閉じる


<<最初から読む

12 / 15ページ

ゴドウコウ

 インター出口で、私はタクシーを降りた。

「ごめんねぇ。お嬢ちゃん。送ってあげたいけどウチも商売だからここまでしか…。」

「あ、気にしないでください。ありがとうございました。」

去って行くタクシーの後姿を切なく見つめて、溜め息を付く。

「どーしよ…。」

突っ立っていても仕方ないので、なんとなく歩き始めた。

「…にしてもあいつ!しかもなんでよりによって実家の近くなわけ?」

ぶつくさ言いながら歩き続ける。思い出すとまた腹が立ってきた。

「!!」

何かの気配を感じ、振り返ると電信柱の影に隠れ…きれていない、例の男を再び発見した。人は一度怒りを爆発させると、その後はより切れ易くなるものだ。

「…。もういい!いーわよ!わかったわよ!出てきなさいよ!!分かってんのよこっちは!!」

私も例に漏れず、切れながら男に歩み寄って行く。今まで逃げていたはずの相手に、急に近付いてこられた男は慌てていた。

「あんた!そう、あんただよ!…あ!そうだ、あんたあの女どこ行ったか知ってんでしょ!?教えなさいよ!!コラ!!」

詰め寄る私、あたふたする男。すると背後から声が響いた。

「動くな!」

数人が後ろから走り寄ってくる音が聞える。

「えっ?」

警官だ。走ってくると、私と男を揉みくちゃにする。

「新宿通り魔殺人容疑で逮捕する!」

「ご、ごめ…。」

私が条件反射的に謝ろうとした時、誰かが男のサングラスとマスクを取った。

「スズキだな!まったくこんなところまで…。」

「ぇあ!?ス、スズキさん!?」

「沢木唯さんですね?あなたにもお聞きしたいことが。」

「は、はぁ…。」

「この、スズキはご存知ですね?」

「…はい。…っと、店の常連で…。」

「ええ。あなた、ずっと狙われていたんですよ。無事で良かった。まあ、とにかく署までご同行ください。」

ヨウセイ

 あの後、任意の事情聴取だったため、私はその日のうちに帰された。廊下で待っていたのは両親。呼んだことは聞かされていたので驚くことはなかったが、今更ながらに泣いてしまった。それよりも驚くべきは二人が別れていないことだった。母はあの翌日に私が出て行ったことに気付き、離婚を考え直したのだ。それを境に父は院長を退き母に経営権を譲って、今や立派な主夫をしている。私は復学し、歩むはずだった道をひた走っている。

数ヶ月が経った今、私の部屋の隅には、あのバットが立てかけてある。逮捕された連続通り魔…常連のスズキさんは、私を指名した男を襲っていたのだそうだ。奴を刑事と思い込んで逃げていた私達は、実はスズキを連れて警察の捜査を撹乱していたようだ。その上被害者の中にセージはおらず、警察にはセージと凛の件は黙っていた。というか、聞かれもしなかったのだ。警察の話には私と犯人以外誰も登場してこなかった。もしかしたら、違う事件として扱われているのかも知れない。そう思い迷った末、セージのいたホストクラブに問い合わせると、セージは辞めたが生きているらしかった。ちゃんとニュースを見ていれば、逃げることはなかったのだ。複雑な気持ちだが、まあいい。もう会うこともないだろう。そして…、凛。暫くしてあのボロアパートを訪ねてみたが、取り壊されて持ち主も代わっていた。不思議なことに取り壊しは私が凛に連れて行かれる2ヶ月前には決まっていて、住人は皆他に移っていた。その中にも凛の記録はなかった。働いていた店もオーナーが代わって分からずじまい。思えば、名前さえろくに聞いていなかったのだ。どこまでが本当だったのか…、いや、むしろ本当にいたのかも定かではない。そういえば『妖精さんだもん』とか言ってたな…、いや、それは絶対ない。あの性格でそれはない。妖怪ならまだしも…。結局、奴の痕跡は私の記憶とバット以外に何も残っていない。バットを手に取って凛の顔を思い出した。面倒臭いし、言動の意味が分かんない奴だったけど、結果的に凛がいなければ今の私は無い。

「喧嘩なんかしなきゃ…ん?」

持ち手の下を覗き込む。

「…。」

良く見ると擦れたマジックで『ひのせ りん』と書いてある。

「ひ…のせ!?」

あの封筒を思い出す。私が家出したあの日、母親が父親に叩き付けたあの封筒。『別れさせます!HINOSE探偵事務所』。まさかね…。…いや、有り得るかもしれない。

「ちょっと!?お母さん!」

暫くして、私は家から飛び出し、全速力で走った。

「何が妹…。くっそー!はめられたー!」


ストーカー

“プルルル…”

「はい、日之瀬探偵…。あぁ!沢木さん。…いえいえ、ご無沙汰してます。唯ちゃんはどうですか、その後。…そうですか。良かった。まったく、ウチの娘ときたら、家に帰すのが目的とはいえ荒い仕事っぷりで、本当に申し訳ありませんでした。…いえいえ…。ところで今日は…。はは…。そうですか、わかりました。お待ちしてます。」

“ガチャ”

「たっだいま~。はぁあー。疲れたー。お父―。もう、やだよ。身辺調査~。つまんないよ。もう飽きたー。」

凛はドサッと自分のデスクに座った。

「何言ってんだ。得意だろうが、ストーキングは。唯ちゃんの時なんかほぼストーカーだったぞ、お前。」

「だって、唯ちんのは、本当に私ストーカーだったんだもん。」

「開き直ったか。」

「お母死んで、お父ンとこ越してから、ずっと週末様子見に通ってたんだよ?ライフワークと言っても過言じゃないね。」

「なんで声かけなかったんだ?小さい時は良く遊んでたじゃないか。」

「だってさあ、なんか素直に育ってて、友達多いし、私なんか忘れてそうなのに、改まってなんて声かければいいんだよ?実際、会っても全然気がつかないし、一緒に撮った写真見ても、『それ妹?似てなーい、妹のがかわいー』とか言って。それ自分だっつーの。確かにかわいいけど。」

デスクの写真立てを取る。

「拗ねるな。気付かれないように騙してたのはお前の方だろうが。」

「嘘は言ってないもんねー。歳以外は…。しかも、小さい時の私、男だと思ってたんだよ。ひどいよぉ。」

「そりゃ、髪短くて、常にバット持ち歩く悪戯好きが女に見えるわけないだろ、唯ちゃん四つか五つくらいだったんだから。」

「だってバット好きなんだもん。あーあ、あげるんじゃなかったー。」

「戻ってくるかもよ。」

「え?なんつったの?」

「いや、ちょっと買い物行ってくれるか。」

「はいはーい。何買えばいいの?」

「なんか、お客さん用に果物とか、適当に。」

「了解~。」


サイゴニ

 私がバスを降りると、見覚えのある女が買い物袋を方手にバス停を通り過ぎた。その女がふと立ち止まり、振り返る。私は二度見してそれが凛だと気が付いたと同時に、凛も私が私だと確信した。

「あ」

二人とも、口を半開きにして人の往来の中を立ち尽くす。私が一歩踏み出した途端に凛は身を翻して走り出した。

「ちょっ…待てー!」

物凄い勢いで逃げる凛。しかし途中で私が追いついた。

「早っ。」

「今日は荷物無いから!」

喋りながらも止まろうとしない。負けたくないのはお互い様のようだ。商店街を抜けて公園に辿り着くと、二人とも座り込んだ。

「はぁはぁ…、に、逃げるな!」

「だって、お…追いかけるんだも…。」

「お前は犬か!」

「トムとジェリー。」

「それはネコとネズミ。」

「…で?どこまで分かった?」

「全部。」

「野球少年じゃないよ、あたし。」

「あんなの女と思う方がおかしいから。」

「全部ばれちゃってる?」

「ばれました。あんた、スズキが通り魔なのも知ってたんでしょ?」

「うん。毎日仕事帰りにゆいっちが襲われない様に、バット持って後付けてて、なんかもう一人ゆいっちの後付けてる奴がいると思ったら、常連のスズキでさぁ。暇つぶしにあいつの後付けてみたら殺人犯なんだもん。そりゃあもう驚いたね。」

「…通報しろよ…全く。…あ、後、工作料の代わりにうちのクリニックで豊胸したことも聞いた。」

「そんなとこまで!?」

「あ、ひとつわかんないのが…。」

「なになに?」

「歳、ほんとは、いくつ?」

「それは…。いくつに見える?」

「…。教えないとバット捨てるよ。」

「ご、ごめんなさい…。」

私は地べたに寝転がって、田舎の青空を見た。ここの空は、何にも拘束されていない。視野の端まで空が続いている。

「ま、いいけどさっ。」

歳を言おうか迷っている凛に笑いかけた。

 今になって思う事がある。逃げるのも戻るのも、負けたと思う事も悪い事じゃない。その途中、何に気付くかで人生は決まる。


この本の内容は以上です。


読者登録

kakoさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について