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ワスレモノ

 広島県内に入ると、またもよおした凛のせいで、サービスエリアで下ろしてもらう事になった。

「ありがとうございましたー!」

「あ。」

実家の近くだ…。体が微かに緊張した。凛が振り返る。

「何?」

地元…なんて事言ったら面倒な事になりそうだから止めとこう…。

「あ、あと少しだね。」

「うん。」

「結構かかるもんだよね。」

「うん。」

「博多って初めてかも。」

「うん。」

「あんた、トイレ行かないの?」

「うん。」

凛が下を向いたまま答える。

「どうしたの?なんか具合悪いの?あんたお菓子ばっか食ってるから。」

「うん。」

テンションが低すぎる。明らかに様子がおかしい。

「…ちょっと、ほんとにどうしたの…?」

「ねぇ。博多着いたら、どうするの?」

「え、…別に考えてないけど…?」

「じゃあ…、また、ふらふらして、風俗?」

「何、それ…。」

「その時良けりゃいいんだ?ああ、またホストに捉まるとか?」

全身の毛穴が開く感じがした。仲間だと思い始めていた相手にいきなり攻撃され、私は傷付くのを通り越して切れた。

「ちょ、だから、なんなの、その言い方!?何にも知らないくせに…。」

「見ればわかる。どーせただの家出でしょ?逃げたんでしょ?夢があって東京来た奴はもっと違う。大体夢があったって、しっかりやれてる奴なんて少ないのに。」

「はぁ!?何が言いたいのよ!?」

「だから、そんなまんまどこ行ったって、結局変わらないってこと!」

「ちょっと!そういうあんたこそ、やりたい事やったツケが払えなくて、結局風俗でしょ!?二十五にもなってふらふらしてんのはそっちじゃない!!」

「二十四!!まだ二十四です!!」

「いーわよそんなことどっちだって!大体、あんたのせいでここまで追われる羽目になったんじゃん!迷惑!ほんっと迷惑!!…あー、もう嫌だ。どっか行って。」

「ほんとにいーの?一人でヒッチは危険なんだからね!?」

「煩い!良いも何も、喧嘩吹っ掛けたのはあんたでしょ!あーほんとどっか行って!早く消えてよ!」

「わかりました!さようなら!」

凛が走って駐車場に消える。

「まじむかつく!…あ…」

目線を落とすと、バットがぽつんと残っていた。


スリ

 そのまま残って数時間、夜も明けてきたが凛は戻ってこない。怒りはもう冷めている。確かに考えてみれば、凛の言う通りだった。でも、なんで急に…。

「…もう!結局探さなきゃいけないの、私?」

ぶつくさ言いながらサービスエリアの隅々まで探しても、凛は見つからない。

「何?マジでいないの?最悪…。」

ここまでは凛に付いてきただけで、いざ自分がやるとなると、どうしていいか分からない。まわりの車を見る。

「一人でヒッチは…危険、だよな…。」

途方にくれるって、正にこれって感じ。そんな事を思っていると、なぜかタイミングよく、タクシーが通りかかった。ああ、良かったぁ…。走ってタクシーを止める。

「すいません。博多までって、いくらぐらいですか?」

「ええ!?お嬢ちゃんそりゃアンタ、十万はかかるよ。」

「そうですか…。あ、ちょっと待ってくださいね。」

有り金で行けるトコまで行くしかないな。確か3万はあった筈…。と、財布を覗くと、3万が消え3千円のみが残っている。

「うっそ…!やられたー!!」

ゴドウコウ

 インター出口で、私はタクシーを降りた。

「ごめんねぇ。お嬢ちゃん。送ってあげたいけどウチも商売だからここまでしか…。」

「あ、気にしないでください。ありがとうございました。」

去って行くタクシーの後姿を切なく見つめて、溜め息を付く。

「どーしよ…。」

突っ立っていても仕方ないので、なんとなく歩き始めた。

「…にしてもあいつ!しかもなんでよりによって実家の近くなわけ?」

ぶつくさ言いながら歩き続ける。思い出すとまた腹が立ってきた。

「!!」

何かの気配を感じ、振り返ると電信柱の影に隠れ…きれていない、例の男を再び発見した。人は一度怒りを爆発させると、その後はより切れ易くなるものだ。

「…。もういい!いーわよ!わかったわよ!出てきなさいよ!!分かってんのよこっちは!!」

私も例に漏れず、切れながら男に歩み寄って行く。今まで逃げていたはずの相手に、急に近付いてこられた男は慌てていた。

「あんた!そう、あんただよ!…あ!そうだ、あんたあの女どこ行ったか知ってんでしょ!?教えなさいよ!!コラ!!」

詰め寄る私、あたふたする男。すると背後から声が響いた。

「動くな!」

数人が後ろから走り寄ってくる音が聞える。

「えっ?」

警官だ。走ってくると、私と男を揉みくちゃにする。

「新宿通り魔殺人容疑で逮捕する!」

「ご、ごめ…。」

私が条件反射的に謝ろうとした時、誰かが男のサングラスとマスクを取った。

「スズキだな!まったくこんなところまで…。」

「ぇあ!?ス、スズキさん!?」

「沢木唯さんですね?あなたにもお聞きしたいことが。」

「は、はぁ…。」

「この、スズキはご存知ですね?」

「…はい。…っと、店の常連で…。」

「ええ。あなた、ずっと狙われていたんですよ。無事で良かった。まあ、とにかく署までご同行ください。」

ヨウセイ

 あの後、任意の事情聴取だったため、私はその日のうちに帰された。廊下で待っていたのは両親。呼んだことは聞かされていたので驚くことはなかったが、今更ながらに泣いてしまった。それよりも驚くべきは二人が別れていないことだった。母はあの翌日に私が出て行ったことに気付き、離婚を考え直したのだ。それを境に父は院長を退き母に経営権を譲って、今や立派な主夫をしている。私は復学し、歩むはずだった道をひた走っている。

数ヶ月が経った今、私の部屋の隅には、あのバットが立てかけてある。逮捕された連続通り魔…常連のスズキさんは、私を指名した男を襲っていたのだそうだ。奴を刑事と思い込んで逃げていた私達は、実はスズキを連れて警察の捜査を撹乱していたようだ。その上被害者の中にセージはおらず、警察にはセージと凛の件は黙っていた。というか、聞かれもしなかったのだ。警察の話には私と犯人以外誰も登場してこなかった。もしかしたら、違う事件として扱われているのかも知れない。そう思い迷った末、セージのいたホストクラブに問い合わせると、セージは辞めたが生きているらしかった。ちゃんとニュースを見ていれば、逃げることはなかったのだ。複雑な気持ちだが、まあいい。もう会うこともないだろう。そして…、凛。暫くしてあのボロアパートを訪ねてみたが、取り壊されて持ち主も代わっていた。不思議なことに取り壊しは私が凛に連れて行かれる2ヶ月前には決まっていて、住人は皆他に移っていた。その中にも凛の記録はなかった。働いていた店もオーナーが代わって分からずじまい。思えば、名前さえろくに聞いていなかったのだ。どこまでが本当だったのか…、いや、むしろ本当にいたのかも定かではない。そういえば『妖精さんだもん』とか言ってたな…、いや、それは絶対ない。あの性格でそれはない。妖怪ならまだしも…。結局、奴の痕跡は私の記憶とバット以外に何も残っていない。バットを手に取って凛の顔を思い出した。面倒臭いし、言動の意味が分かんない奴だったけど、結果的に凛がいなければ今の私は無い。

「喧嘩なんかしなきゃ…ん?」

持ち手の下を覗き込む。

「…。」

良く見ると擦れたマジックで『ひのせ りん』と書いてある。

「ひ…のせ!?」

あの封筒を思い出す。私が家出したあの日、母親が父親に叩き付けたあの封筒。『別れさせます!HINOSE探偵事務所』。まさかね…。…いや、有り得るかもしれない。

「ちょっと!?お母さん!」

暫くして、私は家から飛び出し、全速力で走った。

「何が妹…。くっそー!はめられたー!」


ストーカー

“プルルル…”

「はい、日之瀬探偵…。あぁ!沢木さん。…いえいえ、ご無沙汰してます。唯ちゃんはどうですか、その後。…そうですか。良かった。まったく、ウチの娘ときたら、家に帰すのが目的とはいえ荒い仕事っぷりで、本当に申し訳ありませんでした。…いえいえ…。ところで今日は…。はは…。そうですか、わかりました。お待ちしてます。」

“ガチャ”

「たっだいま~。はぁあー。疲れたー。お父―。もう、やだよ。身辺調査~。つまんないよ。もう飽きたー。」

凛はドサッと自分のデスクに座った。

「何言ってんだ。得意だろうが、ストーキングは。唯ちゃんの時なんかほぼストーカーだったぞ、お前。」

「だって、唯ちんのは、本当に私ストーカーだったんだもん。」

「開き直ったか。」

「お母死んで、お父ンとこ越してから、ずっと週末様子見に通ってたんだよ?ライフワークと言っても過言じゃないね。」

「なんで声かけなかったんだ?小さい時は良く遊んでたじゃないか。」

「だってさあ、なんか素直に育ってて、友達多いし、私なんか忘れてそうなのに、改まってなんて声かければいいんだよ?実際、会っても全然気がつかないし、一緒に撮った写真見ても、『それ妹?似てなーい、妹のがかわいー』とか言って。それ自分だっつーの。確かにかわいいけど。」

デスクの写真立てを取る。

「拗ねるな。気付かれないように騙してたのはお前の方だろうが。」

「嘘は言ってないもんねー。歳以外は…。しかも、小さい時の私、男だと思ってたんだよ。ひどいよぉ。」

「そりゃ、髪短くて、常にバット持ち歩く悪戯好きが女に見えるわけないだろ、唯ちゃん四つか五つくらいだったんだから。」

「だってバット好きなんだもん。あーあ、あげるんじゃなかったー。」

「戻ってくるかもよ。」

「え?なんつったの?」

「いや、ちょっと買い物行ってくれるか。」

「はいはーい。何買えばいいの?」

「なんか、お客さん用に果物とか、適当に。」

「了解~。」



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