目次
はじめに
シリーズの紹介
石川・富山の旅
勧進帳のまち!“こまつ木場潟”
恋人の聖地!“内灘サンセットパーク”
火牛の計!“倶利伽羅 源平の郷”
能登有料道路のSA!“高松”
アクアパーク!“ころ柿の里 しか”
漁師の波止場!“能登食祭市場”
海水浴場のある!“いおり”
世界一長いベンチ!“とぎ海街道”
灯台のレンズ!“赤神”
御陣乗太鼓のまち!“輪島”
日本の原風景!“千枚田ポケットパーク”
塩造りの伝承!“すず塩田村”
能登半島最先端!“狼煙”
こだわりの七輪!“すずなり”
“軍艦島”へ立ち寄り!
珠洲道路の休憩地!“桜峠”
空港ターミナルが道の駅?“能登空港”
深紅の枠旗!“なかじまロマン峠”
リゾートアイランド!“のとじま”
全国屈指の寒ブリ!“氷見”
歴史を伝える!“万葉の里 高岡”
白エビの街!“カモンパーク新湊”
濃霧に閉ざされたアルペンルート!
ノーベル街道!“細入”
ホタルイカの海!“ウェーブパークなめりかわ”
トロッコ電車の起点!“うなづき”
全国一のチューリップの町!“砺波”
歴史と遺跡の町!“メルヘンおやべ”
日中友好の町!“福光”
大ホールを持つ!“庄川”
木彫りの里!“井波”
辺境の山里!“利賀”
和紙のふるさと!“たいら”
日本の原風景!“菅沼合掌造り集落”
五箇山の休憩地!“上平”
初めての岐阜県!“白川郷”
世界遺産!“白川郷合掌造り集落”
白山スーパー林道をゆく!“瀬女”
日本三名園!“兼六園”
白山麓の玄関口!“しらやまさん”
最終回!“一向一揆の里”
新潟の旅
台風の最中の出発!“漢学の里しただ”
ライン舟下りの基地!“阿賀の里”
あちゃ!閉まっていた!“みかわ”
花き園芸発祥の地!“花夢里にいつ”
酒呑童子伝説の里!“国上”
古民家を移設!“良寛の里わしま”
幕府直轄の栄華!“越後出雲崎天領の里”
田中角栄が生まれ育った!“西山ふるさと公苑”
がっかり道の駅!“風の丘米山”
酒造りのふるさと!“よしかわ杜氏の郷”
海辺のリゾート!“うみてらす名立”
かにや横町!“能生”
17店舗の集う街!“あらい”
雪むろで貯蔵!“雪のふるさとやすづか”
棚田のアート!“まつだいふるさと会館”
地域振興大型施設!“クロス10十日町”
渋海川の水辺!“瀬替えの郷せんだ”
ゆったりのんびり!“じょんのびの里高柳”
日帰り温泉施設!“ちぢみの里おぢや”
あぐりの里!“越後川口”
日本一の米どころ!“ゆのたに”
金の女神がたたずむ!“いりひろせ”
ジャンボあぶらげ!“R290とちお”
道の駅発祥の地?“豊栄”
北緯38度線が通過する!“加治川”
青銅日本一の胎内観音!“胎内”
穂波の里!“神林”
みどりの里!“朝日”
名勝天然記念物!“笹川流れ”
18世紀の栄華を残す!“関川”
山形へ立ち寄り!“白い森おぐに”
一日中遊べる!“新潟ふるさと村”
朱鷺の飛ぶ佐渡へ!“芸能とトキの里”
2年前のリベンジ!“越後市振の関”
橋げた空間の道の駅!“親不知ピアパーク”
新潟の新しい道の駅!“南魚沼”
新潟の新しい道の駅①!“みつまた”
新潟の新しい道の駅②!“パティオにいがた”
奥付
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シリーズの紹介

★☆★ シリーズのご紹介 ★☆★

◎全国の“道の駅”完全制覇の旅 [東北編] 2011/01/23出版

◎全国の“道の駅”完全制覇の旅 [四国編] 2011/02/07出版

◎全国の“道の駅”完全制覇の旅 [北海道編] 2011/03/03出版

◎全国の“道の駅”完全制覇の旅 [中国編] 2011/03/25出版

◎全国の“道の駅”完全制覇の旅 [近畿編] 2011/06/14出版

◎全国の“道の駅”完全制覇の旅 [北陸編] 2011/11/29出版

◎全国の“道の駅”完全制覇の旅 [九州編] 2011/9/27出版

◎全国の“道の駅”完全制覇の旅[中部・前編] 2013/9/9出版

◎全国の“道の駅”完全制覇の旅[中部・後編] 2013/9/9出版

◎全国の“道の駅”完全制覇の旅[関東前編] 2014/1/7出版

◎全国の“道の駅”完全制覇の旅[関東後編] 2014/8/26出版

  ※中部と関東は、アップできる容量を越えた為、前編、後編の2冊に分割しました。

 

【ブログ】

  「全国の“道の駅”完全制覇の夢!」 http://ameblo.jp/rs-trip/

【ホームページ】

 ~新しい旅のスタイル~

  「全国の“道の駅”完全制覇を目指す旅!」 http://www.rs-trip.com

 


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勧進帳のまち!“こまつ木場潟”

今日から新しいシリーズ “石川・富山の旅” を開始します。
36か所の道の駅を回り、その間に少しだけ観光もしたので、このシリーズ長くなりそうです!
飽きずにお付き合い下さい!(^_^;)

小松空港に到着して最初に向かうのは
道の駅こまつ木場潟 です。


今回4泊5日の旅ですが、初日のコースはご覧の通り能登半島をひたすら北上し、10か所の道の駅をまわって輪島に宿泊します。
一部、ぐにゅっとコースが外れているのは、曜日により店休日がある為です。

福岡空港を8時ちょうどに飛び立ち、小松空港にはほぼ定刻通り9時10分には到着しました。
トヨタレンタカーで車を借りる時、「5日間って随分長いですね!山ですか?」 と尋ねられたので、「いや、道の駅です」 と答えたら、怪訝な顔をされてしまいました。(;^_^A



今回の相棒も “ヴィッツ” です。
最初に向かう “道の駅こまつ木場潟(きばがた)” は、昨年(2010年)4月22日にオープンしたばかりの新しい道の駅で、小松空港から距離にしてわずか8km、15分で到着しました。







6月下旬の梅雨の真っただ中ですから、(速報)でもお伝えしたとおり5日間とも予報は “雨”
ただ、初日だけは “曇りのち雨” だったのですが、この青空、ご覧ください!

福岡を飛び立つときは雨が降っていましたから、小松空港で青空を見たときには驚きました。
しかも、暑い!
強い日差しと熱気で汗が流れ落ちます。
後で知ったのですが、この日は全国的に異常に気温が上がったのですね。



道の駅は純和風で、この大屋根は “小松瓦” を使っているのだそうです。
この道の駅の所在地は勿論 “小松市” ですが、このすぐ近くに “木場潟公園” があり、そこから道の駅の名前はついています。

“潟” というのは、沿岸州などによって海と切り離されてできた湖や沼のことをいいます。
石川県には元々5つの潟があったのですが、ほとんど干拓され、自然のままで残っているのはこの “木場潟” だけだそうです。
アシやガマなど水辺の植物が群生する湿地の中を自然と触れ合える散策コースがここには整備されています。





そしてもうひとつ “ショライ山” というのがあり、この道の駅の裏がその散策路の昇り口になっていました。



道の駅はこのような配置になっています。





正面を入るとすぐにスタンプ台がありました。
まだ1年しか経たないのに、いろんなところにスタンプを押している不届き者がいますね。
こういうマナーが悪いから嫌われてしまうんです!ヽ(`Д´)ノ



スタンプ台の横にはこんな、のどかな農村風景が作ってありました。



入って右側が “味処四季彩”
左が “旬菜市場じのもんや” です。





ここは “JA小松市” が指定管理者として運営していますから、生鮮野菜など商品が豊富です。



ところで、小松市は “歌舞伎のまち” ともいわれ、市のマスコットがこれです。

実は小松市には、勧進帳で有名な “安宅の関” があるのです。
その関係で古くから歌舞伎が盛んなまちなのです。

“勧進帳” ってなんだっけ、といわれる方もおられると思うのでちょっと解説!
知っている人は読み飛ばしてね!

源平壇ノ浦の合戦で平家を滅ぼした源義経は、生来の猜疑心からこれを退けようとする兄頼朝に追われ奥州平泉の藤原氏の元へ落ちのびようとしました。頼朝はこれを捕らえようと各地に関所を設けます。
当、安宅の関守は冨樫左右衛門泰家。そして文治3年(1187年)3月頃、山伏姿に変装した義経弁慶以下主従が安宅の関にさしかかります。一行の山伏姿を関守冨樫に疑われると、東大寺復興勧進のため諸国を廻る役僧と称し、何もか書かれていない勧進帳(寄付帳)を読み上げ、難を逃れようとしました。
しかし再び強力姿(荷人夫)の義経が疑いをかけられると、弁慶はすかさず金剛杖を持って主義経を打ち据えます。冨樫は弁慶の忠誠心に心をうたれ、義経一行だと気付きながらも関の通行を許したのでした。

この道の駅、小松空港に最も近いので、最終日の日曜にも時間調整の為に立ち寄りました。
やはり平日と休日の違いでしょうか、家族連れなどのすごい人出に驚きました。





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恋人の聖地!“内灘サンセットパーク”

初日の2か所目は
道の駅内灘サンセットパーク へ向かいました。



こまつ木場潟の道の駅から国道8号に乗り、金沢市街をちょっと過ぎたあたりに内灘はあります。
でもここへ到着するまで、道の駅の標識を一度も見かけませんでした。





結局、道の駅の目の前にあったのは、普通の道路標識の横に間借りしている小さな 「道の駅前」 という文字だけ!
もしかすると、他の道路を通っていればあったかもしれませんね!

これでは証拠にならないので、バス停(?)の看板を写しておきますね!(;^_^A





ここはとても景色の良いところです。
右手に大きな斜張橋が見えますが、これが “サンセットブリッジ内灘” です。

道の駅の裏側に回ると、この橋が目の前で素晴らしい眺望です。







上の地図でお分かりかと思いますが、ここ “河北郡内灘町” には “河北潟” があります。
写真で川のように見えるのは、この河北潟と日本海を結ぶ “河北潟放水路” で、これは河北潟の干拓によって作られた幅110mの人工の河川です。

干拓によって河北潟の面積が3分の1になったので、その水を日本海に直接流すために作られたのだそうです。

この放水路によって南北に分断された内灘町をつなぐのが、この “サンセットブリッジ内灘” なのです。
そしてこの橋は、夜になるとライトアップされ、時刻や季節によってその色が変わります。



日本海と河北潟を望む高台にあるこの場所は、県内1、2を争う景勝地といわれ、2009年4月には “恋人の聖地” としての認定を受けました。

元々この場所は“サンセットブリッジ内灘” の展望駐車場として作られ、お店などもできてきたのですが、これが2007年7月に道の駅として登録されたものです。







玄関をはいると、そこには物産販売とテイクアウトコーナーがありました。
スタンプが見当たらないので尋ねてみると、裏の建物ですよ!と教えてくれました。

裏にもう一つ入り口があり、そこは軽食コーナーになっています。



軽食コーナーの一番奥に、スタンプは置いてありました。



外のテラスにこのようなテーブルとイスが並んでいますから、ここでサンセットブリッジの雄大な姿を眺めながら食事をするのも良いかもしれません。

ちなみに、空が澄んでいればここから立山連峰と白山連峰が見えます。
“立山連峰” は男性的で “トトの山” といわれ、これが “富山” の語源になり、“白山連峰” は女性的で “カカの山” と呼ばれたため、“加賀のくに” の語源になったのだそうです。






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火牛の計!“倶利伽羅 源平の郷”

日本海沿いにあった内灘の道の駅を出て、一旦内陸部に向かい
道の駅倶利伽羅 源平の郷(くりから げんぺいのさと) へ到着しました。



一旦海岸線を外れるのは後半のルートを考えて、今日行っておいた方が効率的だったからです。





歴史国道に指定されているここ “北陸道” は、古代から都に通じる道であり、また江戸時代には加賀藩100万石の参勤交代の道として整備されてきました。

この道筋にある石川と富山の県境の “倶利伽羅峠(くりからとうげ)” が当駅の名前の由来なのですが、平安末期に源氏と平家が歴史的な合戦をした古戦場でもあります。

1183年に木曽義仲率いる源氏軍と平維盛率いる平家軍の戦いは、“火牛の計” を用いた木曽義仲軍の圧勝に終わり、これが平家の衰退に繋がってゆきます。

この “火牛の計” とは、数百頭の牛の角に松明(たいまつ)を括りつけ、平家の陣営に放ち、大混乱を起こさせて戦いを有利に導いた、というものです。



これにちなみ、道の駅の正面ロビーには、こんなでっかい、松明を括りつけた牛の像があります。

でも、“火牛の計” というのは元々中国戦国時代の斉国の武将・田単が用いた古事であり、中国の場合は角には刀を括りつけ、松明は尻尾に結び付けたのだそうです。
そうすると牛は尻尾の火に驚いて敵方に突進し、角に括りつけた刀で敵の将兵を死傷させるという結果になります。

牛の角に火があれば、牛はその場で暴れだし、敵方に突進するはずがない、というのが合理的な判断だそうで、木曽義仲の “火牛の計” は本当に行われたか怪しい、という説があります。

歴史はロマンですから、そんなことはどうでも良いですね!(^∇^)





ここ “河北郡津幡町” では、この木曽義仲の火牛の計を大河ドラマに採用してもらおうと、誘致推進を行っているのだそうです。(^-^)

さて、話が前後しましたが、道の駅の全景はこのようになっています。







ここはとにかく広いのです。
大きな芝生の広場の周りにたくさんの建物があって、一体どうなっているのか最初は把握できませんでした。



大きく分けると、地域振興施設である “倶利伽羅塾” と、国道沿いにある “情報棟・休憩棟” に分かれています。

最初に私たちが行ったのは “倶利伽羅塾” の方です。




手前に食事処の “源平茶屋” があり、その先に倶利伽羅塾の正面玄関があります。



ここが物産館になっており、道の駅スタンプもありました。
そして更にここには、研修施設、宿泊施設があります。



お分かりでしょうか?フロントがあって、その先が研修室、会議室、浴場、宿泊施設になっています。
ですから、むしろ宿泊・研修施設がメインとなった道の駅といえると思います。

そしてもうひとつ、国道8号に面した方が “情報棟・休憩棟” です。







情報棟の方へは、この “回廊” を通ってゆきますが、途中にステージがあり、この広い芝生広場でいろんなイベントが行われるのだろうと思います。



情報棟・休憩棟はこのように広い空間があり、歴史を紹介するさまざまなものがありました。







いつか大河ドラマに採用されれば、この地域、一気に脚光を浴びることになりそうですね!




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能登有料道路のSA!“高松”

次は再び日本海側に出て
道の駅高松 に向かいました。


“能登有料道路” は金沢を起点として能登半島を北上し、能登空港近くの “穴水IC” までを結ぶ、全長82.9kmの有料道路です。
石川県道路公社が管理しており、地方道路公社が運営する有料道路としては日本最長なのだそうです。

そしてこの道の駅高松は、その有料道路沿いにあるのです。





そしてここも道の駅の案内看板がありません。
だから今度も別の “証拠写真” を置いておきます。(^_^;)





この道の駅、元々能登有料道路のサービスエリアとして、昭和60年(1985年)にオープンしました。
それが平成5年になって、石川県の2番目の道の駅として認定されたのですが、案内看板がないのは、元々道の駅として作られたのではないからかもしれませんね!



サービスエリアですから、このように細長い敷地になっています。
そして、道の駅の真裏は日本海です。



道の駅の裏には、海辺に沿ってこのような遊歩道も整備されています。



入り口にも “高松レストハウス” って書いてありますね。



店内もこじんまりしていますが、この裏側がレストランです。



レストランからは日本海の海原が一望できますから、特に天気の良いときであれば、ドライバーの休憩、食事には最適のオアシスなのでしょう。

私たちは、テイクアウトのコーナーで気になるのがあったので、これを買って海の見えるテーブルで頂きました。



“究極のかれいぱん” なのです!
それに、定番のポテトスティックも!



でも正直な感想を言わせて貰うと、この “かれいぱん” ちょっと油っこすぎます。
まあ、人それぞれの好みかな?

この日、予想外の青空が続いていたのですが、この頃から空模様が怪しくなってきました。
そして食事を済ませて外に出ると、それを待っていたかのように激しく降り出しました。

びしょ濡れになって車に走り込んだのですが、走り出してしばらくすると嘘のように雨はあがって・・・。
ちょっとだけ待てばよかったと後悔しました。(´_`。)





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