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トモダチ

 いくつかの車を乗り継ぎ、二人は岡山県内のサービスエリアまで来ていた。深夜の為か車は少ない。凛がトイレに行っている間に唯はコーヒーを買いに行き、財布の中身を確めた。

新幹線に乗ったせいで後3万ちょっとか。でもあのコほんとに貧乏そうだし…コーヒーくらい買ってやるか。

「おまたせ~。」

「はい。コーヒー。私もトイレ行くから、持ってて。」

「ありがとう!ゆいっち最高!」

缶コーヒーごときでこんなに喜ぶなんて、どんだけ貧乏なんだか、ただの馬鹿なのか…。多分ただの馬鹿だな。嬉しそうにコーヒーを飲み始める凛を残してトイレに向かう。私が個室に入ると、手洗い場で女二人が話しているのが聞こえた。

「そういえば、あの通り魔ってどーなったか知ってる?」

「あー、よくわかんないけど、もう大体の見当はついてるらしいよ。」

足音が遠ざかるのを待って、人気を気にしつつ私は急いでトイレを出た。

「やばいって!」

「ぅおぅ!は、早かったね。」

「驚きすぎじゃない?」

「空想中で…。」

「またくだんないこと考えて…。それより、さっきトイレで通り魔のこと話してる人が…。」

「どこの通り魔?」

「はぁ?あんた、本人でしょ!?」

「だから、どこって言ってた?」

「…。」

「ゆいっちー、ここ岡山だよ?通り魔なんてどこでもいるって、やっぱり自意識過剰~。」

「…ムカつく言い方。」

と言いながらも、少し安心して凛の隣に腰を下ろした。凛が私の分のコーヒーを手渡す。

「いい夜だねぇ。店いた頃は夜空なんかまともに見なかったよね。」

「確かにねぇ…。」

見上げると星空が広がっていた。

「ね、小さい時は夜外に居ると、なんだか怖くならなかった?」

「ああ。怒られて外に出された時とか最初は怖かったなぁ。でもすぐ慣れてそのまま遊びに行っちゃって、更に怒られたりしたよねぇ。」

「それはない。」

「すみませんでした…。」

「あ、良くある話だけど、幼稚園入るか入らないかくらいの時にかくれんぼしてて、遠くに行き過ぎて迷子になっちゃったんだよね。どんどん辺りは暗くなるし、まじでこのまま死んじゃうんじゃないかと思ったりして…。」

「あー、疲れてもう歩けないしね。」

「そうそう。」

「そのうち寒くなってきたりして。」

「うんうん。」

「…で、死んじゃった。」

「死なんわ!生きとるっちゅーねん!」

「お化けが怒る~。怖い~。きっとくる~。」

げらげら笑う馬鹿を睨む。

「んで、どーしたの?」

「……。」

「も~、ごめんってばぁ~。ちゃんと聞くから~。」

凛が体を摺り寄せてくる。黙っていると更に鬱陶しい事になりそうなので、私は話を続けた。

「はぁ。…それで、泣き始めたら、草むらから男の子が出てきて、見つけて助けてくれた。」

「オトコの子?」

「そう。その頃近所にいた野球少年。ひーくん…だったっけ?まいーや。十歳くらいの子で…。あー思い出した!よくピンポンダッシュとかしてた。一緒に。」

「…ふーん。楽しそうだね。」

「うん、あ、でも、知らないうちに引っ越してたんだよね。確か。今どこにいるのかなぁ。結構かっこよかったんだよなぁ。」

「…こんなんなってるかもよ?」

と、自分を指す。

「あんた女じゃん…え!?オカマ!?」

「女の子だもん!おっぱいあるもん!」

「ニセモンでしょ?」

「…。じゃあ…」

凛が下を脱ごうとする。

「やめんか!いい!もうわかったから。はいはい、女の子。わかってます。」

「サジ投げるー。」

「ぁあ!もう、面倒くさいなぁ、あんたは!ほら!車来たよ!さっさと動く!!」

「はーい。ゆいちーん。待ってよー。」


ワスレモノ

 広島県内に入ると、またもよおした凛のせいで、サービスエリアで下ろしてもらう事になった。

「ありがとうございましたー!」

「あ。」

実家の近くだ…。体が微かに緊張した。凛が振り返る。

「何?」

地元…なんて事言ったら面倒な事になりそうだから止めとこう…。

「あ、あと少しだね。」

「うん。」

「結構かかるもんだよね。」

「うん。」

「博多って初めてかも。」

「うん。」

「あんた、トイレ行かないの?」

「うん。」

凛が下を向いたまま答える。

「どうしたの?なんか具合悪いの?あんたお菓子ばっか食ってるから。」

「うん。」

テンションが低すぎる。明らかに様子がおかしい。

「…ちょっと、ほんとにどうしたの…?」

「ねぇ。博多着いたら、どうするの?」

「え、…別に考えてないけど…?」

「じゃあ…、また、ふらふらして、風俗?」

「何、それ…。」

「その時良けりゃいいんだ?ああ、またホストに捉まるとか?」

全身の毛穴が開く感じがした。仲間だと思い始めていた相手にいきなり攻撃され、私は傷付くのを通り越して切れた。

「ちょ、だから、なんなの、その言い方!?何にも知らないくせに…。」

「見ればわかる。どーせただの家出でしょ?逃げたんでしょ?夢があって東京来た奴はもっと違う。大体夢があったって、しっかりやれてる奴なんて少ないのに。」

「はぁ!?何が言いたいのよ!?」

「だから、そんなまんまどこ行ったって、結局変わらないってこと!」

「ちょっと!そういうあんたこそ、やりたい事やったツケが払えなくて、結局風俗でしょ!?二十五にもなってふらふらしてんのはそっちじゃない!!」

「二十四!!まだ二十四です!!」

「いーわよそんなことどっちだって!大体、あんたのせいでここまで追われる羽目になったんじゃん!迷惑!ほんっと迷惑!!…あー、もう嫌だ。どっか行って。」

「ほんとにいーの?一人でヒッチは危険なんだからね!?」

「煩い!良いも何も、喧嘩吹っ掛けたのはあんたでしょ!あーほんとどっか行って!早く消えてよ!」

「わかりました!さようなら!」

凛が走って駐車場に消える。

「まじむかつく!…あ…」

目線を落とすと、バットがぽつんと残っていた。


スリ

 そのまま残って数時間、夜も明けてきたが凛は戻ってこない。怒りはもう冷めている。確かに考えてみれば、凛の言う通りだった。でも、なんで急に…。

「…もう!結局探さなきゃいけないの、私?」

ぶつくさ言いながらサービスエリアの隅々まで探しても、凛は見つからない。

「何?マジでいないの?最悪…。」

ここまでは凛に付いてきただけで、いざ自分がやるとなると、どうしていいか分からない。まわりの車を見る。

「一人でヒッチは…危険、だよな…。」

途方にくれるって、正にこれって感じ。そんな事を思っていると、なぜかタイミングよく、タクシーが通りかかった。ああ、良かったぁ…。走ってタクシーを止める。

「すいません。博多までって、いくらぐらいですか?」

「ええ!?お嬢ちゃんそりゃアンタ、十万はかかるよ。」

「そうですか…。あ、ちょっと待ってくださいね。」

有り金で行けるトコまで行くしかないな。確か3万はあった筈…。と、財布を覗くと、3万が消え3千円のみが残っている。

「うっそ…!やられたー!!」

ゴドウコウ

 インター出口で、私はタクシーを降りた。

「ごめんねぇ。お嬢ちゃん。送ってあげたいけどウチも商売だからここまでしか…。」

「あ、気にしないでください。ありがとうございました。」

去って行くタクシーの後姿を切なく見つめて、溜め息を付く。

「どーしよ…。」

突っ立っていても仕方ないので、なんとなく歩き始めた。

「…にしてもあいつ!しかもなんでよりによって実家の近くなわけ?」

ぶつくさ言いながら歩き続ける。思い出すとまた腹が立ってきた。

「!!」

何かの気配を感じ、振り返ると電信柱の影に隠れ…きれていない、例の男を再び発見した。人は一度怒りを爆発させると、その後はより切れ易くなるものだ。

「…。もういい!いーわよ!わかったわよ!出てきなさいよ!!分かってんのよこっちは!!」

私も例に漏れず、切れながら男に歩み寄って行く。今まで逃げていたはずの相手に、急に近付いてこられた男は慌てていた。

「あんた!そう、あんただよ!…あ!そうだ、あんたあの女どこ行ったか知ってんでしょ!?教えなさいよ!!コラ!!」

詰め寄る私、あたふたする男。すると背後から声が響いた。

「動くな!」

数人が後ろから走り寄ってくる音が聞える。

「えっ?」

警官だ。走ってくると、私と男を揉みくちゃにする。

「新宿通り魔殺人容疑で逮捕する!」

「ご、ごめ…。」

私が条件反射的に謝ろうとした時、誰かが男のサングラスとマスクを取った。

「スズキだな!まったくこんなところまで…。」

「ぇあ!?ス、スズキさん!?」

「沢木唯さんですね?あなたにもお聞きしたいことが。」

「は、はぁ…。」

「この、スズキはご存知ですね?」

「…はい。…っと、店の常連で…。」

「ええ。あなた、ずっと狙われていたんですよ。無事で良かった。まあ、とにかく署までご同行ください。」

ヨウセイ

 あの後、任意の事情聴取だったため、私はその日のうちに帰された。廊下で待っていたのは両親。呼んだことは聞かされていたので驚くことはなかったが、今更ながらに泣いてしまった。それよりも驚くべきは二人が別れていないことだった。母はあの翌日に私が出て行ったことに気付き、離婚を考え直したのだ。それを境に父は院長を退き母に経営権を譲って、今や立派な主夫をしている。私は復学し、歩むはずだった道をひた走っている。

数ヶ月が経った今、私の部屋の隅には、あのバットが立てかけてある。逮捕された連続通り魔…常連のスズキさんは、私を指名した男を襲っていたのだそうだ。奴を刑事と思い込んで逃げていた私達は、実はスズキを連れて警察の捜査を撹乱していたようだ。その上被害者の中にセージはおらず、警察にはセージと凛の件は黙っていた。というか、聞かれもしなかったのだ。警察の話には私と犯人以外誰も登場してこなかった。もしかしたら、違う事件として扱われているのかも知れない。そう思い迷った末、セージのいたホストクラブに問い合わせると、セージは辞めたが生きているらしかった。ちゃんとニュースを見ていれば、逃げることはなかったのだ。複雑な気持ちだが、まあいい。もう会うこともないだろう。そして…、凛。暫くしてあのボロアパートを訪ねてみたが、取り壊されて持ち主も代わっていた。不思議なことに取り壊しは私が凛に連れて行かれる2ヶ月前には決まっていて、住人は皆他に移っていた。その中にも凛の記録はなかった。働いていた店もオーナーが代わって分からずじまい。思えば、名前さえろくに聞いていなかったのだ。どこまでが本当だったのか…、いや、むしろ本当にいたのかも定かではない。そういえば『妖精さんだもん』とか言ってたな…、いや、それは絶対ない。あの性格でそれはない。妖怪ならまだしも…。結局、奴の痕跡は私の記憶とバット以外に何も残っていない。バットを手に取って凛の顔を思い出した。面倒臭いし、言動の意味が分かんない奴だったけど、結果的に凛がいなければ今の私は無い。

「喧嘩なんかしなきゃ…ん?」

持ち手の下を覗き込む。

「…。」

良く見ると擦れたマジックで『ひのせ りん』と書いてある。

「ひ…のせ!?」

あの封筒を思い出す。私が家出したあの日、母親が父親に叩き付けたあの封筒。『別れさせます!HINOSE探偵事務所』。まさかね…。…いや、有り得るかもしれない。

「ちょっと!?お母さん!」

暫くして、私は家から飛び出し、全速力で走った。

「何が妹…。くっそー!はめられたー!」



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