閉じる


真っ暗な世界に、私はぽつんと立っていた。
また夢の世界に迷い込んだみたいね、そうひとりごちて、周囲を歩き始める。
何もない世界を当てもなく歩いて行く。普通夢の世界って言うともっと面白味に溢れてるものじゃないのかしら、そんな愚痴を夢に対して零しながら。
歩いても歩いても、見えるのは暗闇と、ハッキリとした自分の姿だけ。
余りにも面白味がないのと歩き疲れたせいもあって、そのまま床にぺたんと座り込んだ。
発見もないし、蓮子に話すまでもないでしょうね。
……暇だなぁ。
このまま寝たら現実世界の私は起きれるんじゃないかしら、そう思って横になってみるけども、暗い床は想像以上に硬くて、ゾッとするほど冷たかった。どうにも寝れそうにもない。
どこかに抜け道はないのかとか考えて周囲を見てみるけれど、境界はこれっぽっちも見えない。
打つ手なしか、そう思ってため息を吐いた瞬間、背筋が凍る程の視線を感じた。
恐る恐る後ろを振り返ると――

日常

「――っていう夢を見たのよ」
「メリー、そういうのは世間一般的に悪夢って言うのよ」
蓮子はため息を吐いた。
「まあ確かに、その視線の正体は分からなかったんだけどね」
あの後私は目を覚ましてしまった。高所から落ちたら目を覚ました、とかそんな類いだ。
「何か面白い物を持ち帰ってくるでもないし、それじゃあただの夢じゃない」
蓮子はテーブルに突っ伏して顔を潰しながらブーブーと不満を漏らした。
「まあそうなんだけど……あの夢を見てから、今までより多くの境界を見るようになった気がするの」
蓮子の目がスッと鋭いものに変わる。
「ふぅん……続けて」
「例えば道の脇とか、木々の境目とか」
「なるほど……興味深いわね」
蓮子が少し考えこむ用にあごに手を当てた。
「夢が能力の底上げをしている、それとも能力が上昇したからその夢を見たのかしら」
「どうなのかしらね?私でもよく分からないもの。……ねぇ、蓮子は夢のことどう思う?」
蓮子の視点から見たらどう思うのか、聞いておきたかった。
「う~ん……取り敢えず」
しかし当の蓮子はカバンの中をさばくって一枚の写真を取り出すと、
「ここに行きましょう!」
そう満面の笑みで言った。
まぁいっか。

蓮の憂い

内心、私は焦りを感じていた。
メリーの能力が上昇することは別に悪いことじゃない。むしろ私たちの活動にとっては喜ぶべきことだ。
でももし、危険な、例えば妖怪の沢山いる世界に行ってしまったとしたら?
メリーにはそれに対抗する力はない。もちろん、私にも。
同様のことは前にもあった。でも前は夢という自意識の曖昧な状態であったから、メリーの中の『境界というモノ』への認識が曖昧になっていたから、だからこそ能力の制限が解除されていたのかもしれない。
しかし今は現実において自覚している。自覚してなお、現世と幽世の境界をより敏感に感知できるようになっている。明らかに能力は増大している。
だが、メリーの能力はあくまで『見る』だけだ。操る、という域までは至っていないだろう。少なくとも自意識で行使することは出来ない筈だ。しかし……無意識の内に行使しているとすれば?
その夢だって、“本当に命の危険が迫っていた”から、“夢から醒める為に”能力を無意識に使い、その結果助かっただけなのかもしれない。
もしメリーが現実という意識を保ったまま危険な世界へ渡ってしまったら、或いは……。
自分の想像にゾッとしてしまう。だけど目を逸らしてはダメ。メリーの、私の相棒の命が掛かっているのだから……。
その為にも、今は――

旅行

「蓮子がただの旅行に誘うだなんて、珍しいこともあったものね」
「そうかしら?大学生の長期休暇と言えばむしろ普通だと思うのだけれど」
「蓮子が“普通”ねぇ……まあいいけど」

「なにこれ?」
蓮子が提示したのはなんてことはない、森の風景写真だった。
「今度はここに行こうかな、ってね」
「でもここ、結界なんてありそうにないけど」
そうなのだ。蓮子が提示した写真には青々とした木々が茂っているが、どこか自然味が感じられない。
恐らく観光地として整備されたもので、人為的に作られた自然であろう。
「まあまあ。“合成”には“合成”なりのよさってものがあるのよ」
「そんなものかしら?」
「そんなものなのよ」

「ん~っ!」
大きく伸びをする。森はいい。言葉や科学では説明出来ない何かが心を癒してくれる。
「なによ、やっぱり満喫してるじゃない」
蓮子が苦笑するように言った。
「そうね、あんまり整備がされていなくて、石階段に天然の苔が生えているのもいいポイントだわ」
「人も私たち以外いないしね」
そうなのだ、周りには人っ子ひとりいない。ここにあるのは、私と、自然と、蓮子だけ。
「しかしよく出来たものね、ここが禿山だったとは考えづらいわ」
高度経済成長時代に大規模な伐採が行われたこの山も、今では周りに広葉樹が生い茂り、林道にはここが何百年も使われているような錯覚を起こさせる石が敷き詰められている。
「まあね。でもここだって禿山になる前は今よりももっとすごい“天然”の森だったわけだし、そう考えると別に不思議でもなんでもないわ」
「まるで……時間を巻き戻してるみたいね」
失われたものを取り戻すかのように。
「あっ、メリー!あそこ!」
蓮子が森の中の一点を指し示す。そこには、
「キツネだ……」
合成の森であろうと、そこに天然の物が居着くようになったのなら、そこは合成なのだろうか、天然なのだろうか。
現と虚をどうやって見極めればいいのか。
「「あっ」」
キツネは私たちの視線に気づいたのか、こちらを少し見て、どこかへ行ってしまった。
茫然と見送った私たちは、いつの間にか日が傾いていることに気が付いた。
「……宿に行こっか?」
「そうね」
蓮子の提案に私の疲れた脚は賛同し、私たちは森をあとにした。

満月の夜

「蓮子……大丈夫なの?すっごく高そうなんだけど……」
「大丈夫よ!メリーは大船に乗った気でいればいいのよ!」
「あらそう?……って言ったそばから財布確認されたら不安になるじゃない」
私たちは森から程近い旅館に来ていた。
これがやけに歴史がありそうで、いかにも高級そうな感じがするのだけど。本当に大丈夫なのかしら。

通された部屋は二人では十分過ぎる広さがあって、さらには露天風呂まであった。至れり尽くせりとはこのことだろう。
ただ……部屋に入った時の蓮子の喜と哀が混ざり合った表情には少し複雑な気分になったけど。

一足早く露天風呂から出た私は、縁側に座って月を眺めていた。
「綺麗…」
落ちてきそうなほど大きな満月が、私に自然と言葉を漏らさせる。
ふと、蓮子は月を見た時にどう思うのか気になった。
場所という概念が頭に流れ込んでくる蓮子に月はどう見えるのだろうか。純粋に綺麗と思えるのだろうか。
そんな憂いにも似た感情は、
「綺麗に月が見えるわね!」
後ろから飛んできた当人の言葉によって打ち砕かれた。
「…ねえ蓮子」
「なあにメリー」
そう私の名前を呼んだ脳天気な相棒の顔は、空に浮かぶ月のように輝いていた。
蓮子にとって、そんな付加価値など些細なものなのかもしれない。そう感じさせるような爽やかな笑顔だった。
でもどうせだから聞いてみようか、そう考えた時だ。
「メリー、あれを見て」
蓮子が打って変わった神妙な表情で、庭を指差した。
そこには、
「キツネ…?」
あの森で見たものと瓜二つのキツネがいた。
「この庭ってあの森に繋がってるのかしら」
そう、蓮子が口にすると、キツネはあの時と同じように背を向けて、今度はゆっくりと奥の茂みへと入っていった。
まるで……
「誘ってるみたい……」
私の心の声を、蓮子が引き継いだ。
「ねえ、行ってみない?」
蓮子がニコリと微笑みかける。
私は何か言いようのない不安に駆られたのだけど、多分蓮子は私が止めても止まらないだろうし、止まる気もないだろう。
それなら、相棒の私は、
「全く…しょうがないわね」
行くしかないじゃない。

二人は、夜の森に潜っていく。


読者登録

R_grayさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について