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行きゆく人に秋の夕暮れ

 秋は好きだ。特に秋の暮れ方はいい。
 門を出て夕日に赤く燃える土塀の間を歩くと、川辺に出る。川は黄金色から紅に染まりながら、緩やかに流れて行く。土手の薄は川面に映え、白銀に輝いている。
 橋が在る。古風な太鼓橋だ。渡り口には大きな石造りの常夜燈が在り、夕日の中に濃い長い影を引きつつ、深紅に聳えている。
 時々立ち止まりながら、ゆっくりと橋を渡る。橋の向こうは、薄の原だ。道はだらだらとその中を下っている。川風が密やかに生じさせる薄の幽かな衣擦れを聞きつつ、夕日に向かって下って行く。
 薄の原を抜けると松林が在る。林を通して遠い山並みが黒々と迫って来る。山の端を行く赤い巨陽は重苦しい沈黙を呈している。何処からともなく吹いてくる風は、蕭々しょうしょうと松の梢を渡って行く。
 足を止め、斜陽を背景に緑々あおあおと浮き出している松林を暫し眺める。松林は海岸へ向け、蜿蜒えんえんと続いている。

 唐突に、足元から犬の吠え声がする。パグと思しき犬がこちらを見上げて、吠え付いている。
「ハチ! 何吠えてるのよ! もう!」
 リードを持つ若い女が声を上げる。
 こんなパグ犬が「ハチ」とは。少し映画が流行れば、直ぐに同じ名前の犬が増える。子供の名前までがそんな調子の世の中だから、犬などは致し方ないのか。思わずの微苦笑で、吠え付く丸い目のとぼけ顔を見詰める。その視線に犬は気分を害したのか、更に激しく吠え立てる。
「ほんと、何吠えてんのよ! 止めてよ! ハチ!」
 若い女が激しく声を荒げても、犬は全く言う事を聞かない。こちらへ向かって吠え続ける。若い女は、この小さな犬に完全に馬鹿にされているようだ。犬と言う生き物は、上下関係をしっかりさせていないと、付け上がるものだ。
「もう夕方なんだから、さっさと帰らないと! 秋の夕方って、ヤバいんだから! 直ぐに暗くなっちゃって、最悪! この、バカ犬! 迷惑犬! ぐずぐずしないでよ! ハチったら、ハチ! もう! 早くっ! こっち!」
 若い女は何の挨拶も無く、吠え続ける犬をそのままぐいぐいと引いて行く。
 最近、川上に出来た高層マンションの住人だろう。風情を解さぬ無礼な輩だ。後姿うしろすがたを見送りながら、溜息をつく。

 ふと見遣ると、道の少し前方に家が在る。土塀を廻らせた古民家だ。こんな所に、家が在っただろうか。訝しく思いつつも近付く。
 大勢の人が集まっている。
「夕方、あの松林の所でお亡くなりになっていたそうですよ」
「秋の夕暮れがお好きだったんですって」
「それで、こんな夕方にお葬式を……」
 秋の夕暮れが好きな人――何となくゆかしく思い、非常識も省みず門の中へと足を踏み入れる。祭壇は夕日の中に燃えていた。その中央高くに置かれた遺影が、赤く斜陽光を反射する。
 と、突然、見えた。赤い巨陽の斜光が眼前の緑松林を黒く焦がし、人の胸を貫くさまが。松が枝を蕭々しょうしょうと渡る風のみの静寂の中、胸を押さえ、脚を折る人。松風は何時もと変わらず、蜿蜒えんえんと続く松林を吹き渡って行く。風が去った後の、刹那せつなの幽玄。そこに、声が大きく響く。
「おい! ここに人か倒れてるぞ!」
「えっ? どこ? ……ほ、ほんとだ……」

 祭壇を見上げたまま、呆然と立ち尽くす。中央に掲げられていたのは、夕日に照り映える紅葉の中で微笑んでいる私の写真だった。


文:梓寝子(あずさ・ねこ)
小学校時代から欠席が多く、学校へ行けない日々に発生した他愛も無い妄想から生まれた「‘異世界’世界の物語」を綴っております。



絵:damo(だも)
何かすこしでもお手伝い出来ればと思い、参加しました。 
作品の彩りになるような表紙になっていれば幸いです。