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フタリ

 ドアに鍵をし、チェーンまでしっかり掛ける。

「そんなことして意味あんのってくらいボロい家なんだけど…。」

「だって貧乏なんだもん。適当に座るなり何なり。」

凛はクーラーボックスを開けて指を差しながら言った。

「なんか飲む?酒?茶?炭酸?水?コーヒーとかもあるけど?」

「水!…ってか冷蔵庫もないの?」

「うん。売っちゃた。」

紙コップ二つとボトルをテーブルに置く。水を注ぎ終わると凛は座り、バットを磨き始めた。私はとりあえず水を飲んだが、クーラーボックスに入っていたとはいえかなり温い。

「あー疲れた。今何時?」

「時計後ろ。」

唯は振り返り卓上時計を見る。午前五時。仕事柄、この時間に起きているのは珍しくない。横に小さい写真立てを見つけ手に取った。幼稚園児くらいの子を抱きしめるようにして小学生くらいの子が笑っている。

「で?何時だっ…」

バットを磨く手を止め時間を聞いた凛は、私が写真を見ていることに気付いて動きを止めた。

「これ…」

「…なに…?」

「妹?」

「…まあ、ね。なんで聞くの?」

「似てなーい。妹のがかわいー。」

「はぁ!?あたしのがかわいいって!」

私から写真立てを取り上げ、じっくり見直している。

「…うーん、そうでもないか…。」

「仲良かった?」

「…小さい時は。色々あって、大きくなってからはあんま会えなかったから。」

珍しくまともに答えたので、私は聞いてはいけない事だったのかと気が付いた。

「ごめん。」

「ははは、いーってことよ。色々あんのはお互い様でしょ?」

「本当にねぇ。…って、…っと言いますかね、そういえばなんであそこに居たわけ?そうだよ、忘れてた。なんでよ?」

「それは…」

「タイミング良過ぎだし、大体なんでバットなんか…。」

「…実は…例の通り魔…。」

バットの柄をぎりっと握り直し、私から視線を逸らした。

「まさ…。いい!聞かなきゃよかった!いや、聞いてない!ウチはなんも聞いとらん!」

「…ふう、さぁてと、寝るかぁ。あ、そうだ。明日もう仕事行かないんでしょ?」

「え…うん。」

「あたしも行かないから。」

「ああ、気ぃ使わなくていーよ。」

「じゃなくて、あたしも辞めるの。」


ヨクジツ

 翌日私は日差しに起こされた。布団横にして雑魚寝なんて、修学旅行以来だよ…。横を見ると凛はまだ寝たままだ。もう昼…。なんとなくTVをつけようとするがリモコンはなく、仕方なく主電源を押す。

“…です。次のニュースです。今日未明、東京都新宿区西新宿二丁目にある新宿中央公園で…”

昨日の公園の事だと思った途端、ブンとTVが消えた。

「あれ?」

再びTVをつける。

“…殺と見られており、警察は先…”

ブンとまた消えた。また付ける。

“…人事件の新たな被害者と…”、

やはりまた消えた。私はTVをつけようとしながらも振り返った。凛がリモコンをかまえている。

「お前かい!」

「見つかっちゃった。」

寝起きのぼさぼさ頭で可愛ぶっている。

「遊ぶな!」

「だってー。見てどぉすんのぉ?」

「どおすんのって…、把握しとかなきゃ、まずいでしょうが!」

「いーよ。大丈夫だって。自分がしでかしたこと確認したところで、落ち込むだけだって。死んだらお終い、ハイ、さよ~なら~。生きてるウチらは過去を引きずらない。ね?」

「ね?って、よくそんな…。意味わかんないし。」

「そうかなぁ…。」

勢いとはいえ、やってしまったことに変わりは無い。セージの顔が浮かんだ。

「はぁ…セージ…ごめ」

「ほら、泣いちゃうじゃーん!」

「泣いてないですから!」

「あんね、最高の戦略は、戦略を持たないこと、なんすよ。パターン化すれば必ず先を読まれる。ま、そういうとこから、一回の通り魔は捕まり辛いんですなぁ。所詮、同じ人間の考えることなんてなぁ高が知れてるわけっすよ。だから、余計なことを考えられないように、情報は知らないほうがいいってことなの。」

「…はぁ?変な講釈垂れないでくれる?しかも聞いてないし。」

「そうだ!変な講釈垂れたらおなかすいちゃった。」

クーラーボックスを開ける。つくづく本能に忠実な女…。私は溜め息を付いた。

「ええっと何食べたい?」

「ああ、何でも。」

「そっか、あたしも。じゃ、作って。」

「ウチがかい!」

「ゆいっち大好き。」

「で、何があんの?」

「…酒、茶、炭酸、水、コーヒーなんてのも…」

「…。何もないんじゃん…。」

凛を睨みつける。

「ごめんなさい…。」


バット2

「外に食べに出るのは、いいよ。」

「うん。おいしいねココ。」

「でも、これは…。」

下瞼をひく付かせている私に、凛はきょとんとしていた。

「変装じゃなくてコスプレですから!」

人の多い普通のカフェで、二人共捕まらない程度におかしな格好をしている。

「怒ったー。あ、鼻から麺出てるよ。」

「えっ」

「うっそ~。いあやぁ、似合ってるよ~。やっぱ天然美人は違うね~。羨望の的!」

「目立ってどうすんじゃい!」

「おお~。張るねぇ、声。」

「何これ!?めっちゃ座りにくいんですけど!」

背中に付けさせられた、針金と透ける布で出来た物体を引張る。

「羽。だって妖精さんなんだもん、私。しかもなんだかんだ言ってここまで着てきたじゃ~ん。それにこれ、ゴスロリとロリだよ。コスじゃない。」

「なんでウチまで…。全くあんた幾つだと…。あんたねぇ、ニキビと吹き出物の違いってわかる!?」

「え、何、なに?」

「二十歳を境に呼び方変わるの!コレも二十歳過ぎたら立派なコスプレ!学校卒業したのに制服着るのと一緒!…ちょっと!なんで私の食ってんのよ!」

「いーじゃーん。同じ釜の飯~。オナカマ~みたいな。」

「意味が分からん!荷物持ってきて良かった。着替えてくる。」

席を立ちかけて、私の体は止まった。

「…あ。」

私は凛の後方、店の外に怪しげな男を発見した。ゆっくり座りなおす。

「?なに…。」

振り返ろうとする。

「動くな!!」

顔を隠しつつ言う。

「…トイレ。」

「いっといれ。」

くだらない駄洒落は完全無視して、凛の手を掴んだ。

「一緒にいくの!」

「やだなぁ、連れション?やっぱあたしのこと好きなんじゃーん。」

「煩い!いいから、荷物持って。」

「えー。」

「早く!」

ぐずぐずする凛を無理矢理つれて、トイレに入る。

「外に変な奴が居る。」

「まじで!?ゆいっち変なの集めるの得意だね。」

「チッ。」

凛のお気楽さかげんに舌打ちする。

「きっと警察だって。」

「じゃ、逃げるの!?」

「当たり前でしょ!?」

「よっしゃ!まかせんしゃい!!」

「どうするの?」

「普通に出る。」

「はぁ!?」

「今着てるの、脱いで。交換する。」

衣装を換えると、本当に普通に店を出る。しかし、私だけがまた店内へ戻り、出入り口で隠れて待機している。凛がダッシュで路地に入ると、怪しい男はその後を追った。ちょっと、どうする気?私は自分の前を男が通り過ぎてから覗き見る。と、男が路地に入った瞬間、凛が走って出て来た。

「行くぞ!」

と、私の手を引く。

「えぇ!?」

引っ張られつつ走り出す。角を曲がったところでタクシー拾い、乗り込む。

「どうなったの!?」

「武道は得意なんだけど、今回はこれで…。」

薄いピンクにフリルとリボンがふんだんにあしらわれた可愛い袋。しかしなんだかやけに長細い。こんな晴れた日に傘なんて…。と私が思っていると、凛が袋の上からチラッとバットを覗かせた。

「またかよ!傘じゃないんかい!あぁ、もう。罪状が増えてる気がする…。」

「私は大丈夫。」

と言ってスカートをひらつかせる。さっきまで私が着ていた服だ。

「そっちのが似合う~。…って、これじゃ私がやったことになってんじゃん!ダメじゃん!」

「やっぱ東京は危険だな。逃げるか。いい?」

「…他に、ないでしょ。」

「すいませーん。やっぱり東京駅丸の内口までお願いします。」

「い、いきなり行くの!?」

「いいって言ったじゃん。家に置いてきた分の荷物は諦めて。」

「じゃなくて、この格好で!?」

「だめ~??」

「ダメ!!」

アンゼン

大阪に着くなり夕飯ををねだる凛に根負けし、私達はお好み焼き屋に入った。広島のとは違うけど、懐かしい味がした。東京にもお好み焼き屋はあったけど、家出してからなんとなく口にするのをためらっていたものだ。

「やっぱコレだよねぇ。」

「ねー。うま。っつーかさぁ。」

「なになに?」

「それ、バット、いつまで持ってんの?」

「このコと私は一心同体なの。」

「なんか…逸話でもあるわけ?」

「逸話ってゆーか、まぁ竹馬の友っつーか、ん?竹じゃないから…」

「意味間違ってるし、そんなことは聞いてないし。」

「いや、だからね。憧れつつも、違う生き方になってしまってるとこがミソ。」

「はぁ?」

「うーんと、打つために作られたコイツは、つまり、自分から物にぶつかって跳ね返すために作られてるわけね。だから、ぶつかってくのに必要なものだけで出来てんの。すごくない?考えた末に超シンプルなわけよ。そーゆーとこが、いらんもんばっか身に着けてって、ぶつかってかない自分とは正反対で、なんだか手放せないんだなぁコレが。」

「ああ、豊胸とか、無駄なもん付けてるもんねぇ。」

「ゆいっち、キツイなぁ。」

「そんな事、いつから考えてんの?」

「うーん、小学生の時はすでに。」

「へぇ。そういう事考える小学生だったんだぁ。」

「すごい!?」

「暗い!!」

「ぎゃふん。」

「あんた友達少ないでしょ?っつーかいないでしょ?」

「そんなことないもん!」

「じゃあ言ってみ。」

「・・・・・・・・・・・・ゆいっち。」

「ほらね。私は友達じゃないから。いないってことじゃん。」

「しどーい。」

「どーせ、家にずっといて、漫画とかゲームしてたりばっかなんでしょ?」

「ぇえ!?すごい、ゆいっち、なんでそんなことまで。でもそれだけじゃ…」

私は目の端に何かを捕らえた。

「見られてる…。」

「やだなぁ、ゆいっち自意識過剰―。」

「チッ。違うわ!男だよ!カフェの!こんなとこまで…。」

「あらら。うーん。まだ食べきってないのにぃ。」

「もう駄目か…。」

「まぁ、まかせて。じゃ、今度は(いにしえ)のコント形式で。」

私達はレジに向かい、店を出た。男はすぐにレジへ行くが、すぐに出られずレジ係と揉めてもたついている。私達は近くの電信柱の影からそれを覗いた。

「おお。大成功。」

「これって、微妙に手の込んだ食い逃げじゃぁ…?」

「まさか私も本当に『あそこにいるお父さんが払うんで…』が、通じるとは思わなかった…。」

「思ってなかったんかい!」

「日本の安全神話は健在か。…さて、先を急ぎますか。」

「どこに…ってか、どうやって行くの?電車はまたつけられるかも。」

「ヒッチ。」

「なに?」

「ヒッチハイクで、博多まで行くか!」

「か!って…、車つかまるの?」

「うん多分。」

「女二人でヒッチなんて、危なくない?」

「危ないけど、ある意味今の私達のが危ない奴だし、他に足のつきにくいのって、徒歩かチャリくらい。…歩きたいの?」

「うっ…。仕方ないか…。」


トモダチ

 いくつかの車を乗り継ぎ、二人は岡山県内のサービスエリアまで来ていた。深夜の為か車は少ない。凛がトイレに行っている間に唯はコーヒーを買いに行き、財布の中身を確めた。

新幹線に乗ったせいで後3万ちょっとか。でもあのコほんとに貧乏そうだし…コーヒーくらい買ってやるか。

「おまたせ~。」

「はい。コーヒー。私もトイレ行くから、持ってて。」

「ありがとう!ゆいっち最高!」

缶コーヒーごときでこんなに喜ぶなんて、どんだけ貧乏なんだか、ただの馬鹿なのか…。多分ただの馬鹿だな。嬉しそうにコーヒーを飲み始める凛を残してトイレに向かう。私が個室に入ると、手洗い場で女二人が話しているのが聞こえた。

「そういえば、あの通り魔ってどーなったか知ってる?」

「あー、よくわかんないけど、もう大体の見当はついてるらしいよ。」

足音が遠ざかるのを待って、人気を気にしつつ私は急いでトイレを出た。

「やばいって!」

「ぅおぅ!は、早かったね。」

「驚きすぎじゃない?」

「空想中で…。」

「またくだんないこと考えて…。それより、さっきトイレで通り魔のこと話してる人が…。」

「どこの通り魔?」

「はぁ?あんた、本人でしょ!?」

「だから、どこって言ってた?」

「…。」

「ゆいっちー、ここ岡山だよ?通り魔なんてどこでもいるって、やっぱり自意識過剰~。」

「…ムカつく言い方。」

と言いながらも、少し安心して凛の隣に腰を下ろした。凛が私の分のコーヒーを手渡す。

「いい夜だねぇ。店いた頃は夜空なんかまともに見なかったよね。」

「確かにねぇ…。」

見上げると星空が広がっていた。

「ね、小さい時は夜外に居ると、なんだか怖くならなかった?」

「ああ。怒られて外に出された時とか最初は怖かったなぁ。でもすぐ慣れてそのまま遊びに行っちゃって、更に怒られたりしたよねぇ。」

「それはない。」

「すみませんでした…。」

「あ、良くある話だけど、幼稚園入るか入らないかくらいの時にかくれんぼしてて、遠くに行き過ぎて迷子になっちゃったんだよね。どんどん辺りは暗くなるし、まじでこのまま死んじゃうんじゃないかと思ったりして…。」

「あー、疲れてもう歩けないしね。」

「そうそう。」

「そのうち寒くなってきたりして。」

「うんうん。」

「…で、死んじゃった。」

「死なんわ!生きとるっちゅーねん!」

「お化けが怒る~。怖い~。きっとくる~。」

げらげら笑う馬鹿を睨む。

「んで、どーしたの?」

「……。」

「も~、ごめんってばぁ~。ちゃんと聞くから~。」

凛が体を摺り寄せてくる。黙っていると更に鬱陶しい事になりそうなので、私は話を続けた。

「はぁ。…それで、泣き始めたら、草むらから男の子が出てきて、見つけて助けてくれた。」

「オトコの子?」

「そう。その頃近所にいた野球少年。ひーくん…だったっけ?まいーや。十歳くらいの子で…。あー思い出した!よくピンポンダッシュとかしてた。一緒に。」

「…ふーん。楽しそうだね。」

「うん、あ、でも、知らないうちに引っ越してたんだよね。確か。今どこにいるのかなぁ。結構かっこよかったんだよなぁ。」

「…こんなんなってるかもよ?」

と、自分を指す。

「あんた女じゃん…え!?オカマ!?」

「女の子だもん!おっぱいあるもん!」

「ニセモンでしょ?」

「…。じゃあ…」

凛が下を脱ごうとする。

「やめんか!いい!もうわかったから。はいはい、女の子。わかってます。」

「サジ投げるー。」

「ぁあ!もう、面倒くさいなぁ、あんたは!ほら!車来たよ!さっさと動く!!」

「はーい。ゆいちーん。待ってよー。」



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