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薄桃色と部長と女神 5(終)

 空の向こうに調和があると同時に、窓の向こうに混沌が存在する。
 時間とものさしが私たちを縛り、時間と気まぐれが私たちを解く。
 宇宙を統べるのは、時間。
 それは神であり、私たちのもの。
 それに逆らうことは許されない。
 それを使うことを強要される。
 私たちは激流を下りながらも、道を撰ばなければならない。
 時間は万物の破壊を促し、万物の成長を助ける。
 私たちがいくら足掻いたところで、神はこちらに目を向けやしない。
 ところがどうだろう。
 紙と鉛筆があれば、だれでも新世界の創造主、神となることができる。
 それは、私たちが証明してきたこと。
 文学と芸術。
 紙と鉛筆のみで世界の創造主となれる舞台。
 神集いし場へようこそ。
 いざ、あなたも、神にならん。
  同好会棟3階東側突き当たり 文芸部

 


 A4の紙を縦に置き、細い字で横書きに書かれている後ろには、蒼い空から舞い降りる薄桃色の雪と、屋上に立ち腕を伸ばす少女が描かれている。
 画用紙かなんかに描けばいいものを、普通の紙に描くもんだから、紙がふやけたまま乾いているため、ゴツゴツとした質感になっている。随分昔に書かれたもののようで、ところどころ小さく破れているが、ラミネート加工してあるので大丈夫そうだ。
「文学と芸術で文芸部…?」
 私は思わず首を傾げた。
 同好会棟と呼ばれる旧校舎への渡り廊下の入口でそれを見つけた。部活動紹介用のポスターの掲示板は、1年の昇降口に設置されている。向こうの方が目に留まりやすい筈なのに何故わざわざここに貼っているんだろう?
 この世に1枚しかないと思われる紙を眺めながら、私は考えた。
 …ここはいっちょ聞きに行くか…。
 私は渡り廊下へ足を踏み出し、2つ階段を上り、廊下を進んだ。
 扉を開く。…ガラッ。
 そこには、黒板一杯に、いや、黒板があるべき場所に紙が貼られ、空が描かれていた。
 あのポスターと同じような、蒼い空に薄桃色の雪。
 暫くそれに見入り、その紙の前に人が立っていることに気付いたのは、絵に筆が置かれた時だった。この絵は、まだ製作途中だったわけだ。
 赤いネクタイを肩越しに後ろに払い、白いYシャツにも色を付けながら絵に向かう青年。
「…あの、」
 その青年がこちらを向いた。
 さっきまでの、鋭い横顔から一変、幼さを残した笑顔をこちらに向けた。
「君は紙と鉛筆で何になる?」
 最初は何だか分からなかったが、あのポスターに書かれていた文章を思い出した。
「…文字により世界を創造する神に」
 青年は目を細め、更に柔らかい表情になった。
「ようこそ、神の集いし場へ。
 ここは文学・芸術部、略称文芸部。
 この場を創った女神、通称・部長に敬意を表し、この部には部長はいません。
 いるのは、便宜上の責任者であり、部長でないことをお忘れなく。」
 唄うように言うと、更に付け足した。

 あなたを、遠き過去より待っていた。

 ここに、19人目の神を迎えよう。

「部長の代から受け継がれている、新入部員を迎える詞です」


この本の内容は以上です。


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