目次
はじめに
はじめに
もくじ
もくじ
第1章 パートナーに求める前に心得ておくべきこと
あなたはパートナーの愛し方を知っていますか?
100%の確率で幸せになる方法
恋愛も結婚も自分を愛せない人はうまくいきません
大人のパートナーとして付き合うために
配偶者に負担をかけないために
めぐり会えても結局はまたひとり
第2章 すべての元凶は物扱いとあなたに空いた心の穴
心に穴が空いてしまったきっかけ
異性に対して抱く特別な不安と期待
心に穴が空いてない人ほど相手を束縛しない
幼少時に植えつけられた相手を物扱いする心
連綿と繰り返されている物扱いの意識
第3章 パートナーとうまくいくための極意
しっかりとした「死生観」を持つこと
この世は経済、あの世は愛
パートナーとの循環こそが幸せへの鍵
幸せをもたらす禅の極意
分かち合えるパートナーは蜜の味
偽りの循環と真の循環を見極める
第4章 パートナーの本当の愛し方
私たちが求めている理想の愛
愛は許す心
愛は祈る心
愛は活かす心
目指すべき理想は別れた人でも愛せること
純粋な愛は真実の愛にあらず
第5章 パートナーの理想の愛し方
大好きなパートナーに捧げられる最高の愛とは何だと思いますか?
あなたの心の穴はあなたにしか埋められません
アラジンの魔法のランプのような理想のパートナー
依存させずに「心の支え」となる理想の愛し方
魂の片割れという発想の危うさ
互いの愛情表現に温度差を感じて惨めになるのは
第6章 男と女が幸せに生きるための作法
時代と共に変わりゆく貞操観念
自分の醜い心をカモフラージュするもの
自分だけが損をしている感覚
本当に神聖なものとは何でしょうか?
セックスに秘められた究極のエクスタシー
セックスに秘められたオールマイティな力
愛を育むのに理想の組み合わせ
第7章 様々なめぐり合わせで出会っているパートナー
私たちは同時に複数のパートナーを持って生きています
さまざまな思いを味わい、さまざまな情を育むため
違う目的で出会ったパートナー
許しを学ぶためのパートナー
分かち合うためのパートナー
幸せのためにあるはずの枠組みが不幸を呼ぶ
第8章 新しい時代にふさわしい価値観の構築
少子化が地球の自己調整システムだとしたら
「結婚か非婚か」それは地球の意志だとしたら
今までの常識を覆す価値観
新しい葡萄酒は新しい革袋に
●パートナーを愛するための黄金の三箇条と十の心得
●パートナーを愛するための黄金の三箇条と十の心得
おわりに
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はじめに

 「パートナーともっとうまく付き合えたらどれほど幸せだろう」と思ったことはありませんか?

 もしそう思ったことがあるなら、迷わずこの本をお読みください。

 ここにはパートナーの愛し方、そして、そのパートナーと共に幸せに生きるための、極意が記されているからです。

 

 「心と体」の調和、「人と人」との調和。

 幸せに生きるためにはこの二つの調和は、私たちにとって欠くことのできないものです。

 言い換えれば、大半の人たちは健康と人間関係の問題で、悩み苦しんでいるということです。

 

 人間関係の内でも特に「男と女」の関わり方が私たちにとって大きな課題です。

 ドラマ、映画、雑誌、小説で一番取り上げられているのも、やはり男と女の恋愛や結婚についてです。

 それくらいにこのテーマは、私たちの人生のかなりの部分を占めている関心事といえましょう。

 淡い初恋から、熟年の夫婦問題に至るまで、男と女がいかに調和するかということは、私たちが幸せに生きるための鍵と言っても良いでしょう。

 

 ただ、生き物の本能なのか、私たちはどうしても相手に勝とうとしてしまいます。

 つまり、相手に合わせるよりも、相手が自分に合わせるべきだと思ってしまうのです。

 そうかと思えば、いつも自分が折れて相手に合わせてばかりの人もいます。しかし、それはそれで負け犬のように、自分を疎かにするような生き方を選んでしまっているのです。

 それでは勝つことでも負けることでもなく、両者が幸せに生きるためにはどうしたら良いのでしょうか?

 

 この宇宙は陰と陽が循環することで成り立っているといわれています。

 そして、この両者が循環することによって「調和」は生まれるのです。

 調和が私たちの幸せに大きく関わっているとは、冒頭でお伝えしたとおりです。

 それでは他者と調和するにはどうしたら良いのでしょうか?

 

 「人と人」との調和の場合、その循環は「愛」の力によって起こります。

 したがって、私たち人間はこの「愛」を身につけることによって、誰とでも何とでもうまく調和を保ち、幸せを実感して生きることができるようになれるのです。

 

 そして、人間関係を良好にするために、私たちが悟らなければならないことが、もう一つあります。

 それは自分を変えることはできても、相手を変えることはできないということです。

 この境地に到達するまでは、私たちは人間関係や男女の関わり方であがき、苦しみ続けなければなりません。

 

 私たちは相手を変えることはできなくても、自分を変えること、自分を「愛ある人」に成長させていくことなら可能です。

 そして、それが出来た時に結果的に相手も変わり始めるのです。

 

 しかし、その道を歩み出すためには、私たちが克服しなければならない、大きな壁が三つあります。

 それが本書でこれからお伝えする私たちの「心の穴」と、相手を「物扱い」する意識、そして、社会通念や常識に縛られて物事を「〜すべき」「〜こうあるべき」と考えてしまう、思い込みの意識です。

 これら三つの障壁を打ち破って、あなたが愛ある人に成長し始めた時に、初めて全ては変わり始めるのです。

 

 そして、あなたが全てのものと循環し、調和を保てる意識になれたときに、間違いなくあなたは人生を幸せに生きられるようになるでしょう。


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もくじ

 ■はじめに

 第1章 パートナーに求める前に心得ておくべきこと  

 ■あなたはパートナーの愛し方を知っていますか?   
 ■100%の確率で幸せになる方法   
 ■恋愛も結婚も自分を愛せない人はうまくいきません   
 ■大人のパートナーとして付き合うために   
 ■配偶者に負担をかけないために   
 ■めぐり会えても結局はまたひとり   

 第2章 すべての元凶は物扱いとあなたに空いた心の穴
 
 ■心に穴が空いてしまったきっかけ   
 ■異性に対して抱く特別な不安と期待   
 ■心に穴が空いてない人ほど相手を束縛しない   
 ■幼少時に植えつけられた相手を物扱いする心   
 ■連綿と繰り返されている物扱いの意識   

 第3章 パートナーとうまくいくための極意   

 ■しっかりとした「死生観」を持つこと   
 ■この世は経済、あの世は愛   
 ■パートナーとの循環こそが幸せへの鍵   
 ■幸せをもたらす禅の極意   
 ■分かち合えるパートナーは蜜の味   
 ■偽りの循環と真の循環を見極める   

 第4章 パートナーの本当の愛し方   

 ■私たちが求めている理想の愛   
 ■愛は許す心   
 ■愛は祈る心   
 ■愛は活かす心   
 ■目指すべき理想は別れた人でも愛せること   
 ■純粋な愛は真実の愛にあらず   

 第5章 パートナーの理想の愛し方   

 ■大好きなパートナーに捧げられる最高の愛とは何だと思いますか?   
 ■あなたの心の穴はあなたにしか埋められません   
 ■アラジンの魔法のランプのような理想のパートナー   
 ■依存させずに「心の支え」となる理想の愛し方   
 ■魂の片割れという発想の危うさ   
 ■互いの愛情表現に温度差を感じて惨めになるのは  
 
 第6章 男と女が幸せに生きるための作法   

 ■時代と共に変わりゆく貞操観念   
 ■自分の醜い心をカモフラージュするもの   
 ■自分だけが損をしている感覚   
 ■本当に神聖なものとは何でしょうか?   
 ■セックスに秘められた究極のエクスタシー   
 ■セックスに秘められたオールマイティな力   
 ■愛を育むのに理想の組み合わせ   

 第7章 様々なめぐり合わせで出会っているパートナー   

 ■私たちは同時に複数のパートナーを持って生きています   
 ■さまざまな思いを味わい、さまざまな情を育むため   
 ■違う目的で出会ったパートナー   
 ■許しを学ぶためのパートナー   
 ■分かち合うためのパートナー   
 ■幸せのためにあるはずの枠組みが不幸を呼ぶ   

 第8章 新しい時代にふさわしい価値観の構築   

 ■少子化が地球の自己調整システムだとしたら   
 ■「結婚か非婚か」それは地球の意志だとしたら   
 ■今までの常識を覆す価値観   
 ■新しい葡萄酒は新しい革袋に   

 ●パートナーを愛するための黄金の三箇条と十の心得

 ■おわりに

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あなたはパートナーの愛し方を知っていますか?

 あなたには何人のパートナーがいますか?

 そう訊ねられたらどうでしょうか?

 もしも本書を自己啓発本だと思って手にした方なら、特に何とも思わないでしょう。

 しかし、もしも本書を恋愛本だと期待して読まれた方なら、一体何ごとかとドキッとするのではないでしょうか?

 本書はその両方の性質を持った内容だとあらかじめお伝えしたいと思います。

 

 「パートナー」という言葉、元々は英語です。

 仕事を共同でする相手、スポーツやダンスなどでペアになる相手、相棒、そして配偶者。

 日本語の「伴侶」という言葉にもやはり結婚相手だけではなく、一緒に連れ立って行く者、仲間という意味が含まれています。

 

 ここで取り扱うパートナーの愛し方とは、これらすべてを意識したものです。

 ただし、多くの人たちにとって男女の関わり方はやはり一番の関心事でしょう。

 そこで本書では恋愛や結婚のパートナーの愛し方という観点から話を進めてまいりたいと思います。

 そして、その中から仕事や趣味の仲間、あるいはそれ以外の親子、兄弟姉妹、その他のパートナーとの関わり方についても、読み取っていただけたらと思います。

 

 恋人や配偶者に限らず、人と人との関わりは本質的にはみな同じだからです。うまくいったり、いかなかったりするのも、根はみな同じ心の問題です。

 

 さて…、

 恋愛する男女にとって、行き着く先にあるのはやはり「結婚」という二文字でしょう。

 それではこの世界が男と女で成り立っている以上、やはりパートナーを見つけて結婚することが、幸せへの一番の近道なのでしょうか?

 でも実際に結婚にまで至れる人たちは、どれだけいるのでしょうか。

 

 地球上の雌雄を持つほとんどの生き物たちが、(つがい)になることを目指しているように、私たち人間の場合も「年頃になったら結婚するもの」という考えは、当然のこととして一般化しています。

 しかし世界を見渡せば、実際にはどの時代のどの民族であっても身分や経済、その他さまざまな事情で、配偶者を持たない非婚の人たちは数多く存在しています。そして、それは私たちが考えている以上に少なくありません。

 

 また、単純に数の問題、比率の問題として考えてみても、すべての男女が結婚することはおそらく不可能でしょう。

 つまり、たとえ地球上の全ての人たちが結婚を望んだとしても、全員ができるわけではないということです。

 それなのに、人生の目的や幸せは結婚にあるかのような物言いをする人たちは大勢います。

 本当でしょうか?それでは結婚できなかった人たちは、みな幸せになれないということでしょうか?

 

 結婚の主たる目的は基本的には男女が一緒になって、子供を産み育てることです。

 もっと現実的な言い方をすれば、男女それぞれの財産と、産まれてきた子供を法律によって保護するために、契約を交わして結婚するのです。

 

 「好きな人と一緒にいたい」というただそれだけの目的なら、わざわざ結婚しなくても、同棲すれば良いことです。紙切れ一枚の婚姻届にこだわる必要はありません。

 

 それにも関わらず、結婚にこだわってしまうのは、やはり自分たち二人が終生を共にする間柄であることを、「公に認知してもらいたい」からなのでしょう。

 

 互いに相手が自分だけのものであることを、世の中に知らしめたいという気持ちはよくわかります。

 しかし、この「自分だけのもの」と相手を束縛したい気持ちが、実はくせものです。これがさまざまな問題を引き起こす元凶になっているからです。

 そのことについては第二章で詳しくお話したいと思います。

 今はまずこの「自分だけのもの」扱いをしないことが、パートナーの愛し方の基本だと心得ておいて欲しいのです。

 そうしないと、この思い込みが自分とパートナーをいろいろな場面で苦しめることになるからです。
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心に穴が空いてしまったきっかけ

 程度の差こそあれ、多くの人の心には穴が空いています。

 心の穴は「愛」に対する餓えです。

 「自分は愛されていない」という思いです。

 (さかのぼ)れば、心の穴のほとんどは幼少の頃に親からどのように扱われたか?意識を向けられたか?愛情を注がれたか?に起因します。

 

 私たちが幼少の頃、つまり子育ての時期というのは、親たちにとってもまだ二十代、三十代の年齢というのが普通でしょう。

 二十代、三十代の人間がどの程度のものかは、私たち自身が自分に置き換えればよく分かる話です。

 迷いもあり、ワガママもあり、本人もまだ消化しきれていない思いもありと、まだまだ人間的には未熟です。

 しかも親たちの多くは学校で教育学や児童心理学といったようなものをしっかりと学んだわけではなく、子育てや教育者としては素人です。

 

 「子育ての仕方は子供の個性によって千差万別で、どれが正解というものはない」とは良くいいますが、それでもやはり最低限知っておくべきことはあります。しかし、その機会を得ることなく、聞きかじりの知識や自分の思いだけで、子供と接してきてしまった親たちはあまりにも多いのです。

 

 自分の心に穴が空いてしまったのも、幼少の頃の育てられ方に原因があったのに、「自分もこうして育てられたから」と、また同じ育て方を繰り返そうとする親たちも少なくありません。

 それは親たち自身が自分の心の穴に気づかず、当然のことながらその原因、すなわち自分が受けた育てられ方にも気づいていないからです。

 

 そうした親との関わりの中で「自分は愛されていない」「意識を向けてもらっていない」「きちんと扱われていない」という思いが募ると、私たちにも心の穴ができてしまい、それが次第に大きくなっていきます。

 そして、知らず知らずに私たちは心の穴を埋めたいという気持ちから、その人その人の価値観によって、さまざまなものに求めてしまいます。

 

 何不自由なくお金が使えるお金持ちになれたら、今の不満はなくなるのではないか?

 結婚して暖かい家庭を持ちさえすれば、この寂しさは消えるのではないか?

 願いを叶えて社会的に成功できたら、この虚しさはなくなるのではないか?

 理想のパートナーと出会えたなら、その人に心の穴を埋めてもらえるのではないか?と。

 しかし、いくら外に心の穴埋めを求めても、私たちの心の穴は埋まりません。

 なぜなら自分の心の穴は、自分で埋めるしかないからです。

 つまり、自分を愛することでしか、心の穴は埋まらないのです。

 

 しかし、そのことに気づかずに外に求めてばかりいると、私たちの心には穴だけでなく、さらに歪みまで生じてしまいます。

 「心の歪み」とは過剰な嫉妬、(ひが)み、執着、自己否定、自己嫌悪、自分勝手な思い込み、等々のマイナス意識のことです。

 

 また心の穴が大きくなるほど、それを埋めたいという無意識の欲求から、「相手を束縛したい(されたい)」さらに「相手を自分だけのものにしたい(なりたい)」という気持ちが強くなります。

 


 心の穴は自分を愛することでしか埋まりません。

 そのことをもっと強く自覚し、常に意識することが大切です。

 そうしないと相手に依存し、「相手を束縛したい、自分だけの存在でいて欲しい」という無意識の思いを、いつまでも払拭(ふっしょく)することはできません。

 そして、この思いを払拭しない限りは、何かことある(ごと)にあなたは深い悲しみと不安とに(さいな)まれ、また相手が「自分だけを意識し、自分だけの存在」という実感を得られ続けなければ、いつまでもその苦しみが繰り返されてしまうのです。

 

 人は誰でもあなただけに意識を向け、あなただけの存在で居続けることはできません。

 ラブ・ソングにはそのような歌詞があり、恋に浮かれているうちは、確かにそのような気持ちにもなります。

 しかし、第7章でお伝えするように、人はみな複数のパートナーと同時に縁を結び、そのことで魂を成長させようとして、この世に生まれてきたのです。

 そのことをわきまえず、心の穴埋めを相手に求めると、心はいつも不安定で、小さなきっかけでも瞬時にあなたは不安で一杯になってしまいます。

 

 たとえば「裏切り」という言葉。

 男女関係、人間関係、人は様々な場面で「裏切られた」と感じることがあります。

 この時の「裏切られた」の本質は「見捨てられた」と感じることです。

 愛に飢え、心に大きな穴の空いている人ほど、「裏切られた」と感じやすいものです。

 

 男女関係、あるいは人間関係で、人が裏切られたと感じるのは、相手が自分の思いにしたがってくれない時、相手が自分以外の誰かに意識を向けた時でしょう。

 つまり、自分の心の穴を埋めてくれない時です。

 しかし、本当の裏切りとは、心の穴を埋めてくれないことではありません。

 相手が本当にあなたを見捨てたときです。

 だから、本当に見捨てたのでなければ、それは裏切りとはいいません。

 

 それと同じで、自分に対する裏切りとは、自分を見捨てることです。

 自分の幸せを諦めたとき、それが自分を見捨てることです。

 そして、それが自分に対する裏切りです。


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異性に対して抱く特別な不安と期待

 「気持ちを分かち合いたい」とか「時間を共に過ごしたい」気持ちは、好き合っている恋人同士であれば、ごく自然な感情です。

 しかし、互いを「自分だけのものにしたい!」とか「相手だけの存在になりたい!」、さらに「束縛したい!されたい!」という気持ちは、恋愛につきものの正常な感情では必ずしもありません。

 

 こうした気持ちは恋愛感情がエスカレートしたら当然のことのように思われがちです。

 しかし、これは相手を深く愛する気持ちからではありません。

 自分の心の穴を埋めたい!という「執着」から湧き起こる感情なのです。

 相手を束縛し支配すること、相手を我がものとすることで「きっと自分が抱えている心の穴は満たされるに違いない」という思い込みによるものです。

 

 私たちは特に異性に対して、このような思いを強く抱いてしまいます。

 それは異性が私たちにとって「未知なる存在」だからです。

 

 思春期の頃を思い出してください。

 性別の差をあまり意識することのなかった子供の頃と比べ、十代になると身体的にも男女の違いが出始めます。

 女性は乳房がふくらみ、容姿はより女性らしくなっていきます。

 男性も声変わりし、筋肉が付き始めて、より男性らしくなっていきます。

 それは外見だけではなく、精神的にも男女の違いが表れ始めます。

 

 そして、小学生の頃とは違い、思春期になると互いを自分とは明らかに違う異性、すなわち「未知なる存在」として意識するようになります。

 

 すると、そのような自分とは異質の存在に対して、私たちはいつの間にか「過剰な不安」や、「過剰な期待」を抱くようになってしまうのです。

 

 それはSF映画で描かれている、人間が未知なる異星人と遭遇した時に抱く不安や期待にも似ています。

 「異星人は地球を侵略し、人間を抹殺するためにやってきたのか!?」という不安。

 「それとも地球の文明を遙かに超えた力で、人間を助けにきたのか!?」という期待です。

 これ自体はSFという空想の世界での話ですが、現実の世界でもそれと同じような思いを、私たちは異性に対して抱いてしまうのです。

 私たちがよく、異性として相手を意識した途端に緊張してしまうことがありますが、それもそのためです。

 

 特に異性に対して、私たちは次のような考えを抱いてしまいがちです。

「相手に受け入れてもらえず、自分は否定されてしまうのではないか?」という不安。

「自分の心の穴が、異性と付き合うことで埋めてもらえるのではないか?」という期待です。

 同性に対してはあまり持たないような、このような特別な不安と期待を、私たちは異性に対しては抱き、求めてしまうのです。

 

 そして、「こんな自分でも心から愛してくれる異性(ひと)がいつか現れないだろうか?」

 「抱えていた心の穴を埋めてくれるような理想のパートナーが、いつか見つからないだろうか?」と、そんな未知なる相手の出現を期待し、探し求めてしまうのです。

 

 相手のものになりたいという感情や、相手に尽くし過ぎてしまうのも同様です。

 「自分は誰からも愛されていない」という実感を持つと、「自己否定」という思い込みに(はし)ってしまいます。

 すると人は自分の存在価値を自分で評価することができなくなってしまうのです。

 

 その結果「自分が誰かのもの」あるいは「誰かのための存在」になることで、自分の存在価値をそこに見出そうとする思考に陥ってしまいます。

 相手に尽くしすぎてしまうのも、このように相手を愛するからではなくて、自分は誰からも愛されていないという自己否定、すなわち、自分の心の穴を埋めたい思いの裏返しなのです。

 

 他人に対する嫉妬や妬みも「自分は評価されず、見向きもされず、愛されていない。それなのにあの人は…」という意識から生まれます。

 実際のところは別として、このような本人の「自己否定」という思い込みの意識が、多分にそう思わせてしまうのです。

 自己否定とは「自分は愛されるに値しない存在」という思い込みのことです。



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