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第二章 新宿のホストになる!

階段のネオンがすごくて、
その向こうに赤い絨毯が、ばあーっと広がってて。


ホスト専用のフロアーがあって、
そこはバーのカウンターがあって。
この当時は携帯電話なんか、なかったから、
テレフォン・カウンターが十何個か、ずらーっと並んでて。

ここでスーツで決めた先輩たちが、
お客さんに電話してるわけですよ。

もう、その先輩たちといったら、まるで石原軍団。
めちゃめちゃカッコイイわけですよ。

今みたいな、ちゃらちゃらしたもんじゃなくてね、
もうバシッと決まっててね。
マナーもダンスも、みんな仕込まれてて、
新聞は必ず毎日最低二紙は読め、ってね。
本物のプロフェッショナル。

みんな俺よりも五歳くらい年上で、
夜の芸能人だな、この人たちは、と思ったんだよねえ。


アイダ社長と面接して、
「ああ、君いいよ、うん、いい」って入店を許可されて。



フロアーには生バンド、ムード歌謡。

客は席につくだけで五万円。

へネシー、レミーマルタン、
フルーツ、オードブルが、どんっ!

ルイ十三世は紫の液体で五十万円!

トイレに行くと、そこに『ホスト十二ヵ条』なんてのが貼ってあってね。
一、ホストとは、とかね、
二、お客とは恋人ではなく、
三、女とは同性の幸せを許せない、とかなんとかね、
書いてありましたよ。


しっかし、よく書いたなあ、あれなあ。
しょんべんしながらね、眺めてましたよ。



新人は先輩のヘルプについて、
そうして初めて金が貰えるわけですよ。



先輩から
「俺の客なんだけど、
あれ金にならないし面倒だからダンちゃん、
ヘルプついてよ」なんて言われながらね。


俺の名前は「DAN」。
ウルトラセブンの諸星ダンから取ったのね。


そうして、その先輩、スッと俺の胸ポケットに
二千円とか入れてくれちゃったりしてね。
うおーっ、かっこいいよなあ、って思ったよねえ。


ヘルプは一回千円。
だから三回やると三千円なんだけど、
こうして先輩たちが小遣いくれるから
一日九千円とかになっちゃうんだよねえ。


ここに潤(じゅん)さん、っていうね、
すごい人がいてねえ。

背は低いんだけど、顔がねえ、
もう整形してるんじゃないか、っていうくらい、
もう、整っちゃってて、もう、かっこよくてねえ。

その潤さんが、俺に声をかけてくれたわけですよ。

「おまえ短気だろ」って。

「えっ、なんでですか?」

「顔に書いてあるよ」って、
そういう仕草すらもがね、また、かっこいいわけですよ。


こうして俺は潤さんのグループに入ったんだよね。

夜中、仕事が終わって、
みんなでタクシーに乗って潤さんの家へ。
成城の超高級マンション、家賃二十六万円ですよ。


もう、ホントすごい!
まるでドラマでしか見たことのない部屋ですよ。
十二畳の洋間のリビング、
ベージュのソファなんか、もう、ふっかふかでさあ。

冷蔵庫なんかさ、
もう勝手に氷が出来て、
カラン、カランって落ちてくんのね、
あんな冷蔵庫、初めて見たよねえ。



潤さんのお客さんは幅広くて、
ソープ嬢から赤坂のママとか、いろんなお客さんがいて、
だから羽振りがよかったんだよねえ。


そんな潤さんが、みんなとミーティングするとき、
いつも言ってた言葉があってね、
それは「女はしょせん、男を裏切るぞ」ってことなんだよね。


「男を裏切らない女なんかいないんだよ。
しょせん、俺たちにあきて、そのうち違う店で、
他のホストを使うんだよ。
男は絶対、女に足元みられるな」

「俺たちは女よりも、男同士を大事にしよう。
そういうグループであろうぜ。
誰かがパンクした、住む家がない、パンツ一枚もねえ、
そんなときは、面倒みてやろうぜ。
裸一貫、なんにもねえんだよ、俺たちには。
そういうときは、みんなで助けあって、居候させてやろうぜ」

潤さんは、俺たちに向かって、
いつも、そう言ってた。

俺は、それを、そのまま真似した。




潤さんは、客から、さんざん金を搾り上げてた。
洋服から食い物から、
何から何まで、客の女に支払わせるんだよね。


俺たち、みんな連れて豪勢なとこへ飲み行ってね、
京王プラザホテルのレストランとか、ジョジョエンとか、
その勘定を全部、客の女に支払わせちゃうの。

あれは、すごかったよなあ。


でも潤さんも、ひとつ、内輪の話があって。
実は、あの豪華マンションの一室にね、
自分の親父を住ませてんだよね。


そういうね、
ひとつの事情というものを、
彼も持っていたりしてたんだよね。



まあ、こうして潤さんや他の先輩たちの
ヘルプとして働きながら、俺にも客がついて。

以前はOLさんやってたんだけど、
この時はキャバレーで働いてたマイコさん。

新潟県出身の当時三十三歳。
ダンナと江東区錦糸町の1DKの団地に住んでた。
ミイちゃん、っていうネコを飼ってて。

さがり眉毛で、おとなしい人で。
いつも「さびしいよお、さびしいよお」って言ってた。

このマイコさんが、俺に尽くしてくれた。
俺のスーツはナミキから貰った三着だけだったのに、
マイコさんと付き合って一週間でスーツは七着になった。


全部、マイコさんが買ってくれたんだよね。


「あなたは必ずナンバーワンになれる人だから」って。
ほんとうに、すごく尽くしてくれた。


こうして俺も初めての同伴出勤ですよ。
パアーッと、きらびやかなネオンが輝いてる
階段をマイコさんをエスコートしながら降りてゆくわけですよ。


これまで俺なんかは、
そうした同伴出勤してくる先輩に挨拶して、
深々と頭さげてお迎えしててね。


そんななかで、
新人に向かって偉そうな顔してる先輩なんかもね、
いるわけですよ。


だから俺は絶対やってやろう、って。

ついに同伴出勤できたこの日、
俺は周囲の新人たちに深々と頭を下げられて、
迎えられたときね、
その新人たちに対しても
「ああ、ご苦労様です」ってね、みんなに挨拶したよね。

俺は潤さんとも仲の良い、
朝比奈(あさひな)さんをヘルプとして頼んで。
そうして他の客のところを廻って。


朝比奈さんも十年選手、三十歳くらいで、
あまいマスクの一流ホストですよ。
中性的な、ちょっとタムラ・マサカズ入ってるなあ、
みたいなね。
すごい品があってねえ。

ほんとに一流ですよ。
俺が他の女の客と踊ったりしてるのを
マイコさん見てて、さびしがったりしてるわけじゃない。


そうして席に戻ってきたら、
「この人は冷たい」って、マイコさんが言うんだよね。
好きとか、愛情が感じられない、って。
そうしたら朝比奈さん、マイコさんにこう言ったんだよね。

「マイコさんね、一人の女に『おまえだけだ』なんて言う男は、
十人の女にも同じことを言ってるよ。
ダンちゃんは一本気だから、言わない人だよ。
この男にウソはないよ」

「ダンちゃんも、いろんなことがあるけど、
マイコさんもダンちゃんを支えて欲しいな」って。



俺なんかよりも、ずっと先輩なのに、
ここでは自分はヘルプなんだって、
立場はしっかり、わきまえてた。
さすが、だよねえ。

ホストの先輩たちは、こんなふうに、
いろんなタイプの人たちがいて。

みんなカッコ良かったけど、
なかには、そうでもない人もいたりして。

東北から出てきた人で、
年配だし、ルックスは坂上ジロウさんみたいで。
当時40歳ぐらい。
もう例外中の例外、おぢさんですよ。

全然、かっこよくないから。
だから、もう、席では、
もう、バカなふりして騒いじゃってね、
そうして、お客さんたちを盛り上げて。

「この前、テレビ見た見た見た?
どっかの国じゃ、トイレの下に豚がいて、豚が人間のクソ食ってんの!
ほんとほんと!」

なんて言いながら、ひとり騒いでて。

お客さんのハンドバック開いて化粧品とって、
自分で口紅塗って、つけまつげしちゃって
「いらっしゃいませ、ジロ子です」なんて言っちゃったりして。


すんげえ、つまんねえんだけど、
自分からすると先輩だし、
シラケるとジロウさん、しゅんとなっちゃうから。

そうやって1人で騒ぐだけ騒いで、
自分でガンガン、一気飲みして、ボトル1本飲み干して、
そうして酔いつぶれるという、それだけなの。


でも潤さんなんかは
「ああいうスタイルも、あっていいんだよ」って
そんなジロウさんにも敬意を払ってたっけなあ。


「あれはあれで必要な人材なんだよ」

「でもジロウさん、あんなに酒飲んで、死んじゃうんじゃないんすか?」

「ジロウちゃんはね、ホストで死ねたら、それで幸せなんだよ」と
潤さんは、そう言ったんだよ。


客の前ではバカ騒ぎだけど、
普段は物静かな人で、
店の控えにいるときは、いつも1人でポツンと、
誰とも話しもしないで、ずーっと本なんかを読んでるという、
そういう人だったんだよね、ジロウさんはね。


ある日、フリーの客が2人入ってきて。
指名がないから店は、いろんな人を席につけるわけですよ。

そしたら、いきなり俺に
「ダンさん、ダンさん、呼ばれてますよ!」って。


場内指名ですよ!

客が俺を見て指名したわけですよ。
やったぜ、と席に着くと、
客2人を挟んで自分の真正面にジロウさんが座ってんですよ。


自分としてはね、いろいろお話しして、
いろいろ親睦を深めてゆきたいというね、
そういう場面だつたのにさあ、
先輩のジロウさんがいるんじゃ、
そんな話しなんかできないわけですよ。


先輩だからね、気つかってね、
おとなしくしてたわけですよ。

そしたらジロウさん、
「おまえ、なに気取ってやがんだ。カッコつけちゃってさあ」なんて
機嫌悪くなってきちゃって。

「おまえは座ってナンボ!オレはしゃぺってナンボなんだよお!」
なんて怒鳴りだして。


お客のほうが気つかっちゃって俺に
「気にしない、気にしない」なんて。


そんなことが、あったんだよねえ。




俺は新規の客を掴むために、ソープに行ったんだよね。
「本番」って言うんだけどね、
そうしてソープに行って、でもエッチは一切しないんだよ。


ただ、黙ってね、相手の話、聞いてあげてね。


そうして、また、その店で、その女を指名してね。
そのときは、もう、真っ白なスーツ着込んで、
もうバッチリ決めてね。


「いやあ、実は俺はホストやってるんですよ。
よかったら、今度来てください」って。

これで、もうバッチリ!


俺もマイコさんとか、こういうソープ嬢みたいな客が付くようになると、
今度は自分が後輩をヘルプに付けられるようになる。

そして俺も、ひとつのチームというか、
かわいがる後輩が二人できた。


それにしても馬鹿なやつらで、
一人は「俺は究極のホストマンになる」ために
山篭りなんかしちゃってね。

そこでチンポに球入れてんの。
俺もやろうと思ったんだけどさ、
あれ、痛くて痛くて、いやあ、やめたやめた。


でも、あれ球入れてもさ、
女は全然、気持ちよくないらしいんだよね。
ただ男だけが痛いという、
ばかだよなあ、ほんと。


で、俺もこのソープ嬢と、
後輩二人連れて飲みに行ったんだよね。
そのとき1人、俺たちのチームじゃない先輩がいたんだよね。

そこで俺さあ、
どうだ、見ろ、おらあーって。
日本酒を一升、ガーッと、一気に飲んだんだ。


そうして皆で、
ソープの女とラブホテルに入ったんだ。
ここで初めて、この女とやろう、と。
まだエッチしてなかったから。



俺はそのとき、もうベロベロに酔っ払っちゃってて、
それでも、まだ皆と飲んでたんだよねえ、調子こいちゃってさあ。

俺なんかは、もう酔っ払って
「潤さんはすげえ!あんなホストはいねえ!
潤さんは、俺の兄貴なんだあー!」って騒いでて。


そしてら、その先輩が
「潤さんは昔はナンバー1だったけど、今は落ち目じゃねえか」って
そう言ったんだよね。


俺はその瞬間に、もうカーッとなっちまって
「てめえ、もいっぺん言ってみろ、この野郎!」って。

そしたら、その先輩に思いっきり、
ビール瓶で頭ぶん殴られて。

パカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!

ってビール瓶、きれいに割れた。
そして失神。
ゲロと小便と大便が、いっぺんに、
一気にどーーーーーーーーーっと出ちまったんだよ。


それでパアよ。
それっきり。

俺たちホストはさ、
お客に夢を売るのが仕事なわけですよ。

現実とは違うね、
ロマンチックな、ね。

そんな存在がゲロまみれ、くそまみれじゃあね、
もう、だめですわ。


せっかく捕まえた客だったのに。


そうして、俺は垂れ流しのべちゃべちゃのスーツのまま、
夜更けに一人きりで、歩いて家まで帰ったんだよ。


でも死なないで、よかったよホント。

あれ空ビンだったから、しかもキレイに割れたから良かったんだ。

もし、中身が入ってるビンだったら死んでたよ、マヂで。
キレイに割れなかったら頭、血だらけだったろ。

それもなかったもん。
ラッキーだったよ、ほんとうに。



まあ、この客は逃しちゃったんだけどさ、
その他にも客はいて。


すんげえ、おばちゃんがいたんだよね。
もう、すんげえの。
もう大変よ。


そして、ついに俺は、その、おばちゃんとね、
やらなきゃなんないとこまで来ちまったんだよ。


ラブホテルに入って、
ついにエレベーターの前ですよ。

そしたら、その、おばちゃんがね、
「ねえ、あたし、もう、我慢できないから」って、
階段で行こう、って。

そうして階段を上って行って、
部屋のなかに入って。

おばちゃん、いきなり便所に入って。

俺は備え付けのテレビのスイッチを入れて、
無意識のうちにエロビデオを放送してる2チャンネルを点けてんの。


どうしても、やりたくないのに、
どうしても、やらなきゃなんないから、
だから、どうしても、ちんぽ勃てなきゃ、って、
そう思ったのかどうか、それすらも、わかんないんだけど。




そしたらトイレから、その、おばちゃんのね、
ジャーーーーーーーーッていう、
ものすごい、おしっこの音が聞こえてきて。


便器に跳ね返ってる音。





うわあ、って。


うわあ、こりゃ、もう、絶対ダメだ、って。





おばちゃんトイレから出てきて、
おれ、もう、自分で何言ってんのか、
ぜんぜんわかんない。



僕たちは、こんなことしちゃいけないんです、
いつまでも清い関係でいましょう、とかね、
何しゃべってんのか、もう、ぜんぜん自分でもわかんないの。


ただ、もう、とにかく、やれない。
やりたくないという一心ですよ。


それで結局、このお客も、
もう来なくなった。
おわり、ですよ。


いやあ、もう、すざまじい世界ですよ。


そうして新宿にはね、すごいホストたちが、いっぱいいてねえ。
みんな、すっごくカッコイイんだけどね、
つい最近なんかもテレビに出てた先輩なんかがいて、
うわあ、この年齢でも、まだホストやってんだあ、っていうね、
すごい先輩もいるんですよ。


乗馬やったり、クレイ射撃なんかやったりして、
すごいクルマに乗ってねえ。

年齢いってもね、まだまだカッコイイわけですよ。

そんな、すごい先輩たちばっかりだった。
まあ、なかには東北の田舎から出てきたという、
坂上ジロウさんみたいな、おじさんもいたけどね。



俺は俺で結構、がんばってね、
もう新宿あたりじゃ顔になってきて、
あっちこっちのお店の呼び込みの人たちなんかからも
「よお、ダンちゃんー!」なんて声かけられるようになっちゃって、
俺も「や、どうも、どうも!」なんて挨拶するようになってたんだよね。


そして、いつしか冬になって、雪の日。

いつも歩く新宿の路地裏でバッタリ、並木に会ったんだよねえ。


並木、あんなに格好つけてた髪をバッサリ切って、
坊主頭になってたんだよねえ。

おい、どうしたんだよ並木って。


そしたら明日から自衛隊に入るんだ、って。
そう言うんだよ。

それじゃ、おまえよお、ホスト・クラブおごってやっから、来いよ。
おまえ、来たことないだろ、って。


そうして俺が勤めてる愛へ連れてったんだよね。


雪が、しんしんと降ってきてさあ。

クラブに着くと、客は誰もいなくってねえ。
並木なんか、もう緊張しちゃってさあ。
潤さんに、これ自分の友だちなんですよ、って紹介して。

ああ、そうなんだ、ゆっくり楽しんでってください、って。

そうして生バンドで、
潤さん、歌を歌ってくれたんだよねえ。


雪がしんしん降る新宿のホスト・クラブのなかで、
潤さんが生バンドで、俺たちだけのために歌ってくれたんだよ。
感激したよなあ。







第三章 熱愛

女は結局、男を裏切る。
女は客、金づるでしかない。
絶対に深入りしちゃならない――。


それが潤さんから教わったホストの鉄則。


ところが俺は、この鉄則を守れなくなっちまった。
そんな女が、現れたんだ。


サユリ。


この女は、魔性の女だった。


新宿でも有名で、あっちこっちのホストたちが、
この女のせいでダメになった。

みんな、この女に惚れちまう。


36歳の女。
日本舞踊の師範。
結婚しててダンナと子どもがいたんだけど、
ウェイブのかかった黒髪、妖艶なまでの存在感、
こんなに美しい、魅力的な女は、いなかった。


サユリと知り合って、いつしか俺も、
もう、どっぷり深みにはまってた。



「あなただけは違うの。本気だから」


店で働いてる夜中に、いきなり「今からすぐ来い」って
電話したら、タクシー飛ばしてやってきた。


俺はサユリのことを、心の底から好きになっちまっていた。
でも、サユリは結婚してる。



俺と会ってないこの時間、ひょっとすると、
今ごろダンナとセックスをしてるのかも知れない――
そう思うと、もう気が狂いそうになった。


店に来ても他のホストとしゃべってるのが気に食わない。
俺は嫉妬して店の外へ連れ出して彼女を責めた。
おまえ本当は誰でもいいんじゃないか、と。

外は冷たい冬の夜風が吹きつけていた。


「誰もわかってくれない。
わたしは本気で好きになる男が、1人もいなかっただけなんだけど。
それは相手が純粋じゃなかったから」

「俺は純粋に、おまえだけを見てるんだよ」


「あなたなんか所詮、ホストじゃないの」

「おまえは家庭があるじゃないか!
いつでも家庭に逃げられるじゃないか!
俺はおまえのためなら、いつでもホストやめてやる!
おまえは家庭、捨てられんのかよ!」


俺は怒鳴って取り乱していた。

でもサユリは静かに、こう言った。


「こんなに好きなのに。好きだから、こうしてお店にくるのに。
最初に会った人があなたなら、とっくに結婚してるわよ。
どうして、わかってくれないの…」

そう言いながらサユリは夜空を見上げていた。
俺は頭のなかが混乱してて。


「ねえ、ほら、星がキレイだね」

サユリがそう言った。
見るとその横顔に涙が流れてたんだ。




いつしか季節が、変わった。



春うららかな陽気で、どこかの庭先に咲いてる桜の花びらか、
あたたかなそよ風のなかで、ちらちらと舞っている。

この頃、サユリと連絡がつかない。


俺の心は激しく震えていた。


第四章 破局

俺は心を決めた。

日舞を教えにゆく木曜日、
彼女を待ち伏せた。


坂の途中にある古いつくりの大きな日本家屋。


五時くらいから、着物をきて家を出て、
近所の犬の頭を撫でて、出かけて行く――
サユリは、いつも、そうしていた。


「話しがある」


サユリは、俺の顔を見て、驚いた。
彼女の手首をガッと掴んだ。
サユリは、それを振り払って、喫茶店を出て行く。


携帯電話のない時代、
電話と言えば家にある固定電話しかない。


俺は電話をかけた。


すると男が電話に出た。
俺は何も言っていないのに、男はこう言ったんだ。

「あなたのことは聞いてます。
大変申し訳ないのですが、これっきりにしてもらえないでしょうか。
すいません」



「…。」



「僕もつらいんですよ…正直言って。あんな女でも…俺は…。」


その言葉を聞いて、何も言えなくなった。

それっきり。




俺は二十三歳、
燃えるような恋だった。



こうして俺の熱愛は、まるで呆気なく、終わってしまった。



男と女なんてもんは、
そんなもんなのかということを知ったような、
そんな気がしたんだ。




第五章 決意

ある時、先輩2人と店が終わって
焼肉屋へ。

「ダン、おまえちょっと話があるから」

なんだと思って。

結局、説教なんだよね。
俺が潤さんのために身体張ったり、
お客さんに良い人がいると本気になったり、
そうしてるもんだから、
「おまえ、もっと商売だと思って。
ホストはさ、お金ためることが目的なんだからね。
おまえは、あまりにも生き方が正直すぎる。そんなことやってたら、おまえ身がもたねえぞ」

俺は「自分には自分の信念がありますから」って反論したんだよね。

反論して、その討論が延々と続いて、
俺はカッとなっちまって
「いちいちうるせえんだよ!」って先輩に掴みかかって。

そしたら、もう1人の先輩が、わーっ、て止めて。

その先輩が
「とにかくわかった。
ダン、おまえの好きにしていいよ。
ただ、ひと言、言っとくがな、おまえは気性が荒過ぎるぞ」って。

「とにかく考え直して。
おまえは光るものがあるから。
この業界で抜きん出てくるカリスマ性があるから、
ダンはホストで生きるのか、自分自身で生きるのか。
まあ、純粋さは買うけど、
自分自身で生きるのは、この業界じゃ難しいぞ」

「失礼します!」って店、そのまま飛び出して。

もう頭来ちゃってさあ。
でもね、そんな言葉を聞かされて、
俺は昔のことを思い出しちまって…。

十五歳くらいのとき、暴走族やってたとき、
記憶がぼーっと、十代の頃の出来事が。

すさんでたあの頃、初めてデートした女の子のこと、
私立高校に通ってた、川口の地元に住んでて、
で、前から顔は知ってたんだけど、
仲間を通してね。

あんまり可愛い子じゃなかったんだけどね、
よく、しゃべる明るい子で。

デートってもんに憧れてて。

「じゃ、上野でデートしよう」って
俺が誘って。
それは、まあ、初恋じゃないんだけども、
それほど好きじゃなかったんだけども。

上野のアメ横とか行って、
初めてのデート。
バリッとリーゼント決めて。
革ジャンにとんがったブーツに、白いTシャツに、
キャロルみたいな、クールズみたいな、ジェームズ・ディーンみたいな、
もう何回も頭洗っちゃ直して、
もう最大に決めて。

人混みのなかで肩と肩が触れただけで、
もうドキドキしちゃって。

顔はぽーっ、と赤くなってたんだけど、
でも一応、ツッパリだし、
女の子の前でカッコつけなきゃならないから、
もうすれ違う奴らみんなにガンたれて、
たむろしてるやつらにガンつけて。


デートってのは初めてで、人づてに聞いただけだったから、
喫茶店行って映画かな、そろそろ喫茶店かな、って
自分なりに段取り考えて。

そうして、とりあえず喫茶店入ったんだよ。


いつもだったら、男同士だったら
テキトーにコーラだとかコーヒーだとか言うんだけど、
今日は女の子と一緒だからメニューにこだわったねえ。

「メニュー頂戴」なんて言っちゃったりして。

そうしてプリン・アラモードを注文して。

品のいいもんを、って思ったんだよね。

「かしこまりました」って。

で、たわいもない話しながら、
そしたら出てきたんだよねえ、
こう、細い足の、こう皿みたいなのに
フルーツ乗っかってんだよねえ。

うおーっ、って思ったんだけど、
そんな顔したらダサイって思われるからさ、
もう俺はいつも、こんなん食ってんだよね、
みたいな顔つくって。


どうだい、美味いだろ、みたいな。

「うん、おいしい!」

そっか、そっか、なんて言っちゃって。

そうだな、喫茶店の次は映画だったよな。
女の子のための映画かあ、なんて、そんときは考えてて。


で、映画館が並んでるところに行こうと思って
「じゃあ、映画観ようぜ」って店を出て。

上野公園近くの映画館が何件も並んでるところへ行って。

原宿だの六本木だの行き方がわかんなかったし、
埼玉だったから上野なら電車1本で行けるから、
そうして上野にしよう、って勝手に俺が決めたんだけどね。

で、映画館に行って。

その頃、ジョン・トラボルタが流行ってて、
恋愛モノで、看板なんか見てて。


おお、こういうセンスで行かなきゃな、って。


そしたら、その映画館のいちばん端に
熊と人間が闘ってる看板があって、
もう目が釘付けになっちゃって。


「おお、これ観ようぜ!これだよ、これ!」って。

えっ、て顔されちゃったんだけど、
それで映画館入って。
もう、俺なんかデートどころじゃなくなっちゃって。

次の上映時間まで30~40分くらい待って。
もう会話もなくなっちゃって。
向こうはため息をついてる、っていう、そんな感じだったよね。

そうして時間になって、
さあ、観るぞお、って。
俺はテンション上がっちゃって。


それで、まず練習風景から放映されて、
その練習のひとつひとつに夢中になって
飛び蹴りとかやってて、すげえなあ、って。

そして最後にウイリー・ウィリアムスが出てきて、
気合入れて、熊と闘うんだよねえ。
最後、馬乗りになって熊のこと叩いてんだよね、
バッチ、バッチに!


もう、俺なんか感激しちゃって。

映画終わったら、ああ、やっちゃったなあ、みたいな感じで
「じゃあね」って、そのまま逃げるようにして一人で帰って。

相手はため息ついてるみたいな感じだし、
ああ、やっちゃったな、って。


ホストの先輩に焼肉屋で説教食らってたとき、
家帰って、そんなことを思い出して。

それで思ったねえ、俺は。


「そうだよなあ…俺って、感情に正直過ぎるっていうか、
自分勝手っていうか…先輩が言ってることは、そうだよな」って。


相手の空気というか、そういうの読めないっていうか、
そうだよな、って。
あの先輩たちにしてもさ、
俺のために、いろいろ言ってくれたっていうのにさ、
カッとなって掴みかっちゃったりしてさ。
自己嫌悪に陥った、っていうか。


それでね…
店もあんまり行かなくなって。

1ヶ月くらい丸ごと行かなくなったんだよ。

悶々とした日々を送ってた。


そんときに俺の友達で島津(しまず)ってのに会って。
島津と早川(はやかわ)。
俺のヘルプやってる売れないホストなんだけどね。

そんとき島津から連絡あって。
俺がいないと俺の客こないし、
そうすると、やつらも仕事ないし、
つまんないから、あいつらも店こないし。



「最近どうしてるかと思って」って。

「いやあ、全然やる気なんなくて」

「じゃあ、とりあえず飯でも食おうよ。
早川ちゃんも呼ぶからさ」って。


そうして3人で大久保で飯食って。
ヤツらは大久保に住んでたから。


ファミレスみたいなとこで。

そこでさ、夢を語ったんだよね、その日。


早川ってやつは昔からダンスがすごく上手くて、
俺はダンスを教える先生になりたいんだ、って。
早川はダンスの教習所にも通ってたし、
だから俺は、そのまま行くよ、って。

で島津ってやつは、これが、また、ぶっさいくな男でさ、
デビューしたばっかのコロッケみたいな顔してて、
ジーン・シモンズみたいに、やたらベロが長くて、
もうトカゲみたいなさ、それをテーブルでやるんだよね、ベロを
ベロベロぺロって出して、たまんなかったよなあ。
もう、しょっちゅうクレーム入っちゃって。
それが、もう全身刺青びっしりで。
このイメージ・ギャップ。
梵天の刺青。
その全身にはさ、そいつなりのストーリーがあって、
胸のど真ん中に鯉があって、背中に鯉の滝登りがあって
鯉ばっかじゃシマラナイから、じゃあ龍を入れようと、
あ、待てよ、入れるとこがなくなっちゃつたじゃねえか、
よし、ももに入れてやれ、って。

よし、これでストーリーできたぞ、って。

鯉が滝登りして龍になって戻ってきた、って。

とって付けたようなストーリー。

その頃、ポーカーが流行ってて、
あいつ、そこから、ガーッてカネ抜いて、
百万とか抜いて、一気に刺青入れてね。

ストリップなんか行くと生本番で舞台に上がって
服脱いで刺青あるから、みんな、わあ、って言って。
そんなことに喜んでるという。

道端、歩いてると
「あ、女来た、女来た」ってチンポ出しちゃうの。
それが日課だったという。

ほんとにアホな男なんだけど、
そいつ山籠りして、ガラッと顔つきが変わっちゃってて。
そいつがさ、山に籠ったんだよね。
二週間くらい、テント買ってさ。

「いやあ、山はすごいよ。ハンパじゃねえよ。
夜は怖いしねえ。
腹は減るし。人生は修行だよ、修行」って。

「なにがすごかった」

「これだよ」ってチンポだして。

そいつ、またチンポに球入れて。
もう山芋の根っこみたいに、ボコボコになっちゃってて。

バーベキューの串で穴あけて球入れて。

山じゃなく、チンポがきつい、ってだけの話なんだけど、
その頃、俺は、すげえ、って思って。

山籠りしてチンポに球入れて、
帰ってきたなんて、そりゃシブイよ、って感動しちゃって。

笑わなかったよね、まじで、そりゃ、シブイやあ、って。


その島津がさ
「俺、歌手になりてえなあ」って。

ほんとに、それで島津は声が出るように
手術して、俺、見舞いにいったもんなあ。

それで、俺の夢は、ってことになって、
でも具体的に何か、っていうのがなくて、
でも早川の爛々とした目とか、島津のチンポ見て、
こりゃあ、俺も何かやらにゃ、って。


なんかやらなきゃ、って。


それから、しばらくして、
浜田剛史(はまだ・つよし)のタイトル・マッチを
テレビでやってて。

同じ歳なんだよね、浜田と俺。


浜田剛史のヒストリーみたいのが
テレビでやってて
「今日はいよいよタイトル・マッチで、
では、ここで浜田剛史の過去を振り返ってみましょう」みたいな、ね。

沖縄県出身で、高校時代からアマチュア・ボクシングやってて。
器用な選手じゃないんだけど、左の一発がすごくて。
KO選手で、ジュニア・ウェルター級だったな、たしか。

練習風景とか、合宿組んだり、減量に苦しんで、
そうして今日に至るまで数々の試合を勝って行くんだよね。


前に前に出て、強烈な左のパンチを振るって。
でも拳が耐えられなくて、何度も何度も拳を骨折して。
手術して直して、また骨折して。

数々の挫折とかあって、それを乗り越えて行くんだよね。


「自分にはボクシングしかないんで」って。

酒も女もタバコも、まったく感じさせない、
そんな風貌で、俺と同じ歳だっていうのに、
俺とは、まったく違う、まるで違う人生を歩んでんだよね。

そして夜の七時くらいに試合会場の場面に変わって、
試合前の浜田にインタビューするんだよね。


で「浜田さん、今日は待ちに待ったタイトル・マッチですけど、
心境はどうですか?」って。

そしたら浜田が、まったく色気のない、
耐えに耐えた風貌で、すべて、ふっきったような、
それは、すごい、いい顔をして、
それで、こう言ったんだよ。

「今日は、この日のために、すべて全部、我慢してきました。
今日は最高の日です」

そして浜田がリングに向かって行くのをカメラが追って。
リング下で足に滑り止めで、白い粉をつけて、
パンパンって足踏みして。


そうしてリングを、ぐわーっ、って見上げるんだよね。

ワセリンを塗った浜田の顔に、
リングの眩しい光が顔に映って輝いて。

それを見て、
うわあ、って。

これが人生の最大のクライマックスという、
そういうのを迎えた男の顔って、こんな、すごいもんなのか、って。


対戦相手のチャンピオンが、
レネ・アルレ・ドンド選手が、
派手な、軽快な音楽で入場してきて。

浜田とは違った軽快な音楽で入場してくんだよね。


まず、チャレンジャーの浜田がコールされて。
派手なパフォーマンスなんて、まったくなくて、
地味な感じなんだけど、ものすごい光を放ってんだよね。


客席の四方に、おじぎをするだけなんだけどね。


チャンピオンは、いつもの防衛線という感じで、
手を振っちゃったりしてて、余裕って感じ。

浜田はその時、チャンピオンに背を向けて、
ロープを握り締めて、下向いて、
集中してる、って感じなんだよね。


で、両者リング中央に歩み寄って、
レフリーの注意事項を聞くんだよね。

アルレ・ドンドは、じーっと浜田の目を睨みつけて。

浜田は、なにか、心のなかの葛藤があるのか、
相手の目を見詰めながらも、そんな感じで。


両者がコーナーに戻って、
アルレ・ドンドは絶対に勝つ、みたいな。
いつもの調子で行こう、と。
落ち着いてやろうと、そんなリラックスした感じ。

一方の浜田は、また同じようにアルレ・ドンドに背を向けて、
ロープ掴んで下向いて、ぐわーっ、て集中してて。

セコンドがとうのこうの、どうのこうの、ってアドバイスしてんのに、
下向いて、頷きもしない。


それで、いよいよゴングが、
浜田の人生を懸けたゴングがさ、
いよいよ鳴るんだよね。


俺なんかも手に汗握って。
こっちも、すいこまれちゃって。


ついにカーンと鳴り響いて。


そしたら浜田が、ぐわーっと前に出て、
まるで最終ラウンドのように、左のパンチを思いっきり振るって。

人生を懸けた試合。
この試合が終わったら死んでもいい、っていう。

駆け引きとか、そういうの一切ない、
ただ、一筋に。


いきなりの先制攻撃でアルレ・ドンドはペースを掴みきれなくて、
ロープを背にして腰が落ちかけるんだけど、
やつは目が良いから、それでも反撃して、
浜田も頭がガーンと後ろにもって行かれそうな
強烈なパンチを食らっても、
それでも一切、退かず、強烈な左のパンチを振るって行くんだよ。


ここだと思って浜田は左のフックの連打して、
そのまま落ちたんだよね、アルレ・ドンドは。


レフリーがカウントを始めるんだよね。

ワン、ツー、スリー…。


でも、これは、もうダメだっ、て。
レフリーが判断してカウント6くらいで手をクロスさせて。


1RKO。
見事なKO勝ちなんだよね。


場内がすごい大歓声で、
「やりました浜田剛史!世界チャンピオン!」
ってアナウンサーが叫んで。


場内、総立ち。
座布団が飛んで。


アルレ・ドンドは、まだリング上に倒れてて、
セコンドの介抱を受けていて。

浜田はというと、喜んでる感じじゃなくて、
ただリング上に立ちすくんでるんだよね。


で勝利者インタビュー。
アナウンサーなんか興奮しちゃって。

「やりましたね、浜田さん!
今日まで耐えて耐えて耐え抜いて、その拳で見事KOしましたね!
大丈夫ですか、拳は!」って、もう上ずった声で。


でも浜田は、ピクリとも表情を変えないで
「今日は奇襲戦法しかなかったんで。
テクニックならチャンピオンの方が上なんで。
自分には、これしかなかったんです」って。


遠い客席から、1人のおじさんの声が
「よくやったあー、浜田ー!」っていう声が響いて、
すると浜田が振り返って
「あ、どうもありがとうございます!」って。


たった1人のお客さんのために、
振り返って、いやあ、感動したね。


「チャンピオンは強い選手ですから、
また対戦すると思うんですけど、
今日は自分が勝ったんですけど」って。


そうしてリングを降りて、控え室へ消えて行く。

花道で観客たちから「よくやった!」「おめでとう!」とか言われて、
いちいち「ありがとうございます!ありがとうございます!」って頭さげながら。


その後姿見て、
ああ、この男は、また大きなものを背負ったんだなあ、って。
そういう、また大きなものを背負って生きてゆくんだなあ、って。


そう思ったんだよね。


それ見てから何日間か、
ただ、ぼーっとして。


いつかホストの先輩にビール瓶で頭、殴られたことがあった。

ほんとに、中身が入ってる瓶だったら、俺は死んでた。


死んじまってんだよ、ほんとうに…。





そして島津に電話した。


「俺、方向、決まったから。俺、格闘家になるから」って、
そう言ったんだ。


※「格闘技編」へ続く



この本の内容は以上です。


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