閉じる


8月9日のおはなし「One micro morning」

 拾ってきた時にあんまり小さくて、うっかりすると踏みつけてしまいそうなくらい小さいものだから、そのことをしっかり意識しようと思って即座に「まいくろ」と名前をつけた。雄か雌かもわからないから適当にマイクとかマイキーとかマイくんとか呼んでいたら、後にお腹が大きくなって雌だとわかって困ったが、世の中には猫に「いぬ」とか「くま」とか「さわら」とか名前をつける人がいることを思えば、まだ名前であるだけマシだと思うことにした。

 雄か雌かなどということは問題ではなかった。「まいくろ」はマイクロどころかビッグ、ラージ、マックス、マキシマムとでも呼ぶべき急成長を遂げ、日に日に巨大になっていった。外猫として自由に歩き回り、去勢する前はずいぶんケガも多かった。一度は子どもを生ませてやったが、その子どもたちがいわばマイクロ・タイフーンとして我が家を壊滅状態にしてしまったので、去勢に踏み切った。

 その後運動量が減ったせいもあってますます「まいくろ」は巨大化を続けた。去勢でいくぶん性格が穏やかになったかに見えたが、自己主張の強さは全く変わらず、朝は4時半頃から腹が減ったとアピールし、ざらざらの紙ヤスリみたいな舌でこちらの目のまわりをなめ、起きないとみると顔の上に座り込み、放屁なのがゲップなのかすさまじい匂いを放ち、おかげでこちらは飛び起きるようにして叩き起こされた。ずいぶん狂暴な目覚まし時計だ。

 旺盛な食欲と徹底した休養によって「まいくろ」は、いわば“時に移動もすることもあるカーペット”のような姿になり、重力に負けて二次元方向に広がり始めた。ある日、庭先の塀に飛び上がろうとして全く及ばず、塀の真ん中あたりに激突している「まいくろ」を目撃した。体重が増え過ぎてかつては飛び上がれた塀が遥か手の届かないものになってしまったのだ。恨めしそうにこちらをにらむ「まいくろ」を見て笑いが止まらなくなったものの、これは何とかしなければならないとも思った。

 でも何とかする前に「まいくろ」は家の前で車にひかれて死んでしまった。普通の猫なら、難なく避けられたところを「まいくろ」は重力につなぎ止められ逃げ切れなかったのだと思う。猫好きの友人たちがものすごく心配してくれて、とても気を使ってもらって慰められたが、こういうときはどうすることもできない何かを抱え込むことになる。泣くこともできなかったし、怒り狂うこともできなかったし、なんだかひどく冷静に「もう少し早くダイエットに取り組んでおくべきだった」ということばかり考えて過ごしていた。

 今朝まだ明け切らぬ時刻にふと「まいくろ」を感じた。ざらざらの舌で頬をなめられたと思ったのだ。目を開き、手を伸ばし、そこに「まいくろ」がいないことに気づいた。それから大声で誰かが吼えているのでびっくりして完全に目を覚ました。泣いているのは自分だった。目覚まし時計を返して。目覚まし時計を返して。そう、自分の声は吠え続けていた。

(「目覚まし時計」ordered by カリン-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

奥付



One micro morning


http://p.booklog.jp/book/31836


著者 : hirotakashina
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/hirotakashina/profile


感想はこちらのコメントへ
http://p.booklog.jp/book/31836

ブクログのパブー本棚へ入れる
http://booklog.jp/puboo/book/31836



公開中のSudden Fiction Project作品一覧

http://p.booklog.jp/users/hirotakashina





電子書籍プラットフォーム : ブクログのパブー(http://p.booklog.jp/
運営会社:株式会社paperboy&co.



この本の内容は以上です。


読者登録

hirotakashinaさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について