?”

 

「うーん・・・。今日さ、・・・父さんが帰ってきたんだ。」

“あ、久しぶりだよね。まさか明日行けないとかって?”

 

「そうじゃない。」

“よかったー、心臓に悪いよ。”

 

「よくないんだ・・・。ボクね、三人でいるのが重くって、

 部屋に逃げてきたんだよ。

 父さんと母さん、普段通りに仲良さそうにしてるんだけど、

 ちょっと違和感があって、いま思えばふたりとも顔見ないんだお互いの。

 いま気付いた。

 その時は、ボクがいるから話しにくいのかなと思ったんだけど、

 そうじゃないんだ。多分。

 ・・・やばいんじゃないかな。もう。」

 

夏休みの時もそう思った。母さんが自立するって言ったときだ。

 

「結婚するほど好きあったのに・・・なんでなんだろう。」

 

“ケイ、大丈夫?“

 

「・・・これでも、一度は立ち直ったつもりだから・・・多分大丈夫、

 と思う。」

 

 
 

“ケイ。もしもよ、もしもそんな事になって、ケイが苦しかったら、

 今度はわたしに頼ってね。あの子じゃなくて。”

「別に頼ったわけじゃないよ。」

 

“ケイの事、一番よく知ってるの、わたしだよ。

 ケイはね、周りに気を遣いすぎるの。

 ケイに触れる人がみんな幸せになれるようにって、

 そんなに気をつかわなくっていいのに。

 怒ればいいときに怒らない、羽目はずしていいのに、ブレーキかけて、

 気配りして、誰もイヤな思いをしないように気を遣ってばっかりで。

 だから、あの子いつまでもケイの側にいるのよ、気持ちいいから。“

 

「ミズエ・・・。」

“そんなコトしてたら、ケイつぶれちゃうよ。でも、やめろって言っても

 辞められないでしょ。

 だから苦しいときは、わたしに泣きついてくれればいいの。

 わたしはケイの事だけ気にしてるから大丈夫。

 だからケイもわたしだけ・・・、あ、ばかだ。

 それが出来ないから苦しんでるのか。ケイ。”

 

「どうやら、そうみたい。」

“わたしたち、だめなのかな・・・。”

 

 ボクは、なんて応えたらいいのかわからない。そうじゃないって言っても、

言葉では伝わらないような気がした。

 

部屋の灯りをつけて、消して、またつけて、消した。

 

“どうしてわかったの。・・・いまケイの部屋を見てるって、

 どうしてわかった?”

「この間、電話で話したときから、何となくミズエがそう思ってるんじゃない

 かなって気がするようになった。」

 

“そうか。それってすごい事だよね。”

「うん。多分。」

 

“多分ばっかし。”

「自信ないんだもん、自分に。自慢するとこ何にもないし。」

 

“頭いいじゃない。“

「ちょっと成績がいいだけ。頭は良くない。だから、一番大事なミズエを

 悲しませてばっかり。」

 

また泣いてる。

「おーい。」

 

“哀しくて泣いてんじゃないからね。

 ケイくんが一番大事って言ってくれた。”

「うん。全部をミズエにはあげられないけど。それは本当の気持ち。」

 

“そうだね、・・・・全部あげるってわけにはいかないんだ、みんな。

 何かは自分のためにとっといて、何かは別の人のためにおいてあるのかも

 知れない。

 うちのお母さんも、お父さんとお姉ちゃんとわたしと三人も抱えて、

 それぞれにあげなくっちゃいけなくって、大変なんだろうなきっと。

 そういうの頭ではわかるんだけどなぁ。“

 

「ミズエ、ぼくらまだ十二才だぜ。」

“うん、・・・・一緒に大人になろうね。”

「自信ないなあ・・・。」

 

“もう、やだ!くっくっく・・・・そうだちょっと待っててくれる。”

「え、なに。」

「だからちょっとだけ待ってて、・・・。」

 

 ケイタイの向こう側で、“おねえちゃーん”ってよんでる声がした。

お姉ちゃんのミチルさんは、鴨中の美人姐さんだ。姉妹がいるっていいな。

 

 

窓に顔をくっつけて、ミズエが戻ってくるのを待っていた。

息のあたるところが白くなる。

ケイタイだと普段しゃべれない事まで話しちゃう。

ケイタイはちょっと怖いな。雰囲気に流されるから。

 

“よっこいしょっと・・・”ていうのが聞こえた。

オバサンかきみは。

 

“おまたせしましたー。ケイくんの部屋FMあるよね。つけてつけて、

 FM―Juneだよ。”

「らじゃー。」

 

“あー聞こえる聞こえる、時間差攻撃だ。おもしろーい。

 お姉ちゃんにリクエスト入れてもらったんだ、採用されるかなー♪。

 おねーちゃん、メールうつの、めっさ早いんだよ。マッハだよマッハ。

 わたしが普通に喋ってるのリアルで入れちゃうの。あ、曲終わった。“

 

“はーい、可愛いリクエストがきたから紹介しマース。

 何と十二才だよ十二才。きゃー可愛いい。”

 

“きっとこれだよ、これ。”

 

“わたしにも十二才のトキありました。真っ黒な野球少年に憧れてました。

 一年中野球ばっかりやってる野球ばかでねえ、甲子園に行くんやーって

 ずーっと言うてたけど、まあ世の中そう簡単にはいかへんもんねー。”

 

「この人、関西の人?」

“そうみたい。ひよこねーさん、て呼ばれてる。“

 

“え、わたしの話はもういらん。そんなディレクター、

 正月ぐらいもうちょっと喋らせてよ。ダメ、・・・ダメ出しされました。

 じゃあ、お待たせいたしました。

 えへん。なになに、・・わけあって名前を出せないM・Oより。

 そらそうやねぇ、十二才で名前晒すのって、ちょっと根性いりすぎるよねー。

 

 Kクンへ。

 

 KはアルファベットのKですね。きいてるかK。あんたの事やで。

 え・・・個人的なコメントは挟むな・・・またダメ出しされましたー。

 ・・・Kくんへ。今年一番にケイタイで“あけおめ”してくれてありがとう。

 わたしとっても幸せです。これからも仲良しでいてね。

 なにもお礼できないから、二人の大好きなブルー・フィッシュのこの曲を

 リクエストしました。一緒に聞いてね・・・。

 やって、もう、超ラブリー! がんばれM・Oちゃん。おねぇちゃんがついてるぞー。

 行け行け十二才!え、おまえがはよ行け!それどういう意味ですか、ディレクター。

 

 と、いうことで、“ブルー・フィッシュ”の“GO、GO、Girl”。

 ゴーゴー十二才ー!“

 

 ラジオから歌が流れ出して、ボクとミズエは途中から一緒に歌い出した。

 

“君を好きになった事が、思いでの中にしか残らなくても、

 ボクはそれで満足さ。

 なにもしなかったよりもずっとね。

 君はボクを追いかけて、ボクはキミをギュッと抱きしめて、

 それはずっと大切なことさ。

 なにもしなかったことより、それは一瞬だったかも知れないけど、

 それはずっと大切なことさ。”

 

 ボクの父さんや母さんも、ミズエのお父さんとお母さんも、こんなふうに

心を一つにした事があって一緒になったんだ。

 

 例え今がどんな気持でいたとしても、それだけは信じられる。それが、

ボクとミズエには早く来すぎた瞬間だったとしても。

 

「じゃね、お休みー。また明日―。」

“あー待って待って、ベッドにはいるから。” まーったく。

「おやすみ、ミズエ。」

 

“Chu!” 

 

このとき、ほんとうに、耳にキスされたような気がした。


 夜が明けて、お正月の空は、晴れたり曇ったりを繰り返してちっとも

落ちつかない。

 

 日枝神社はこのあたりの旧式な家の氏神様で、

ミズエの家も氏子だかなんだかで関係があるって言っていた。

 

 ボクの住んでいる光が丘は、新しく開かれた住宅地だから、そこからは少し

離れていて、冬でも緑の濃い里山を背景にして東向きに立っている。

 

 ボクは時間に遅れるのが嫌い。

遅れると捜さないといけない。早く来て捜してもらう方が気が楽なんだ。

 

「はやいねーケイ君。そんなにわたしに会いたかった?」

「調子に乗りすぎ。」

あー、昨日の夜の事、思い出しちゃった。うー顔が赤くなる。

 

ミズエが笑ってる。

 

「人多いねー。」

 

 着物姿の人も結構いるな。家族づれが多いし。

 

 蒲生市はあまり大きくなくて、ボクが引っ越してきたなかでも

小さい方だと思う。

 一体どこからこんなに人が集まってくるんだろう。そういえば

夏の夜店のときも、人が多くてびっくりしたっけ。

 

「あ、来た来た。」

 

 タケダと、遠山カンナが何か話ながら歩いてくる。二人とも背が高いから

中学生ぐらいに見えるな。

ちょっとかっこいいぞ。

 

「いよー、あけおめ。」

「あけおめー。」

「ケイ、久しぶりー。ちょっとでかくなったんじゃない。」

「成長期だからね。」

 

 カンナとは、学校ですれ違う事はあっても、クラスが別れてからは

こんなふうに学校の外で会うのは久しぶりだ。

 

 ボクたち四人は、ボクが転校してきたときの同級生で、クラスの中で

ぼーっと外ばっかり見てたボクを、世話焼きのミズエがタケダに

“アノコ何とかしなよ”って言ってくれて、兄貴肌のタケダが、

“よーし、今日からケイとオレはダチだからな、サッカーしようぜ”って

誘ってくれた。

 

 カンナはそのころからタケダに気があるみたいで、

ちょうど人数がいいからって、ボクたち四人はクラスでも、

学校の外でもよく一緒に遊んだ。

 

「ミズエ泣かしちゃだめだぞ。うちのクラスでも噂聞いたよ。

上叢さんと付き合ってるって。」

オンナはすぐそういうこというからな。

 

「付き合ってないよ。」

 

「アレー、その手袋おそろい?」

ホントだ!ミズエめざといな。

 

「へっへー、無理矢理させちゃったの。」

カンナ嬉しそう。

 

「オレはいやだっ、つったんだけど。」

それでずーっとポケットに手を入れてんだ。

 

「わー、ラブラブだー。でもいいもんねー、ケイとわたしも昨日の夜は

 ラブラブだったんだもーん。」

「昨日の夜ー!」

タケダ声でかいよ。

 

「あ、じゃやっぱり、あのJuneのリクエストのM・Oって?」

「わたしでーす。」

 

「ミズエやったねー。アタシあれ聞いてて、絶対ミズエだって思って、

 カンドウして涙出てきちゃった。ケイも偉かったね。

 さっきの取り消すよー。」

「ケイ、なに真っ赤になってんだよ。」

タケダのばか・・・笑うな。

 

「タケダなんてさ、さっきその話したら、オレしらねー、“お笑い年越しバトル”

 みてゲハゲハ笑ってたからって言うんだよ。

 あーあ、アタシもそういうロマンティックな夜を過ごしてみたいなー。」

「タケダとだったら一生無理だよ。」

 

「あーもう、とっとと賽銭投げに行こうぜ。」

「ちょっとー、まってよタケダー。」

 

なんだかんだ言って、仲いいんだあの二人。


参道の両側に並ぶ屋台の間を、タケダとカンナの背中が並んで歩いていく。

いいな、あの二人。背中だけ見てても、仲いいって言うのが分かる気がする。

 

「私たちも行こうか。ケイ君。」

 

いつもとちょっと違う、甘い、すこしお姉さんぽい声がして、ドキドキした。

 

「カンナのお父さんが怒ってて・・。」 

「え?」

 

「カンナのお父さんが怒ってて、タケダとつきあっちゃだめだって。

 別にタケダじゃなくても、誰でもダメって言うんだろうけど。だから、

 今日はわたしが誘ったの。」

「そっか、ミズエ大変だなあ。自分の事でも大変なのに、

 友達の世話までしてんだもんなあ。」

 

「自分で言うかなそういう事。」

「ごめん。」

 

「わたしね、昨日の夜、本当に嬉しかったんだあ。多分、

 いままで生きてきた中で一番嬉しかった。

 それってケイくんだからだよ、きっと。

 ケイくんがわたしの気持ちを感じてくれて、それを返してくれたから。

 ケイくんは優しいから、それがちょっと辛いときもあるけど、でもいまは楽しい。」

 

ボクは嬉しいようなこわいような複雑な気持ちだった。

 小さいときから、何度も別れを繰り返してきたから。それも一つとか二つとか、

そんなじゃなくって百とか二百とか、そういう数の別れ。

 

 誰かにさよなら元気でねって言われるたびに、つながってた糸を一本ずつ、

目の前でハサミで切られているような気がしてた。

 

あんなに仲良くしてたのに、さよなら元気でね、で終わり。

 

 だから、この関係もいつか壊れてしまうんじゃないかってことが気になって、

ボクは複雑な気持ちでいて、ミズエもそれを知っていて、ミズエが知ってるってことを

ボクも知ってる。

この太い糸を目の前で切られたら、ボクはどうなるんだろう。

 

ミズエは、手を繋ぎたいんじゃないかなって気がした。

 

「あいつら早いな。もうちょっとさ、周りの屋台を見るとかって無いのかな。」

「もう見飽きてるのよ多分。幼稚園の時からの付き合いだから。」

「ありえねー。」

 

「幼稚園のことって覚えてる?」 

「え、どの?」

「そんなに変わってるの?」

 

ミズエ、目がおっきー。

 

「年少、年中、年長。ぜーんぶ別の幼稚園。」

あ、射的だ。こんなのまだやってるんだ。

 

「ありえねー。」 

こらこら、お嬢さんがはしたないぞ。

 

「あのお面のキャラって、なんだっけ。めちゃ古くないー?」

「あー、知ってる。わたし小さいころあれになって、変身したかった。」

「コスチュームとか持ってたの?」

「そこまでは無いよー。わたしミーハーじゃないもの。変身して地球を

 守りたかったの。」

 

ひゃー、はっはっは・・・

 

「ミズエなら守れるかも。」

「ばかにしてるでしょ。ふんだ。」

「してないしてない。ボクちゃんとしもべになるから、お師匠サマーって。」

「それは西遊記。」

 

 あーあった、あった。あーもう、おとな、邪魔だよ。でかいんだよ。

 

「“林檎あめ”あるよ、買う?」

「うーん、あとでいい。“ぱん、ぱん”て出来なくなるから。

 今年はマジでお願いするからね。気合い入ってるんだわたし。」

 

「なにお願いするの。」

「決まってるじゃない。ケイくんが、ずっとわたしの事好きでいますように。

 横取りしようとする子がいたら天罰を下してください。

 ケイが浮気したら“はげ”にしていいです、それから・・・」

「まだあんの?」

 

それじゃ、“お願い”じゃなくて“おねだり”ですよ。

それに他にもあるだろう、交通安全とか、学業・・・何だっけ、あの四文字熟語。

 

「わたしの幸せをわけてもいいですから、ケイくんがもう少し

 幸せにいられますように、って。」

また“きゅーん”てきた。

 

「ミズエ、もうそれぐらいにしてよ。昨日から胸が苦しくって、

 道の真ん中で倒れそうだよ。」

 

「おーい、おせーぞおまえら。」

 

階段の上で、タケダとカンナが腕組みして見下ろしている。

 ミズエに“助さん”“格さん”みたいって耳打ちしたら、ミズエのスイッチが

入っちゃって止まらなくなった。

 

「なんか言ったでしょう。白状しないとあとがこわいわよ。」

い、いまでも十分こわいです。

 

「いやあ、お似合いのカップルだねって言ったんだよ。な、ミズエ。」

「ウソくせーんだよ、ケイの顔。」

「ある意味、お似合いのカップルって言う意味だよね“助さん”“格さん”って。」

 

ミズエのうらぎりものー。カンナの顔が引きつってるだろー。

 

「ふん!」 

「いってー!」

足踏まれた。

 

「こら、カンナ。うちのダーリンになにするのよ!」 

絶対、ボクをおもちゃにしてるだろう。

 

「ばかな事やってないで、はやいとこお参りしようぜ。さっきからトウモロコシの

 匂いが気になって気になって。」

「だめよ、トウモロコシは。歯に挟まるから。」

「いいじゃねえーか。挟まったって。」

「イヤよ。だって笑ったときに歯に黄色いのが挟まってたら、げんなりするもの。

 絶対イヤ。」

勝手にもめてろ、しーらない。

 

「ミズエ、いこ!」

「うん!」と、いってから、神社の祭殿にたどり着くまで十分ぐらいかかったと思う。

 

「塾、忙しい?」

「うん。折角サッカー見に行こうと思ってたのに、二組の男子とやったんでしょ。

 どっちが勝ったの?」

「もちろん三組の勝ち。タケダが2ゴール決めてかっこよかった。

 ボクも1アシストしたよ。」

「よっしゃー!」

 

「ミズエ二組だろ。悔しくないの。」

「いいのいいの、わたしは“四人組”だから。二組の男子なんか負けちゃえばいいのよ。

 行きたかったなあ、いってさー、きゃーって騒ぎたかった。ケイ行けー!、とか。」

「ボク、絶対二組の男子に殺される。」

「ダイジョウブ。私がちゃんと締めてあるから。」

 

なんなんだか、なあ。 


わっスゲ!鈴が三本になってる。神様のバーゲンセール?

 

「真ん中のとって、とって。」

「どうして?」

「はずれとかあったらイヤじゃない。振った瞬間ぴゅるるるるーって

 垂れ幕が落ちて、“ざんねん!”とか書いてあったりして。」

「そんなのないよ。」

 

ま、真ん中の列に並んでたから、真ん中なんだけど、賽銭、ぽい!っと。

鳴らすぞ・・・ッと。 重い!ミズエー。ぶら下がるなー。

 

「一緒にならそっ。」

 ニコってねぇ、はいはい仰せのままに、お師匠様。一緒に鳴らして、

地球を救いましょう。

 

 ミズエのちょっと長い目のお願いを神様に託して、ボクたちは石段の

ところまで戻った。

 

「じゃあ、こっから別行動な。」 

えっそうだったの。

 

「じゃね、カンナ。あとでケイタイするからね。」

聞こえちゃったんですけど。

もしかして、聞こえるように言った?

 

 

「じゃあねー。」と言い合って、ボクたちはばらばらの方向に歩き出した。

 

「いこっか、林檎あめ。」と言って、ミズエをみたら、ミズエの視線が石段の

下の灯籠のあたりに釘付けになっている。

 

 なんだろう。

 

・・・うわー、タイミング悪い、上叢だ。

ご両親と一緒で、着物なんか着てる。普段と印象違うなあ。

 

急に左手がたぐり寄せられて、ミズエの右手がボクの左手をきつく握った。

 

 階段を下り始めたとき、上叢が上を見上げて、ボクの目とぶつかって、

笑顔になって、こわばって、下を向いた。

 

 階段ですれ違うとき、ミズエが「明けましておめでとう。」って上叢に言った。

上叢はびくっとしてボクたちを見て、「おめでとう。」って笑って返した。

ボクは何とか、かろうじて、「おめでとう。」って言った。

 

・・・暫く無言で歩いた。

 

「ミズエ、そんなに強く握らなくてもダイジョウブだよ。

 ボクは離さないから。」

「わたしも着物来てくれば良かったかなあ。」

「それはダメ。」

「どして。」

ちらっと、ミズエの目がボクを覗き込んだ。

 

「そのチェックの、新しいダッフルが見れなくなるから。」

「気付いてくれたんだ。ありがとう、ケイくん。」 

気い使います。十二才でも。

 

 

うわー、緑のなんてあるんだ。毒林檎だよこれ。

 

「普通のでいいんだよね。“姫”じゃなくって・・・。おじさん、一本下さい。」

「三百五十円、好きなの持ってきな。」

おじさん、光ってるねぇ。あたまさぶくない?

 

「ちょっと、ミズエ。手離さないと、お金払えないし取れない。」
「ぇえ、やあだぁ。」

「頼むから。恥ずかしいからやめてよ。」

 

「妹さんかい、可愛いねぇ。お兄ちゃんもたいへんだぁ。ちょこっとだけ

 手ぇ離してやんな。」

「じゃこれ、もらっていきます。・・・・はい。」
「やったあ、ありがとうおにいちゃん。」 

ハー・・・疲れる。 

 

 こういう人ごみを、小学生二人で歩くのって大変だよ。

 大人の肘や腰にミズエがぶつかりそうでヒヤヒヤする。ガードするつもりで

僕が吹っ飛ばされたら、シャレにならないもんな。

 

「あの親父、いつかあたまから焼きそばソースかけてやる!」
「ミズエー、そういう発言無しにしようよ。」
「青のりと紅ショウガも。」
「ボクは、かわいいミズエがいいなー。」

「林檎あめ、美味しい。ありがとうケイくーん。ケイくんはなにも食べないの。」
「うーん、張り切っておせち食べたから固形物はもう口に入らないよ。

 コーヒーのもうかな。」
「お正月なのに自動販売機でコーヒーなの?雰囲気でないなあ。」
「おかしいかなぁ。」

 

 ま、自販機のコーヒーはボクも出来れば飲みたくない。コーヒーらしい香り

にかけるから。

 

「そうだ。商工会の人たちが甘酒とかビールとか、売ってたのを見た事あるよ。

 商店街に喫茶店があるぐらいだから、コーヒーもあるんじゃないかな。」
「さすが地元民。」

 

目的のないまま屋台を見て回るのより、何かを捜して歩いた方がずっと楽しい。

 

 水が凍りそうなヨーヨー釣りや、ひょっとしたらボクたちが生まれる前から

埃を被って、最上段に飾られている一等の賞品をひやかして、・・・誰だか

知らない偉い人の石碑の前に、普通そうなおじさん達の集団が、ああ、蒲生商工会

って書いてある。しかも模造紙にマジック。後ろには一斗缶でたき火。

 

気合い入ってないなー。

 

「すいませーん。コーヒーありますか。」

「おんや、丘野さんトコのお嬢ちゃん、久しぶりだねー。お父さんと初詣かい。」

 

「やだなー、美濃屋のおじさん。父さんとなんか来ないよ。カレシとデートに

 決まってるじゃない。コーヒーある?」
「あんまりお父さん、泣かしちゃダメだよ。はいコーヒーと砂糖とミルク。熱くないかい。」
「ありがとうおじさん。うちは美人で気だてのいいミチルお姉ちゃんがいるから

 大丈夫でーす。」

ミズエのヤツ、何でこういう人たちと顔見知りなんだ?

“おーあれがカレシか。瑞江ちゃんのカレシだとよ。ほう、瑞江ちゃんのねぇ・・・。

おませさんだねー。”

なんて、落ちも下げも何にもない話が背中から聞こえてくる。

 

「ハイ。コーヒー。お砂糖入れる?ミルクは?」
「いいよ自分で入れるから。だいたい林檎あめ持ったままじゃ無理だよ。」
「ケイくんだって、片手にコーヒー持ったままじゃ入れられないでしょ!」


そりゃそうだ。
「・・・よろしくお願いします。」

 

「いい香りね。わたしコーヒーなんて飲んだ事無いから、

 いままで知らなかった。」
「父さんがよく入れてたんだ、日曜日に。豆もちゃんと自分で挽くんだよ。

 あそこのベンチに座ろう。」

 

 ちょっとその、商工会の人たちの目の届かないところにいって、

心落ちつけて飲みたい。

 カレシとかじゃなくってさ。コーヒーはボクにとって特別の飲み物だから。

 

「美味しい?」
「うんすっごくおいしい。でさ、あの人達知り合いなの。」
「小さい頃ね、よく商店街のお店に出入りしてたから。

 父さん、あの辺りの土地持ちだから、何かと顔が利くのよ。だから、わたし

 子供の頃から思いっきり甘やかされて育ったの。“あめ”もらったり、ジュース

 のませてもらったり。」


何となくわかるなあ。ミズエの誰に対しても物怖じしない性格って、そのものだよ。

 

「みんな丘野さんトコのお嬢さんて目でわたしを見てる。大人がそういう事すると、

 子供もそうなっちゃうんだよね。わたしはわたしなのに。

 丘野さんトコのお嬢ちゃんじゃなくって、丘野瑞江を見て欲しいのに。

 ・・・でも、わたしは本当にまだ子供で、自分の力で食べる事も出来ない。

 口先で、単に偉そうな事を言ってるだけ。」

 

 与えられすぎてあふれちゃったり、足りなくて飢えたり、普通に満足するって

難しい事なんだな。

ミズエがこんなふうにうつむいて、寂しさを抱え込んでに話すところって初めて見た。

 

「時々ね、本当はみんなわたしの事なんか嫌いなのに、丘野さんトコのお嬢ちゃん

 ていうだけで、愛想笑いしてるような気がすることがあるんだぁ。クラスの人たちも。

 そういうときって、苦しくって、そこにいる事がつらくって、叫び出しそうになる。

 そんなコトしたら、おかしくなったのかって思われちゃうだろうね。」

「考えすぎ。」


「うん、わかってる。でも、お姉ちゃんみたいに美人で頭良かったら、

 もっと自分に自信もてたのかも知れないけどね。」

「ミズエがそんなこというのは贅沢。ミズエのいいところはボクが知ってる。」

 

こっち向いた顔に少し笑顔が戻っていた。僕なんかでも、役に立つことってあるんだ。

 

「聞いてくれてありがとう・・・。ちょっとすっきりした。

 カンナにも話した事無いんだ、こういうこと。

 親友でも、話せないことってあるんだよねー・・・

 そうだ、お姉ちゃんよりわたしのいいところ思いついた。」
「へー、なになに。」


「わたしには、ケイくんがいる。だから大丈夫だ。うん。」
こらー、またそういうこという。恥ずいじゃないか。

 

「ケイクン、真っ赤だよー。かわいい。」 

ふざけんな。えーい、林檎食べちゃえ。

 

「あ、なにすんの。わたしの林檎!ケイのばかー。」
「おいひー!」
「じゃあ、わたしもコーヒー飲んじゃう。」
「やめた方がいいよ。」
「いいもん。飲むもん。・・・・う、にっがー。」

ほーら、いわんこっちゃない。小学生が飲むようなものじゃないんだから。

 

「あーあ、口直し。」
ミズエは一口かじると、

「林檎って、冬の味がするね。」といった。

「そうだね、これから先、林檎かじると今日の事を思い出すような気がする。」


10

家に帰ったとき、父さんと母さんが普通に話しているのをみて、ホッとした。

 

 そのあとで、こんな当たり前の事にホッとする自分にとまどい、やっぱり

つらくなった。

“今度はわたしに頼って”って、本当にそんなことしていいんだろうか。

 

“今日は楽しかった。また学校で会おうな。”

こんなのでいいかな、ちょっと味気なさ過ぎかな。ま、いいか“送信”っと。

 

 上叢・・・のこと、どうすればいいんだろう。今日はちょっとつらそうな

顔してたな。

 

でもミズエもそうだった。

初めは見せつけようとでもするのかと思ったんだけど、それだったら、

あんなにきつく握らなくてもいいんだよ。ミズエも不安だったんだ。

 

 ミズエと付き合うから上叢とはもう帰れない、なんてこと言ったら、

クラスの中で孤立している千冬は一体どうしたらいいんだろう。

ボクがいつも通り千冬と登校したら、ミズエは傷つくだろうか。

 

家族の事も、友達の事も、きっとボクが子供だから上手くやれないんだ。

いつまでたっても、ボクが子供だから。

 

“メール受信中・・・”

ぴ、ぴ、ぴ、開けごま。

“わたしも楽しかった。コーヒーは苦かったけど、苦いだけじゃなかった。

 一緒に大人になろうね。
 Chu!“

 

メールの永久保存って、どうするんだろう?