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バット

 公園に差し掛かり少し休もうか迷っていると、背後に不振な気配を感じ、思わず立ち止まった。頭に、ふとTVのニュースが甦った。“…事件は通り魔の…”。身震いした後早足になり、振り返りつつ、走って木陰に隠れる。金も行く当ても無くても、死ぬのは嫌だ。どうやって生きていくか分からなくても、生きてはいたい。

“ピルルル…”

「うわっ…。」

突然の携帯にあたふたしてるところに、横からセージの顔が現れた。

「やっぱ、唯じゃーん!なになに?なんで隠れてんの?」

「い…いや…。」

逃走から二十分と経たない内に、いきなり見つかってしまった。

「お前さぁ、終わったら電話しろっつったじゃん。」

「…ごめんな…」

「謝ってすまねえんだよ!」

セージが唯の腕を掴む。物凄い力と迫力に声も出ない。先程とは逆に通り魔の方が良かったと思う程だ。通り魔はすぐに殺してくれるが、セージなら生かさず殺さず、半永久的にいたぶりながら金を無心するだろう。

「おめえが来ないせいで俺の名前に傷がついたんだよ。」

私を揺すり、突き放す、ボストンバッグが転がった。

「罰金払って貰う…。なんだよこれ。」

セージがバッグに気付きそっちへ近付く。

「あ…」

私が止める間も無く、セージはバッグを探った。中身を見て逃走に気付かないはずは無い。

「…てめ…、トブ気か!?コラ!!」

セージは立ち上がり、私に一歩近づいた。

「いくら残ってっと思ってんだよ!」

カッとなったセージが殴りかかってきた。

「ひっ」

殴られると思い身を竦ませた瞬間バフッと鈍い音がし、瞼の隙間から目の前でセージがうずくまっているのが見えた。その後に足が二本…。視線を上げるとその後ろにバットを振り切った姿勢の凛が見える。

「りっ…!なんで!?」

もう訳が分からない。

「いっ…てぇ…!!誰だっ…」

セージが振り返り立ち上がる。が、その前に凛はサッと私の方へ回りこんでいた。

「ぅわっ!はい!!」

立ち上がったセージに今更ながらに驚きつつ、凛が私にバットを渡す。

「ぇえ!?」

頭を押さえてふら付きながらセージが近付いてくる。さっきより目が怖くなっている。異常な状況に、私の恐怖は増した。やられる。

「ゆいっち!殺される!やれ!」

セージが私に手を伸ばした瞬間、凛の声をきっかけに唯は目を瞑ったまま、思いっ切りバットを振った。鈍い音と、バットが何かに当たった感触がする。

「まだ!!」

凛の掛け声で更にバットを振る。鈍い音。もういいだろうと、目を開ける寸前に凛が唯からバットを奪う。

「おまけだ!!」

凛がバットを振る瞬間、私は目と耳を覆った。一呼吸置いて、恐る恐る目を開ける。と、ぐったり転がったセージがいる。どうしよう…。動けないでいる私を他所に、凛はセージの頭部に駆け寄り頚動脈で脈をとっている。

「ふぅ…。グッジョブ。逃げるよ。」

「は?」

「逃げるの!!」

凛がボストンバッグを拾って私に押し付け、走り出す。

「ぇえ!?」

と言いながらも私は凛に付いて走り出した。凛はバットを持ったままだ。私は凛の背中だけを見て走り続けた。振り返るとセージが居そうで、怖かったからだった。しかし、そんな事を考えられたのも最初のうちだけで、後は付いて行くだけで必死だった。息が続かない。待ってと言う事すら不可能になった頃、ついに凛が止まった。息を整える。人気の無い大通りのガードレールに縋ると、自分の心臓の音が鼓膜を振動させている。こんなに走ったのは高校以来だろう。私、結構速い方だったのに、凛って一体…。なんだかちょっと悔しい。そう思って顔を上げると、凛は息切れしつつも笑顔だった。

「はぁ…Yeah!」

などと楽しそうに凛が笑い出す。全く、意味が分からない女。

「はぁ、で…?あれって…し…死んでたの…?」

凛はチラッと唯を見て笑うのを止め、呼吸を整えてから言った。

「…通り魔は1回ならバレナイってお父がよく言ってた…」

余韻を持たせて呟く。

「あれは多分…」

どういう意味か考えて、私ははっと息を飲み、凛が言い終わらないうちに、

「いい!やっぱいい!聞きたくない!」

耳を覆った唯を見た凛は大声で言い始めた。

「とーおーりーまーはぁああ!!」

唯は指で耳を塞ぎ、

「あー、あー、あー」

自分の声で、凛の声を掻き消す。

「ぅわぁ、古典的だなぁ。ねぇねぇ、逃げるの…」

「あー、あー、」

「もう言わないって!じゃなくて、逃げるのって楽しくない!?」

「…ん…。」

何を言ってるんだか、この女は…。とは思ったが、しばし考えてみた。確かに正直楽しいというか何というか…。しかしこれは、興奮状態になった時に脳が出す、アドレナリンと、運動によって出るエンドルフィンの作用。

「なんか、やったぜって感じ?」

更に同意を求めてくる凛をおかしな奴だと思いながらも、でもまぁ、そういう脳内物質の加減で、人間は感情を決めてるわけだから…。

「…確かに…、ちょっと、た…のしい。かも…?」

仕方なく、正直に言ってみた。

「ねー!走るの楽しー!いえーい!…ほら、ゆいっちも。」

この状態をランナーズハイと言うって事は、このコに言っても無駄だろう。一応助けてもらったみたいになってるし、合わせるか…。

「ぃ…えーい!」

口に出してみると、意外な事に面白くなってきた。

「いえーい!!」

何度か繰り返すうちに、なぜか二人共大爆笑になった。それぞれ細かいところは違っても、同じ人間の感じるところなど、所詮似たり寄ったりだ。

「ん…?」

私が急に近づく音に気付いた。

「ははは…はーあ。ん?なに?」

「やばっ。」

今度は私が走り出す。と共に遠くでパトカーの音が響いた。

「すごい耳!…って、おーい!違うよ!私ん家こっち!」

私は引き返し、二人してまた走り出した。


フタリ

 ドアに鍵をし、チェーンまでしっかり掛ける。

「そんなことして意味あんのってくらいボロい家なんだけど…。」

「だって貧乏なんだもん。適当に座るなり何なり。」

凛はクーラーボックスを開けて指を差しながら言った。

「なんか飲む?酒?茶?炭酸?水?コーヒーとかもあるけど?」

「水!…ってか冷蔵庫もないの?」

「うん。売っちゃた。」

紙コップ二つとボトルをテーブルに置く。水を注ぎ終わると凛は座り、バットを磨き始めた。私はとりあえず水を飲んだが、クーラーボックスに入っていたとはいえかなり温い。

「あー疲れた。今何時?」

「時計後ろ。」

唯は振り返り卓上時計を見る。午前五時。仕事柄、この時間に起きているのは珍しくない。横に小さい写真立てを見つけ手に取った。幼稚園児くらいの子を抱きしめるようにして小学生くらいの子が笑っている。

「で?何時だっ…」

バットを磨く手を止め時間を聞いた凛は、私が写真を見ていることに気付いて動きを止めた。

「これ…」

「…なに…?」

「妹?」

「…まあ、ね。なんで聞くの?」

「似てなーい。妹のがかわいー。」

「はぁ!?あたしのがかわいいって!」

私から写真立てを取り上げ、じっくり見直している。

「…うーん、そうでもないか…。」

「仲良かった?」

「…小さい時は。色々あって、大きくなってからはあんま会えなかったから。」

珍しくまともに答えたので、私は聞いてはいけない事だったのかと気が付いた。

「ごめん。」

「ははは、いーってことよ。色々あんのはお互い様でしょ?」

「本当にねぇ。…って、…っと言いますかね、そういえばなんであそこに居たわけ?そうだよ、忘れてた。なんでよ?」

「それは…」

「タイミング良過ぎだし、大体なんでバットなんか…。」

「…実は…例の通り魔…。」

バットの柄をぎりっと握り直し、私から視線を逸らした。

「まさ…。いい!聞かなきゃよかった!いや、聞いてない!ウチはなんも聞いとらん!」

「…ふう、さぁてと、寝るかぁ。あ、そうだ。明日もう仕事行かないんでしょ?」

「え…うん。」

「あたしも行かないから。」

「ああ、気ぃ使わなくていーよ。」

「じゃなくて、あたしも辞めるの。」


ヨクジツ

 翌日私は日差しに起こされた。布団横にして雑魚寝なんて、修学旅行以来だよ…。横を見ると凛はまだ寝たままだ。もう昼…。なんとなくTVをつけようとするがリモコンはなく、仕方なく主電源を押す。

“…です。次のニュースです。今日未明、東京都新宿区西新宿二丁目にある新宿中央公園で…”

昨日の公園の事だと思った途端、ブンとTVが消えた。

「あれ?」

再びTVをつける。

“…殺と見られており、警察は先…”

ブンとまた消えた。また付ける。

“…人事件の新たな被害者と…”、

やはりまた消えた。私はTVをつけようとしながらも振り返った。凛がリモコンをかまえている。

「お前かい!」

「見つかっちゃった。」

寝起きのぼさぼさ頭で可愛ぶっている。

「遊ぶな!」

「だってー。見てどぉすんのぉ?」

「どおすんのって…、把握しとかなきゃ、まずいでしょうが!」

「いーよ。大丈夫だって。自分がしでかしたこと確認したところで、落ち込むだけだって。死んだらお終い、ハイ、さよ~なら~。生きてるウチらは過去を引きずらない。ね?」

「ね?って、よくそんな…。意味わかんないし。」

「そうかなぁ…。」

勢いとはいえ、やってしまったことに変わりは無い。セージの顔が浮かんだ。

「はぁ…セージ…ごめ」

「ほら、泣いちゃうじゃーん!」

「泣いてないですから!」

「あんね、最高の戦略は、戦略を持たないこと、なんすよ。パターン化すれば必ず先を読まれる。ま、そういうとこから、一回の通り魔は捕まり辛いんですなぁ。所詮、同じ人間の考えることなんてなぁ高が知れてるわけっすよ。だから、余計なことを考えられないように、情報は知らないほうがいいってことなの。」

「…はぁ?変な講釈垂れないでくれる?しかも聞いてないし。」

「そうだ!変な講釈垂れたらおなかすいちゃった。」

クーラーボックスを開ける。つくづく本能に忠実な女…。私は溜め息を付いた。

「ええっと何食べたい?」

「ああ、何でも。」

「そっか、あたしも。じゃ、作って。」

「ウチがかい!」

「ゆいっち大好き。」

「で、何があんの?」

「…酒、茶、炭酸、水、コーヒーなんてのも…」

「…。何もないんじゃん…。」

凛を睨みつける。

「ごめんなさい…。」


バット2

「外に食べに出るのは、いいよ。」

「うん。おいしいねココ。」

「でも、これは…。」

下瞼をひく付かせている私に、凛はきょとんとしていた。

「変装じゃなくてコスプレですから!」

人の多い普通のカフェで、二人共捕まらない程度におかしな格好をしている。

「怒ったー。あ、鼻から麺出てるよ。」

「えっ」

「うっそ~。いあやぁ、似合ってるよ~。やっぱ天然美人は違うね~。羨望の的!」

「目立ってどうすんじゃい!」

「おお~。張るねぇ、声。」

「何これ!?めっちゃ座りにくいんですけど!」

背中に付けさせられた、針金と透ける布で出来た物体を引張る。

「羽。だって妖精さんなんだもん、私。しかもなんだかんだ言ってここまで着てきたじゃ~ん。それにこれ、ゴスロリとロリだよ。コスじゃない。」

「なんでウチまで…。全くあんた幾つだと…。あんたねぇ、ニキビと吹き出物の違いってわかる!?」

「え、何、なに?」

「二十歳を境に呼び方変わるの!コレも二十歳過ぎたら立派なコスプレ!学校卒業したのに制服着るのと一緒!…ちょっと!なんで私の食ってんのよ!」

「いーじゃーん。同じ釜の飯~。オナカマ~みたいな。」

「意味が分からん!荷物持ってきて良かった。着替えてくる。」

席を立ちかけて、私の体は止まった。

「…あ。」

私は凛の後方、店の外に怪しげな男を発見した。ゆっくり座りなおす。

「?なに…。」

振り返ろうとする。

「動くな!!」

顔を隠しつつ言う。

「…トイレ。」

「いっといれ。」

くだらない駄洒落は完全無視して、凛の手を掴んだ。

「一緒にいくの!」

「やだなぁ、連れション?やっぱあたしのこと好きなんじゃーん。」

「煩い!いいから、荷物持って。」

「えー。」

「早く!」

ぐずぐずする凛を無理矢理つれて、トイレに入る。

「外に変な奴が居る。」

「まじで!?ゆいっち変なの集めるの得意だね。」

「チッ。」

凛のお気楽さかげんに舌打ちする。

「きっと警察だって。」

「じゃ、逃げるの!?」

「当たり前でしょ!?」

「よっしゃ!まかせんしゃい!!」

「どうするの?」

「普通に出る。」

「はぁ!?」

「今着てるの、脱いで。交換する。」

衣装を換えると、本当に普通に店を出る。しかし、私だけがまた店内へ戻り、出入り口で隠れて待機している。凛がダッシュで路地に入ると、怪しい男はその後を追った。ちょっと、どうする気?私は自分の前を男が通り過ぎてから覗き見る。と、男が路地に入った瞬間、凛が走って出て来た。

「行くぞ!」

と、私の手を引く。

「えぇ!?」

引っ張られつつ走り出す。角を曲がったところでタクシー拾い、乗り込む。

「どうなったの!?」

「武道は得意なんだけど、今回はこれで…。」

薄いピンクにフリルとリボンがふんだんにあしらわれた可愛い袋。しかしなんだかやけに長細い。こんな晴れた日に傘なんて…。と私が思っていると、凛が袋の上からチラッとバットを覗かせた。

「またかよ!傘じゃないんかい!あぁ、もう。罪状が増えてる気がする…。」

「私は大丈夫。」

と言ってスカートをひらつかせる。さっきまで私が着ていた服だ。

「そっちのが似合う~。…って、これじゃ私がやったことになってんじゃん!ダメじゃん!」

「やっぱ東京は危険だな。逃げるか。いい?」

「…他に、ないでしょ。」

「すいませーん。やっぱり東京駅丸の内口までお願いします。」

「い、いきなり行くの!?」

「いいって言ったじゃん。家に置いてきた分の荷物は諦めて。」

「じゃなくて、この格好で!?」

「だめ~??」

「ダメ!!」

アンゼン

大阪に着くなり夕飯ををねだる凛に根負けし、私達はお好み焼き屋に入った。広島のとは違うけど、懐かしい味がした。東京にもお好み焼き屋はあったけど、家出してからなんとなく口にするのをためらっていたものだ。

「やっぱコレだよねぇ。」

「ねー。うま。っつーかさぁ。」

「なになに?」

「それ、バット、いつまで持ってんの?」

「このコと私は一心同体なの。」

「なんか…逸話でもあるわけ?」

「逸話ってゆーか、まぁ竹馬の友っつーか、ん?竹じゃないから…」

「意味間違ってるし、そんなことは聞いてないし。」

「いや、だからね。憧れつつも、違う生き方になってしまってるとこがミソ。」

「はぁ?」

「うーんと、打つために作られたコイツは、つまり、自分から物にぶつかって跳ね返すために作られてるわけね。だから、ぶつかってくのに必要なものだけで出来てんの。すごくない?考えた末に超シンプルなわけよ。そーゆーとこが、いらんもんばっか身に着けてって、ぶつかってかない自分とは正反対で、なんだか手放せないんだなぁコレが。」

「ああ、豊胸とか、無駄なもん付けてるもんねぇ。」

「ゆいっち、キツイなぁ。」

「そんな事、いつから考えてんの?」

「うーん、小学生の時はすでに。」

「へぇ。そういう事考える小学生だったんだぁ。」

「すごい!?」

「暗い!!」

「ぎゃふん。」

「あんた友達少ないでしょ?っつーかいないでしょ?」

「そんなことないもん!」

「じゃあ言ってみ。」

「・・・・・・・・・・・・ゆいっち。」

「ほらね。私は友達じゃないから。いないってことじゃん。」

「しどーい。」

「どーせ、家にずっといて、漫画とかゲームしてたりばっかなんでしょ?」

「ぇえ!?すごい、ゆいっち、なんでそんなことまで。でもそれだけじゃ…」

私は目の端に何かを捕らえた。

「見られてる…。」

「やだなぁ、ゆいっち自意識過剰―。」

「チッ。違うわ!男だよ!カフェの!こんなとこまで…。」

「あらら。うーん。まだ食べきってないのにぃ。」

「もう駄目か…。」

「まぁ、まかせて。じゃ、今度は(いにしえ)のコント形式で。」

私達はレジに向かい、店を出た。男はすぐにレジへ行くが、すぐに出られずレジ係と揉めてもたついている。私達は近くの電信柱の影からそれを覗いた。

「おお。大成功。」

「これって、微妙に手の込んだ食い逃げじゃぁ…?」

「まさか私も本当に『あそこにいるお父さんが払うんで…』が、通じるとは思わなかった…。」

「思ってなかったんかい!」

「日本の安全神話は健在か。…さて、先を急ぎますか。」

「どこに…ってか、どうやって行くの?電車はまたつけられるかも。」

「ヒッチ。」

「なに?」

「ヒッチハイクで、博多まで行くか!」

「か!って…、車つかまるの?」

「うん多分。」

「女二人でヒッチなんて、危なくない?」

「危ないけど、ある意味今の私達のが危ない奴だし、他に足のつきにくいのって、徒歩かチャリくらい。…歩きたいの?」

「うっ…。仕方ないか…。」



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