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第四章 破局

俺は心を決めた。

日舞を教えにゆく木曜日、
彼女を待ち伏せた。


坂の途中にある古いつくりの大きな日本家屋。


五時くらいから、着物をきて家を出て、
近所の犬の頭を撫でて、出かけて行く――
サユリは、いつも、そうしていた。


「話しがある」


サユリは、俺の顔を見て、驚いた。
彼女の手首をガッと掴んだ。
サユリは、それを振り払って、喫茶店を出て行く。


携帯電話のない時代、
電話と言えば家にある固定電話しかない。


俺は電話をかけた。


すると男が電話に出た。
俺は何も言っていないのに、男はこう言ったんだ。

「あなたのことは聞いてます。
大変申し訳ないのですが、これっきりにしてもらえないでしょうか。
すいません」



「…。」



「僕もつらいんですよ…正直言って。あんな女でも…俺は…。」


その言葉を聞いて、何も言えなくなった。

それっきり。




俺は二十三歳、
燃えるような恋だった。



こうして俺の熱愛は、まるで呆気なく、終わってしまった。



男と女なんてもんは、
そんなもんなのかということを知ったような、
そんな気がしたんだ。




第五章 決意

ある時、先輩2人と店が終わって
焼肉屋へ。

「ダン、おまえちょっと話があるから」

なんだと思って。

結局、説教なんだよね。
俺が潤さんのために身体張ったり、
お客さんに良い人がいると本気になったり、
そうしてるもんだから、
「おまえ、もっと商売だと思って。
ホストはさ、お金ためることが目的なんだからね。
おまえは、あまりにも生き方が正直すぎる。そんなことやってたら、おまえ身がもたねえぞ」

俺は「自分には自分の信念がありますから」って反論したんだよね。

反論して、その討論が延々と続いて、
俺はカッとなっちまって
「いちいちうるせえんだよ!」って先輩に掴みかかって。

そしたら、もう1人の先輩が、わーっ、て止めて。

その先輩が
「とにかくわかった。
ダン、おまえの好きにしていいよ。
ただ、ひと言、言っとくがな、おまえは気性が荒過ぎるぞ」って。

「とにかく考え直して。
おまえは光るものがあるから。
この業界で抜きん出てくるカリスマ性があるから、
ダンはホストで生きるのか、自分自身で生きるのか。
まあ、純粋さは買うけど、
自分自身で生きるのは、この業界じゃ難しいぞ」

「失礼します!」って店、そのまま飛び出して。

もう頭来ちゃってさあ。
でもね、そんな言葉を聞かされて、
俺は昔のことを思い出しちまって…。

十五歳くらいのとき、暴走族やってたとき、
記憶がぼーっと、十代の頃の出来事が。

すさんでたあの頃、初めてデートした女の子のこと、
私立高校に通ってた、川口の地元に住んでて、
で、前から顔は知ってたんだけど、
仲間を通してね。

あんまり可愛い子じゃなかったんだけどね、
よく、しゃべる明るい子で。

デートってもんに憧れてて。

「じゃ、上野でデートしよう」って
俺が誘って。
それは、まあ、初恋じゃないんだけども、
それほど好きじゃなかったんだけども。

上野のアメ横とか行って、
初めてのデート。
バリッとリーゼント決めて。
革ジャンにとんがったブーツに、白いTシャツに、
キャロルみたいな、クールズみたいな、ジェームズ・ディーンみたいな、
もう何回も頭洗っちゃ直して、
もう最大に決めて。

人混みのなかで肩と肩が触れただけで、
もうドキドキしちゃって。

顔はぽーっ、と赤くなってたんだけど、
でも一応、ツッパリだし、
女の子の前でカッコつけなきゃならないから、
もうすれ違う奴らみんなにガンたれて、
たむろしてるやつらにガンつけて。


デートってのは初めてで、人づてに聞いただけだったから、
喫茶店行って映画かな、そろそろ喫茶店かな、って
自分なりに段取り考えて。

そうして、とりあえず喫茶店入ったんだよ。


いつもだったら、男同士だったら
テキトーにコーラだとかコーヒーだとか言うんだけど、
今日は女の子と一緒だからメニューにこだわったねえ。

「メニュー頂戴」なんて言っちゃったりして。

そうしてプリン・アラモードを注文して。

品のいいもんを、って思ったんだよね。

「かしこまりました」って。

で、たわいもない話しながら、
そしたら出てきたんだよねえ、
こう、細い足の、こう皿みたいなのに
フルーツ乗っかってんだよねえ。

うおーっ、って思ったんだけど、
そんな顔したらダサイって思われるからさ、
もう俺はいつも、こんなん食ってんだよね、
みたいな顔つくって。


どうだい、美味いだろ、みたいな。

「うん、おいしい!」

そっか、そっか、なんて言っちゃって。

そうだな、喫茶店の次は映画だったよな。
女の子のための映画かあ、なんて、そんときは考えてて。


で、映画館が並んでるところに行こうと思って
「じゃあ、映画観ようぜ」って店を出て。

上野公園近くの映画館が何件も並んでるところへ行って。

原宿だの六本木だの行き方がわかんなかったし、
埼玉だったから上野なら電車1本で行けるから、
そうして上野にしよう、って勝手に俺が決めたんだけどね。

で、映画館に行って。

その頃、ジョン・トラボルタが流行ってて、
恋愛モノで、看板なんか見てて。


おお、こういうセンスで行かなきゃな、って。


そしたら、その映画館のいちばん端に
熊と人間が闘ってる看板があって、
もう目が釘付けになっちゃって。


「おお、これ観ようぜ!これだよ、これ!」って。

えっ、て顔されちゃったんだけど、
それで映画館入って。
もう、俺なんかデートどころじゃなくなっちゃって。

次の上映時間まで30~40分くらい待って。
もう会話もなくなっちゃって。
向こうはため息をついてる、っていう、そんな感じだったよね。

そうして時間になって、
さあ、観るぞお、って。
俺はテンション上がっちゃって。


それで、まず練習風景から放映されて、
その練習のひとつひとつに夢中になって
飛び蹴りとかやってて、すげえなあ、って。

そして最後にウイリー・ウィリアムスが出てきて、
気合入れて、熊と闘うんだよねえ。
最後、馬乗りになって熊のこと叩いてんだよね、
バッチ、バッチに!


もう、俺なんか感激しちゃって。

映画終わったら、ああ、やっちゃったなあ、みたいな感じで
「じゃあね」って、そのまま逃げるようにして一人で帰って。

相手はため息ついてるみたいな感じだし、
ああ、やっちゃったな、って。


ホストの先輩に焼肉屋で説教食らってたとき、
家帰って、そんなことを思い出して。

それで思ったねえ、俺は。


「そうだよなあ…俺って、感情に正直過ぎるっていうか、
自分勝手っていうか…先輩が言ってることは、そうだよな」って。


相手の空気というか、そういうの読めないっていうか、
そうだよな、って。
あの先輩たちにしてもさ、
俺のために、いろいろ言ってくれたっていうのにさ、
カッとなって掴みかっちゃったりしてさ。
自己嫌悪に陥った、っていうか。


それでね…
店もあんまり行かなくなって。

1ヶ月くらい丸ごと行かなくなったんだよ。

悶々とした日々を送ってた。


そんときに俺の友達で島津(しまず)ってのに会って。
島津と早川(はやかわ)。
俺のヘルプやってる売れないホストなんだけどね。

そんとき島津から連絡あって。
俺がいないと俺の客こないし、
そうすると、やつらも仕事ないし、
つまんないから、あいつらも店こないし。



「最近どうしてるかと思って」って。

「いやあ、全然やる気なんなくて」

「じゃあ、とりあえず飯でも食おうよ。
早川ちゃんも呼ぶからさ」って。


そうして3人で大久保で飯食って。
ヤツらは大久保に住んでたから。


ファミレスみたいなとこで。

そこでさ、夢を語ったんだよね、その日。


早川ってやつは昔からダンスがすごく上手くて、
俺はダンスを教える先生になりたいんだ、って。
早川はダンスの教習所にも通ってたし、
だから俺は、そのまま行くよ、って。

で島津ってやつは、これが、また、ぶっさいくな男でさ、
デビューしたばっかのコロッケみたいな顔してて、
ジーン・シモンズみたいに、やたらベロが長くて、
もうトカゲみたいなさ、それをテーブルでやるんだよね、ベロを
ベロベロぺロって出して、たまんなかったよなあ。
もう、しょっちゅうクレーム入っちゃって。
それが、もう全身刺青びっしりで。
このイメージ・ギャップ。
梵天の刺青。
その全身にはさ、そいつなりのストーリーがあって、
胸のど真ん中に鯉があって、背中に鯉の滝登りがあって
鯉ばっかじゃシマラナイから、じゃあ龍を入れようと、
あ、待てよ、入れるとこがなくなっちゃつたじゃねえか、
よし、ももに入れてやれ、って。

よし、これでストーリーできたぞ、って。

鯉が滝登りして龍になって戻ってきた、って。

とって付けたようなストーリー。

その頃、ポーカーが流行ってて、
あいつ、そこから、ガーッてカネ抜いて、
百万とか抜いて、一気に刺青入れてね。

ストリップなんか行くと生本番で舞台に上がって
服脱いで刺青あるから、みんな、わあ、って言って。
そんなことに喜んでるという。

道端、歩いてると
「あ、女来た、女来た」ってチンポ出しちゃうの。
それが日課だったという。

ほんとにアホな男なんだけど、
そいつ山籠りして、ガラッと顔つきが変わっちゃってて。
そいつがさ、山に籠ったんだよね。
二週間くらい、テント買ってさ。

「いやあ、山はすごいよ。ハンパじゃねえよ。
夜は怖いしねえ。
腹は減るし。人生は修行だよ、修行」って。

「なにがすごかった」

「これだよ」ってチンポだして。

そいつ、またチンポに球入れて。
もう山芋の根っこみたいに、ボコボコになっちゃってて。

バーベキューの串で穴あけて球入れて。

山じゃなく、チンポがきつい、ってだけの話なんだけど、
その頃、俺は、すげえ、って思って。

山籠りしてチンポに球入れて、
帰ってきたなんて、そりゃシブイよ、って感動しちゃって。

笑わなかったよね、まじで、そりゃ、シブイやあ、って。


その島津がさ
「俺、歌手になりてえなあ」って。

ほんとに、それで島津は声が出るように
手術して、俺、見舞いにいったもんなあ。

それで、俺の夢は、ってことになって、
でも具体的に何か、っていうのがなくて、
でも早川の爛々とした目とか、島津のチンポ見て、
こりゃあ、俺も何かやらにゃ、って。


なんかやらなきゃ、って。


それから、しばらくして、
浜田剛史(はまだ・つよし)のタイトル・マッチを
テレビでやってて。

同じ歳なんだよね、浜田と俺。


浜田剛史のヒストリーみたいのが
テレビでやってて
「今日はいよいよタイトル・マッチで、
では、ここで浜田剛史の過去を振り返ってみましょう」みたいな、ね。

沖縄県出身で、高校時代からアマチュア・ボクシングやってて。
器用な選手じゃないんだけど、左の一発がすごくて。
KO選手で、ジュニア・ウェルター級だったな、たしか。

練習風景とか、合宿組んだり、減量に苦しんで、
そうして今日に至るまで数々の試合を勝って行くんだよね。


前に前に出て、強烈な左のパンチを振るって。
でも拳が耐えられなくて、何度も何度も拳を骨折して。
手術して直して、また骨折して。

数々の挫折とかあって、それを乗り越えて行くんだよね。


「自分にはボクシングしかないんで」って。

酒も女もタバコも、まったく感じさせない、
そんな風貌で、俺と同じ歳だっていうのに、
俺とは、まったく違う、まるで違う人生を歩んでんだよね。

そして夜の七時くらいに試合会場の場面に変わって、
試合前の浜田にインタビューするんだよね。


で「浜田さん、今日は待ちに待ったタイトル・マッチですけど、
心境はどうですか?」って。

そしたら浜田が、まったく色気のない、
耐えに耐えた風貌で、すべて、ふっきったような、
それは、すごい、いい顔をして、
それで、こう言ったんだよ。

「今日は、この日のために、すべて全部、我慢してきました。
今日は最高の日です」

そして浜田がリングに向かって行くのをカメラが追って。
リング下で足に滑り止めで、白い粉をつけて、
パンパンって足踏みして。


そうしてリングを、ぐわーっ、って見上げるんだよね。

ワセリンを塗った浜田の顔に、
リングの眩しい光が顔に映って輝いて。

それを見て、
うわあ、って。

これが人生の最大のクライマックスという、
そういうのを迎えた男の顔って、こんな、すごいもんなのか、って。


対戦相手のチャンピオンが、
レネ・アルレ・ドンド選手が、
派手な、軽快な音楽で入場してきて。

浜田とは違った軽快な音楽で入場してくんだよね。


まず、チャレンジャーの浜田がコールされて。
派手なパフォーマンスなんて、まったくなくて、
地味な感じなんだけど、ものすごい光を放ってんだよね。


客席の四方に、おじぎをするだけなんだけどね。


チャンピオンは、いつもの防衛線という感じで、
手を振っちゃったりしてて、余裕って感じ。

浜田はその時、チャンピオンに背を向けて、
ロープを握り締めて、下向いて、
集中してる、って感じなんだよね。


で、両者リング中央に歩み寄って、
レフリーの注意事項を聞くんだよね。

アルレ・ドンドは、じーっと浜田の目を睨みつけて。

浜田は、なにか、心のなかの葛藤があるのか、
相手の目を見詰めながらも、そんな感じで。


両者がコーナーに戻って、
アルレ・ドンドは絶対に勝つ、みたいな。
いつもの調子で行こう、と。
落ち着いてやろうと、そんなリラックスした感じ。

一方の浜田は、また同じようにアルレ・ドンドに背を向けて、
ロープ掴んで下向いて、ぐわーっ、て集中してて。

セコンドがとうのこうの、どうのこうの、ってアドバイスしてんのに、
下向いて、頷きもしない。


それで、いよいよゴングが、
浜田の人生を懸けたゴングがさ、
いよいよ鳴るんだよね。


俺なんかも手に汗握って。
こっちも、すいこまれちゃって。


ついにカーンと鳴り響いて。


そしたら浜田が、ぐわーっと前に出て、
まるで最終ラウンドのように、左のパンチを思いっきり振るって。

人生を懸けた試合。
この試合が終わったら死んでもいい、っていう。

駆け引きとか、そういうの一切ない、
ただ、一筋に。


いきなりの先制攻撃でアルレ・ドンドはペースを掴みきれなくて、
ロープを背にして腰が落ちかけるんだけど、
やつは目が良いから、それでも反撃して、
浜田も頭がガーンと後ろにもって行かれそうな
強烈なパンチを食らっても、
それでも一切、退かず、強烈な左のパンチを振るって行くんだよ。


ここだと思って浜田は左のフックの連打して、
そのまま落ちたんだよね、アルレ・ドンドは。


レフリーがカウントを始めるんだよね。

ワン、ツー、スリー…。


でも、これは、もうダメだっ、て。
レフリーが判断してカウント6くらいで手をクロスさせて。


1RKO。
見事なKO勝ちなんだよね。


場内がすごい大歓声で、
「やりました浜田剛史!世界チャンピオン!」
ってアナウンサーが叫んで。


場内、総立ち。
座布団が飛んで。


アルレ・ドンドは、まだリング上に倒れてて、
セコンドの介抱を受けていて。

浜田はというと、喜んでる感じじゃなくて、
ただリング上に立ちすくんでるんだよね。


で勝利者インタビュー。
アナウンサーなんか興奮しちゃって。

「やりましたね、浜田さん!
今日まで耐えて耐えて耐え抜いて、その拳で見事KOしましたね!
大丈夫ですか、拳は!」って、もう上ずった声で。


でも浜田は、ピクリとも表情を変えないで
「今日は奇襲戦法しかなかったんで。
テクニックならチャンピオンの方が上なんで。
自分には、これしかなかったんです」って。


遠い客席から、1人のおじさんの声が
「よくやったあー、浜田ー!」っていう声が響いて、
すると浜田が振り返って
「あ、どうもありがとうございます!」って。


たった1人のお客さんのために、
振り返って、いやあ、感動したね。


「チャンピオンは強い選手ですから、
また対戦すると思うんですけど、
今日は自分が勝ったんですけど」って。


そうしてリングを降りて、控え室へ消えて行く。

花道で観客たちから「よくやった!」「おめでとう!」とか言われて、
いちいち「ありがとうございます!ありがとうございます!」って頭さげながら。


その後姿見て、
ああ、この男は、また大きなものを背負ったんだなあ、って。
そういう、また大きなものを背負って生きてゆくんだなあ、って。


そう思ったんだよね。


それ見てから何日間か、
ただ、ぼーっとして。


いつかホストの先輩にビール瓶で頭、殴られたことがあった。

ほんとに、中身が入ってる瓶だったら、俺は死んでた。


死んじまってんだよ、ほんとうに…。





そして島津に電話した。


「俺、方向、決まったから。俺、格闘家になるから」って、
そう言ったんだ。


※「格闘技編」へ続く



この本の内容は以上です。


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