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来客御礼

 この世界では箪笥や机の引き出しが異世界との通路になることもある。嫌な例を挙げれば公衆トイレだって異世界と通じたことがあると聞き及んでいる。
 だからきっとこれは不思議なことではないはずだ。そうでなければ、信じられるはずもない。そう、おかしくなどない。
 ……いや、やっぱ駄目だ。こんな場所に僕がいるなんて、信じたくない。
「あいやー。お客さん、お客さん。頭ダイジョブあるかー」
 だけど、無情にもあってはならない声が落ちてくる。しかも似非中国人みたいな口調で。
「頭から落ちたあるなー。こぶが出来てるかもしれないあるよ」
 僕は耳を塞いだ。そして目もしっかりと閉じて、視覚情報も遮断する。
 これは夢だ。絶対に夢だ。夢に違いない。夢じゃないのなら、アレだ。夢オチだ。
 今受けているはずの日本史――品川さんの念仏授業に耐えられなくって途中で寝ちまったんだ。そうに違いない。そして変な夢を見てるに決まっている。そもそも信じられるわけがない。なんでロッカー開けたら教科書がないんだよ。僕の教科書どこ行った? 辞書もどこに消えた? ついでに見崎に借りてた漫画は……これは失くしてもいいや。二ヶ月前に借りたもののことなんて忘れているだろう。もし問い詰められたら矢立の奴を人身御供に差し出そう。
 けど夢にしては妙にリアルな……いやいや夢なんだ。これは夢に違いない。断定だ。
 高二にもなってネコ型ロボットのアニメを欠かさず見てるから変な異世界願望が出ちまうんだ。まあ、あれは異世界じゃなくて未来だけど同じようなものだ。今度から毎週はやめにして、二週に一度見ることにしよう。
 頭にこぶが出来てるのもきっと品川さんが眠っている僕にチョークを投げつけたに違いない。目覚めたら頭が白髪になっているのは嫌だけど、寝ていた僕が悪いのだから甘んじて受けよう。授業中はやっぱり起きていなくちゃな。今度から授業中は眠らないようにしよう。
 よし。
 さあ。
 目を開けたら僕は教室に戻っているはずだ。
 品川さんの小言だって今日は喜んで拝聴してやる。見崎が人の寝起き姿に爆笑しやがっても、今日だけは寛大な心で許してやる。だから頼むから見慣れた教室であってくれ。
 神様仏様貧乏神様、誰でもいいから嘘だと言ってくれ。でも出来るなら貧乏神じゃなくて神様か仏様にお告げをもらいたい。
「お客さん、何してるあるね」
 ……嘘じゃなかった。
 膝から崩れた僕の顔を覗きこむ女の子。
 大きな目の中に僕をしっかり映してくれやがった女の子。
 所謂チャイナ服というやつを着ていて、こんな、夢で済ませてやりたい状況でなければ果てしなく歓喜したかもしれない。深いスリットから白い肌が見えていて、じっくり眺める余裕がないのが残念なほどだ。
 それにしても僕だって、許容の限界はある。一体何が起きたっていうんだよ。僕が何かしたのか。誓って何もやってない。だから何かやらかしやがったのは絶対にこの女の子だ。
「あ、あんた、が、僕を喚んだのか」
「そうあるよー」
 女の子は僕が返事をしたのが嬉しいみたいで、にこーっと笑顔を浮かべる。そんなことで僕は騙されたりしないんだからな。顔が赤くなるのは単純に、その、気温が高いからだ。暑いんだよ、……多分。
「あんた誰だよ。ここはどこだ」
 顔を見たらほだされてしまいそうで、視線を逸らしながら訊ねた。いや、僕は色仕掛けに負けるような軟弱者じゃないけどな。
「我は梨花いうある。ここは我のお店ある。ようこそイラシャイマシター」
「り、りいふぁ?」
「リーファある、お客さん」
「なんで僕はここに喚ばれたんだよ。早く元の場所に帰してくれ。わけのわからないことに付き合うつもりはないからな。僕だって暇じゃないんだ。もしも魔王退治とか言われても僕じゃ何も出来ないぞ。弱いとかそういうことじゃない。これでも剣道の授業では矢立から一本取ったんだ。……み、見崎には負けたけど、それだって僕の運動能力があいつに劣ってるわけじゃなくて、単にあいつの反射神経が異常なだけで別に僕は弱くないんだか……って、聞けよー!」
 顔を見て話していなかったのが悪いのか、リーファは僕から離れて箱を漁っていた。箱というか、箱だけじゃない。やたらものが置いてある。部屋の一角が物置のようになっていて、そこに様々なものがあるようだ。何が入っているのかわからない段ボール箱や、高級そうな木の箱。逆に陳腐な玩具の写真が印刷された箱もある。それらが積み重ねられて今うずたかい塔になっている。リーファが箱の山を漁るたびに肘がその塔に当たって、今にも崩れそうだ。それにしても何の店なのか。
「リー……」
 リーファは僕に背中を見せている。深いスリットから白い肌が見えている。余程奥に埋まっている何かを取り出そうとしているのか、リーファの体勢が……。
 な、なんか見ちゃいけない気がする。だけどこの光景を見逃すのは男として勿体無い気がする。
 僕はリーファの後ろ姿をちらっと見た。
「……これは別にやらしい目で見てるわけじゃない。ただ、理由を訊いてるのにリーファが答えないからその答えを待っているだけだ。大体チャイナなんて僕はそんな趣味ないんだから」
「何言ってるあるかー」
「わ! なんでもないって言ってるだろ!」
 リーファが急に僕を振り返った。反射的に叫ぶとリーファは、ならいいあるーとか言ってまた前を向いた。思わずホッと安堵の息を吐いてしまったが、これはリーファが突然話しかけてきたから驚いたんだ。別にやましいことは何もないぞ。うん。
「おー、あったあるー」
 もう一度リーファに視線を送ろうとすると、何か目的ものを見つけたようだ。
 リーファはやっと僕の前に戻って来た。その手には大事そうに壺を抱えている。そして何故か僕の前にその壺を突き出した。
「さあ、お客さん。この壺を買うある」
「は?」
「この壺買うと幸せくるあるよ。お客さん幸せなりたくないかー」
 なんだそのインチキくさい謳い文句は。オチを読んでくださいとばかりの漫画じゃないんだから、それはないだろう。
「今までこの壺買った人、ミナ幸せあるよ。嘘じゃないある。ホントあるよー。だからお客さんも買うよろし」
「え? だからいきなり壺ってなんだよ」
「買うよろしー」
「ちょおお、壺押し付けないでよ。痛い、痛い、顔痛い」
 壺、壺と言いながらリーファは笑顔でそれを押し付けてくる。今まさに僕がその壺で不幸に陥ってんだけど、それで御利益あるって本気で言う気か。というか、顔マジで痛いんだけど。頬骨がミシミシいいそうなんですけど。軋みそうなんですけど。どんだけ強い力で押し付けてんだ。
「リーファ、ちょっと待っ……」
 壺を押し返そうとしていると、雷のような激しい音が響いた。何かがリーファの背後に落ちてきたのだ。おかげで壺を押し付ける力が緩んで僕は命の危機を脱した。だけど、落ちてきたのは人じゃなかろうか。
「あいやー。今日は千客万来あるな」
 落ちてきたのはやっぱり人だった。頭から落ちたんだろう。後頭部を押さえながら所在無げに周囲を見回している。しかも緑の髪に金の瞳だ。なんて異世界人。やっぱり僕同様何かの拍子にここに落とされてしまったんだ。同志だ。密かに僕は心の中で手を叩いた。
「これもきっとお呪い効果あるね。すごい効き目ある」
「お、おま?」
「おまじない、ある。そっちのお客さん、イラシャイマセー。これ買うよろしよ。このお札ずっとずーっと昔に妖怪を封じ込めたものある。もしもの時に使えば、あらほらさっさー問題解決ある」
 お呪いってなんだ、お呪いって。もしかしなくても僕が喚ばれたのはそのせいか。なんで僕なんだよ。大体お呪いってどんなことやったんだよ。
 僕が頭を抱えている間に、リーファは落ちてきた異世界人にお札を突きつけている。どうするんだろうと思って見ていると、男はよくわからないまま懐から金らしきものを渡す。そういえば異世界だとしたら貨幣の種類も違うんじゃないか。買うつもりはないが、もしもこんな所で生活しないといけなくなったら……いやいやいやそれはない。ありえない。
「交渉成立ある。アリガトゴザイマシター」
 にっこり微笑んでリーファが男にお札を渡した。男の手にお札が渡ったと思うと、その姿がいきなり消えた。軽いしゃっくりが止まるくらい僕は驚いたが、リーファは何でもない顔でまた僕の方に近寄ってくる。どういうことだ。
「さあ、次はお客さんあるよー」
 また壺を手にしたリーファに後じさる。
「ちょ、その前に訊いていい?」
「なにあるかー」
「お呪いって何?」
「お客さんも興味あるあるかー。これある。我、この雑誌毎週欠かさず読んでるある。そこに書いてあった、試したある」
「見せろ」
 僕はやたらキラキラしてる表紙の雑誌をリーファの手から引き抜いた。目次で確認してページを開くと、脱力しそうな文字が躍っていた。

 ☆今日は気になってるあの人と両想いになるおまじないを教えちゃうぞ☆
 1 まずは紙と鉛筆を用意しよう。紙は小さなものでOKだよ!
 2 紙に好きな人の名前を書こう。間違えないようにね!
 3 最後にその紙を水の上に浮かべよう!
 紙が一分間浮いていられたら、あなたと彼は両想い☆
 さあ、さっそく試してみよう!

 ……この世からすべてのお呪いがなくなればいい。
「うふふーある。効果てきめんなお呪いあるよー」
 リーファのにこにこ顔が物凄く腹立たしい。
 こんな嘘くさいお呪いで僕は喚びだされたというのか。納得いかない。激しく同意しかねるぞ。しかもなんで僕が選ばれたんだ。両想いになれるよ、なんて恋のお呪いなのにおかしいだろ。大体僕の名前をリーファが知っていたとも思えない。
 ん?
 名前?
 もしかして……いやまさかな。そんなこと書いたとは思えない。だがしかし、いやいや待て待て僕、ここは違うということをはっきりさせようじゃないか。
「リーファ、これを試したんだよな」
「そうあるー」
「じゃ、じゃあ、好きな人の名前は誰の名前を書いたんだ」
「紙に書いたことあるかー。あいやー、我好きな人の名前なんて恥ずかしくて書けないあるよ。だから別のを書いたある」
 照れ臭そうに前髪をいじりながらリーファが頬を染める。こんな状況でなければかわいいと思ってやるけれど、今は無理だ。
「我の店お客さん少ないある。だから『客』って書いたあるよ」
「……マジか」
「マジあるよー。そしたらお客さん来たある。嬉しいあるー」
 無邪気なリーファの笑顔に僕は眩暈がしそうだ。なんてこった。僕が喚ばれた理由がよーくわかった。こんな激しく馬鹿げてる理由で僕が選ばれたなんて、そりゃ期待なんて微塵もしてなかったけどそこかよ。
「どーしたある。お客さん、具合悪いあるか」
「最悪に決まってるだろ」
 僕は頭を抱えて叫ぶ。最悪以外の何物でもない。
「名前じゃん! 両想いになれるお呪いなんだから、好きな人の名前書けよ! 僕の名前を書くなー!」
「あいやー」
 僕の名前はきゃく。ギャグとか洒落じゃなくて、客という名字なんだ。からかわれること必至な名字だが、本当にそういう名前なのだから仕方がない。それがこんなところで引っ掛かるなんて誰が思うか。
「お客さん、ホントに客って名前あるか。びっくりある」
 こっちはもっとびっくりだ。
「そういえばさっきのお客さんも『キャク』って名前だったあるな」
 呑気な言い方に僕は項垂れるしかない。そこで気付いてくれ。
 だがつまりは両想いっていうのもそういうことか。リーファはお客が来て、商品を買っていって欲しい。お客の僕は何かものを買えばいい。それで双方一応満足で両想いということなんだろう。だからさっき落ちてきた異世界人はお札を買って元の世界に戻ったのだ。わかりやすいといえばわかりやすい。
 僕は溜息を吐いて、不思議そうな顔をしているリーファを見た。
「リーファ、買ってやる」
「ホントあるか」
「ホントあるよ。だけど壺はやめてくれ。出来たら小さくて軽いものがいい」
 壺を持って帰るなんて言語道断。というか恥ずかしいから嫌だ。それなら実用的でなくてもいいから邪魔にならないものがいいに決まっている。
「だったら、これなんてどうあるか。家外安全、その昔外歩くたび交通事故にあった偉い人を祀った大変貴重なお守りある」
 リーファが自慢げに赤い手の平サイズのミニ巾着を取り出した。というか家内安全じゃないのか。交通安全じゃないのか。交通事故にあった偉い人って誰だよ。そんな人祀ってお守りとしての御利益あるのか。声に出して突っ込みたいが、突っ込んだら負けだ。僕は言葉を飲み込んでリーファに頷く。
「……いくらだ」
「いくらでもいいあるよ。お客さんの世界と同じくらいの値段で買ってくれたら嬉しいあるな」
 なるほど、と思ってポケットを探る。が、そういえば財布は鞄の中だ。金がない。シャツの胸ポケットとか叩いてみるが入ってない。あるのは胸ポケットに挿していたボールペンとズボンのポケットに入れていたガムくらいだ。
「……リーファ、これと交換でもいいか」
「何あるかこれは」
「ボールペンといって文字を書くことが出来る道具だ。それからこっちはガムといって食べ物だ。ほら、一つ」
 ガムを差し出すとリーファが口を開けた。彼女の口に直接放り込む。もぐもぐと噛んでリーファの顔が輝いていく。僕はその表情にホッとした。
「噛み切れないあるー。変な食べ物あるな。面白いある」
「味がなくなったら包み紙に吐き出して捨てるんだ。食事をした後に噛むと口の中がすっきりする」
「なるほどある。わかったある。お守りと交換するよろし。でもガムだけでいいある。そっちのペンは我も知ってるあるよ」
 そう言ってリーファは懐から万年筆を取り出した。何気に僕よりいいものを持っている。
「わかった。まだ開けてないのもあったから、おまけでやるよ」
「ありがとーある」
 リーファの手に落とすと喜色満面、頬を染めた。そして僕も手を差し出すと、リーファが心得たとお守りを僕の手の上に載せた。その瞬間、視界がもやに包まれていく。
「アリガトゴザイマシター」
 と、リーファの言葉が終わる頃にはすでに視界は真っ暗になっていた。そして闇の中を歩き出そうとした僕は――落ちた。
 マンホールの蓋が開いていることに気付かず、落とされたように無重力状態になった。このまま落ちていくのかと思えば今度は何故か頭に強い衝撃を受けた。そのまま尻餅をつく。頭だけじゃない、手を振ろうとしたら壁みたいなものに阻まれる。立ち上がろうと試みたが足も動かすことが出来ない。
 体操座りがベストな体勢のようだが、このままいつまでもいられるはずがない。ぎちぎちの体をどうにかしようともがいてみる。手と足で周囲の壁を叩き蹴る。ガゴン、グガン、ベコッと音がする。頑張れば壊せそうだ。手足をばたつかせていると、前方の壁は扉のようなものになっていることに気が付いた。動かせるところは全部使って、僕は体当たりをした。

 ガッゴンドン! ドス!

「客! 何やってんだ」
 廊下に顔を覗かせた品川さんが不思議顔で僕を見ている。僕も不思議で仕方ない。なんで廊下の床に転がってるんだろう。
「もう授業五分しか残ってないぞ。欠席扱いでいいな。後で職員室来ーい」
「……はい」
「うわー、ダッセー、客。髪ぐしゃぐしゃじゃん」
 見崎が廊下側の窓から顔を覗かせて、僕を指差した。大声を上げて笑う見崎が怨めしい。
「うるせーぞ、見崎」
 真正面には開け放たれた僕のロッカー。中身が廊下に散乱している。
 どうやら、本当にロッカーが異世界への通路になっていたらしい。そして考えるに帰ってくる時に小さな空間に閉じ込められてたのは、ロッカーに入っていたということなんだろう。そりゃ体操座りがベストなわけだ。むしろよく入ったと驚きだ。
 ともかくも帰ってこれたことにホッとして、僕は埃を叩きながら立ち上がる。すると赤いものが廊下の床に落ちた。リーファから買ったお守りだ。本当の出来事なんだと今更ながらに実感した。どうしたもんかと思っていると、ひらひらと小さな紙が頭上から降ってきた。

『またのお越しをお待ちしております。 万屋店主 楊梨花』

 機械的な文字の端に手書きで『また来るよろし』と追記してある。字までは訊かなかったが、リーファの名前はきっとこの字を当てるのだろう。彼女以外に誰がいるというんだ。
 僕はその紙をびりびりと破ると、窓から外に投げ捨てた。
 二度と行くものか!

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 それからこってり品川さんに怒られて、教室に戻ると見崎と矢立がにやにやしながら僕を待っていた。その顔に何を訊かれるか予想は出来た。何と答えようかと悩みながら僕は二人の傍まで歩み寄った。
「授業サボるなんて珍しいな」
「そー、そー。急に消えるからびっくりしたよ」
 僕だってびっくりしたよ。
 そう言ってやりたい衝動に駆られるが言っても意味がない。
「まあ、ちょっとね」
 濁して追求を逃れようとすると、見崎が首を傾げる。その視線を辿ればズボンのポケットに向かっている。
 そういえば、入れたままになっていた。
「何それ?」
「お守り」
 引っ張り出すと手の平サイズの赤いミニ巾着。お守りというのは間違っていない。訊かれてもいないのだから何のお守りかは黙っていよう。そもそも家外安全だなんて、僕も説明出来やしない。
「へー」
 じーっと僕の手許に視線を固定させた見崎にちょっと居心地が悪くなる。
「いる?」
 元々こっちに戻れたらすぐに捨てるつもりだったものだ。しかし幸いにもこんなものを欲しがる奇特な奴がいるらしい。見崎は何故か物欲しそうな熱視線を寄越してくる。
 反応はどんなものだろうかと思っていると、ぱあっと明るくなる表情。
「いいのか」
 すごく嬉しそうな顔に少々罪悪感が湧く。だが使ってくれる奴がいるならそっちの方が絶対にいいはずだ。僕は快く手放した。そしてお守りは見崎の手へと渡ることになった。
「……『家外安全』?」
 下から覗いた矢立が不審そうに呟くが、見崎は特に気にしていないらしい。何がそんなに惹かれたんだろうか。単純に赤い色がお気に召したのか。それとも形か、物珍しさか。理由はわからない。
 見崎はその胡散臭いお守りをしみじみと見つめると、鞄の端に取り付ける。
「どうだ」
 褒め称えろと言わんばかりの見崎の表情に、思わず僕は矢立を窺う。すると矢立も僕をちらりと見た。キラキラ目を輝かせている見崎の機嫌を損ねてお守りをつっかえされるのは宜しくない。
 僕は溜息を吐くと、にっこりと笑ってやった。
「いいんじゃないか」
 本気か、と言いたげに矢立が眉を顰めたが、あのお守りを手にした経緯を知れば矢立だって同じことをするはずだ。
 そのくらい早急に手放してしまいたいものだったんだ。
「そっか、そっかー。じゃ、本当にもらっちゃうぞ」
「いいよ。僕には必要ないものだ」
 いいから気にせずもらってくれ。
 そして見崎は嬉々とした表情でその日の残りを過ごしていた。

 それから一週間は平和だった。
 お守りのことなんてもう頭からすっぽり抜け落ちていた。だから、うん、見崎に渡った八日目にして、僕はやばさを本当の意味で知った。
 見崎と矢立と僕と、三人で学校帰りにコンビニへ歩いていた。何の変哲もない帰り道。いつも通っているなだらかな坂を下っていた。頭の中はコンビニで買う予定のピザまんに占拠されていた。他は他愛のない話に使われているだけで、本当にお守りのことを忘れていた。
 キュキュキュッと激しい音がして、見崎と矢立が慌てたのに気付いた瞬間、僕の目を奪ったのは派手な赤色で、体が突然軽くなった心地がして、そしてすごく遠くで見崎と矢立の声を聞いた。――そう、僕は空中に撥ね飛ばされたのだ。ハンドル操作を誤った車によって。しかも道路側にいたのは見崎のはずで、本来なら僕ではなく見崎が撥ねられるはずなのに。
 僕は再び落ちた。

『あいやー。お客さん、また来たあるかー? イラシャイマセー』

 あああ……、お願いだから。後生だから。頼むから。
 誰か、誰か夢だと、言ってくれぇ。


文・絵:恵陽(けいよう)
様々なジャンルで書きたいものを書き散らしています。ただしホラーは除く。あと今企画においては絵師としても参戦中。 
皆さま、よろしくお願い致します。