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第1話少女の願いと

 あの日、私は明日を忘れた。
 約束は消えて残ったのは絶望と終わらない苦痛。
 もう、失うことなど 怖くない。
 すべて失ってしまったから――――


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 朝、一人少女は電車に揺られながら空を見ていた。
 「なにも知らない方が幸せか」
 少女の名前は棘木 緋香里(いらき ひかり)。いま高校2年生である。
 それほど目立たずに生き、そのまま死んでゆくことがたった一つの彼女の夢だ。
 その理由は簡単にして簡潔、もう何も失いたくないと言う恐怖。
 緋香里がまだ中学2年生だった頃、彼女の両親は彼女の目の前で手首の動脈を切り自殺した。彼女はその事を断片的にしか覚えていない。医者の話では自我の崩壊をふせぐために衝撃的な記憶を脳がロックしたと言っていたいたが緋香里はそれを思い出したいと思っていた。
――――思い出した方がいっそのこと楽だと考えていたからだ。
 『次は終点宮岸、宮岸でございます』
 彼女がそんな事を思っているうちに電車は彼女の住む町宮岸市に着いた。
 ここから約20分も歩けば現在緋香里の暮らしている和岸家に着く。
 そんなことを思いながら緋香里はホームの改札を出て帰路を急いだ。

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 「おかえりなさい緋香里」
 家に帰ると彼女を引き取り夫婦で育ててくれた和岸(わきし)夫妻の妻、音菜(おとな)が緋香里が帰ってきた事に気づきそう言った。
 「病院はどうだった?」
 「いつも通りだったわ」
 そっけなく言う緋香里、微かに音菜はさびしげな顔をする。
 「そう」
 心配そうに音菜が見つめるがそんなこともお構いなしに緋香里は自室に入りベットに横になり夕食までの少しの時間宿題を片付ける事にした。
 「ふう」
 誰かと会話をすることを緋香里はとても疲れる事だと思っていた。
 だが実際には違う、単に関わり合いになり自分の過去を知られたくないうえ知られて嫌われて一人になることが嫌なだけだというとてもくだらない理由人を拒んでいた。
 「会いたいよ」
 彼女が一人になるたび思い出すのは両親の顔だ。
 あの日、緋香里の全ては一度壊れた。
 赤い血が床を濡らす。
 泣き叫ぶ自分。
 冷たくなっていた(・・・・・・・・)両親の(カラダ)
 それはすべて後、その場にいたはずなのに緋香里は何も思い出せなかった。
 それが悔しくて彼女は今も泣く。
 泣いてもどうにもならないと知っているのにも関わらず只々泣くことしかできなかった。

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 翌日、チャイムが高らかに鳴る中、緋香里はゆっくりと立ち上がり弁当を片手に教室を後にした。
 そう今は昼休み、今日も緋香里は一人静かに教室を離れ校庭の隅っこにひっそりと立つ椚の木の下で音菜手製の年頃の少女らしい、ただし甘そうなおかずが多く明らかに男子用のサイズの弁当をを食べる。
 「あ、緋香里ちゃーん!」
 半分ほど食べ終わった頃、一人の少女がこちらに向かって歩いてきた。
 「いっしょに食べよー」
 彼女の名前は若月 水仙(わかつき すいせん)、緋香里の数少ない親友の一人である。
 「いいけど」
 「えへへ、今日はゼリー作ってきましたいっぱい作ってきたから緋香里ちゃんにもおすそ分けー」
 そう言って水仙は緋香里に大量のゼリーの入ったタッパーを笑顔で渡す。
 「多すぎ」
 「作りすぎてお昼はゼリーだよ」
 その手には1つのバケツ、まさかと緋香里は顔を引きつらせる。
 「これみんなゼリーなんだ!」
 案の定そうだった。
 水仙には料理は上手だが多く作りすぎるという妙な癖がある。
 おもにそのとばっちりを受けるのは近くにいる緋香里や運動部の面々であり、放課後野球部に引き渡したら鯉に麩を与えたかのようにすぐ消えたのは別の話。
 
               #

 緋香里が家に帰ると玄関前に見知らぬ黒い車が止まっていた。
 (お客さん?)
 彼女はそう思いながら家に入る。
 軽く挨拶だけはした方がいいと思った緋香里はリビングの戸を開けた。
 「あら緋香里ちゃん、久しぶりね」
 そうその客人は親しげに緋香里に言った。
 「あのどちら様で?」
 しかし緋香里はその顔に見覚えがとんと無く思わず聞き返した。
 「そりゃあ覚えてないわよ。最後にあなたが会ったのはこの子がまだ2歳の頃だもの」
 「それもそうね」
 客人は朗らかに音菜と共に笑い、その後に顔を引き締める。
 「今日は緋香里ちゃんに話があって来たの」
 そう言う客人に緋香里は不思議そうな顔をした。
 「両親の仕事の事、知りたくない?」

第2話希望と言う名の花を抱いて

――――両親の仕事の事、知りたくない?」 
 
 「っ!」
 「やっぱり何も知らないか。あの人の事だし教えてないか」
 両親の仕事の事、その事を緋香里は一度も聞いた事がない上言った事もない。なんとなく禁効いてはいけない事のような気がしたからだ。
 「まあいいわ、あなたにはその仕事を継いで欲しいのよ」
 「それって――――
 いったいどう言う事?緋香里はそう言おうとした。だがその言葉は途中で遮られた。
 「ねえ緋香里ちゃん、あなたは異世界って信じる?」
 いきなりの一言に緋香里の思考が一瞬止まる。
 「はい?」
 「だから異世界って信じる方?」
 「あの何言ってるんですか?」
 傍目にはふざけているようにしか聞こえないがその客人の目は至って真剣そのものだ。その眼力に押されるように緋香里はこう答えた。
 「信じ・・・ません」
 「はあ」
 客人は思わずため息を付く。
 (やっぱりって感じかしら)
 予想が的中し客人は少し考えてから言った。。
 「今度の土曜、空いてる?」
 「空いてますけど」
 「なら見せてあげる、あなたのご両親の仕事場を。あ、私の名前は桜木 語(さくらぎ かたり)よ。桜の木と書いて桜木、語ると書いて語よ」
 言い忘れたことを付け足すように言うと客人、桜木 語は去って行った。
 
                #

「はあ」
 ベットに横たわり、天井を見ながら緋香里は溜息をついた。
 「なんでこうなったんだろ」
 そうつぶやく緋香里は自分の考えがまとめられずに先ほどから延々とこのような事を繰り返している。
 思考にピリオドを打てぬまま延々と考え続けているがなにも答えは出ない。
 「気にしても仕方ないか」
 そう思うと緋香里は布団を被ると瞳を閉じ、思考を中断し眠った。

                   #

 とてもおかしな夢を見た。
 白黒のチェックの部屋に閉じ込められ、その中でなにか音楽を聴いている夢。
 どこかで聞いた事のある曲で何度も何度も繰り返し聞いた。
 その夢の最後に声が聞こえた。
―――――君はイケニエだ」と

                   #

 「っ!」
 緋香里は思わず飛び起きる。
 「なに今の夢」
 とても大切な何かが欠けた不自然な夢だった。
 「ひかりー時間よー」
 緋香里を呼ぶ音菜の声がし緋香里は時計を見る。
――――7時50分、急がないと遅刻である。
 「はやくしなさーい」
 「っ!」
 一瞬とんだ意識を元に戻すと緋香里は制服を手に取り素早く着替え通学に使っている手提げ鞄を手に下へと降りる。
 「はいお弁当。後、これ」
 そう言って音菜は弁当と500円玉を緋香里に手渡した。
 「これで駅の売店のパンでも買って食べなさい。朝食抜きは体に悪いから」
 「ありがとうございます」
 こうして緋香里の日常は始まる。
 緋香里が気づかない程度のほんの少しの非日常を混ぜながら。

幕間

 賛美せよ、賛美せよ、賛美せよ
 生きていることを賛美せよ
 それこそが最大にして最もありふれた奇跡である
 だからこそそれを忘れぬよう賛美せよ、賛美せよ、賛美せよ

                  #

 土曜日、なぜか水仙と共に緋香里は語の運転する車に揺られていた。
 「楽しみだね!緋香里ちゃん!」
 「うふふっ」
 なぜか知らないが緋香里の目頭が熱くなる。
 (なんでこうなんのよ)
 何故、こうなったか。それは約2日前――――木曜の事である。

                  ・
                  ・
                  ・

 「緋香里ちゃん、今度の休みどこか遊びに行こうよ」
 そう言われて緋香里は内心どきりとした。
 「あ、ちょっと・・・」
 「用事あるんだよね。知ってるよ」
 「っ!何で知って―――――
 水仙はそっと緋香里の耳元で囁く。
 「水仙もそっち側の人間だから」
 緋香里は混乱した。
 「たぶん緋香里ちゃんよりも緋香里ちゃんの両親の事は知ってると思うよ」
 そう笑顔で言う水仙、だが緋香里は戸惑いを隠せない。
 「だから・・・ね」
 水仙の顔に悲壮な影が宿る。
 「逃げちゃだめだよ」
 その一言は緋香里の胸をついた。
 「水仙も一緒に行ってあげるから」

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                  ・
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 「それで今、どこに向かってるんですか?」
 ふと緋香里は行き先が気になり語に聞いた。
 「うーん行って見てのお楽しみかな」
 「水仙も気になります」
 その会話にかじりつく水仙。
 「だーめ、教えたげない」
 茶化すように語はそう言い車のハンドルを切った。
 「でも下手したら吐くかもね♪」
 「「・・・」」
 今のは笑えないだろう、心の中でそうツッコミを入れる二人を乗せて車は走る。
 最悪の場所に向かって。

第3話 ようこそ戦争と言う名の地獄へ

 車に揺られ気が付くと緋香里たちを乗せた車はどこかの山奥の細い道に入っていた。
 「一つだけ、聞いてもいいかしら」
 ふと語が緋香里にそう問うた。
 「どんなものを見ても逃げ出したりしない?」
 その問いに緋香里は顔をこわばらせる。
 「わかりません・・・何を見ることになるかわからないので」
 緋香里は正直に答え前を見た。
 「そうたぶんあなたなら大丈夫、絶対に目をそらさないでね」
 「はい」
 もう引き返せないのだ、なぜか緋香里はそう思い苦笑いをうかべる。
 「どうしたの緋香里ちゃん」
 水仙が緋香里に聞く。
 「なんでもないわ」
 緋香里はそう答え前を見た。
 「さて車から降りてもらおうかしら。これから先少し歩いてしか行けないから」
 語がそう言うと緋香里達は車から降りる。
 周りには何十台もの車が停まり沢山の人々が忙しそうに歩き回っていた。
 「桜木さん!」
 そう言って一人の男性がこちらに向かって走ってくる。
 「どこ行ってたんですか、連絡取れなくて心配してたんですよ」
 「いやあねえ上からのE級緊急秘匿命令でちょっくら出かけてたのよ」
 とぼけたように言う語に男性は青筋を立て怒鳴り散らす。
 「何であなたと言う人がいくら緊急秘匿命令とはいえE級の仕事を引き受けるんですか!そんなんだから始末書書かされるんですよ!」
 「あはは」
 「あはは、じゃありません!」
 目の前で繰り広げられるコントに緋香里は固まり水仙は笑い転げる。
 傍目から見ればかなりおかしかったにちがいない。
 「まあ正式に申請は取ったと言うよりとらされたから始末書ものじゃあないわよ」
 「私が言いたいのはそんなのじゃ―――――――――
 「ほらこの人の事置いといて行きましょ」
 そう行って語は緋香里の手を引き歩き出した。
 「え、あちょっ」
 慌てる緋香里を余所に小走りで語は前を行く。
 当然のごとくぴったりと水仙はついて来ていた。

                     #

 「さてと」
 語はそう言うと足を止める。
 「用意はいいかしら」
 語は緋香里達に問う。
 「はい」
 しっかりとした声で緋香里はそう答え水仙はうなずく。
 「ようこそ・・・そう言うべきかしら」
 そっと語の手が空気しかない場所に触れる。
―――――この地獄へ」
 まず最初に血と死んだ者の死の臭いが鼻を突いた。
 次に少しづつずれていたピントが元に戻るように周りの風景が変わり始めた。
 「っ!」
 思わず水仙は目をそらした。
 あまりにも惨い風景がそこに広がっていたからだ。
 足元には死体、前を見れば傷ついた人々、そして遠くからは戦いの音が聞こえて来る。
 語は言う。
 「ようこそ戦争と言う名の地獄へ」
 むせ返るような死の臭いに思わず水仙はしゃがみこんだ。
 「これが緋香里ちゃんの両親のいた場所よ」
 そう暗い顔で言う語の声をただただ緋香里は聞くことしかできなかった。

第4話 迷い路

 「『道を選びなさい』か・・・」
 和岸家の自分に割り当てられた部屋の中で語に渡された名刺を手にそっと緋香里はつぶやいた。
 あの後様々な説明を受けたがその内容はほとんど頭に入っていない。
 それほどあの風景が頭から離れなかったのだ。
 それから数時間車に揺られ、ふと気が付くと家に着き車から降りていた。
 そしてそこで言われたのだ。
 「戦うか、それとも今日見た物を忘れて安穏と過ごすか、どちらかの道を選びなさい。戦うのならばあなたの両親が自殺した日の記憶を取り戻すのを手伝ってあげる。戦わない道を選ぶのならそれは出来ないけど。決めたら連絡してちょうだい、答えを聞くから」
 その言葉を言い切ると語は名刺を緋香里に渡した。
 「じゃあね」
 走り去っていく車を緋香里はしばらく見つめ、見えなくなった後に渡された名刺に目を落とす。

―――――境界守護委員会 正式雇用才花 桜木 語

 そう名刺には書いてあった。
 「ホント、なんなのよ」
 緋香里は思わずそうつぶやき天井を見る。
 「もう寝よ」
 緋香里は考えを中断し早めに寝ることにした。

                       #

―――また同じ・・・夢?)
 緋香里はまた夢を見た。
 前と同じ白黒チェックの部屋に閉じ込められどこかで聞き覚えのある曲をくりかえしくりかえし聞く夢を。
 (ううん、どこか違う気がする・・・)
 何かが前に見た夢とは決定的に違った。でも緋香里にはそれがわからなかった。
 「君はここに来ちゃいけないはずだろう?だって君はイケニエなんだから」
 そうはっきりと耳元で声が聞こえた。

                        #

―――っ!」
 緋香里は何かいけないものを見た気がして飛び起きた。
 「何、今の」
 寝汗を掻いていることに緋香里は気が付き汗をそっと拭う。
 ぐっしょりと手が湿った。
 「気持ち・・・悪い」
 微かなんてものではなく立ち上がるのも困難なくらい体調が悪い。
 「今日は出かけられないな」
 緋香里は携帯電話に手を伸ばし水仙に電話を掛けた。
 【あ、緋香里ちゃん?どうしたの?】
 すぐに水仙は電話に出た。
 「体調悪いから今日遊べない」
 【え、もう用意しちゃった】
 「ごめんなさい」
 緋香里はそう言うと電話を切る。
 「っつう、下に降りて体調悪い事言わないと」
 ゆっくりと緋香里は体を起こし足を少し引きずりながらあるき始めた。
 「大丈夫?!本当に顔色悪いわよ」
 リビングに緋香里が入ると真っ青な顔で音菜はそう言い緋香里の額に手を当てる。
 「すごい熱―――今日は1日寝てなさい。後で薬とか持っていくわ、だから寝てなさい」
 緋香里は言い返しもせずにゆっくりと自分の部屋へと戻るとベットに入ると布団にくるまった。

この本の内容は以上です。


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